ニンジンの間引き(二回目)
「おお、葉っぱが育っている!」
畑に生えているニンジンの葉を見て、セラムが嬉しそうな声を上げた。
「前に間引きをした時はあんなに小さかったのになぁ」
「間引きをしたことで残ったニンジンに栄養がいき、成長の勢いが増したんだ」
前回の間引きから一週間と少しが経過しており、ニンジンの葉はかなり生い茂っていた。
軽く一本を引き抜いて確認してみる。
本葉が五枚から六枚になっており、根の太さが七ミリほどになっていた。
「よし、二回目の間引きをするぞ」
「ということは、またニンジンの葉が食べられるのだな!」
セラムのわかりやすい食い気に俺は思わず苦笑する。
「最初はニンジンを間引くのが可哀想とか言ってたのにな……」
「株間がぎゅうぎゅうになってしまうと根が大きくなれず、栄養の奪い合いになってしまうのだ。ニンジンをきちんと育てるためにもこれは仕方のない行いなのだ」
ジトッとした視線を向けると、セラムがどこかで聞いたことのある台詞をスラスラと述べた。言い訳がましくなければ、セラムの成長を素直に喜べたんだけどな。
「とにかく、今回も間引きをすればいいのだな?」
「ああ、基本的にやることは前回と同じだ。ただ今回は十センチくらいの幅を空けるように頼む」
一回目の間引きでは五センチほどの幅を空けたが、成長しニンジンの葉と根が大きくなってきたのでそれ以上の幅を空ける必要がある。
そのことを伝えると、セラムは元気よく返事をして作業に取り掛かった。
俺も自身の担当する畝へと移動し、ニンジンを間引くことにする。
「むむむ……」
株間が十センチになるように間引いていっていると隣の畝にいるセラムが一向に動いていないことに気が付いた。
「どうした?」
「ジン殿! どれを間引いて、どれを残せばいいのかわからない!」
どうやらどれを間引くべきか悩んでいたようだ。
畝を移動すると、セラムの前には群生しているニンジンの葉があった。
一回目の間引きではまだニンジンの葉も小さい上に幹も細かったので選別が容易だったが、二回目にもなると葉の数もかなり増えて、幹も大きくなり群生し始めるので選別が難しくなるのだ。
「ジン殿、どれを抜けばいいのだ!?」
「発想が逆だ。先に残すべきものを考えるんだ。セラムはどんなニンジンがよく育つと思う?」
「葉が生い茂っていて幹が太いものか?」
「そうだな。この五つの中で一番幹が太いのはどれだ?」
「えーっと、この左から二番目と右から二番目のものだ」
「じゃあ、それ以外の三つはいらないな」
「う、うむ」
そう言うと、セラムが三本のニンジンの葉を抜いた。
まだ自信がないのかその手つきがおっかなびっくりといった様子。
「この二つはどちらも幹が太い。こういう場合はどうすればいい?」
「確かに二つとも中央の幹が太いが、右側のものは枝分かれした幹に細いものが混ざっていないか?」
「ああ、混ざっている」
「そういう細くてひょろっとしたものは徒長しやすいから抜いた方がいい」
「……ジン殿、徒長というのは?」
「徒長というのは、植物が間延びした状態に育ってしまうことだ。こういう奴は普通の苗よりも虚弱で枯れやすく実りも悪くなってしまう」
水分不足、日光不足、栄養過多、土の硬さなどの要因があると徒長になってしまう。
たとえば、種を植えた後に毎日水をじゃぶじゃぶとあげたり、肥料を足してしまうと水分と栄養が過多になる。また日当たりが悪いところで種を発芽させても徒長になりやすい。
これらは特に初心者が植物を育てる際にやってしまいがちな失敗例だ。
「なるほど。より健康なニンジンだけを残すのだな」
間引きする際のポイントを伝えると、セラムは理解したのか右側のニンジンを引っこ抜いた。
「よし、次のニンジンはどれを残すべきだ?」
「一番幹が太く、細い幹が混ざっていない真ん中のものだ!」
「正解だ」
残すべきものを正確に見抜いたセラムが他のものを抜いていく。
先ほどと違ってポイントがわかったからか選択に手に迷いはなかった。
「ふふふ、要点を押さえれば簡単だな!」
上手くいったことで調子に乗ったのかセラムが自身満々に言う。
……ほう、間引きが簡単とは大きく出たものだ。
「じゃあ、次は少し難しいものにするぞ」
「どんとこいだ!」
俺は畝を移動し、間引きの選択が難しい場所へとセラムを呼び寄せる。
「この六つの中から残すものを選んでくれ」
「任せてくれジン殿! 私は既に間引きのマスターになったのだからな!」
セラムが腰を折り、群生しているニンジンを観察する。
群生した六つのニンジンを眺めて彼女が固まった。
「……あれ?」
「どうした? 間引きのマスター。早くニンジンを間引いてくれないか?」
「す、少し待ってくれ!」
わざと急かしたてるとセラムが慌ててニンジンを見比べる。
そして、何を思ったのかニヤリと笑みを浮かべた。
「わかったぞ、ジン殿! これは引っ掛け問題だ! これはすべて残すべきニンジンで間引くべきものは何もない!」
「んなわけあるか。こんだけ大きいニンジンが群生してるんだぞ。間引きしないと栄養の奪い合いになって不作になるだろ」
「し、しかし、ここにあるのはすべて幹が太い健康なニンジンだぞ? どれを残せばいいのだ!?」
「こういう時は幹が真っ直ぐに生えているものを残すんだ」
「幹が真っ直ぐ?」
「ほら、ここの左端のものは幹が横に生えているだろ? こういうものを大きく育たないから抜いてやるんだ」
こういう幹が横になっていたり、斜めになっていたりするものは他のニンジンの成長を阻害する可能性があるからな。
「となると、優先的に残してやるのは……左から二番目と一番右のものか?」
「そうだな」
「では、残ったこの二つのどちらかを残すのだな? これは判断が難しいぞ」
セラムが腕を組みながら唸り声を上げる。
「いや、こいつらはどちらも形がいい。残しておいていいだろう」
「しかし、それでは幅が十センチ空いていないことになる」
「何もその数字が絶対ってわけじゃない。相手は自然だからな」
七センチも空いていれば栄養を奪い合うことなく十分に育つ可能性が高い。
それに間引きは三回目もある。
無事に育ったのであれば、その時により良質だったものを残せばいい。
この俺の判断が正しいか、ニンジンが成長してからじゃないとわからない。正解かもしれないし、間違っている可能性もある。
どの芽を残し、どの芽を間引くかの判断は非常に難しいものだ。
成長の良い苗を選んで残すべきだが、均一に残すためのスペースを確保するのも重要である。その選択を迫られた時にどちらを優先するかはその時の芽の生育状況や、農家の考え方によって左右されることになるだろう。
「……ジン殿、間引きというは難しいな」
「まったくだ」
農家になってそれなりに年数が経過するが、未だに俺も間引きには自信がないものだ。
●
「ジン殿! 間引きが終わったぞ!」
俺が間引きを終えて二十分後。ようやくセラムも間引きを終えたようだ。
彼女の足下にある畝ではニンジンたちがスッキリと生えている。
これで日当たりが良く、風通しも良くなったことだろう。
「なら次は追肥と中耕だな」
「追肥はわかるが、中耕とは?」
「栽培中に畝間、株間、条間の土の表面を浅く耕す作業のことだ」
耕してやることで除草、土の通気性の改善、干ばつ対策などの効果を得ることができる。
さらにニンジン、大根などの根菜類でやると、土が柔らかくなり根が大きく育ちやすくなるのだ。
「まずは有機固形肥料を畝の両サイドに落とす」
「うむ」
一粒ずつ八センチから十センチの間隔に軽く埋める。
前みたいにどさーって肥料を落としてしまうことを懸念したが、固形肥料なのでさすがに大丈夫だったようだ。
「追肥をしたら次は中耕だ。こんな風に五センチくらい耕す」
「なるほど。やってみよう」
鍬を渡すと、セラムがおそるおそる条間を浅く耕した。
「こ、こうか?」
「……なんでそんなにへっぴり腰なんだ?」
「浅く耕すというのが難しいのだ」
どうやら必死に手加減をしているらしい。
はじめての耕作で土に大きな穴を空けたセラムだからな。
関谷夫婦に教えてもらって慣れてきたかと思ったが、こういう繊細な作業は苦手なようだ。
「そんなに怖いならスコップでも使うか?」
「スコップを使ってもいいのか!?」
「いいぞ」
「では、納屋から取ってくる!」
鍬を使った方が遥かに効率はいいが、セラムの場合だとそっちの方が早そうだ。
「やし、やるぞ!」
程なくしてセラムがオレンジ色のスコップを手にして戻ってくる。
彼女は意気揚々とスコップを掲げると、条間の土をザクザクと掘っていく。
「おー! さすがはスコップ! これなら根を傷つける恐れがなく掘り進められるぞ!」
その代わり耕せる範囲は狭いし、いちいち座り込んで作業をするので身体への負担が大きいのだがセラムにとってなんら問題ないらしい。
ただ、こうやって横から眺めていると公園で土遊びをしている子供のようにしか見えないな。
端から見るとあれだが作業は順調に進んでいく。
「ジン殿! 終わったぞ!」
「なら最後は土寄せだな」
畝の両サイドから手を使って土を寄せる。
特にここ最近は雨が降ったからな。株元周辺の用土が少し流れてしまっている。
苗が倒れたり、露出した根を傷める原因になるのでちゃんと土寄せをしてあげた。
土寄せは前回も行ったこともあり、セラムも手こずることなくあっという間に作業を終えた。
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