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 あたかもそのとき、役者の名の余白に福面女(おかめ)瓢箪男(ひょっとこ)が描かれた幕の(はし)をばさりとめくって、茶色い月代(さかやき)半白髪(ごましお)のちょんまげ(かつら)をかぶった、眉毛(まゆげ)の下がった十歳ばかりの男の子が、渋団扇(しぶうちわ)()をひっつかんで、ひょっこりと登場した。

「待ってました」

 頬被(ほおかぶ)りが声を掛ける。

 男の子は、とぼけた目をきょろんとさせて、

「ちぇっ、小道具め、しょうがねえ」

 と高慢(こうまん)な口を()いて、尻端折(しりばしょ)りをしたむきだしの脚で、ぴょんと跳ねるように舞台をくるりと二度、三度、(まわ)るやいなや、客席に背を向けて、手軽に結んだ(こん)兵児帯(へこおび)の出っ(ちり)を見せながら、頭から半身を幕内に突っこませたが、すぐにすり抜けて出直したのを見れば、うどん、当たり屋とのたくるように書かれた穴だらけの古行燈(ふるあんどん)()げて出て、(むしろ)の上にちょこんと置いた。男の子は行燈(あんどん)の後ろで(ひざ)を曲げて、むきだしの膝を踏ん張りながら、例の渋団扇(しぶうちわ)でばたばたと(あお)ぎながらセリフを言う。

「米が高いから不景気だ。かかあのやつにまた(しか)られるべいな」

 それがちょっと恥ずかしかったのか、日に焼けた顔を真っ赤にしてうつむく。顔と同じく赤い渋団扇をばさばさばさとやる芝居はなかなか(うま)い。

「いよっ、牛鍋(ぎゅうなべ)」と、頬被(ほおかぶ)りが掛け声を飛ばす。

 片岡牛鍋というのだろう。牛鍋といいつつ、役は饂飩(うどん)屋の親仁(おやじ)である。

 チャーン、チャーン……幕の内で(かね)を鳴らす。

 ――迷子(まいご)の、迷子の、迷子やあ――

 呼び声とともに、団栗(どんぐり)が背比べするように背丈(せたけ)(そろ)えて、三人がひょいひょいと登場した。……紋羽(もんぱ)襟巻(えりま)きを首に巻いた大家様。月代(さかやき)が真っ青で、(びん)の乱れた色男の手代。不粋(ぶずい)にもっさりと髪を結った(いさ)(はだ)の男が一人。その侠勇(きょうゆう)が舞台の前面に立って、コトン、コトンと棒を突く。

「や、これ、太吉さん」

 と、大家様が声をかける。彼らのうちの青月代(あおさかやき)提灯(ちょうちん)を持ち直して、

「はい、はい」と返事をした。手にしていたのは葬式(とむらい)で使う白張提灯(しらはりちょうちん)で、そこいらの荒れた墓場の葬式あとからかっぱらってきたようだ。

 大家は、カーンと一つ(かね)をたたいて、

「だいぶん()()けました」

「もう夜も十時を過ぎた頃でございましょう、……ねえ、(かしら)

「そうよね」

 と棒をコツンとして、くすくす笑う。

「笑うな。真面目(まじめ)に真面目に」と頬被(ほおかぶ)りがまた声をかける。

 大家様が小首をかしげて、

「ところで、もし、迷子、迷子と呼びかけて歩いていますが、だれだれと名を申して呼びかけなくても、わかりますものでござりましょうかね」

「私もさ、そう思ってました。……どうもね、ただこう迷子とだけ呼んだんじゃ、呼ばれたほうでもだれのことだか見当がつかないだろうってね。迷子と呼ばれて、はい、私ですと顔を出す奴もねえもんでさ」と、もっさり髪が話を継いで言う。

「そんなところでさ……それで暗がりから顔を出せば、とんだ妖怪(ばけもの)でござりますよ」

 白い顔の青月代(あおさかやき)が、腕を広げて他の二人を押しなだめると、

「ごもっともでございますとも。それがでございますよ。はい、こうして(かね)太鼓(たいこ)で捜索に出る騒動ではございますが、(さが)されますご当人の(うち)へ、声が聞こえますような近いところで名を呼びましては、世間への体裁(ていさい)もありましょう。それも子供や爺婆(じじばば)ならまだしも、取って十九歳という年ごろの娘のことでございますから」

 と、考え考え、切れぎれにセリフを言っていく。

 そのあいだも手を休めず、饂飩(うどん)屋はパッパッと、火が散るように赤い団扇(うちわ)(あお)ぎ続けている。これは鮮明(あざやか)だ。


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