第四章[本当のお話]その1
『……そなたらには試練を与えよう。もし乗り越えることが出来たら、命だけは助けてやらんことはない』
自然王はそう言い、アーフを操って御枝と戦わせていた。彼女は状況が呑み込めない中、必死に高速で迫りくるアーフの攻撃から逃げ、腕を伸ばして何度も攻撃を繰り返していた。
「このぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
伸びる。腕が、腕が、腕が、アーフに向かって空を切る。
「見切った」
迫りくる無数の腕を見て、無表情かつ抑揚のない声でそう言った彼女は、クルリクルリと回転や旋回を繰り返し、全ての攻撃をあっさりと回避していた。
「………とどめ」
御枝が腕を振り回しても同じように回避行動をとり続け、彼女を疲弊させたところで、アーフは御枝を正面に捉え、一気に加速した。
「!?」
「くらえ」
直後、爆音が鳴り響いた。床が砕け、粉塵が舞い上がり、破片が飛び散っていく。
そして、ひと際大きな音共に彼女等のいる塔の床が崩れ、床に減り込んでいた御枝はその下の穴に落下していった。
「……。追跡」
アーフは淡々とそう言い、御枝を追って穴の中へ。
『まだ、殺すまではかかりそうだな。そうでなくてはつまらない』
自然王もまた、淡々とそう言った。言葉とは裏腹に、その口調は非常に機械的なものだった。
『奴らは、もう渡って来たか?』
「うん。もう、この塔の麓あたりにやって来たんじゃないかな?」
自然王がアーフの後に続いて穴に降りていく中、その肩に誰かが湧き出てきて、その問いに答えた。
「アソシアードは巨大化マスターに乗って橋の残骸を無理やり渡ってる。時間はかかるけど、十分な時間があるし、執念で間違いなく」
彼は、宇沙に自然王の蛮行について聞き、自然王の姿を見止めた時、いても立ってもいられなくなり、倉庫から駆けだした。
未だ疲れが溜まるマスターに無理を言い、巨大化してもらって橋の残骸を伝って向かってきていたのだ。
それから既に十数分は経っていた。
「ほら、来た」
自然王の傍らの誰かが言ったとき、アソシアード達は塔の麓、先ほど花枝たちが入ったドームの大穴の所に既に辿り着いていた。
▽―▽
船から降りたアソシアードは、塔の麓を目指し、森を必死に駆けていく。
「何なんだよ、このっ……」
彼は、状況が呑み込めていない。御枝が何故あんな塔の上で人型兵器と必死に戦っているのかも。自然王が、どういう意図であんなことを言ったのかも。
アフレダの解決法の話は、どうなってしまったのかも。
分からないけれど、それでも今は。
「御枝………」
今確実なことは、御枝が危機に陥っていることだ。だから、彼女の元へ向かわねばならない。
(あの相手に、アイツは圧倒されてた………このままじゃ…)
最悪の可能性が彼の頭をよぎる。大好きなあの笑顔を、二度と見れないことが。彼女に、もう会えないということが。
それは嫌だと、当然彼は思う。だから走り続ける。
「焦ってるからって案内役、見失わないでね?入り口を知っているのは……」
宇沙はアソシアードの少し先に湧き出ることを繰り返して言う。
「何度もうるさいぞ。それなら最初に少しの間だけとはいえ、消えたりするな」
「あはは」
ちなみにマスターは今、アソシア―ドの頭の上だ。疲れて一歩を動けないらしく、ヘルメットのように彼の頭にくっついている。
「……あ、見えた」
急に木々の海が途切れ、彼らの目の前に高くせり上がったドーム状の建物が現れる。その上には、例の塔がそびえ立っていた。
「入り口は!?」
「こっち、こっち」
手招きする宇沙に従い、建物の外周を走り、入り口に入るアソシアード。
彼が御枝を探して中をうろつく。
「どこだ、御枝……どこに……」
その時だ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
くぐもった御枝の叫び声が、彼らの元に届いた。
「御枝!?」
上から聞こえてきた声は、とても大丈夫そうなものでは無かった。明らかな激痛による恐怖の叫び。それを聞き、アソシアードは不安にならずにはいられない。
彼は唇をかみ、
「………くそ。御枝」
一階フロアを後にしようとした。だがそれは、中断させられる。
「待っていたわ」
天井付近の作業用通路から、飛び降りる影が二つ。着地したそれらの奥に湧き出る者一人。
「ああ」
突如、薄暗い照明がつく。それによって、現れた者たちの姿が明らかになる。
「お前たちは………」
薙刀を持った花枝、二丁拳銃の詩、植物でできた鞭を持つ上総がいた。
「すまないけど、ここでアンタには壊れてもらうわ」
その平坦な声にアソシアードは眉を顰める。
「……何だ、随分と、感情が薄い」
二人(正確にはマスターを入れて三人だが)の眼前の花枝、詩、上総の瞳は虚ろだ。言葉遣いこそ同じだが、いつもより明らかに声に抑揚がない。まるで操り人形だ。
「お前ら、俺の邪魔をするのか」
今、彼がやるべきことは二つ。なんとしてでも御枝を死なせないため、彼女の元へ駆けつけること、そして自然王を問い詰めることだ。
そのためには、目の前の花枝たちは邪魔でしかない。
「それは間違ってないわね。私たちはアンタを破壊することを命令された。それ故、アンタ達を倒す。………そうすれば、解決法を教えてもらえるのかしら……。いいや。寒けない。今まで変わらず、敵よ」
「そうだぜ」
「そう」
三人は平坦な声で次々に言ったのち、同時に頷く。
「そうかよ。………なら、突破して見せる!」
「諦めなさい」
直後、詩が両手に持った拳銃の引き金を引いた。
「……!」
それは宇沙が放った袖が、何度も折れながら間に挟まることで弾は袖を貫きつつも軌道が逸れ、あらぬ方向に飛んでいく。
「お前………!」
驚いたアソシアードは思わず声を上げる。
「……そんなに驚くかな?仲間を守って」
驚いた、と言いたげに口と目を見開いて口元を隠す宇沙に、アソシアードは当たり前のことを言うかのように、
「当然だろ。お前、人を面白い見世物程度にしか思ってないだろ」
「うん、そうだね」
宇沙は首肯する。
「……け、ど。そんなんでも、仲間を守ることはあるよ?」
「何だと………?」
「そうここで言う。………ここは任せて先に行け!ってね?……ってあれ、もういない」
宇沙がじりじりと迫りよってくる相手三人の方に向いた隙に、アソシアードは全力疾走でフロアをかけ、階段を駆け上がる。
「……ひどいなぁ」
彼の後を追うために、当然花枝たちは動こうとするが、宇沙は両十メートルの袖を自在に操って三人を絡めとり、彼が二階フロアに上がるのには十分な時間を作る。
彼女はそれを見届ける。
だが、最後まで余裕で見られていたわけではなく、詩の放った銃弾によって眉間と左腕の付け根を打たれ、ふらつく。
「……やるね。さて……とっ」
突如真横に湧き出てきた上総が鞭を振るって宇沙を弾き飛ばす。
彼女はふらふらと後ずさりしながら壁にぶつかって崩れ落ちる。そんな彼女の前に、花枝たち三人は集まる。
「……アソシアード。あなたはもうすぐ知ることになる。全てを」
宇沙は彼の姿が完全に見えなくなったことを確認し、言い始める。
「………最低かもしれないね、それは。でも、仕方ない事なんだよね」
花枝が、身の丈に合わない薙刀を、無理に振り上げる。
「………さようなら、アソシアード」
宇沙は静かに、笑っていた。
彼は走った。ひたすらに。迷いつつも二階フロアを抜け、階段を駆け上がり、最上階のドーム型の空間へ。そして彼は、その奥に聳え立つ塔の中へと……。