はぐれ者
この物語はあくまでも作者の創作に依る物です。話中には犯罪すれすれの行いも出て来ます。現実で真似をしたりしない様にくれぐれもご注意下さい。現在の日本の法律の中では必ず罰せられます。
良識を持った一個人としてお読みいただく分には構いませんが、かなり人間の負の側面を描写していますので、読んでいて気持ちが悪くなるかも知れません。それを踏まえてお読みいただく様にお願い致します。
私は現在、しがない物書きとして過ごす自称・小説家だ。勿論、物書きといっても、ピンからキリまであるが、私は…そうだな、キリかな?
だから、当然の事ながらそれだけでは食えないので、いろんな仕事を渡り歩きながら、日々の暮らしを支えている。仕事を探すのに、昔はハローワークなどを利用したものだが、最近は便利な世の中で、ネットやスマホで検索すれば、求人広告を探すのに苦労は無い。
その中で、自分の都合にあった仕事を見つけて、問い合わせをし、面接に行きさえすれば、大抵の仕事には二つ返事で雇ってもらえる。無論、背伸びをして依り高度な仕事をしようとか、待遇の良さそうな仕事をしようとか、選り好みをすれば話しは別だ。
そんな仕事が楽に見つかるなら、皆したいだろうし、求人に大勢が殺到するだろうから、私の様な取り柄の無い人間が選ばれる訳が無い。私の求めているのは、あくまでも即金であり、多少待遇が悪くても、後腐れが無く、日々の肥やしに為ってくれさえすれば、良しとするぐらいの誰でも出来そうな単純作業だ。
しかも誰もやりたがらない分野ほど、求人が足りていないので、有り難がられる。場合に依っては、『またいつでも頼むよ♪』なんて嬉しい声が掛かる時さえあるものだ。具体的な内容はこの小説には関係ないので、省略するが、そんな日々を暮らしながら、後は只ひたすらに物書きに耽る毎日を過ごしていた。
そんな時に、私はさる工事現場で、気の合う男と知り合った。そいつは一見変わった奴で、同じ現場で仕事をしているのに、必要以上に口を利かない。只、黙々と手や足を動かして仕事に励んでいる。
休憩時間にしても、ひとり煙草を燻らせながら、缶コーヒーを時々口に持っていっては、ゴクゴクと喉を鳴らす様に旨そうに飲んでいる。弁当にしてもそうだ。現場に依っては、配られる時もあるが、只ペコリと頭を下げてそれを受け取り、隅っこの方にひとり座って、黙々と食べる。
私は仲間と談笑しながら、パクパクと食べる方なので、自然と不思議な男の話題に花が咲く。私も他人を揶揄するのは嫌いだし、あくまでその時の関係だけに留めた方が後腐れも無いから、自分からは口にしないが、会ったばかりの間柄だから、特に共通の話題も無いので、自然とその場で興味を惹く話になった。
「あいつ…おかしな奴だろう?」
食事が終わり、自販機で買って来た温かい缶コーヒーを飲んでいる時に、仲間のひとりが声をかけて来た。私は人を非難するのは好きではないから、その言葉を聴いて、困った表情をみせた。するとそいつは頭をゴシゴシと掻きながら、
「いやなに…お前さんがさっきから不思議そうな顔をしながら、興味深く奴をチラチラ眺めているんでね…もしそうなら教えてやろうと思ったまでさ!まぁ、お節介なのが俺の悪い癖って訳だな…悪気はなかった。興味がないなら忘れてくれ…」
そう言うと、その場のしらけた空気を嫌がる様に、スッと立ち上がった。
「待てよ!興味はあるさ…目に入って来てから、ずっと眺めているのも事実だ。普段は余り他人の悪口は聴きたくない性分だが、そこまで話を振っておいて、話さずに行くのも酷い話だぜ!気になるじゃあないか?是非とも聴きたいね…話してくれ!」
私は小説家としての興味丸出しに、まるでおねだりをするが如くにそいつを引き留めた。そいつは嘆息すると、一旦立ち上がった姿勢を再び折り曲げ、腰を下ろすと私を見つめながら、口をついた。
「だろうな…大抵の奴は、あいつの話を聴きたがるからな…良し!お前さんの興味に免じて話してやろう♪」
そいつは、いかにも勿体振った態度を崩さず、少し焦らす様に間を置くと、淡々と話し始めた。それは次の様な内容だった。
彼は仕事は黙々とこなす。そしてその手際も良い。言われた事は完璧に近いほど器用に進める。そしてけして反抗しない。唯一の欠点は、仕事に関係無い無駄口を叩かない事と仲間とのコミュニケーションを取らない事。唯その点にだけあった。
同じ仲間としては感じが悪いが、仕事はまともにこなしてくれるし、人の嫌がる面倒な作業も勧んで引き受けてくれるので、仲間としては細やかながらも感謝もするし、親方の受けも良い。だから皆、あいつの事は放って置いてやるのだ…。そいつの話しはそんな所で幕を引いた。
「だからお前も奴をそっとしておいてやんな…恐らく他人としがらみを持つのが嫌なんだろう!まぁ、そんな処だな、大した話じゃ無くてすまないが…」
そいつはそう締め括ると、作業に戻って行った。私も腰を上げて、その日は作業に追われる様に、そんな話しは忘れてしまっていた。
私はその後も奴の事が気になって、時折、チラチラと眺めていたが、結局話し掛ける事も無く、その現場も終わりを迎えたので、その後はまた次の仕事に追われて、そんな奴が居た事さえも、忘れ掛けていた。
ところが、ある日の事、ひょんな事で奴を再び見掛ける事になった。私はその日は小説のネタにする資料を探しに、公立の図書館に出掛けて、只ひたすらに本の山から使えそうな物を物色していた。
そして両手に抱える様に、一旦読書机に持って行き、それを山の様に積むと、腰を下ろして、机に齧りついた。山に積まれた本を、ひとつひとつ丁寧に、端から開いては、確認して行き、必要な箇所を見つけると、ノートに書き写したり、長いものは、席を立ってコピーを取りに行ったりしながら、丹念に収集していく。
そんな事を繰り返しながら、集中して本の文脈を追っている時だった。私は不意に頭ごなしに声を掛けられたのだ。
「へぇ~"指紋と犯罪の考察"か…"犯罪心理学"も在るね!君は犯罪者の心理が知りたいのかい?」
私は想わず顔を上げた。彼は一冊の本を手に取りながら、もう片方の手で、山積みになった本の一冊に触れて、顔を屈める様に覗き込んでいる。
「あ!((゜□゜;))」
私はその場が図書館だという事も忘れて、大きな声を上げてしまった。恐らくその表情は驚きに満ち溢れていた事だろう。途端に周囲の人達の視線が一斉に注がれる。中には迷惑そうな眼で睨む者もいた。
私は想わず腰を上げて、周りに振り向くと、声を出さぬ様に、頭を下げていく。そして彼の顔をまじまじと穴の開くほど見つめた。彼は特に悪びれる事も無く、口許に右手を持っていくと、ほくそ笑みながら私を見つめ返した。
そして「憶えていたんだね…」と言った。私はその言葉を驚きを持って迎えた。
「なんだ…君の方こそ私に気がついていたのだな?」
私は周囲を気にする様に、小声でそう応えた。
「そりゃあ、そうさ…あれだけ毎日の様に、穴の開く程、痛い視線で観られて居ては、気づかない方が可笑しいくらいだな…」
彼は然も当然と言わんばかりに、私の問いに答えると、ある提案をして来た。
「どうだい?僕に興味があるならばだが、此れから場所を替えて少し話をしないかい?ここは話をするには、少々向かないだろうからね…君の疑問には十分応えられると約束しよう♪」
彼はそういうと、『出よう!』と親指を立てると出口の方をσ(*´∀`*)差して、クイックイッと指を振った。そして私の承諾など得る気も無い様に、スタスタと出口の方に、只ひとり歩き出した。
私は慌ててしまい、『待ってくれ!』と再び大声を挙げそうになったが、直前でそれに気づき、はたと辞めると直ぐに本を元に戻しに行った。そして後を追うように出口を出て、廊下の端から端まで見渡す様に眺めたが、彼は勿論待っては居なかった。
彼に声を掛けられた時に、私は沢山の図書を抱える様に持って来ていたのだから、さすがにそれを放ったらかして、後を追う訳にもいかない。ちゃんと几帳面に戻して来た分、時間が掛かってしまったのは、やむを得ない思議だった。
だから、彼が待って居なくても、ある意味当然だが、彼も私が山の様な図書に囲まれていたのは重々承知だったのだし、その上で、彼の方から提案をして来たのだから、少しは待っていてくれても良さそうなもんだと、私は勝手に想っていた。
私は深い溜め息を吐くと、こんな事なら端から無視して、資料の物色を続けていれば良かったと、酷く後悔した。
( ・ε・)『チェッ!何だい…少しは待ってくれててもいいじゃあないか?然も勿体振った風を装っておいて…待つ訳でもない。凝りゃあ、からかわれたか?或いは興味本位で眺めていた意趣返しかしらん?』
私はそう想いながら、『やれやれ…』と折角ヤル気で来た資料収集も中途半端に、ガッカリすると、その足で帰宅の途に着く事にした。そして図書館の入口を出ようとした時に、真横から再び、やおら突然に声を掛けられたのである。
「(  ̄ー ̄)ノやぁ♪だいぶ掛かったね!まぁあれだけ本を抱えて居れば、仕方ないかな?」
彼は藪から棒に笑い出すと、クスクスとしばらく笑い転げた。
「( ;゜皿゜)ノシ…何だ君は!判っていたなら、少しは手伝ってくれてもいいじゃあないか?」
私はイラッとした表情で彼に文句を垂れた。すると彼は眼を嫉む様に見つめると、
「それはすまなかったな…けどあれは君の範疇の事なのでね…変に中断させる訳にも行くまい。しかも、君はうんとも寸とも言わなかったからね…あのまま作業を続ける目もあった訳だ!まぁ君がその気なら、直に追い掛けて来るだろうと、作業を片す時間を考慮に入れて、ここで待っていた次第だ♪私の想定内に来れば良し、来なければ帰るつもりだったのさ!間に合って良かったな、おめでとう♪」
彼はサラッと何事も無かったかの様にそう呟くと、
「では行こうか?着いて来たまえ!」
そう言って、またひとりテクテクと歩き出した。
『何なんだ…いったい!』
私は彼の、人を頭ごなしに振り回す様な態度に少々ムシャクシャしていたが、また文句を言っても、彼流の御託を並べる流暢さでやり返されるのが関の山だと想って、不承不承着いて行く事にした。
『全く!(´~`#)…あんな奴だとはな?』
私は彼を眺めていた際の想像とは、まるで掛け離れた今の彼に、少し苛立ちを感じ始めていた。黙々と立派な仕事をする奴だから、さぞかし人見知りする、気の弱い奴だと想っていたら、真逆と言って良い程の、高ピ~な毒舌家に感じたのだから、然も在らん…と言ったところである。
彼は両手を首に持っていき、頭を抱える様な仕草で、坦々と歩き続けていたが、やおら立ち止まると、クルッと振り向いて、「サ店でいいかい?」と尋ねた。
『(≧口≦)…今さらかい!』
私はそう想ったが、そんな気持ちとは裏腹に、口からは意外にも素直な言葉が飛び出していた。
「(*゜ー゜)…いいよ♪」
私のその実直な程の真面目な反応に、彼はその心の有り様が手に取る様に判ったらしく、クスクスとまた笑い出した。
「(ノ∀≦。)ノじゃあ、僕の行きつけのサ店に行こうか…」
そう呟くと、そのまま再び歩き出した。
やがてひっそりとした佇まいの住宅地に囲まれた、寂れた様な一軒の喫茶店に辿り着くと、彼は戸を開いて中に入って行く。私も慌てて、戸が閉まる前に、それに続いた。
彼はここでも、奥の端から見えなさそうな角地に席を取ると、勝手に腰を下ろす。私の意向など、会った時からまるで考慮に無いといった具合だ。喫茶店の中は、平日の昼間であるためか他には誰も客が居なかった。
『(^。^;)どこに座っても同じだろうに…』
私はふとそう想った次第なのだが、彼はどうも馴れている様なので、彼好みの定位置といった処なのかもしれない。
やがて、フラりと店の主人らしい中年の男がやって来て、「いつものかい?」と尋ねた。彼は店の主人を見上げると、「あぁ…僕はそれでいい!」と応えて、「君も適当に頼んでくれ!」と呟く様に言った。
店の主人はチラッと私の方を向くと、注文を待っている。私は「(^ー^)ノじゃあ檸檬紅茶をひとつ!」とお願いする。店の主人は「あいよ♪」と言ってスタスタといってしまった。
背が低く、小肥りで丸っこい…。髪はオールバックにしており、瓶吐け油で念入りに固めていて、口髭を生やしている。いかにもサ店のマスターといった感じの人だった。職業柄、ついつい相手の風体をじっくりと観てしまう、私の悪い癖だ。
さて、彼は飲み物を待つ間にも、口が寂しいらしく、おもむろに煙草を取り出すと、口に1本持って行き、何事も無いかの様にライターで火を着けると、直ぐに吸い込んで、ファ~と白い煙を吐いた。
「おい!今日日室内で煙草なんか吸っても、いいのかい?」
(^。^;)私は焦ってそう口をついた。すると彼は(*´▽`)プププ…とほくそ笑んで呟いた。
「種を明かすとだね、ここは僕の兄の家なのさ!サ店と言っても、不特定多数を客としている訳じゃあ無い!(´~`)あくまで兄の趣旨に賛同した者だけしか入店はして来ないのさ!君は余り、注意深い人では無い様だな…店の前に貼り紙がして在るのに気がつかなかったのかい?」
そう言ってまた笑い転げている。彼の言葉に依れば、ここは店としては営業して居ないのだそうだ。あくまでも彼や彼の兄の知り合いが利用する社交場として存在しており、利用する会費替わりに、多少の心尽くしに、手土産をしたり、募金をしたりするらしい。
そのおもてなしとして、心ばかりに飲み物を提供したり、時には食事を出してくれたりするのだそうだ♪だから扱いは普通の自宅と同じで、煙草など大っぴらに吸っても苦情は出ないし、法律にも触れない。
現に彼の兄は、この家の二階に住居を構えているし、営業許可も取っていないのだそうだ。つまりは彼の言ったサ店とは、正確にはサ店では無く、サ店 擬きなのであった。
『(^。^;)何だ…道理で真っ昼間から店が閑散としている訳だな…』
まともな生活を維持する者なら、この時間は皆、あくせく汗水を流して働いているだろうから、人が居なくても当たり前である。彼に依れば、ここは夕方から夜に掛けては皆が集まって来て、賑わうのだそうだ。
彼は私にも、「そういう事だから…」と言って、煙草を勧めた。私も重度な喫煙家だから、そういう事なら有難い。彼の勧めた煙草は断り、自分のポケットからやおら煙草を取り出すと、火をつけて吸い込んだ。
プファ~とやはり白い煙を吐き出して、少し落ち着く。するとマスターがホットコーヒーとレモンティーを運んで持って来て、机に差し出してくれた。そして、ニコリと微笑むと、
「種明かしは済んだかな?こいつが友達を連れて来るとは珍しいな…あんたゆっくりしていって下さいよ♪」
そう言って、嬉しそうに引き上げて行った。
私は不思議な驚きを体験して、改めて彼を見つめると、「優しそうなお兄さんだね?」と尋ねた。
「それだけが取り柄でね♪」
彼は事も無げにそう応えた。2人は取り敢えず出された飲み物を口にして、ホッと一息着く。すると彼が佇まいを正すと、こう口にした。
「君とは長い間、現場で一緒だったが、こうして面と向かって話すのも、挨拶も始めてだな!改めて…僕の名前は如月中と言う。此れから宜しくな♪」
彼はそう挨拶すると、ニコリと微笑んで私を見つめた。