ニンジンの葉とツナとエリンギ炒め
土寄せを終えると、今日のニンジンのお世話は終了だ。
他の畑に移動して作物の確認や、水やりをして回っていると太陽が中天に差し掛かった。
「そろそろ昼食にするか」
「ジン殿! かき揚げにするか!?」
作業が終わると、セラムが期待の眼差しを向けてくる。
彼女が手にする収穫用の竹ザルの中にはニンジンの葉が入っていた。
前回食べたかき揚げがよっぽど気に入ったのだろう。
セラムは今回もかき揚げを食べたいらしい。
「……昼に揚げ物は勘弁してくれ」
「なぜだ!? ジン殿はかき揚げが嫌いなのか!?」
「嫌いじゃない」
揚げ物が嫌いな男子などこの世にいない。
きっぱりと告げるとセラムがなおさら理解できないとばかりの表情で小首を傾げた。
「このクソ暑い中、揚げ物をやりたくないんだ」
「やりたくないとはどういう意味だ? 料理が面倒なのか?」
料理をしたことがない小学生男子が母親に面倒な料理をねだるような構図だ。
俺も昔、母さんに唐揚げをねだって同じような反応をされたっけな。
あの時の母さんの気持ちが今になって痛いほどにわかる。
暑い日の昼に揚げ物はしたくない。
「揚げるには油を高熱にさせないといけない。そうなると暑いんだ」
「では、ジン殿の代わりに私がかき揚げを作ろう!」
「ダメだ。お前に一人で揚げ物料理は早い」
「なっ!? ジン殿は私を子供扱いしているな?」
最終的にはかき揚げを作れたものの、あれだけ油にビビッていたセラム一人で揚げ物料理をやらせるには危険だ。
やるにせよ監督役は必要となり、必然的に俺が暑さに晒されることになる。
とはいえ、セラムもよっぽど気に入ったのかかき揚げが食べたいみたいだな。
「……涼しくなった夜に作るのは構わないから昼は別の料理にさせてくれ」
「わかった。夜に食べられるのであれば昼は我慢しよう」
やや不満げにしていたセラムであるが夜に作ることが決まると満足げな表情になった。
「ところで別の料理とは何を作るのだ?」
「今日は炒め物にするつもりだ。ニンジンの葉はかき揚げにしても美味いが炒めても美味いんだぞ」
「なんと! それは楽しみだ!」
作業を切り上げると、俺たちは家に戻る。
手洗いやうがいを済ませてリビングに移動すると、俺たちをおはぎが出迎えた。
「にゃーん!」
「おはぎ! 私たちを出迎えてくれたのだな? なんと可愛い奴だ!」
いや、ただの餌の催促だろうと思ったが、セラムが拗ねそうなので言わないでおくことにする。
「ふう、家の中は涼しくていいな」
「……涼しい? あ、ジン殿! もしや、今日はクーラーをつけっぱなしだったのではないか?」
おはぎを撫でていたセラムがふと我に返ったように言う。
家に帰ってきたのに室内が涼しいということは常にクーラーが稼働していた証だ。
しかし、これは断じてクーラーを切り忘れていたわけじゃない。
「おはぎのために敢えてな」
「おはぎのため?」
「猫は暑さに強い生き物だが、あまりにも暑いと熱中症になる可能性があるからな。おはぎが快適に過ごせるための温度を維持しているんだ」
「なるほど。あまりに暑いはおはぎも倒れてしまうのか……」
「そういうわけだからこれからはクーラーを切るんじゃないぞ?」
「う、うむ。今までと真逆なので混乱しそうだが、おはぎの命がかかっているのだ。忘れないようにしよう」
今までと真逆のルールなので戸惑うかもしれないが、おはぎの命がかかっていることもあってかセラムは真剣な表情で頷いた。
「さて、料理をするか」
台所に移動すると、俺たちは昼食の準備に取り掛かることにした。
「セラム、ニンジンの葉を洗ってざく切りにしといてくれ」
「わかった!」
セラムはザルに入ったニンジンの葉を軽く洗って水けを拭うと、まな板の上でザクザクと切り始めた。
「前回よりもニンジンの葉が大きくてたくさんあるぞ」
「成長している証だな。きっと夕食のかき揚げも美味しくなるぞ」
「実に楽しみだ」
その間に俺はエリンギを二本輪切りにし、フライパンに少量の油を敷いておく。
油が温まったらツナ缶を投入。ツナ缶の油は捨てずにそのまま油として活用する。
油の代わりになるし、旨みにもなるからな。
「ジン殿、ニンジンの葉が切れたぞ!」
「硬い茎の部分だけを入れてくれ」
「一気に全部入れないのか?」
「部位によって火の通りやすさが違うからな。火の通りにくいものを先に入れるんだ」
「なるほど」
ニンジンの茎部分だけをフライパンに投入。
ヘラでかき混ぜながらツナと一緒にニンジンの茎を炒める。
少ししんなりとしてきたら輪切りにしたエリンギを投入。
塩と醤油で味を調えながら加熱していく。
最後に柔らかい葉の部分を足して炒めて胡椒で味を調える。
「ニンジンの葉とツナとエリンギ炒めの完成だ」
「おお! とても美味しそうだ!」
フライパンからそれぞれの皿へと盛り付ける。
「ご飯とお味噌汁の用意もできているぞ」
お盆の上にはセラムが二人分のご飯を盛り付けてくれており、今朝の残りの味噌汁を温め直してくれていたようだ。
「にゃーん!」
「すまない。おはぎの昼食もすぐに用意するぞ」
おはぎが抗議するように鳴き声を上げると、セラムが慌ててキャットフードを用意。
猫用食器皿にキャットフードが投入されると、おはぎは顔を突っ込んで先に食べ始める。
俺は二人分の料理をテーブルに運び、セラムが着席すると手を合わせた。
「「いただきます!」」
食前の挨拶を終えると、俺たちはすぐにニンジンの葉の炒め物に箸を伸ばした。
「うん、美味いな」
ニンジンの葉の爽やかな香りと苦みが口の中に広がる。
ツナのコクのある旨みとエリンギの食感と見事に調和しており、塩、胡椒、醤油などの味付けが全体を引き締めていた。
「ニンジンの葉のシャキシャキとした食感、エリンギの弾力、柔らかいツナ……異なる食感が面白い! そして、なによりもこれはご飯と合う!」
セラムは驚愕の表情を浮かべると、すさまじい速度で箸を動かし始める。
炒め物を口に運ぶと、続けて白米をかき込んでいく。
シンプルな味付けが故にご飯と合うんだよな。ツナの安定感が半端ない。
俺も炒め物、ご飯、炒め物、ご飯と箸を動く手が止まらない。時折、味噌汁を飲み、漬物を食べてから口の中をリセット。再びニンジンの炒めものと白米のループだ。
早朝からの農作業で空腹だった俺たちはあっという間に昼食を平らげた。
「ニンジンの葉は炒めものにしても美味しいのだな」
食器を洗い終えると、セラムが両脚を伸ばしながらしみじみと呟く。
「炒め物にするのも悪くないだろう?」
「でも、夜はかき揚げという約束だぞ、ジン殿」
このまま炒め物にはまって夕食も炒め物にならないかなと思っていたが、セラムの意思はとても固いようだった。
その日の夜はセラムと一緒にたくさんのかき揚げを作ることになった。
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