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空き家事件 その1

「何だ!ジェームズ♪こんなとこで何してる?」


中君は当たり前の様に日本語で話し掛けた。私は「??」不思議な顔で中君を見つめた。


片言の日本語しか話せない男に、そんな流暢に話し掛けてどうするんだと想ったのである。けれども中君は全くといって動じて居なかった。


『まさか…』私はそう想った。すると中君は私の摩訶不思議な顔色を見て、全てを察した。


「Did you make fun of my best friend?(僕の親友を馬鹿にしたのか?)」


中君は突然、流暢な英語で赤毛の青年に語り掛けた。赤毛の青年はそれを聞いてかなり動揺している。


彼は焦る様に言い放つ。どうも言い訳している様に見えた。


「It's a misunderstanding. I was just teasing you a little.(誤解だ。少しからかっただけだよ!)」


そう言って中君の反応を窺う。すると中君は溜め息混じりにこう言った。


「ジェームズ♪お前いい加減にしとけよな!」


そして真剣な顔に成るとはっきりとこう言った。


「I will not tolerate anyone making fun of my friend.remember it well!(誰であれ僕の友を馬鹿にするやつは許さない。好く覚えておけ!)」


中君は凄い剣幕で赤毛の青年を睨み付けた。赤毛の青年はその気迫に圧された。


そして心底反省した様にこう答えた。とても後悔している様子だった。


「sorry. I'll never do it again!(御免…二度とやらないよ!)」


赤毛の青年がそう謝ると、中君は彼の肩をポンポンと軽く叩き、頭の後ろに手を回すと、彼をやんわりと引き寄せて抱き締めてやった。


私は訳が判らずその様子をぼっと眺めていた。すると中君は私の方を振り返って謝ってくれた。


「史郎君!悪かったね♪こいつは英国時代の僕の相棒でジェームズ・スミスという。本来は気さくな好い男なんだが、悪戯(イタズラ)好きでね!相手を小馬鹿にする事がある。止めろと何度か忠告してるんだが、すぐ調子に乗るんだ。ほらジェームズ、謝るんだ!」


中君は赤毛の青年にそう言った。


「スミマセ~ン!ツイツイ マガサシマシタ♪」


ジェームズ氏は手を合わせて神妙な顔をした。私は勿論、嫌な気分にはなったが、ここは中君の顔を立てる事にした。


それに私も英語が出来ないのに調子に乗って知ったかぶりをして、適当に話を合わせた事には間違いない。


未だにどこが悪かったのか判らないが、この際お互い様と思う事にした。私が不用意に調子に乗った事が原因かも知れないからである。


「いゃ!私の方こそ多少、判らんいきだったからね♪でも中君が居ないから精一杯努めなきゃって想ってさ!」


私はジェームズの陳謝を快く入れた。


彼も中君の言う様に本来的に悪い奴では無いらしい。本当に悪かったと想ったのか再び「ゴメンナサ~イ!」と謝ってくれた。


どうやら中君の日本語も私の日本語も彼には十分通用しているらしい。(とど)のつまりは私のオウム返しが引き起こした可能性は十二分に在りそうだった。


「君は優しいね♪」


中君は呟く様に言った。そして私の事も彼に紹介してくれた。


「ジェームズ!彼は僕の親友でシロウ・サエグサだ♪とても善良で心の熱いヤツさ!だからもう馬鹿にするなよ♪」


「Sure.Shiro, nice to meet you.oh,such a nice name.(判ったよ!史郎、こちらこそ宜しく♪良い名前だね?)」


ジェームズは英語でそう言った後に"しまった"という顔をした。中君は吐息をつく。


「スミマセン♪史郎こちらこそヨロシク♪良い名前だね!気に入ったよ♪」


ジェームズはかなり流暢な日本語に変化した。私は驚いた。


こうして中君は私たちを引き合わせてくれた。ジェームズは再び手を差し出し、私たちは握手を交わす。


さらにはその流れでハグまでしてきた。私はニュースなどで海外の首脳同士がハグをしているのを何度か見ていたから見よう見まねで初ハグを経験する事になった。




「ところでジェームズ!見張りは大丈夫なのかい?」


中君は訊ねる。


ジェームズはキョトンとした顔をした後に「oh♪」と言って、想い出したように答えた。


「Aha♪それなら大丈夫!グランマに頼んで来たよ♪夕食時分までは囲戸端会議をしてくれる約束だ!それに近所の子供たちも遊んでいて、賑やかだから大丈夫だろう!」


「あぁ!そうか♪なら良い!君は相変わらず年配の女性には好かれるみたいだね?」


要はおば様キラーという事の様である。彼は体格が良い割にはなかなか甘いマスクをしていて、よく見ると可愛らしい。


さぞや好かれる事だろう。彼自身もそれを十分に承知していて、相手の(ふところ)にスッと入り込む壺を心得て居そうだった。


「ボク甘え上手ね♪グランマ皆、ボクを可愛がってくれるよ!」


ジェームズは誇らしげにそう言った。


「史郎君!君には話しの中身が今一つ見えない事だろう♪まだ多少の時間はある。部屋でその話をしながらコレでも食おう♪」


中君は買って来たものが入ったコンビニの袋をおもむろに差し出す。中には、(アン)パンやクリームパンが無造作に入っていた。




「oh♪コレネ!張り込みはヤッパリ(アン)パンダヨ♪」


ジェームズは楽しそうに(アン)パンに(かじ)りつく。 私たち三人がペントハウスの応接間に落ち着くと中君は話し始めた。


「実はね、史郎君♪ジェームズと僕は以前から開かずの金庫の鍵を巡る争いに巻き込まれていてね、世界中ありとあらゆる可能性がある地点を探って来た。主に頭脳を駆使してその地点を探り当てるのが僕の仕事。情報収集をしたり、その拠点に踏み込むのが、このジェームズの仕事さ♪」


中君の言葉を聞きながら、ジェームズは誇らしげに胸を叩く。


私は彼の口からそんな非日常的な言葉が飛び出して来て、改めて彼の職業が探偵である事を認識する。仕事の話しを語る中君の表情はいつになく精悍(せいかん)で、そこに彼の矜持が垣間見えた。


中君は話し続ける。


「その開かずの金庫には、暗証番号の他に絶対に必要な特殊な鍵が二つあるんだ。ひとつは通常の金庫にもあるような扉を開けるために必要な鍵だ。これは在るんだが…」


中君の顔にはその瞬間、憂いの色が感じられた。


「こちらを大陽の鍵と呼んでいるそうだが、この金庫を安全に開けるためにはもう一つ、月の鍵と呼ばれる青銅の鍵が必要でね、コイツを盗まれ、否…正確に言うべきだな。月の鍵は本来この開かずの金庫を所有していた正当な持ち主が持っていたのだ。この持ち主は表向きは権威のある職業についている愛すべき人格の人物と見られていたんだが、ある事件を切っ掛けとして、そいつが闇の住人である事が明るみに出た。それを暴いたのが、何を隠そうこの僕・如月中とこのサー・ジェームズ・スミスさ♪」


中君はそう言ってほくそ笑んだ。


ジェームズは相変わらず(アン)パンに(かじ)りついている。余程、気に入っているらしい。


ガツガツと少々お下品に音を立てながら、「そう♪そう♪ボクら凄げ~でしょ?」と言った。


私はだんだんと興味を惹かれて来ていたので、続きをせがんだ。


それにしても開かずの金庫といい、それに関わる闇の住人といい、スパイ映画や往年の推理小説を想わせる特殊な香りが漂って来て、とても好い。


そこでふとした疑問を感じたので、私はこの際訊ねてみる事にした。


「ところでジェームズって、サー・ジェームズなんだね?サーの称号を持っているのかい?」


私がそこに興味を持った瞬間に、ジェームズは目を輝かせて嬉しそうに口を狭んだ。


中君は(ひたい)に手の平を当てて、"やってくれた"といった(てい)である。


「oh,yes♪♪ワタシ、エリザベス女王にナイトの称号貰ってるね♪ココダケの話、このワタシが何を隠そう、あの007ジェームズ…」


ジェームズがそこまで言ったところで、中君はクリームパンをひとつ掴むと、彼の口に思い切り()じ込んだ。


突然の事でジェームズは必死に(もが)いて涙目に成っている。するとそこで中君がすかさず、主導権を取り戻す。


「史郎君!こいつの話しは、話半分に聞いておく事だ。すぐ自慢したがるのが悪い癖さ♪勿論、サーの称号を持っているのは本当だ。けどね、007のジェームズでは無い。あれはそもそもジェームズ・ボンドだからね♪母方の姓がボンドだとか真しやかにガセを語るもんだから、困っているのさ!(のり)の会社ならまだ判るがね♪本当のところは、コイツの父がアガサ・クリスティの生み出した名探偵、エルキュール・ポアロのファンでね、あの愛すべきスコットランドヤードの警部・ジェームズ・ジャップから付けた名前なのだ!コイツはそれが気に入らないのさ♪」


中君はそう言ってクスりと笑った。ジェームズは中君に「暴力反対!」と訴えている。


すると中君は「クリームパンも悪くなかろう?」と切り返す。


「ウン!ソウダネ♪日本の菓子パン、オイシイ♡」


咀嚼(そしゃく)して味が判った瞬間に、ジェームズはすぐに矛を収めた。食わず嫌いという奴なのだろう。


今まで必死に(アン)パンばかり手に取っていたのに、今はクリームパンにご執心である。私は案外、可愛い奴だと彼の事が好きになって来た。


中君も自分の弟をあやすように、愉しげに見える。


「ところでサーの称号って、余程の事が無いと貰えない筈じゃあ…中君は持っていないのかい?」


後々、考えれば余計な詮索(せんさく)だった。でもこの時の私は興味が抑制を上回っていたから、気にも留めていなかった。


するとジェームズは、咀嚼の手を止めて、顔を上げると中君を見つめた。この時になって、私はしくじったかも知れないとふと感じた。


ところが中君は平常心のままで、顔色ひとつ変えずに事務的に告げた。


「あぁ…勿論!くれるって言うから貰っても良かったんだが、僕はそういう固苦しいのは嫌いでね!だから辞退したのさ♪コイツも付き合って辞退しかねなかったから、"せっかくだから貰っとけ"と勧めてやった。それだけの事さ…」


中君はなぜか当時の事に想いを馳せるように余韻を残した。私はそこに何かしらの深い事情をようやく察して、それ以上追求する事は無かったのである。


私は重くなった空気を(ぬぐ)うように質問を変えた。


「それで…もしかしてその月の鍵というのが、この日本国内にあるとか?」


私はそこまで言うと苦笑した。そんな都合の良い事がある筈が無い。それではまるで映画か小説の世界である。


ところが案に反して、中君の瞳は輝きを増し、只一言、「そうだよ♪」と答えた。


「何だってぇ?」


私は驚いた。


先程までは何事も無く過ごし、そんな片鱗すら見せなかったばかりか、弥生さんに叱られて納戸に逃げ込み、縮こまっていた彼が、国際的犯罪事案を推進していたなんて、いったい誰が想うだろうか。


そして先程から菓子パンにご執心で悦に入っているもう一人のあの青年も、我々の知らない局面で身体を張って取り組んでいるのだ。


人は見た目じゃあ無いなんて言ったらさぞや批判に(さら)される事だろうが、世の中には誰にも注目されずに、それでも直向(ひたむ)きに取り組んでいる彼らの様な連中が居るのだ。


自分でも十分に凡人だと自覚している私にとっては、何か急に国際的陰謀に巻き込まれた気がして、不思議な高揚感に(さいな)まれていた。すると中君は、「ここからが本題だ♪」と告げて話の続きを語り始めた。


「月の鍵は金庫を開くための直接要因にはならない代物だ。ではなぜこれがそれ程、重要なものなのか。史郎君!君だったらどう推理するね?」


中君はニヒルな笑みを浮かべながら、そう(ただ)した。私はチラリとジュームズの方を覗き見る。


彼は私の瞳を見つめながら、「史郎サン!ワタシの顔ニハ何も書いてマセン♪」そう言ってケラケラ笑っている。


私はその時に、このジェームズが情報収集と拠点急襲の担当者だという事を想い出した。彼も十中八九承知している事なのだろう。


そもそも顔色を(うかが)って(ひらめ)く程度のものでは在るまい。私は仕方無く、考えられる限りの知恵を絞った。


「月の鍵が無いと太陽の鍵が回せないとか、暗証番号が打てないとかかい?良く言うじゃないか!連動カラクリなんだろ?」


すると中君は、「ピュイ♪」と口笛を吹いて手を叩いた。


「えっ♪正解しちゃった?」


私は想わず目を輝かせる。ところがそれは(ぬか)喜びに終わった。


「こいつは驚いたな!」


それでも中君はびっくりしたようだった。彼はおもむろに口を開くと、「残念だが不正解だ…でも見込みはあるよ♪ジェームズよりは余程、まともな推理だな!」と言った。


矢面に(さら)されたジェームズは面白くなさそうに「チェッ!」と(こぼ)した。私は糠喜びに終わったものの、褒められたので気分はいい。


そこで中君に何が違ったのか、何が良かったのかを問い質す。すると中君は鼻を鳴らして、「聞きたい?聞きたい?」と気色の悪い声を出した。


私は仕方無く、「そりゃあ、そうさ♪」と盛り上げる。気を良くした中君は、すぐに説明してくれた。


「まず始めに、月の鍵は金庫を開ける直接要因にはならない代物だと言った筈だ。という事は即ち、月の鍵が無くても金庫は開ける事が出来ると言う事になる。だから月の鍵の有無に関らず、大陽の鍵も回るし暗証番号も打ち込む事は可能なのさ!それが違った点かな?」


「月の鍵は大陽の鍵や暗証番号には影響を与えないって事だね?」


「まぁ、そういう事だな!」


「じゃあ、良かった点は?」


「そりゃあ、君♪ここまで聞けば、後は引き算だ!当然の如くそれは連動カラクリになっているって点さ♪この金庫の急所はまさにそこにこそ在るのさ!それに気づいた点を僕は評価したいね♪」


中君はそう評した。


私は自分の見えなかった才能が彼によって引き出され、そして大いに評価されたように感じて嬉しくなってしまった。


私は気を好くして持論を展開する。


「でも待ってくれ!それじゃあ、月の鍵はいらないのか?いゃいゃそれなら君たちが、こんな極東の島国までわざわざ来る必要はないものな…」


「まぁそういう事だね!カラクリが連動するって事は、月の鍵も必ず金庫には何らかの影響を与えている筈なんだ。そこでもうひとつ条件を提示しておこう!聞きたいだろ?」


「当たり前じゃあないか!聞きたいよ♪」


「そう言うと想った♪じゃあ説明しよう!この金庫の持ち主は、つまり闇の住人はだ、開かずの金庫の中に、自分の悪事の証拠となり 得る契約書類や巨額の資産の保管場所の手掛かりとなる暗号サインを保管していたんだよ♪日頃は大陽の鍵、月の鍵、暗証番号でこの金庫の開け閉めをして、中身を出し入れしていたんだろう。ところが自分が海外に渡航中に、自分の正体が僕ら二人によって暴露されてしまった。さぁ大変だ。彼の生命線はこうなると、その金庫の中身になるという訳さ!金庫は当然の事ながら、到るところに分散させた自分のアジトの内のどこかひとつには必ずある訳だ。それでも司法当局がバカでは無い事は彼も承知している。いずれは発見されるのも時間の問題だった。但し、海外に滞在する自分には金庫を処分したり隠す時間はもう無い。おそらく金庫は司法当局の手によって押収される事だろう。そして自分も出頭しなければ、国際指名手配という浮き目に遭いかねない。当然、彼は出頭するだろうね!」


「要は金庫の中身で彼の悪事を立証しなければ、彼を罪に問う事は出来ない。そういう事かい?」


「まぁ、そういう事になるね♪」


「だから、出頭した訳か!逃げれば却って疑惑を裏づけるものな♪」


「その通り!君はなかなか卒が無いね♪伊達に毎日、図書館通いをしていた訳では無いらしい。犯罪心理学の本も大いに役立ったみたいだな?」


「いゃ、それ程でも無いよ♪でもこの場合だと彼が助かる道は無さそうに想えるがな?だって暗証番号は判明していて、太陽の鍵も既にあるって言ったろう?金庫が開く条件は整っている訳だ。彼はどうみても風前の灯だ。月の健が無いってだけでなんで皆そういきり立つ?あぁ…そうか!そういう事だったのか♪君たちがこんな極東の島くんだりまで来た意味が判ったぞ!」


私は感激したようにそう叫んだ。中君はとても嬉しそうな顔をして、私の瞳を覗き込む。


「判ったみたいだね♪じゃあ君の推理をぜひ聞きたいな?どう結論付けたか教えて貰えるかい!」


私は自分の考えを淡々と述べる。


いつの間にかジェームズも身を乗り出して聞き入っていた。

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