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 片側は水がどす黒く(よど)んだ川に沿って、がたがたと物置が並び、米俵(こめだわら)やら、(むしろ)やら、炭やら、(まき)やらが置かれている。そのなかを(へび)()うように、ちょろちょろと(ねずみ)()っていく。

 あの鼠が太鼓をたたいて、(いたち)が笛を吹くのではないかと思った。……人通りは全然(まったく)なし。

 右側にあるその物置の並びの反対側は、ただ雨戸(あまど)障子(しょうじ)をつなぎ合わせた小家が続く。一、二軒の八百屋や駄菓子(だがし)屋の店は見えたが、(からす)もいなければ犬もいない。居酒屋のような縄暖簾(なわのれん)をかけた米屋の店先に、コトンと音をさせて一羽の(にわとり)が歩いていたが、通りかかった松崎を見ると、高らかに一声鳴いた。

 日盛りの太陽が白い。

 のんびりした雲からサッと落ちてきたかのように、目の前に真っ青に映ったのは、竹屋の物置のなかにある竹だったが、それさえ(しげ)った山吹(やまぶき)の葉に見えた。

 町の通りはそこから曲がる。

 分岐点(ぶんきてん)(みち)が替わって、木曽街道(きそかいどう)へ差しかかる。左右の家並(やな)みに軒行燈(のきあんどん)が掛かっている。

 ここにも、そこにも、ふらふらと、春の日の明かりを取りこんで白く(とも)したかのようで、真昼にもかかわらずぼうっと明るく浮き出て見える。どれも、御泊(おとま)り、木賃宿(きちんやど)、といったものだ。

 どの家も、(のき)から、屋根から、これが大事と(かか)げていて、その昼行燈(ひるあんどん)ばかりが目につく。なかには(ひさし)の先に高々と燈籠(とうろう)のように吊り下げた白看板が高く首を伸ばして、建物の本体は土の上に獣のように()いつくばって見えるものさえある。

 吉野、高橋、清川、槙葉(まきは)という名の宿がある。また、美濃(みの)近江(おうみ)と、寝物語の伝説を思い出させる宿もあって、かつては寝物語にささやかれた哀れな遊女(おいらん)たちの名は、屋号になってここに留まる。……ちょっと柳が一本あれば、滅びた(くるわ)の白昼の幻にも思えただろう。けれども、あまりの寒さに夜が(だん)を取ったとでもいうのか、すっかり焼け尽くして、一里塚のしるしであった小松さえも残っていない。荒涼(こうりょう)として、砂地に人影もない光景(ありさま)は、祭礼(まつり)の夜に起こった地震で土の下に埋もれた町が、壁の肉も、柱の血も朽ち果てて、そのまま骨に落ちぶれたかのようだ。

 絶壁に咲く躑躅(つつじ)かと思って見ると、崩れた壁に干されたずたずたのおむつである。猿まわしが猿に着せるのだろう。

 この様子では、だれかが身を投げたかもしれぬ、命を掛けた掛け橋に立ち、そこから見ると、危なく傾いた家の二階の廊下(ろうか)に、日向(ひなた)に目も向けず、背後(うしろ)向きになって鼠色(ねずみいろ)の綿入れの背を曲げた、首の色の蒼い男を、ふと一人見かけた。(のき)に掛かった蜘蛛(くも)の巣で、ぷっくり膨れた蜘蛛の腹より、人間は()せていた。

 こんな土地に月や日のように照り輝いているのは、露地から突きでている、()げた金銀の雲に乗った、土御門家(つちみかどけ)一流易道(えきどう)という真っ赤に目立った看板だけである。

 両側から(せま)る屋根は薄暗く、軒行燈(のきあんどん)の白さも目立つから、(のぞ)くようにしか空は見えない。

 この春の日向(ひなた)の道も、(さび)れた町の形も、それら自体が行燈(あんどん)のようで、しかもその白けた明かりに包まれている。……

 町のちょうど真ん中と思えるところで、表に御泊(おとま)りと書かれた字の影法師(かげぼうし)のように、()き棄てたらしい荷車が一台、屋台を乗せてガタリと停まっている。

 いや、近づいてみると、荷の(かげ)に人がいた。

 男か、女か。

 見た様子では、(たけ)の短い、あせた茶の筒袖(つつそで)を着て、(そで)を重ねて腕を組み、(こん)脚絆(きゃはん)穿()いた草鞋(わらじ)がけの細い足を(そろ)えて、荷車の裏にじっと伸ばしている。抜き衣紋(えもん)になった首に手ぬぐいを巻いているので襟元(えりもと)が隠れ、男とも女とも見わけがつかない。貼りつけるように折り合わせた編み笠を、(ひも)で結んで深くかぶった姿で、がっくりとうつむいているのは、どうやら居眠りをしているようだ。

 自分の城だと縄張りをしたように、床几(しょうぎ)に腰を落として、荷車の引き棒のなかにきちんと収まっている。

 飴屋(あめや)なのか、豆屋か、団子売りか。いずれにしても荷が大きくて……おでんを売るにしては水気(みずけ)がない。そしてその看板が面白い。……


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