未来の為の布石
茶会も無事にお開きとなり、久々に心ゆくまで友人との会話を楽しんだキャロラインは充実した心地で自室のドアを開ける。
そこでは色とりどりのドレスや様々なアクセサリーが所狭しと並べられており、煌びやかな余り少し目が眩んでしまった。前世の自分なら思わず「うおっ!眩しい!」と叫んでいたかもしれない。
「お帰りなさいませ。一年以上身に着けていないドレスとアクセサリー類を出し終えました」
「ご苦労様」
マリーやメイド達を労ったキャロラインはこんなに仕舞われていたのかと心持ち圧倒される。
ファッションには流行り廃りがあり、経済的に余裕のあるネヴィル家はその度にドレスを新調していたものだから、いつの間にかこんなに多くのドレスが箪笥の肥やしになっていたようだ。
どれも良い物だが、今必要なのは1リルでも個人の自由に出来るお金だ。暫くキャロラインとしては人前に出ないし、売って必要としている人の手に渡った方がドレスもアクセサリーも嬉しいだろう。
一通り見回してお気に入りの物以外は売る許可を出すと早速メイド達が部屋の外へと運び出す。
別室に待機させている商人の所へと持って行くのだ。値段交渉は得意な者に任せてある。
「お嬢様、こちらについてはいかがいたしますか?」
マリーの声に振り向けばジョエルから今までに贈られてきた品々が並べられていた。
どれも自分の好みを考えてくれて贈られた物だから思い出もあるし、もらった時はいつも本当に嬉しかった。でももう身に着ける事も無い。
「そうね……これ以外は全部売って良いわ。手元に残していても仕方ないもの」
1つだけ残して後は全部売るように指示を出す。
残したのは15歳の誕生日に贈られたチョーカーだった。キャロラインの瞳の色と同じ大粒のエメラルドが中央にあしらわれた品は価値もさることながら、チョーカーはこの国では特別な意味を持つ。
チョーカーは生き物の急所である首を守る品として婚約した証に特に男性から女性へと贈る風習がある。捕虜などに使われる首枷は相手の生殺与奪権を握っている意味があるが、大事な相手へ贈る装飾が施された綺麗なチョーカーは強力なお守りなのだ。
この風習は庶民にも広がっており、彼等は自身の経済事情に合わせて宝石の代わりにレースがあしらわれた物を贈るのが一般的である。
本来はこのチョーカーを着けて結婚式に臨んで晴れて既婚者の仲間入りを果たす筈だった。しかし今となっては無用の長物であり虚しさの象徴でしかない。
こうなったら王家に返すしかない。どうせジョエルはシャーロットにもチョーカーを贈る予定なんだから丁度良い。人の婚約者を奪う女には人のお古で充分だ。
これである程度の纏まった資金は作れる筈だ。後は父の協力次第だがとキャロラインは執務中のクロードの部屋を訪れる。
「どうした?随分と賑やかだが何か企んでいるのかな?」
「お父様が使っている調査組織を紹介してほしいんです。調査費用は今捻出しています」
「調査組織だと……?」
意外な言葉にクロードは少し目を見開いて此方を見遣る。そんな事を頼まれるとは思ってもみなかったと顔に書いてあった。
貴族社会は情報が命であり、贔屓にしている調査組織がある家も少なくない。調査組織もピンからキリまであり、真っ当な調査を行う組織もあれば犯罪スレスレな手段を使う会社もある。
うちは恐らく……真っ当な組織だとは思う。裏社会の人間と繋がるリスクを考えている父の事だ。そういう切り分けは出来ている筈だ。
「あれはその為か……」
商談が始まっている部屋の方へとクロードは目を向ける。
キャロラインとしては父が素直に調査組織を紹介してくれるかは分からなかった。一介の令嬢には縁の無いものであるし、第一何故調査組織の手が必要なのか聞かれても中々答えにくかった。
この国ではミシェルが侵されているレトラジ症という病そのものへの認知が無く、王家お抱えの医者でさえ知らない病だ。そんな病の存在を単なる小娘が訴えたところで妄言だと一蹴されてしまう。
それにフォルシカから資料を取り寄せてレトラジ症を周知させたとても、この短期間でピンポイントにその可能性に行き着いたのは何故だと質問攻めにされてしまうかもしれない。「昔読んだ本に書いてあった」という手も使えなくはないけど苦しい。
だからこそまずは調査組織を使って国内でミシェルと同じ症状を抱えている者の情報を集める必要がある。
レトラジ症の症状は単なる怠けだと周囲に誤解されがちなものだが、同じ症状が起きている者が他にも居ると分かるだけで単なる怠けではなく、れっきとした病気かもしれないと認識を改めるきっかけになる。
更に共通点を洗い出して全員にフォルシカへの渡航歴があれば、フォルシカの医者に見せるなり資料を取り寄せるなりの行動に繋がれるのだ。
だからこそ要らない私物を売り払ってまで調査料金を捻出してきた。
きっと父は例え娘であろうと一介の令嬢の為に費用を負担してあげる程甘くはない。民から集めた税金を使う事になるんだから。
料金は安くは無いだろうが自分でやれるだけの姿勢は見せた。後は父がそれで納得してくれるかどうかにかかっている。
「…………分かった。出せる金額が分かったら言いなさい。私も連絡しよう」
「ありがとうございます」
クロードはキャロラインをジッと見た後、仕方がない奴だと言うかのような顔をして紹介する約束をしてくれた。理由を聞かれるかもと内心ヒヤヒヤしていたので、何も聞かないでくれるのは正直有難かった。
礼を言って退出しようとする彼女の背に「キャロライン」と静かに自分の名を呼ぶ声が聞こえビクリと肩を震わせる。
(え?どうしよう?最近の行動が怪しいとか?)
前世を思い出す前の自分とでは言動に差異があるのは自覚していた。しかしクロードの口から出たのは意外な言葉だった。
「お前が何を考えているのかはこの父には分からん。だがお前はお前自身の為にやれる事をやりなさい」
「はい……」
(応援されたって事なのかな……?)
廊下に出たキャロラインは扉に凭れかかりながら少し混乱する頭で先程の父親の言葉を反芻する。
多分父は最近の言動が以前と違うとは分かっている。分かっていて自分の為にやらなきゃいけない事をやれと言ってくれているのだ。
「……エヘヘ……」
彼女から自然と笑みが零れる。1番身近な人が背中を押してくれている、その事実が何倍も安心感と気力を与えてくれる。
自分は1人じゃない。周りの人が居る頼もしさに俄然元気が出たキャロラインの瞳はキラキラと希望で満ちていた。




