七
七
青月代はたどたどしく、
「で、ございますから、遠慮をしまして名は呼びません。でございましたが、おっしゃるとおり、ただ迷子迷子とわめきましたところでは、捜されるほうもわかるものではございませんん。もうだいぶん離れたところに来ましたから、そろそろ娘の名を呼びましょう」
「なるほど、なるほど。ごもっともなご配慮でございます。そんなら、ひとつここから名を呼んで捜すことにいたしましょう。頭、音頭取りを願おうかね」と言われて、もっさり髪の頭は、
「迷子捜しの音頭など取ったことはないが、えい、どうにかなるさ。……大家さん、合方をつけてくれ」
チーンと鉦の音。
「お稲さんやあ――と、こんな調子かね」
「結構でございますね、ねえ大家さん」
大家はもう一つ、真顔でチーン。
「さて、呼び声に名が入りますと、どうやら遠いところで、かすかに『はあい……』」
「変な声だあ」
と、頭は棒を揺すって震える真似をする。
「今のが総入れ歯でやってみた、若い娘の声真似でござい。でもね、そんなことをしてると、なんとなく返事が返ってきそうで、大いに張り合いが出てきましたよ」
「その勢いで、一つ、気合いを入れてみましょうよ」
三人はここで、声をそろえて、チャーン――
「――迷子の、迷子の、お稲さんやあ……」
と一列になって、筵の上を六尺ほどの円を描いて、ぐるりと廻る。手足も小さく無邪気な顔をして、かつらの髷ばかりが目につく。麦わら細工が化けたようで、黄色い声でませたセリフを口にするさまは、ことばを発する笛でも吹いているのかと、奇妙に思える。
美しい女は、薄色の洋傘をスッと閉めた。……それが、ヴェールを脱いだように、薄い浅黄の影が消えたように感じられる。そうして彼女は、露の垂れそうな清しい目をして、同伴の男に瞳をそそぎながら舞台を見返す。……その様子からして、しばらく客席に留まろうという気らしかった。
「鍋焼き饂飩……」
舞台では、目が閉じてしまうほど仰向いて、饂飩屋小僧が高らかに叫んでいる。
「……ああ、腹が空いた。饂飩屋」
「へいへい、頭、ありがとうございます」
もっさり髪は額を叩いて、
「おっと、礼はまだ早かろう。これから相談だ。ねえ、太吉さん、大家さん、ちょっぴり暖まっていこうじゃないか」
「賛成」
と、客席の頬被りが茶々を入れると、反りかえって大いに笑う。
次の演技を待ちかまえていた饂飩屋小僧は、これから支払いの割り当ての相談でもする段取りがありそうなところをもどかしがって、
「へい、おまちどおさまで」と、渋団扇を添えて、急いで饂飩を三人に配る仕草をする。
「早いんだい。まだだよ」
と、大家の役の子が地声で甲高い声をあげる。それでも三人は、指二本を箸に見立てて、ズルズルズルズルと口で言いながら饂飩をかき込む仕草をはじめた。
「頭……ご町内の皆さまもご苦労さまでございます。お捜しになられますのは、幼い方でございますか?」と、饂飩屋が訊く。
「幼いものかね。年頃でございますよ」
と青月代が、襟を扱く仕草でちょっと色気を見せながら応える。
「へい、ご妙齢とは、殿方でござりますか、それともお娘御で」
「妙齢の男なんていう言い方があるもんか。数えで十九歳の別嬪だよ」と言ってすぐに、頭はズルリズルリと食べる芝居を続ける。
「ああ、家出、駆け落ちのたぐいでございますね」
「同じようでも、そういうんじゃないね。どうにせよ、行方は知れないんだが」
と、大家はチンと洟をかむ。
美しい女の唇に、微笑みが浮かぶのが見えた。
「いつごろから、どこから、その娘さんのお姿が消えましたか」
と饂飩屋は、渋団扇を筵に支いて、中腰になって訊く。