竹林問題
「おー、ジン!」
ニンジン畑の水やりをしていると、すぐ傍の畦道から海斗の声が響いた。
「なんだ?」
「おい、こっちにホースを向けるなよ!? 濡れるだろうが!」
ホースを持ったまま振り返ってやったが、海斗は機敏な動きで水を回避した。
空手と柔道を嗜んでいるだけあって運動神経がいい奴だ。
「ちっ」
「あー! 今、舌打ちをしたな!?」
「水やりをしている奴に声をかけたんだ。振り返るのは当然だろ?」
海斗に声をかけられたから振り返った。この動作にそれ以上の意味はない。
「というか、こんな朝早くからどうしたんだ?」
農家や老人であれば、朝早くからこの辺をうろついていてもおかしくはないが、駄菓子屋兼動画編集者の海斗がこの時間にいるのはおかしい。
「徹夜明けの散歩だ」
「そうか。お疲れ様。見ての通り、俺は仕事で忙しいんだ。わかったらあっちに行け」
「んだよ、つれねえなぁ」
海斗と話していると朝の水やりがいつまで経っても終わらない。
俺はホースを向けながら海斗をしっしと追い払う。
一日の始まりとなる仕事はスムーズに消化させたいからな。
海斗を追い払って水やりを続けていると、またしても後ろの方から足音がする。
俺に邪険にされたのが悔しくて、海斗が何かを言いにきたのだろうか?
「おい、海斗。まだ邪魔するっていうなら本気で水を当てるぞ?」
「ジン君、僕は海斗君じゃないから水をかけないでくれるかい?」
今度こそ追い払うべくホースを向けて振り返ると、そこには海斗ではなく茂さんがいた。
これには思わず俺も焦る。
「すみません。つい、海斗の奴かと思いまして……」
「とりあえず、ホースをあっちに向けてくれるかな?」
「あっ、はい」
「おお、シゲル殿! おはようなのだ!」
ホースの向きを変えようとした瞬間に、別作業に従事していたセラムがこちらにやってくる。
「おい、セラム。ホースを踏んでるが足は離すなよ? その状態で足を離したら水が――」
「えっ」
俺が忠告をするが、残念ながらセラムはホースから足を離してしまっていた。
ホース内部でせき止められていた水は勢いよく噴出し、茂さんの顔を濡らした。
「わぁーっ! シゲル殿!?」
「セラム、タオル持ってこい!」
「わ、わかった!」
セラムが慌ててタオルを手渡し、茂さんは濡れてしまった顔や胸回りを拭う。
「……本当にすみません」
「あはは、気にしないでいいよ。むしろ、涼しくなったくらいさ」
ひとしきり水っけを拭うと、俺たちは深く頭を下げる。
いきなり水をぶっかけられるという大変失礼な行いをしてしまったが、茂さんは大して気にすることもなく笑ってくれた。
「それよりジン君。ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
隣人の器の大きさに感激していると、茂さんがそう切り出してきた。
こんな失礼なことをした後に頼み事をされると怖い。
いや、別に失礼なことをされたから無茶ぶりをしているわけではなく、元々そういう用事があったから声をかけにきたのだろう。そう信じたい。
「……なんでしょう?」
「竹林整備を代わりにやってくれないかな?」
「えー」
「そんな嫌そうな顔しないでよ。流し素麺をするのに使ったでしょう?」
前回、茂さんの竹林にお世話になったのでそう言われると、こちらとしては断り難い。
それにさっき大変な失礼をした後だし。
「ジン殿、竹林とは前に竹を採取した場所のことか?」
「ああ、そうだ」
流し素麺のために竹を採取しに行った記憶は新しく、セラムも覚えていたらしい。
「竹林は整備が必要なのか?」
「竹林は放置すると、とんでもない勢いで拡大してしまうんだ。竹が増えると生い茂った葉が日光を遮り、他の木々の成長を妨げて竹ばかりが増えることになる」
「竹が増えることは悪いことなのか?」
「放置すると害獣の隠れ家になって人里におりてきやすくなるんだ。さらに日差しが地面に届かなって下草が生えなくなる。そうなると土砂崩れの原因にもなったりするんだ」
害獣であるシカやイノシシがやってくれば畑を荒らされてしまうことになる。
竹林の整備問題は農家にとっても無関係ではない。
「なるほど。作物と一緒で手入れをしてやらないといけないのだな」
「そういうことだね」
独特なセラムの解釈に茂さんが微笑みながら頷いた。
「具体的に整備とは何をするのだ?」
「主にやることは伐採だよ。適切な間隔で育つように竹を切るんだ」
「――竹を斬るッ!」
俺たちが想像する『切る』とは、致命的に意味合いが違う気がする。
「竹林整備はいつも茂さんがやっていたんじゃなかったんですか?」
「いやー、そうなんだけど、コンバインを持ち上げてから腰の調子がよくなくてね。山に登るのが不安なんだ」
途端に腰の辺りをさすり出す茂さん。
確かに茂さんの年齢を考えると、そうなってもおかしくはないが本当に腰痛が酷いのだろうか。思わず疑ってしまうほどに彼は元気だ。
「ジン殿! シゲル殿が困っているのだぞ!? ここは若者として助けてあげるべきだ!」
「お前はただ竹を斬りたいだけだろ?」
「そ、そんなことはないぞ?」
セラムがあからさまに視線を逸らす。
相変わらず嘘をつくのが下手な女騎士だ。
「どうかな? ジン君」
「ジン殿!」
茂さんだけでなく、何故かセラムまで懇願するような視線を向けてくる。
……どれだけ剣で竹を斬りたいんだ。
「……わかりました。やりますよ」
流し素麺の件ではお世話になったことだし、先ほど水をかけてしまったお詫びもある。
竹を伐採するのは非常に面倒だが、今回はセラムがいることだ。
こちらが大して負担になることはないだろう。
了承すると、セラムと茂さんが嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
●
午前中の作業を終えると、俺とセラムは茂さんの所有する山へとやってきた。
伐採作業ができるように長袖の作業着に長靴、手袋を装着し、頭にはヘルメットを被っている。
一方、セラムは誰にも見られないのをいいことに異世界の鎧装備を身に纏っており、腰には剣を佩いていた。
「ああ、久しぶりにこの防具を装着することができたぞ」
完全に異世界の女騎士姿である。
女騎士としての本来の装備を纏うことができて嬉しいのか、セラムは感無量といった様子だ。
「そんなに嬉しいのか?」
「私にとって相棒のようなものだからな!」
端から見ると、ただの甲冑オタクにしか見えないが、それでセラムが喜んでいるのであれば別にいい。
「今日もこの辺りの竹を斬ればいいのか?」
「いや、ここは整備されている。俺たちが斬るのはもう少し奥にある竹林だ」
「……そうか」
セラムが腰に佩いている剣の柄を寂しそうに撫でる。
どれだけ早く斬りたいんだ。
「先に進めば嫌でも竹を斬れる。もう少しだけ我慢してくれ」
「うむ! 今日はいっぱい斬るぞ!」
出番はたんまりあるとフォローすると、彼女は鼻息を荒くして頷いた。
以前、流し素麺を作る際に伐採した竹林はスルーして、俺とセラムは先へと進んでいく。
山の中なので道は整備されておらず、傾斜もかなり急だが前を歩くセラムはスイスイと進んでいた。かなり重い甲冑を身に纏っているはずなのに身軽な装備をしている俺よりも早いってどういうことだ。相変わらず体力が違うな。
置いていかれないように必死に足を進めていると、前を歩いていた彼女がピタリと足を止めた。
「ジン殿、あそこはなんだ?」
「ん? どこだ?」
「あの藁を敷かれている辺りだ」
セラムの指を差した地点はだだっ広く竹が等間隔で生えており、地面には藁が敷かれていた。
「ああ、あそこはタケノコ畑だな」
「タケノコ?」
「その名の通り、竹の子供だな。竹になる前の新芽のことをタケノコっていうんだ。あそこではそれを育てている」
しっくりきていないセラムのために俺はスマホで検索して画像を見せてやる。
「ほら、こういうやつだ」
「おお! スーパーでたまに見かける巨大な根か!」
野菜売り場の近くで販売されていることが多いからか、セラムもかろうじて見たことがあるようだ。
「ということは、この根が成長して竹になるのか!?」
「そういうことだ。今は旬じゃないが春に採れるタケノコは美味いぞ」
「それは是非とも味わってみたいな」
タケノコご飯、天ぷら、土佐煮、刺し身……色々と美味しい料理が脳裏に浮かぶ。
竹林整備を終えたら来年のタケノコ掘りに参加させてもらえないか茂さんに頼んでみるか。
「ジン殿、タケノコが美味しいということは、成長した竹はもっと美味しいのか!?」
「いや、竹は食えたもんじゃない」
「ええ!? 食べられないのか!?」
「流し素麺のために鋸で切って器にしていただろ? 硬過ぎて食えないんだ」
「そ、そうであったな」
俺と海斗がギコギコと切っていたシーンを思い出したのか、セラムが愕然とした顔になる。
竹は細い繊維で構成されており、人間の消化器官では消化することができない。ただ硬いだけじゃなくシンプルに食用ではない。
「そうか、竹が食べられるのであれば竹林問題も解決できそうなのになぁ」
相変わらず食い気の旺盛なセラムのコメントであるが考え方としては面白い。
全国で放置竹林が問題となっているが、セラムの言う通り食材としての活用法が見出すことができれば何割かは解決できそうな気がした。
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