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青月代(あおさかやき)はたどたどしく、

「で、ございますから、遠慮をしまして名は呼びません。でございましたが、おっしゃるとおり、ただ迷子(まいご)迷子とわめきましたところでは、(さが)されるほうもわかるものではございませんん。もうだいぶん離れたところに来ましたから、そろそろ娘の名を呼びましょう」

「なるほど、なるほど。ごもっともなご配慮でございます。そんなら、ひとつここから名を呼んで捜すことにいたしましょう。(かしら)音頭(おんど)取りを願おうかね」と言われて、もっさり髪の(かしら)は、

「迷子捜しの音頭など取ったことはないが、えい、どうにかなるさ。……大家さん、合方(あいかた)をつけてくれ」

 チーンと(かね)の音。

「お(いね)さんやあ――と、こんな調子かね」

「結構でございますね、ねえ大家さん」

 大家はもう一つ、真顔でチーン。

「さて、呼び声に名が入りますと、どうやら遠いところで、かすかに『はあい……』」

「変な声だあ」

 と、(かしら)は棒を揺すって震える真似をする。

「今のが総入れ歯でやってみた、若い娘の声真似でござい。でもね、そんなことをしてると、なんとなく返事が返ってきそうで、大いに張り合いが出てきましたよ」

「その勢いで、一つ、気合いを入れてみましょうよ」

 三人はここで、声をそろえて、チャーン――

「――迷子の、迷子の、お稲さんやあ……」

 と一列になって、(むしろ)の上を六尺ほどの円を描いて、ぐるりと廻る。手足も小さく無邪気な顔をして、かつらの(まげ)ばかりが目につく。麦わら細工が化けたようで、黄色い声でませたセリフを口にするさまは、ことばを発する笛でも吹いているのかと、奇妙に思える。

 美しい(ひと)は、薄色の洋傘(パラソル)をスッと閉めた。……それが、ヴェールを脱いだように、薄い浅黄(あさぎ)の影が消えたように感じられる。そうして彼女は、(つゆ)の垂れそうな(すず)しい目をして、同伴(つれ)の男に瞳をそそぎながら舞台を見返す。……その様子からして、しばらく客席に留まろうという気らしかった。

鍋焼(なべや)饂飩(うどん)……」

 舞台では、目が閉じてしまうほど仰向いて、饂飩屋小僧が高らかに叫んでいる。

「……ああ、腹が空いた。饂飩屋」

「へいへい、(かしら)、ありがとうございます」

 もっさり髪は(ひたい)を叩いて、

「おっと、礼はまだ早かろう。これから相談だ。ねえ、太吉さん、大家さん、ちょっぴり暖まっていこうじゃないか」

「賛成」

 と、客席の頬被(ほおかぶ)りが茶々を入れると、()りかえって大いに笑う。

 次の演技を待ちかまえていた饂飩屋小僧は、これから支払いの割り当ての相談でもする段取りがありそうなところをもどかしがって、

「へい、おまちどおさまで」と、渋団扇(しぶうちわ)を添えて、急いで饂飩を三人に配る仕草をする。

「早いんだい。まだだよ」

 と、大家の役の子が地声で甲高(かんだか)い声をあげる。それでも三人は、指二本を(はし)に見立てて、ズルズルズルズルと口で言いながら饂飩をかき込む仕草をはじめた。

(かしら)……ご町内の皆さまもご苦労さまでございます。お(さが)しになられますのは、幼い方でございますか?」と、饂飩屋が()く。

「幼いものかね。年頃(としごろ)でございますよ」

 と青月代(あおさかやき)が、襟を(しご)く仕草でちょっと色気を見せながら応える。

「へい、ご妙齢(みょうれい)とは、殿方でござりますか、それともお娘御(むすめご)で」

「妙齢の男なんていう言い方があるもんか。数えで十九歳の別嬪(べっぴん)だよ」と言ってすぐに、(かしら)はズルリズルリと食べる芝居を続ける。

「ああ、家出、駆け落ちのたぐいでございますね」

「同じようでも、そういうんじゃないね。どうにせよ、行方(ゆくえ)は知れないんだが」

 と、大家はチンと(はな)をかむ。

 美しい(ひと)の唇に、微笑みが浮かぶのが見えた。

「いつごろから、どこから、その娘さんのお姿が消えましたか」

 と饂飩屋は、渋団扇(しぶうちわ)(むしろ)()いて、中腰になって()く。


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