六
六
あたかもそのとき、役者の名の余白に福面女、瓢箪男が描かれた幕の端をばさりとめくって、茶色い月代に半白髪のちょんまげ鬘をかぶった、眉毛の下がった十歳ばかりの男の子が、渋団扇の柄をひっつかんで、ひょっこりと登場した。
「待ってました」
頬被りが声を掛ける。
男の子は、とぼけた目をきょろんとさせて、
「ちぇっ、小道具め、しょうがねえ」
と高慢な口を利いて、尻端折りをしたむきだしの脚で、ぴょんと跳ねるように舞台をくるりと二度、三度、廻るやいなや、客席に背を向けて、手軽に結んだ紺の兵児帯の出っ尻を見せながら、頭から半身を幕内に突っこませたが、すぐにすり抜けて出直したのを見れば、うどん、当たり屋とのたくるように書かれた穴だらけの古行燈を提げて出て、筵の上にちょこんと置いた。男の子は行燈の後ろで膝を曲げて、むきだしの膝を踏ん張りながら、例の渋団扇でばたばたと仰ぎながらセリフを言う。
「米が高いから不景気だ。かかあのやつにまた叱られるべいな」
それがちょっと恥ずかしかったのか、日に焼けた顔を真っ赤にしてうつむく。顔と同じく赤い渋団扇をばさばさばさとやる芝居はなかなか巧い。
「いよっ、牛鍋」と、頬被りが掛け声を飛ばす。
片岡牛鍋というのだろう。牛鍋といいつつ、役は饂飩屋の親仁である。
チャーン、チャーン……幕の内で鉦を鳴らす。
――迷子の、迷子の、迷子やあ――
呼び声とともに、団栗が背比べするように背丈を揃えて、三人がひょいひょいと登場した。……紋羽の襟巻きを首に巻いた大家様。月代が真っ青で、鬢の乱れた色男の手代。不粋にもっさりと髪を結った勇み肌の男が一人。その侠勇が舞台の前面に立って、コトン、コトンと棒を突く。
「や、これ、太吉さん」
と、大家様が声をかける。彼らのうちの青月代が提灯を持ち直して、
「はい、はい」と返事をした。手にしていたのは葬式で使う白張提灯で、そこいらの荒れた墓場の葬式あとからかっぱらってきたようだ。
大家は、カーンと一つ鉦をたたいて、
「だいぶん夜が更けました」
「もう夜も十時を過ぎた頃でございましょう、……ねえ、頭」
「そうよね」
と棒をコツンとして、くすくす笑う。
「笑うな。真面目に真面目に」と頬被りがまた声をかける。
大家様が小首をかしげて、
「ところで、もし、迷子、迷子と呼びかけて歩いていますが、だれだれと名を申して呼びかけなくても、わかりますものでござりましょうかね」
「私もさ、そう思ってました。……どうもね、ただこう迷子とだけ呼んだんじゃ、呼ばれたほうでもだれのことだか見当がつかないだろうってね。迷子と呼ばれて、はい、私ですと顔を出す奴もねえもんでさ」と、もっさり髪が話を継いで言う。
「そんなところでさ……それで暗がりから顔を出せば、とんだ妖怪でござりますよ」
白い顔の青月代が、腕を広げて他の二人を押しなだめると、
「ごもっともでございますとも。それがでございますよ。はい、こうして鉦太鼓で捜索に出る騒動ではございますが、捜されますご当人の家へ、声が聞こえますような近いところで名を呼びましては、世間への体裁もありましょう。それも子供や爺婆ならまだしも、取って十九歳という年ごろの娘のことでございますから」
と、考え考え、切れぎれにセリフを言っていく。
そのあいだも手を休めず、饂飩屋はパッパッと、火が散るように赤い団扇を仰ぎ続けている。これは鮮明だ。