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大根と春菊の混植


 俺は玄関で長靴を履いて外に出る前にスマホを操作してメールを開いた。


 受信欄を覗いてみるが、竹細工を営んでいる友人、大林からの返信はない。


「どうしたんだ、ジン殿?」


 メールをチェックしていると、後ろから作業着に身を包んだセラムがやってくる。


「いや、メールの確認をしていてな」


「例の竹を加工するプロか! まだ返事がないのか?」


「……そうみたいだ」


 大林にメールを送ってから四日が過ぎていた。


 メールをすれば、どんなに忙しい奴でも大抵二、三日程度で連絡がくるものだ。


「よっぽど仕事が忙しいのか、あるいは俺に対して何かしら思うところがあるのか……」


「ジン殿はその者と仲が悪かったのか?」


「いや、別にそんなことはない。ただ、ずっと連絡を取ってなかったからなぁ」


 あいつは家業が竹細工を営んでいるということもあって高校を卒業してすぐに地元に根付き、俺は都内の大学に進学し、都内にある企業に就職した。


 正反対の道に進んでいたが故に俺たちの距離は次第に遠くなり、交流することはなくなった。ただそれだけの事だ。


「何年も連絡を取ってなかったからな。あいつも同じように気まずいのかもしれない。急に連絡して迷惑だったのかもな」


「そんなことはない。その友人も久しぶりの連絡を嬉しく思っているはずだ。きっとすぐに返事が届くと私は思う」


 セラムの言っていることには何の理屈も根拠もない。だけど、堂々としたセラムの言葉を聞くと、不思議と気持ちが前向きになった。


「そうだな」


 メールの返信期間で思い悩むなんて俺らしくない。


 適当に仕事でもしていたらその内にメールがくるだろう。


「お?」


 そう思い直して立ち上がった瞬間、俺のスマホから音が鳴った。


 受信欄を確認してみると、大林からのメールだった。


「友人からのメールか!」


「そうみたいだ」


 メールを確認しようとすると、何やら首筋に吐息のようなものがかかった。


 ぞわりとした感触がして慌てて振り返る。


「ああ、すまない。他人のスマホを覗き込むのはマナー違反であったな」


「まあ、そうだな」


 セラムの吐息が気になっただけなのだが、それを指摘すると思わぬ地雷になりそうだ。


 俺は曖昧に頷くと、気持ちを切り替えてメールを確認することにした。


 大林からのメールは返事が遅れたことに対する謝罪から始まり、久しぶりに連絡が貰えた事に対する嬉しさが綴られていた。


「……どうだ?」


 セラムがやきもきした様子で尋ねてくる。


「竹細工の指導は問題ないようだ」


「そうか! これで竹細工ができるのだな!」


 快諾が得られたことを伝えると、セラムが嬉しそうに顔を綻ばせた。


 それと同時に俺もホッとしていた。


 大林の都合がつかなかった場合に備え、セラムに指導できるようにこっそりと竹細工の練習をしていたのだが本職の者が教えてくれるのであれば、それに越したことはない。


「具体的にはいつだ?」


「三日後の午後だ。そこに時間を作れるように農作業を進めるぞ」


 あまり休みのない職業ではあるが、前もって予定を入れてくれれば、そこに合わせて作業を進めて調整することができるのが個人事業主の強みだ。


「わかった! ジン殿、早速仕事を始めよう!」


 快活な笑みを浮かべるセラムに引っ張られるようにして俺は家を出た。



 ●



 大林からの連絡が届いて竹細工指導の日程が決まったが、それは三日後だ。


 それまではきっちりと農作業をしなければいけない。


「今日は大根と春菊の種を撒く。ただし、撒くのは同じ畝で混植だ」


「混植?」


 本日の作業内容を伝えるとセラムが小首を傾げた。


「混植とは、異なる種類の植物を同じ場所に植えることだ」


「同じ畝に違う種類の作物を植えてもいいのか?」


 セラムがどこかハラハラしたような顔で言う。


 彼女の中には、一つの畝に植えられるのは一種類の作物だけという固定概念があるのかもしれない。


「品種によっては問題がある。だから、今回は大根をメインにし、一緒に植えることで相乗効果の出る春菊も一緒に植えるんだ」


 混植は、植物の生長を促進したり、害虫や病気を防いだりする効果が期待できる。


 しかし、注意すべき点もある。


 まず、混植する植物の種類を選ぶ際には、それぞれの植物の特性を考慮しなければいけない。例えば、背の高い植物と背の低い植物を混植すると、背の低い植物の日当たりが悪くなってしまうことがある。また、水や肥料をたくさん必要とする植物と、乾燥に強い植物を混植すると、水や肥料の量を調整するのが難しくなってしまうからな。


 きちんと考えなければいけない。


「春菊を一緒に植えると、どんないい効果があるんだ?」


「害虫を寄せ付けない効果がある」


「なんと! それはすごいな!」


 大根にはモンシロチョウ、コナガの幼虫、アブラムシといった多くの害虫を引き寄せるのだが、それらの害虫は春菊の放つ香りがとても苦手なので一緒に植えていると寄り付かなくなる効果がある。故に大根と春菊は相性のいい作物だと言われている。


「そんなわけで今日は二つの種を同じ畝に植えたい」


「では、そのための土作りを――」


「畝なら既に作ってある」


「なに!? 一人でやってしまわれたのか!?」


 きっぱりと告げると、鍬を取りに行こうとしたセラムが驚いた声を上げた。


 俺たちの目の前には既に畝が作られており、マルチが敷かれている。


「夏野菜で収穫を終えた畝の再利用だったから少し鶏糞を追加するだけの簡単な作業だったからな。それに最近はおはぎの身の回りを調えたり、竹林整備で忙しかったし」


 セラムが一からの作業に関わりたいという意志があることは知っていたが、今回は二人で同時に作業を

する時間がなかったので一人で進行させてもらった。


「むむむ、そういう事情があれば仕方がないか……」


「悪いな」


「いや、ジン殿が謝ることではない。私がおはぎを迎えたり、メグル殿たちと遊んだりと自由にできるのはジン殿がそうやって細かい部分を調整してくれているお陰だからな」


「そう言ってくれると助かる」


 でも、やっぱり作物に関しては一から関わりたいんだろうな。


 表情からしてセラムのそんな心境はよくわかったので、次からはできるだけ土作りにも参加させようと思う。


「まずは大根だ」


 今回植える品種は青首大根。


 地表から出ている根の上位部分が緑色になっているのが特徴だ。


 円筒形で水分が多く、根の上部は特に甘みが強く、下部には程よい辛みがある。


 年間を通して流通しており、日本国内の市場で流通している品種の九十%が青首大根だと言われている。


 俺はマルチカッターを持ってくると、畝を覆うマルチの表面に押し付けて撒き穴を作っていく。


 大根はスジ撒きでも点撒きでもどちらでも良いのだが、点撒きの方が間引きが楽なのでこちらを採用し

ている。


「……ジン殿、それは?」


「マルチカッターだ。これがあれば、マルチをくり抜いて撒き穴を作ることができる」


「私もやりたい!」


「いいぞ」


 やけに凝視してくると思ったらやってみたかったらしい。


 セラムはマルチカッターを手にすると、畝を覆っているマルチに押し当てる。


「おお! 綺麗な穴ができた! これはすごい!」


 感動した声を漏らすと、彼女は三十センチ間隔でぺったんぺったんとハンコでも押すかのように撒き穴を作り続けていく。


 俺は別のマルチカッターを持ってくると、反対側の畝に押し付けてぺったんぺったんと穴を空けた。


「ふう、いい撒き穴ができたぞ」


 十分もしない内にマルチで覆われていた畝には、大根を植えるための円形の撒き穴ができていた。


「じゃあ、種を撒くぞ。一つの穴の三粒から四粒だ」


「わかった」


 大根の場合、一つの穴に撒く種の数は五粒、六粒だ。通常の作物の二倍だ。


 これは他の種と一緒に発芽して成長していくことで発芽率がアップし、その後の生育も良くなるという大根性質を考慮してのものだ。


 ただ今回は三粒から四粒しか撒かない。


 去年は定石通りにやってみたが、大根が生い茂り過ぎて間引くのが大変だった。


 最近では品種改良も進んでいるし、少し減らしてみても十分に育つはずだ。


 単純に一つの穴に撒く数を減らせば、それだけ多くの数を育てることができるわけだし、今年は三粒から四粒で挑戦だ。


「よし、次は春菊の種だ」


 種撒きを終えると、次は春菊を植える。


 品種は中葉種。秋撒きなので株立ち型のものを採用だ。


 大根と大根の撒き穴の間に板の角を押し付け、深さ一センチの撒き溝を作る。


 そこに沿って鋏を通すことでマルチをくり抜き、撒き穴を露出させた。


「ここに種を植えていくぞ」


「うむ、本当に間に別の作物を植えるのだな」


 同じ畝に別の種類の作物を植えることに対し、セラムはまだどこか緊張しているようだ。


 別に悪いことをしているわけじゃないからな? 共存共栄なので慣れて欲しいものだ。


「種間はどれくらいがいいのだ?」


「二センチくらいで厚めに頼む」


「そんなにたくさん撒いていいのか?」


「春菊は発芽率の低い作物なんだ。この品種だと確率でいったら五十%程度。つまり、植えた種の内の半分は発芽しないことになる」


「そんなに発芽率が低いのか!」


 春菊の発芽率の低さにセラムは驚いているようだ。


「まあ、今年は温かいから平気かもだが発芽気温の十五度から二十度を外れるとさらに確率は低くなる。だから半分は芽が出ないと考えて、多めに撒いておくんだ」


「なるほど。私たちはその特性を理解した上で適切な環境を整えてあげるんだな」


「ああ、それが俺たちの仕事だ」


 神妙な顔つきでコメントをするセラム。


 いつも何も考えていないような言動をしているが、たまに鋭いことを言うんだよな。


「……ジン殿、なにか失礼なことを考えていないか?」


「気のせいだ。ほら、種を植えたら土を被せてやれ。春菊は好光性種子といって発芽に光が必要だ。覆土は厚くしないように。鎮圧も軽くだ」


「わ、わかった」


 次の作業の指示をすると、ジットリとした視線を向けていたセラムの注意が逸れた。


 扱いやすくて助かる。


 俺も種を撒いたら覆土をしてやり鎮圧をしてあげる。


 こうすることで土と種の接触が良くなり、発芽率が向上するのだ。その上、雑草の発生を抑制する効果もあるので行っておくべきだ。


「わっ! 強過ぎて土が固まった……ッ!」


 すぐ傍では鎮圧が強すぎて、慌てて土をほぐしている女騎士がいるが気にしないことにする。あそこの春菊の発芽率が悪かったら間違いなく、あの女騎士のせいだろう。


 春菊の種撒きを終えると、最後に畝全体に水をかけてやる。


 種撒き後に水が湿っていることは発芽の条件だ。


 特に春菊は乾燥が苦手な作物なのでしっかり水やりをしてあげる。


「よし、これで大根と春菊の種撒きは終わりだ」


「あとは発芽を待つだけだな!」


 大根は三日から七日、春菊は五日から十四日ほどで発芽するだろう。


 特に今回は初めての混植だからな。大根と春菊の組み合わせがどのような相乗効果をもたらしてくれるのか楽しみだ。






新作はじめました。


『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』


異世界でキャンピングカー生活を送る話です。

下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n0763jx/

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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

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