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十四

十四


「陰気だ、陰気だ。この女では気が滅入(めい)って楽しくもない。こりゃ、お前ら出てきてはしゃげやい」

 (ふところ)仕舞(しま)っていた両腕を、(そで)()ねさせて振り上げると、三ツ目入道は鮑貝(あわびがい)(さかずき)を、大きく()を描くように振り寄せて、楽屋からの出を招いた。

 これを合図に、相馬(そうま)内裏(だいり)古御所(ふるごしょ)の化け物屋敷の管弦(かんげん)めいた音曲(おんぎょく)が奏でられる。笛、太鼓に(かね)を合わせて、トッピキ、ひゃら、ひゃら、テケレンどんと、幕をはためかせながら、どやどやと異類(いるい)異形(いぎょう)のやからが躍り出てきた。

 (きつね)が笛吹く、(たぬき)が太鼓、猫が三匹、赤手ぬぐいのひょっとこ(かぶ)り、吉原被(よしわらかぶ)り、ちょっと吹き流しにして気どった(ねえ)さんも交じって、猫じゃ猫じゃの唄の拍子に合わせて、トコトンと(むしろ)を踏むと、(ちり)が立つ、(ほこり)が立つ。それが舞台に赤黒い(うず)を巻いて、吹き流しの(ねえ)さんがしゃなりと腰をくねらすと、ひょっとこ(かぶ)りがひょいっと()ねる。吉原被(よしわらかぶ)りは招きの手つき。

 狸の面と狐の面をつけた子供役者は、大家の禿(はげ)青月代(あおさかやき)(かつら)をかぶったまま。饂飩(うどん)屋の半白頭(ごましおあたま)は、狸か狐のどっちなのか、おそらく(いたち)の面をつけて、こいつが(かね)を鳴らしている。

 鼬は鳴き声を真似(まね)て、キチキチキチキチと声をたてる。狐はお決まりのコンと鳴いている。狸はあやふやにモウとうなって、腹鼓(はらつづみ)代わりに(ひざ)に乗せた太鼓を叩く。

 囃子(はやし)に合わせて、猫が三匹、踊る、踊る、いや、踊るわ踊る。

 青い行燈(あんどん)と、その前に倒れ伏した、島田(まげ)の雪女のまわりを、ぐるりぐるりと回るうちに、三ツ目入道もぬいっと立って、のしのしと踊りだす。

 続いて囃子方(はやしかた)総踊(そうおど)り。ふと合方(あいかた)が、がらりと替わって、楽屋で三味線(しゃみせん)(かな)ではじめた。

 ――必ずこのこと、このこと必ず、丹波(たんば)太郎にゃ内緒(ないしょ)だぞ、必ずこのこと、このこと必ず、丹波太郎にゃ内緒だぞ――

 と一斉に、異口同音(くちぐち)に大声でわめいて、水車が回転するように、ぐるぐるぐると回りながら、ばらばらにフッと幕内へ引っこんでいく。サッと姿を消すその様子は、楽屋から何者かが(あやつ)りの糸をたぐり寄せるかのようだった。

 (むしろ)舞台に残ったのは、青行燈(あおあんどん)と雪女のみ。

 雪女はしおれて一人、ただうなだれているのであった。

 行燈の上に置かれた黒い布は、ひらひらとしながらも重くなったように感じられた。……化け物どもが総踊りを踊っている頃から、空はしだいに黒くなったのである。

 美しい(ひと)は、やっと帰るつもりになったのか、(ひざ)の上に置いた手を挙げると、外して手首に掛けていた薄色のショールを、ふたたび()で肩のうなじに掛けて、身繕(みづくろ)いをしている。

 こちら側にいる松崎も、もう立ちあがろうとした。

 青月代(あおさかやき)が幕内からひょいと顔を(のぞ)かせると、幕の(はし)(あご)を引っかけて、

「おい、だれか、前掛(まえか)けを貸してくれよ……よう、だれでもいいからさ」

 美しい(ひと)から七、八人の子供を隔てたあたりに、二人並んで座っていた子守の娘たちが、そのことばを聞いてまっ先に後ずさりした。かろうじて舞台に使えそうな、赤い(ひも)の前掛けを着けていたのは、ただその二人だけだったから。……(ほか)は皆、鼻水や食いこぼしの染みた衣服を着た子ばかりで、光るのはただ(あか)ばかり。

 青月代(あおさかやき)(かたわら)から、また饂飩(うどん)屋が出てきて舞台に立った。

「これから女形(おんながた)の見せ場なんだぜ。別の場所が舞台の話だが、今度は亡者(もうじゃ)じゃねえよ、生きてる娘の役だもの。裸ではいけねえや。前掛けを貸してくれよ、だれか」

「お願いだってば」

 と、青月代(あおさかやき)も口を添える。

 子守の娘はまた後ずさった。

 幼い観客たちは妙にもじもじして、舞台の前で土をいじりながらうつむいた者もいたし、ちょろちょろと町のほうへ帰っていく者もいた。

「ケチだなあ」

 饂飩屋がチェッと舌打ちをする。

「貸してくれってんだぜ……きっと返すってえに。……かわいそうじゃないか、雪女になって裸のままでいるんだ。この、お稲さんに着せるんだよ」

 青月代(あおさかやき)も前に出て、舞台に残っていた雪女の首筋のあたりを、冷たそうにぴしゃりと叩いた。……

「前掛けでなくてはいけないの?」

 美しい(ひと)がスッと立ちあがった。

 若紳士は仰向いて、いぶかしげな顔つきになる。

 松崎が不用意に帰られなくなったのは、言うまでもない。


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