竹林整備の報告
田んぼで拾った女騎士のコミック7巻は2月発売予定です。
一度、家に戻って衣服を着替えると、俺たちは竹林整備の報告をするために茂さんの家を訪ねた。
「いらっしゃい、二人とも。今、冷たいお茶を準備するわね」
「かたじけないミノリ殿」
実里さんは俺たちを出迎えるとリビングへと通すと、すぐに冷たい緑茶を差し出してくれた。
「ミノリ殿の淹れてくれる緑茶は美味しいなぁ」
「いい茶葉を使っているからね」
「いやいや、これは適切な温度管理の賜物だ。茶葉もそうだがミノリ殿の腕がいいのだ」
「あら、嬉しいわね」
確かに良質な茶葉を使っているのだろうが、セラムの言う通り適切な温度と時間管理による味わいなのだろうな。
うちにある安物の茶葉と俺たちの技術では到底再現できそうにない。
「僕にもお茶を貰える?」
俺たちが緑茶を飲んでいると、リビングの奥にある居間から茂さんが顔を出してきた。
「そう言うと思って置いていますよ」
「あ、本当だ。ありがとう」
茂さんは座布団の上に座るなり、冷たいお茶を一口飲んだ。
「茂さん、竹林整備をやってきましたよ。これがその写真です」
「え? これ本当に僕の山?」
撮影した写真を見せると、茂さんが目を丸くした。
あまりの変わり様に所有者も疑うほどの反応だ。
「そうですよ」
「四時間しか経っていないのにこんなに整備が進んだの?」
「セラムが頑張ってくれましたから」
「うむ、頑張ったのだ」
「若者の力というのはすごいね」
あれだけの範囲を整備しようと思ったら本当は何日も時間がかかるはずだが、セラムがかなりの力持ちだと知っているからか特に茂さんは気にしていなかった。
「二人とも本当にありがとう。いやー、あれも放置しておくわけにはいかないから助かったよ」
「その代わり、来年の春にはタケノコ掘りさせてください」
「もちろんさ。美味しいタケノコが食べられるように頑張るよ」
竹林整備の報酬として来年のタケノコ掘りを要求すると、茂さんが快く許可をしてくれた。
これで来年にはセラムにタケノコ掘りを体験させてやることができそうだな。
「二人ともどら焼き食べる?」
「食べるぞ!」
「いただきます」
竹林整備の報告が落ち着いたところで実里さんがどら焼きを持ってきてくれた。
お盆の上に載せられたどら焼きを見て、俺は驚く。
「これ虎屋のどら焼きじゃないですか……」
ここから少し離れた場所にある創業八十年以上を誇る老舗の和菓子屋だ。
特に有名なのがどら焼き。
手焼きのために一度に二十四個しか焼けないため一日の生産数が限られている。
確か五個で千五百円と結構な値段がしていたと思うが……。
実里さんに視線を向けると、彼女は口の前で人差し指を立てていた。
「ほう、これがどら焼きとやらか。これは初めて食べるので楽しみだ」
セラムの純粋な反応からしてこれが高級な和菓子だとは知らないようだな。
……これは黙っておけということだな。
セラムはとても反応が良く、美味しそうに食べてくれるので色々な食べ物をつい食べさせたくなってしまう。そんな関谷夫婦の気持ちが俺にもわかるからな。
セラムは両手で丁寧に持ち上げると、どら焼きをぱくりと口に含んだ。
「ふわふわなのに中はしっとりとしている! 香ばしい生地としっとりした餡の相性が抜群だ!」
どら焼きを食べるなりセラムが翡翠色の瞳をキラキラと輝かせた。
そんなセラムの反応を見て、実里さんと茂さんはニコニコと微笑んでいる。
まあ、ここにいる全員が幸せなのであれば何も問題はないな。
感激しているセラムを横目に俺もどら焼きを頬張る。
しっとりと柔らかな生地は常温であってもその風味を損なわせていない。
生地はとても香り高い。きっと、美味しいどら焼きを作るために何年も試行錯誤して作り上げたのだろう。
中に詰まっている餡はほのかで上品な甘みをしており、生地との相性がとてもいい。
「美味しいな」
冷たい緑茶と味わっても非常に合う。
口の中が程よく中和されて、いくらでも食べられそうだ。
「羊羹、饅頭、草餅、みたらし団子といい、ミノリ殿の振る舞ってくれる和菓子はどれも美味しいな!」
……うん? 前に一緒に羊羹を食べたのは知っていたが、いろいろな和菓子が出てきたな。
俺の知らない間におはぎを知っていたことといい、もしかするとセラムの奴は俺が想像する以上にここで高級な和菓子を与えられているのではないか?
「本当? 嬉しいわ」
「ミノリ殿の審美眼は大したものだ」
俺がそんな予想をして青ざめていることをセラムは知らず、呑気に実里さんと談笑をしている。
「あの、茂さん……」
「本当に気にしなくていいよ。僕たちが好きでやっていることだから」
「ですが、さすがにこれだけの量は……」
これだけ与えられていてばかりでは二人に申し訳ない。
「最近は実里さんとデートするのが特に楽しいんだ。どういう和菓子を選べば、セラムちゃんが喜んでくれるだろうって話し合いながら和菓子屋を巡ったりしてね」
何かお返しになる物を贈ろうと考えていると、茂さんがセラムと実里さんの方を見ながら言った。
「別に僕たちの仲が悪かったわけじゃないよ? だけど、ジン君がセラムちゃんを連れてきてくれたお陰で生活がより楽しくなったんだ」
微笑みながら述べる茂さんの表情はとても満足そうだった。
今の状況に二人はとても満足しているし、俺やセラムに気を遣われることを望んでいない。
であれば、俺が口出しするのも野暮というやつだろう。
「ミノリ殿! どら焼きがとても美味しかったので、もう一個食べたいのだが……」
「ええ、いいわよ。どんどん食べちゃって!」
二個目のどら焼きを頬張り、幸せそうにするセラム。
「わかっていると思いますけど、あいつ本当によく食べますからね?」
「……まだしばらくは農家を引退できないかもね」
窓の外へと視線を向ける茂さんの横顔は少しだけ悲しげだった。
●
「シゲル殿、積み上げた竹はどうするのだ?」
どら焼きを食べ終わると、セラムが尋ねる。
伐採した後の竹の使い道が気になるらしい。
「野焼きにしたり、処理場へと持ち込んで処分することになる」
「そうか。処分されてしまうのか……」
茂さんの回答を聞いて、セラムがどこかしょんぼりとする。
「全部は無理だけど、いくつかは活用するつもりだよ」
「本当か!? どんな風に?」
「チップにすれば畑の肥料になるし、加工すれば食器を作ることができる」
「竹で食器が作れるのか!?」
竹の使い道を聞いて、セラムが前のめりになる。
一応は農業従事者なので肥料としての使い道の方に興味を示して欲しいが、竹細工を知らないセラムが強い興味を示すのは仕方がないか。
「うちにある竹ザルは、この辺りの竹で作られたもんだぞ」
「あの肌ざわりのいいザルは竹で出来ていたのか!」
身近にある竹細工を教えてやると、セラムが愕然とした表情を浮かべる。
伐採した竹があのような道具に変化するとは思ってもいなかったらしい。
「ザルの他にもお箸、器、お弁当箱、カゴと色々な生活道具を作れるよ」
「今では使っている人も少ないけど、長持ちするし自然素材ならではの温もりがあるのがいわよね」
「ザル以外にも様々な道具に変化するのだな」
「気になるんだったら作ってみればいいじゃない?」
「いや、しかし、私はそういった細かいものを作るのが苦手だ。上手く作れるとは思えない」
屋根の修理や土木作業はできるのに物作りは苦手なのか。
セラムの得手不得手がよくわからない。
「何事もやってみないとわからないでしょう? 大事なのはセラムちゃんがやりたいかどうかよ」
実里さんがそう言うと、セラムがもじもじとしながらこちらに向き直る。
「ジン殿、私は竹細工をやってみたい!」
「なら一緒に作ってみるか」
「ジン殿が教えてくれるのか?」
「いや、知り合いに竹工房を営んでいる奴がいる。そいつに頼めば竹細工を教えてもらえる……はずだ」
竹箸を作ったのは随分と昔の記憶なので教えられる自信がない。
せっかく竹細工をするのであれば、きちんとした素材を持っており、指導できる者がいた方がいいだろう。
「おお、竹を加工するプロがいるのだな! 是非、その方に指南をお願いしたい!」
「わかった。連絡しておく」
忘れないように俺はすぐに知り合いへとメールを送った。
スマホの操作をやめて顔を上げると、関谷夫婦が生温かい視線をこちらに向けていた。
「報告も終わったことだし帰るぞ」
俺は二人の視線から逃れるようにしてセラムを連れ、家に戻るのであった。
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