女騎士としゃぶしゃぶ
従業員に案内されて、俺たちは四人掛けのテーブル席へ腰かける。
「しゃぶしゃぶなんて久しぶりだな」
「家でも食べることは少ないですしね」
家でやるとしても豚しゃぶくらいだからな。
数種類の肉を用意するだけで外食に匹敵するくらいの値段になってしまうし、しゃぶしゃぶをするくらいなら鍋にしてしまうなんて家庭がほとんどだろう。
「……ジン殿、しゃぶしゃぶといのはなんだ?」
俺とことりがそんな会話をする中、セラムだけはきょとんとしていた。
そういえば、セラムはしゃぶしゃぶをするのは初めてか。
「煮出した出汁に薄切りにした豚や牛肉をくぐらせて食べる鍋料理だ」
「ほう? 鍋料理とな?」
いまいちイメージができていないみたいだが実際に食べてみれば、すぐに理解できるだろう。
「メニューがないが注文はどうすればいいのだ?」
「タッチパネルでするみたいですよ」
テーブルにはタッチパネルが設置されており、そちらでしゃぶしゃぶのコースを選択するようだ。
「こ、これで選ぶのか?」
「はい、そうですよ?」
人を介さない注文方法に異世界の女騎士は呆然としている。
こういった自動化が進んでいるシステムのお店は初めてなのでセラムが驚くのは無理もないだろうな。
「だしは白だしと何にしますか?」
「すき焼きだし一択だ」
この店では基本の白だしに加え、もう一種類のだしを好きに選ぶことにできる。
課金すれば白だしを変えることもできるし、四種類のだしを選んで入れることもできるが、ノーマルの二種類で十分だろう。
「コースはどうしますか?」
タブレットにはしゃぶしゃぶのランチコースが表示されている。
六つコースがあり、値段によって食べられる肉の種類が増えるようだ。
一番安いものは豚バラ肉のみのしゃぶしゃぶであり、一番高いものだと国産牛を含めた八種類の肉が食べ放題であった。
妥当なのは牛&豚の食べ放題コース約二千円であるが、食べられる肉の種類は四種類と少なく家でも再現できそうなレベル。
「なら一番上の国産牛食べ放題コースを三人前だ」
せっかく外でしゃぶしゃぶを食べるんだ。どうせなら多くの種類の肉を味わいたい。
個人的に牛肉は絶対に外せないしな。
ドリンクバーをつけて三人前で選択すると、ことりがぎょっとした顔になる。
「え!? さすがに私のお小遣いで三千円のコースは……」
「お礼も兼ねているって言っただろ。今日は俺の奢りだから気にするな」
「いいんですか!? わーい! ありがとうございます!」
おはぎのための買い物に付き合わせて、ロクにお礼もしないっていうのも悪いからな。
キャットフードや猫用食器も貰ったのでこれくらいは当然だろう。
「セラムもこれでいいな?」
「うむ。ジン殿に任せる」
ランチで三千円越えとなると結構な値段であるが、先日給料を渡したばかりなのでセラムの懐は温かいようだった。
問題ないことが確認できたのでタッチパネルを操作して、注文を送信した。
程なくして従業員がコースの確認をすると、テーブルに備え付けられたコンロに火をつけてだしの入った鍋を持ってきてくれた。
「よし、野菜を取りに行くぞ」
「……野菜? これから畑に向かうのか?」
「そういう意味じゃない。とりあえず、付いてくればわかる」
疑問符を浮かべるセラムとくすりと笑うことりを連れて、俺たちは店内の中央へと移動。
鎮座しているカウンター兼、食材冷蔵庫の上にはいくつもの大皿が置かれており、その上には鍋の具材となる野菜が載っていた。
「すごい! お野菜がたくさん並んでいるぞ!」
タマネギ、ニンジン、ネギ、白菜、ニラ、キャベツ、エリンギ、しめじ……しゃぶしゃぶの定番ともいえる具材だ。
「お肉もそうですが、ここにある野菜はすべて食べ放題なんです」
「食べ放題というと?」
「つまり、どれだけ食べても料金は変わらないということだ」
「なんとッ!?」
簡潔にシステムを説明すると、セラムが大きく目を見開いた。
「ほ、本当にいいのか!? 好き放題食べたら後で法外な値段を請求されたりしないだろうか?」
「しねえよ」
どこのぼったくりのお店なんだ。
「お好きな具材をどんどん取っちゃいましょう!」
食べ放題というシステムに慣れているのか、ことりがトングで野菜を取っていく。
「ほら、セラムも取ってこい」
「う、うむ」
食べ放題のシステムに困惑しているセラムだが、率先して野菜を取っていることりを目にして、おずおずと彼女も野菜を取り始めた。
二人が楽しそうに野菜を取っているのをしり目に、俺は白飯や味噌汁といった他の品を取ることにした。
三人して野菜を山盛りにして取ってくる必要はないからな。
やがて席に戻ると、セラムとことりが戻ってくる。
「お野菜をたくさん取ってきたぞ!」
「お、おお」
セラムの取り皿には野菜が山盛りとなっていた。
「これ食べきれるでしょうか?」
「まあ、セラムの胃袋なら問題ないだろう」
セラムがいなければ嗜めるところであるが、彼女がいるのであれば問題ない。
「もう入れてもいいか?」
「ああ、全部は入れるなよ?」
「わかっている」
既に鍋の中のだしは温まっているので取ってきたばかりの野菜をセラムに投入してもらう。
白菜、ニンジン、タマネギと火の通りに時間にかかるものを先に入れていく。
「お待たせいたしました。国産牛が三人前、イベリコ豚三人前、豚バラ肉三人前、鶏肉が二人前です」
両方のだしに程よく具材が入ったところで従業員が大量の器を持ってきた。
「これがしゃぶしゃぶで食べるお肉か! 薄くて綺麗だな!」
赤身の適度な脂が差し込まれたお肉は極限まで薄くスライスされていることもあり、一種の芸術品のような美しさを誇っていた。
「で、これをどのように食べるのだ?」
「煮出しただしの中で数回くぐらせればいい」
箸で一枚の牛肉を持ち上げると、すき焼きだしへと潜らせる。
「おお、数秒もしない内に火が通ったぞ!?」
「あとはそのまま食べてもいいし、ポン酢なんかのタレをつけてもいい。好みのやり方で食べるだけだ」
白菜、ネギ、ニラなどと一緒に取り皿に入れると、俺はそのまま牛肉を味わった。
だしにくぐらせることによって脂の旨みが口内で溶け出し、力強い牛の旨みを感じることができる。そこにすき焼きだしが絡んできて最高だ。
「国産牛は美味いな!」
「すき焼きだしで食べる、しゃぶしゃぶは最高です!」
昼間だというのにお酒が美味しくなってしまう美味しさだ。
俺とことりが美味しそうに食べるのを見て、セラムはごくりと喉を鳴らした。
「わ、私も食べるぞ!」
いそいそと箸を手にすると、セラムは牛肉を持ち上げてすき焼きだしへとくぐらせた。
数秒ほどで箸を持ち上げると、他の具材と一緒に取り皿へと入れて頬張った。
「これは美味いな! おだしとの味が非常に肉に合っている!」
「お肉が薄くスライスされているのでいくらでも進みますよね!」
「うむ!」
肉から出る旨みがだしに溶け込んでいくのも美味しさの秘訣だからな。
食べれば食べるほどにしゃぶしゃぶは美味くなっていくと言えるだろう。
「次はイベリコ豚にするか」
霜降り牛のような綺麗なサシの入った豚肉を白だしへとくぐらせる。
サッと加熱すると、こちらはポン酢でさっぱりといただく。
口の中でほんのりとした甘みと豊かな旨みが広がる。
とろける上質な豚の脂身はまさに絶品だな。
そして、そんな脂身をポン酢が程よく包み込んで中和してくれる。
お陰で後味がとてもスッキリだ。豚肉を食べた後とは思えない。
「イベリコ豚も美味いな」
「どんな豚かはわからないが、豚肉の風味がよく出ている」
やっぱり、しゃぶしゃぶは色々な肉やたくさんの野菜と一緒に食べてこそだな。
家でやるのとでは満足感が違う。
「ジン殿、大変だ! お肉がなくなってしまった!」
「安心しろ。既に追加の注文はしてある」
セラムとことりの食べっぷりを見て、早めにタブレットで注文しておいた。
程なくすると最初と同じ量の器が到着し、従業員が空になった器を回収していく。
「これを食べてもお金はかからないのだな?」
「それが食べ放題ですからね!」
「今日は思う存分に食え」
「食べ放題とはなんと素晴らしいんだ!」
野菜だけでなく、お肉でさえもいくら食べても問題ないことを認識したセラムは、旺盛な食欲をさらに加速させるのであった。




