女騎士と竹林整備
竹とタケノコについての雑談をしながら進むこと三十分。
俺とセラムは目的の竹林にたどり着いた。
「……ジン殿、ここが目的地か?」
「ああ、ここが伐採するべき竹林……いや、竹藪と呼ぶ方が正しいな」
俺たちの目の前には鬱蒼とした竹藪が広がっていた。
竹が密集して生えているだけでなく、低木や草などの背丈の低い植物も生い茂っている。
竹からは葉がグングンと伸びており、降り注ぐ日光を遮っているために薄暗い。
真っ昼間なのにここだけ夕方なんじゃないかと思ってしまうほどだ。
……これは中々に手強そうだ。
「今までの竹林とはかなり違うのだな」
「これが整備の差ってやつだ」
関谷夫婦も定期的に整備をしているみたいだが、竹林の広大な広さを考えると手が回らないのだろうな。
時折、竹林整備の業者を使っているみたいだが、業者にばかり頼んでいると出費も多くなるし、今回は俺たちに頼んだのであろう。
「確かに山全体をこのようにするわけにはいかないな」
セラムが鞘から刀身を抜き放つ。
しゃらんとした刃の滑る音が鳴り響く。
微かに差し込んだ陽光に反射して刀身が銀色に輝いていた。
「ジン殿、ここにある竹をすべて斬ってもいいか?」
「待て待て。全部はダメだ。ちゃんと印をつけた竹だけにしてくれ」
全部斬ってしまっては竹林整備の意味がない。
「むむ、そうか」
セラムが残念そうに剣を鞘に納めた。
「一応、伐採するべき竹については茂さんが印をつけているはずだ」
「ジン殿、この赤いテープが貼られている竹ではないか?」
セラムが指さした竹を見ていると、そこには赤いテープが巻かれていた。
他にも周囲を見渡すと同じように赤いテープが巻かれている竹がたくさんある。
枯竹、倒れている竹、老齢竹、細い竹を中心に印をつけられているので、これが伐採するべき竹であることは間違いないだろう。
「早速、竹を斬らせたいところだが、まずは足場の確保が先だな」
伐採のための足場を確保するために俺とセラムは地面にある低木、倒木、枝葉などを邪魔にならない場所へと移動させる。
これらはひとまとめにしておいて腐らせたり、後日焼き払うなど適当に処分してしまえばいい。
ひとまずは俺たちが安全に活動できるだけのスペースを確保するのが先決だ。
「どうせ処分するんだ。丁寧に扱わなくていい。ドンドン投げちまえ」
「わかった!」
低木や倒木をドンドンと放り投げていくと、瞬く間にスペースが出来上がっていく。
「……これは大きいな」
しかし、中には俺でも持ち上げきれない倒木なんかが横たわっている。
竹によって押しのけられ、引き倒されてしまった木だろう。
「任せてくれ、ジン殿」
チェーンソーでも引っ張り出してカットしようとすると、セラムが近づいてきて拳を振り抜いた。
倒木が乾いた音を立てて半分に割れる。
セラムは半分になった倒木を両手で持ち上げると、遠くへと豪快に放り投げた。
「た、助かる……」
「これくらいなんてことはない」
いや、なんてことはあると思うんだけどな。
相変わらずセラムの身体能力は凄まじいの一言に尽きる。
喧嘩だけは絶対にしないようにしよう。
小一時間も作業を続けると、周囲の枯木や倒木がなくなり大分動きやすくなった。
「ふう、大分動きやすくなったな」
「ジン殿! そろそろいいのではないか!?」
セラムが翡翠色の瞳を爛々と輝かせる。
「よし、セラム。竹を斬ってくれ」
「任せてくれ!」
斜面の下へと移動すると、セラムは鞘から剣を引き抜く。
赤いテープの巻き付いた竹を真正面から見据え、剣を中段の位置に構えた。
普段の穏やかな空気からは打って変わり、セラムの表情に凛々しさが宿る。
固唾を呑んで見守っていると、竹の葉がハラリと落ちてくる。
竹の葉が地面に落ちた瞬間、セラムは素早く水平に剣を振るった。
それからセラムが手でトンッと押すと、竹はゆっくりと斜面の下へと倒れていった。
切り口を確認してみると、すっぱりと横に斬れていた。
「ああ、やはり久しぶりに剣を振るうと気持ちがいいなぁ」
声をかけようとすると、セラムは恍惚とした表情を浮かべていた。
剣で何かを斬れるのが嬉しいようだ。
「ジン殿! この調子で斬っても問題ないか?」
「ああ、印のついたものはドンドンと斬ってくれ」
「わかった!」
セラムはこくりと頷くと、竹藪の中を走り出して剣を振るった。
竹が綺麗に両断される。
続けてセラムは二本目、三本目と続けて剣を振るっていく。
彼女が剣を振るう度に竹が次々と倒れていく。
伐採されている竹はきちんと印のついたものだけであり、印のついていない竹は傷一つついていなかった。
嬉々として竹を斬り倒しているが、残すべき竹のことも考えてくれているようだ。
そのことがわかって安心する。
「竹がドンドンと倒れていくなぁ」
竹藪の中で白刃が煌めく度に竹が崩れ落ちていき、ドスンと音を立てる。
ここに生えている竹の種類は孟宗竹であり、直径が太いだけでなく長さもかなりある。
二メートルのもので重量は八キロほどであり、それ以上の長さのものもたくさんある。
そんなものが次々と倒れていく姿はさすがに怖い。
なにより地面が心配だ。
こんな重量級のものが次々と叩きつけられて平気なわけがない。
「セラム、一旦終了だ! これ以上一気にやると斜面が崩れそうで怖い!」
このままでは土砂災害が起きかねない。
そういった災害にならないように竹林整備をしているのに、整備作業のせいで土砂災害にでもなったら本末転倒だ。
「わかった!」
慌てて大声を上げると、セラムはすぐに竹を斬るのをやめてくれた。
「どうだ? ジン殿? 随分とスッキリしたのではないか?」
セラムが剣を鞘に納めながら言ってくる。
心なしか彼女の肌がつやつやとしているような気がする。
思いっきり竹を斬ることができてかなり満足げの様子だ。
「ああ、セラムのお陰でかなり伐採できたぞ」
周囲を見渡すと、かなり見晴らしがよくなっていた。
健康な竹だけが等間隔で残っており、それ以外はセラムの剣によって根元から綺麗に両断されている。
通常、竹を一本伐採して集積するのに十五分から二十分の時間は必要だ。
切るという工程だけしか行っていないとはいえ、これだけの範囲の竹を数分とかからずに伐採してしまうのは驚異的だと言えるだろう。
別に竹が食用化されなくても全国の放置竹林にセラムを投入すれば、問題の何割かは解決できそうだな。
「にしても、あれだけ竹が密集しているのによく剣を振り回るなぁ」
竹を両断できる腕前はもちろんのことだが、引っ掛かることなく長い得物を振り回せるのがすごい。
セラムの剣の長さと同じような若竹が落ちていたので試しに振り回してみると、すぐに竹に引っ掛かってしまって取り落とすことになった。
「ぬっ……」
「こういった狭い空間では得物を振り回すのは特に難しい。訓練を受けていないと振り回すのは容易ではないのだ」
竹に引っかけた俺の姿を見て、セラムが微笑ましそうに笑う。
「……コツとかあるのか?」
「剣を肉体の一部と思えるまで馴染ませることだ」
「なるほど」
身体の一部だったら引っ掛かることもない。
俺には武術の心得はないが何となく彼女の言わんとする意味はわかった気がする。
そして、それがどれだけと途方もない道のりなのかも。
「セラムって努力家なんだな」
「きゅ、急にどうしたのだ?」
「別にただそう思っただけだ」
「そ、そうか」
ただ思ったことを口にしただけなのだが、そんな風にもじもじと照れられるとこっちまで照れくさくなってしまうな。
「よし、竹を伐採したら枝払いをするぞ」
妙な空気を振り払うように俺は次の作業に取り掛かることにする。
「枝払いとは?」
「竹に生えた枝葉を落とす作業だ。竹の枝葉は鋭いからな。落としておかないと危険だ」
「なるほど」
竹材として利用するにも枝葉があっては邪魔だし、玉切りをするにも集積するにも枝葉が生えていては邪魔だからな。先に落としておくに越したことはない。
「では、私が斬ってしまおう!」
「いや、枝葉に関しては適当な硬い棒でいい」
剣を抜こうとするセラムを静止させながら、俺は適当に拾っておいた棒を手に持つ。
セラムが切り倒してくれた竹に近寄ると、枝葉に向けて上から下へと棒を振り下ろした。
「こんな風に枝の生えている向きと逆に向かって叩けば簡単に折れる」
「なるほど」
手本を見せると、セラムが感心の表情を浮かべた。
使っていた木の棒を渡すと、セラムも同じように枝葉へと叩きつける。
「おお、簡単に折れたぞ!」
「その調子で枝葉を落としてくれ」
「わかった」
木の棒を渡すと、セラムは倒れた竹の枝葉へと打ち付け始めた。
パキパキと乾いた音を響かせて、セラムが枝払いをしていく。
順調に作業に取り掛かっているのを確認すると、俺は用意していたもう一本の棒を手にして他の竹の枝葉を払う。
「なんだか楽しいな!」
セラムの言う通り、程よい硬さの枝葉を棒で叩き落としていくのは中々に気持ちがいい。
俺たちは無心になって棒を振るって枝葉を落としていく。
静かな竹藪の中、枝葉をへし折る乾いた音だけが響く。
――パキ、パキ、ベキッ。
「おい!? なんだ今の音は!?」
明らかに枝払いじゃない音が響いたぞ?
「す、少し加減を間違えてしまっただけだ」
心配になって見に行くと、棒の打ち付けどころをミスって竹を粉砕したようだ。
普通に怖い。
頼むので自分の足を打ち付けるような間抜けな真似だけはしないでほしいものだ。
時折、棒を打ち付けるだけじゃ折れない枝葉もあるが、そういう時は根元に切れ込みを入れてから叩けば折ることができた。
「ジン殿! すべての枝葉を落としたぞ!」
「なら次は玉切りだ。竹を二メートル間隔に斬ってくれ」
あまりに長いままだと集積するのにも困るからな。
「斬るのは任せてくれ!」
セラムは竹を並べると、素早く剣を振るってスパスパと斬っていく。
その鮮やかな動きは、食材を食べやすい大きさにカットしているかのようだ。
俺も加勢してチェーンソーで玉切りをしていくが、セラムの玉切りが速すぎてまったく加勢になっていないな。
竹を二本玉切りしたところで切り上げると、集積場所の確保をすることにする。
いくつかの集積場所に目星をつける頃には、セラムはすべての竹を斬り終えていた。
「ジン殿! 竹を斬り終えたぞ!」
「あとは集積場所に積んでいくだけだ」
玉切りされた竹を持ち上げては集積場所へと積み上げていく。
二メートルほどの長さにカットしても竹は八キロほどの重さがあるので一本持ち上げるだけでも重い。
本当は三本ぐらいなら何とかなりそうだが、集積場所までの道のりは足場も悪いので無理をすると転倒などの怪我をする恐れがある。
リスクを考えると成人男性でも運べるのは二本が精々だろう。
「よいしょ」
俺が竹を二本担ぐ真横では、セラムが十本ほど竹を担いでいた。
「セラム、無理はしていないか?」
「大丈夫だ。斜面であることを考慮して運ぶ本数は控えめにしている」
「……そうか」
どうやらその本数で彼女は手加減していたらしい。
コンテナの積み上げ、コンバインの持ち上げとセラムの身体能力の規格外さは知っていたつもりだが、久しぶりに男としてのプライドが傷ついた気がした。
えっちらおっちらと運んでは竹を積み上げていき、高くなれば別の集積場所へと運んでまた積み上げる。
これがまた時間がかかり、かなり負担の大きい作業なのだが身体強化を使用したセラムの活躍もあり、数十分も経過しない内に終わった。
最後に集積場所が崩れないように杭を打って補強してやれば、竹林整備は完了だ。
「ふう、大分綺麗になったな!」
「ああ。立派な竹林だな」
過密化していた竹は伐採され、適切な間隔で竹が生えている。
枝葉が生い茂っていたお陰で薄暗かったが、今ではしっかりと陽光が地面に届いている。
じめじめとした雰囲気が無くなり、実にスッキリとした景観だ。
これなら誰が見ても竹藪とは言わず、人によって手入れのされた竹林だと思えるだろう。
「よし、帰って茂さんに報告をするか」
「うむ、そうだな!」
茂さんにメールで作業が完了したことを報告すると、俺たちは山を下りるのだった。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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