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鬼と花咲かじい

 あるところに、「桜の森」があった。

 ここは毎年春になると、美しい花があちこちに咲き、どこもかしこも花畑になる。

 木に咲く花も、地面に咲く花も、どの花も、まるで優美な女性であるかのように、美しい。


 しかし森の一番奥には、鬼が一匹住んでいた。

 美しい花畑に似合わず醜い姿をしたその鬼は、近くの村里へ来ては、食べ物を奪って、村人たちを困らせていた。



 冬が終わり春が始まる頃、村人たちは集まり、鬼を退治するべきかと話し合った。


「鬼は退治すべきだ。あんな奴を生かしておいたら村が大変なことになる」

「そうだそうだ、今年のお花見まで台無しにされるのはごめんだ」

「せっかくの楽しいお花見なのに、鬼だなんて顔も見たくない」


 多くの者たちが、鬼を退治することに賛成する中、長老が落ち着いた調子でなだめた。


「まずは冷静に、鬼に話を聞くべきだ。鬼にも鬼なりの考えがある」


 不思議な力を持つ長老は昔、その力を使って桜の枯れ木を満開にした、という伝説があり、村人たちから「花咲かじい」と呼ばれている。


「でも長老、鬼が暴れ出したら危ないですよ」

「心配する必要はない。私が鬼と話せば、鬼は落ち着いて話してくれる」


 なんと不思議なことに花咲かじいは、あらゆる動物とすぐに仲良くなれ、彼らの言うこともわかる。

 獰猛な猿の親分でさえ、花咲かじいを一目見ただけで子供のように大人しくなるほどだ。


 会議の結果、鬼と話し合うことが決定した。花咲かじいは護衛の村人たちを連れ、桜の森の奥深くへと進んだ。


 突然、重い足音が響いた。村人たちが驚いていると、目の前に巨大な体の鬼が現れた。村人たちの存在に気づいた鬼は、棍棒を構えて威嚇した。

 しかし、花咲かじいを見た途端、すっかり大人しくなった。


「お前は、あの時の……」

「はい、そうです」


 花咲かじいは、鬼に丁寧な返事をしたのち、質問をした。


「私たちは、なぜ村人たちから食べ物を奪うのか、あなたから話を聞きに来たのです。もちろん、手を上げるつもりは一切ないので、どうぞ、ありのままをお話してください」


 鬼は花咲かじいに心を開き、理由を話した。



 ……何年も前から、鬼は枯れ木の森でひっそり暮らしていた。

 そんなある春の日、突然、周りの枯れた木々が、満開の桜へ変化した。


「こんなのは見たことがない」


 驚いた鬼は森の中を歩き回ったが、あちこちで桜の木が咲いていた。


「でも、すごくきれいだ」


 いつの間にか、鬼は、乙女のように美しい桜に心を奪われていた。

 しばらく歩き続けていると、枯れ木に灰を撒いている正直者のおじいさんを見つけた。灰が撒かれたところは、木にも地面にも花がたくさん咲いていた。


「お前が、花を咲かせたのか」


 おじいさんが桜を咲かせたことに気づいた鬼は、お礼として、おじいさんに、おいしい団子を分けてあげた。

 鬼とおじいさんの二人は、桜の木の下に座り、団子を食べたり酒を飲んだりしてお花見を楽しんだ。


「どの木も桜が咲いていて、きれいだな」

「あなたがくださった団子も、桜と同じぐらいおいしいです」


 今までずっと一人で食事をしてきた鬼だったが、初めて誰かとする食事は今までで一番美味しかった。


 おいしい団子と、それを食べる鬼とおじいさん。

 そんな二人の様子を、意地悪なおじいさんが木の陰からこっそり覗き見ていた。そして、意地悪なおじいさんは悪巧みを思いついた。


「鬼に見つからないよう、こっそりお団子を盗ってしまおう」


 そんな意地悪なおじいさんのことも知らず、鬼はお花見に夢中になりながら、ガブガブ酒を飲んだ。正直者のおじいさんもお花見を楽しんでいたが、ある時、用事を思い出すと席を立ち、別れの挨拶をする。


「では、私はもう帰りますね。くれぐれも、お酒の飲み過ぎには気をつけてくださいね」


 正直者のおじいさんが帰った後も、鬼は一人桜に見惚れながら酒をガブガブ飲んだ。そのうち、飲み過ぎてしまったせいか、酒に酔い、眠りにつく。

 その隙に意地悪なおじいさんは、できる限り団子を風呂敷に入れて盗み、家へ持ち帰ろうと森奥を後にする。


「これでたくさん団子が食えるぞ」


 鬼が目を覚ました時には、手元から団子がほとんどなくなっていた。戸惑う鬼だったが、意地悪なおじいさんが後退りするを見て、団子が盗まれたことに気づく。

 こうして、奪われた食べ物を取り返すため、鬼は村里へ悪さをしに来るようになったのだ……。



 鬼の話を聞いて、花咲かじいは納得した。


「人間の方が先に、食べ物を奪っていたわけですね」


 鬼も人間と同じように、美しい桜を見たり、おいしい団子を食べたり、酒を飲んだりすることが大好きだったのだ。


「桜をきれいだと思うのは、人間だけじゃないのか」

「団子が大好きだなんて。そりゃ誰だっておいしいものが食べたいよな」

「鬼も、酒に酔って居眠りしちまうことがあるんだな」


 村人たちも全員、鬼に理解を示した。話に納得しなかった者は、誰一人としていなかった。


 桜、団子、酒……共通の大好きでつながった鬼と村人たちはその後、無事に和解し、交流がはじまった。

 鬼は村里で悪さをしなくなった代わりに、毎年春には村人たちと一緒にお花見や食事を楽しむようになった。


 それからというもの、鬼と人間たちは大きないさかいもなく、仲良く平和に暮らしたという。



おわり

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