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思い出した時には詰んでいました

 キャロラインがその台詞を聞いた瞬間に脳内を占めたのは「あぁ、シナリオ通りになったな」という諦観とそれ以上に湧き上がる「絶対に潰す」という殺意だった。

 そもそも今は修了式を終えた後に行われるパーティの真っ最中であり、間違っても込み入った話をするには相応しくない。そうであるというのに彼女の婚約者であるジョエル王子は、声高に婚約破棄という最も重い話題を突き付けたのだ。


「キャロライン・ネヴィル!君がこちらにいるシャーロット・タウンゼンド嬢に数々の嫌がらせをした罪は断じて許しがたい!よって君との婚約を破棄し、僕は新たにシャーロットと婚約をする!」


 何処かありがちな台詞と共に、これまた何処かで何度も見たような光景の1人の少女を傍に侍らせて。


 公務で時折演説を披露するジョエルの声は良く通る為、つい先程まで思い思いに会話に花を咲かせていた同級生達が一斉にこちらを振り返る。その顔には皆驚愕と困惑がありありと浮かんでおり、今から起こる騒動はジョエルの独断だという事がよく分かった。

 キャロラインは喉まで出かかった「馬鹿ですか?」の5文字を咄嗟に呑み込んだ。


「嫌がらせとおっしゃいますが……、どのような事をしたのです?」

「惚けるな!シャーロットが同じドレスを着ていた時に追い出したり、取り巻きを使って嫌味を浴びせたり、私物を壊したりしていたそうじゃないか!あまつさえ大切な両親からのプレゼントさえも手にかけて……!恥を知れ!」


 彼の言うドレスの件は恐らく3カ月前の夜会の行事であろう。寧ろこちらは気を遣った方なのにどうやって捻じ曲げられたのかと記憶を辿る。

 キャロラインが在籍している学校では、一部の行事は制服ではなくドレスや礼服で参加する習わしがある。


 閉鎖的な寮生活にて少しでも気晴らしになるようにとの教師陣からの配慮でもあるが、その裏に社交界デビューに向けての実質的な訓練も含まれている。生徒達は実際の社交界の規則に則りつつ自分のセンスを披露したりオシャレを楽しんだりするのだ。


 その夜会で確かにキャロラインとシャーロットのドレスがほぼ被ってしまうハプニングはあったのだ。

 ドレス選びはしきたりに準じて、自分より爵位の高い家の者と被らないよう予め調べ上げ、その上で自分のドレスを決めなければならない。反対に爵位の高い家の者は周りが困らないよう早くドレスを選んで告知しておかなければならない。生徒達はこうした訓練を積んで卒業後に本番に臨むのだ。


 しかしシャーロットはそのしきたりに反してしまったのである。キャロラインは爵位の高い家の子女が在籍する3年制のクラスで、子爵家の娘のシャーロットは宮廷侍女の道が約束されている1年制のクラスなのだが、この夜会は全体行事なのである。

 つまり他クラスの生徒のドレス事情まで調べなければならない。

 これを怠り、もし格上の令嬢とドレスが被っても学校側からの叱責は無い。しかし非常識の烙印を押されたり、周囲から必要な情報を収集出来ていない愚鈍と謗られる危うい行為なのだ。

 

 シャーロットのクラスメイトは一様にこの時のジョエルの言葉に強い違和感を覚えた。準備期間中皆が情報集めに勤しんでいる間シャーロットは何もしていなかった。むしろ情報が出揃わないうちにさっさとドレスの発注をしてしまったのだ。


 夜会当日、彼女が着ていたドレスは柄やデザインがキャロラインのとほぼ同じだった。まるで喧嘩を売っているような行為に、不穏な心地を覚えるのは当然である。


 その時だった。キャロラインの友人と知られている令嬢がこの不穏な空気の理由を聞いてきたのは。

 その後少し遅れて会場に入ったキャロラインは予定とは全く別のドレスを着ていて、「出がけにちょっと……」と何らかのアクシデントにより急遽変更せざるを得なかった事をほのめかしていたのである。

 

 土壇場での変更の場合は例え格下の家の者と被っていたとしても咎めてはならないしきたりもある。

 勘の良い者なら気付いたであろう。友人からの報告を受けた彼女がシャーロットに恥をかかせないよう着替えたのだと。

 キャロラインが何らかのアクシデントに備えて数着予備を持ち込んでいるのはネヴィル家と懇意にしている人間なら誰でも知っている。


 いつの間にかシャーロットは居なくなっていたが、キャロライン達の機転のおかげで何事もなく夜会を楽しめて良かったと、あの時は気にも留めていなかった。

 

 まさか彼女の悪口を吹き込む為にあんな事をしていたとは。しかも計画が崩されたと知ると今度は事実を捻じ曲げてジョエルに伝えたのだろう。

 恩を仇で返すとはこの事だ。殿下もあんな性悪女の言う事をなぜ信じているのだ。どうせ私物の破損も罵倒も濡れ衣に決まっていると、各々シャーロットを睨みつけたりキャロラインに気遣わし気な目を向ける。


 他クラスはシャーロットの事を知らないからジョエルの言葉が事実かどうか判断がつかないだろうが、シャーロットは一言で言えば「嫌なやつ」だった。

 傍若無人な態度を隠そうともせずクラスメイトも教師も物として扱っていた。その反面ジョエルの前では完璧な猫を被り、本心からではない優しい台詞を吐いていた。

 ジョエルも彼女の猫を見破れず、あろう事か徐々に親密になってゆく様を見せつけられた時はこの世の終わりのような気分だった。


 そんな訳で彼等の2人に対する信用はゼロを通り越して一部マイナスなのである。だが悔しい事に自分達のような爵位の低い家の者が王子相手に反論など許される筈もない。

 キャロラインはさぞショックを受けているだろうと思っていたのだが、意外な事に本人は平気な様子だった。


「そうですか。此処で問答をしても仕方がありませんので、陛下の沙汰を待つことにいたします。皆様、お騒がせしてしまい失礼いたしました」


 そうして暗に「王子の貴方ではなく王の決定に従う」と仄めかして毅然とした態度で会場を後にしたのだ。

 貴族同士の結婚は本人の意思ではなく両家の当主の意思が優先される。つまり此処で王子が何を言ったとしても当主たる国王が認めない限り婚約破棄は出来ないし、シャーロットと婚約を結び直す事も出来ない。


 それをジョエルは分かっているのだろうか。キャロラインの背に「逃げるのか!」と声を張り上げる彼は今の彼女が言った言葉の意味を考えていなさそうだった。

 

 一方キャロラインは退出した途端、すましていた顔を思いっきり歪めて心の中で怒りを爆発させていた。控室で待っていた侍女のマリアも大層驚く程の怒りっぷりだった。


「お嬢様、いかがされたのですか?」

「後で説明する。今は帰るわ」


 必要な部分だけ告げるとマリアを伴い校舎から出る。後ろから顔馴染みでもあるジョエルの従者の焦った声が聞こえて来るが、無視して馬車に乗り込むと御者に出発するよう命じる。

 反射的に馬車を走らせたものの困惑してこちらを窺う御者に、これでは怯えさせてしまうとハッとしたキャロラインは、苛立っている原因はマリアや御者ではない事と、暫く考え事をする旨だけ伝えて窓の外に視線を向ける。


 後方に息を切らし呆然と佇む従者の蒼褪めた顔が徐々に遠ざかっていくのが見えた。

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