おはぎのための買い物
「見よ! 我が家の一員となったおはぎだ!」
セラムがおはぎを抱え、夏帆たちに見せびらかす。
「きゃー! 可愛い!」
「お迎えすることになったのはおはぎちゃんだったんですね!」
セラムと同じく猫好きなことりは、おはぎのことを知っていたらしい。
元はあの住宅街に住んでいた黒猫だしな。
「ちょっと触ってもいい?」
「うむ。優しく撫でてやってくれ」
「うわー、気持ちいい!」
「……ふわふわ」
おはぎを床に置くと、めぐるとアリスが優しく背中を撫でる。
大勢の者に囲まれてもおはぎは何ら動じることはない。
もっと撫でろとばかりに「にゃー」と要求している。
元は住宅街に住んでおり、人に慣れているからか物怖じすることはないようだ。
「猫を見に来てもらったところ悪いが、俺はこれから買い物に行くところでな」
「あ、飼い始めるのならお力になれるかと思いまして、おはぎちゃんのための道具を持ってきました」
ことりはいそいそとリュックサックを下ろすと、その中からキャットフードなどを取り出してくれる。
「もしかして、ことりは猫を飼っているのか?」
「あ、はい。うちに二匹ほど猫ちゃんがいます」
セラムと同じく猫が大好きなのは知っていたが、どうやら家でもペットして飼っていたようだ。
「ジン、知らなかったの?」
「知るわけないだろ」
なんで当たり前のように知っていなきゃいけないんだ。
「……ジンは私たちにもっと興味を持つべき」
めぐるだけでなく、アリスからジトーッとした視線が突き刺さる。
確かに俺はこいつらのことをほとんど知らない。
それは俺が興味を持って、知ろうとしていなかったからなのだろう。
そう考えれば、二人の言わんとすることも的を得ている気がした。
「この袋はなんだ?」
俺は話題を逸らすようにしてことりに尋ねる。
「キャットフードです」
「種類がいくつもあるのは……?」
「猫ちゃんにも好き嫌いがあるので。いくつか食べさせてあげて様子を見るのがいいと思います」
「……なるほど」
おはぎは猫の絵柄が描かれたキャットフードを興味深そうに見ている。
ただ単に猫の絵柄が気になるのか、それともいい匂いがしていると思っているのか。
できれば、この中にあるキャットフードから気に入るものがあると嬉しいものだ。
「こっちの皿は猫用食器か?」
「はい。猫ちゃんが食べやすい容器になっています」
新聞紙に包まれていたのは、猫が食べやすいように高さのあるお皿だった。
さっきの平皿だと、おはぎがかなり首を下げないといけなかったために食べづらそうだった。程よい高さのお皿があると、おはぎも食事をしやすいのだろう。
「コトリ殿! こちらの棒についたフリフリはなんだ?」
「おはぎちゃんと遊ぶための玩具ですよ」
「あはは! おはぎが夢中になっている!」
めぐるが猫じゃらしを振ると、おはぎは興味深そうに目で追いかける。
やがては背中を曲げて、たしっと手を出し、追いかけていた。
楽しそうに遊ぶめぐるを見て、セラムがやりたそうにうずうずとしている。
「そうか。猫用の玩具もあるのか……」
俺が見ていたネットのページに書いていなかったのは、あくまで早急に揃えるべき必要最低限のものだったからだろう。
さすがは猫を飼っているだけあって、ことりが用意してくれた物は違う。
「ことり、これから買い物に行くんだが、よかったら付いてきてくれないか?」
「え? 私がですか?」
「ああ、俺とセラムは猫を飼った経験がないからな。経験者がいると心強い」
やはり、飼ったことのある者がいると、こちらとしても選んで買いやすいしな。
俺とセラムでは何がなにやらさっぱりだ。
「それならうちの車を貸してあげようか? 三人で行きたいなら軽トラはきついでしょ?」
俺とことりで行こうと思っていたが、大場家の車を借りられるのならセラムも加えて三人で行けるな。
「助かる」
「いえいえ。その代わり、お土産に期待しますから」
「わかってるよ」
やっぱり夏帆は強かだ。
「ことりんが行くなら私も行きたい!」
「……私もお買い物に行く」
ことりが行くならばと、めぐるとアリスも手を挙げた。
「いや、お前たちにはおはぎと留守番をしてもらいたい。悪いけど頼めるか?」
「「…………」」
素直に頼み事をすると、めぐる、アリスがぽかーんとした顔になる。
「なんで黙るんだ?」
「いや、なんかジンにそんな風にお願いされたのは初めてだったから」
「……うん、ビックリした」
確かに俺からこいつらに頼み事のようなものをするのは初めてだったかもしれない。
「で、どうなんだ?」
「ジンがそこまで言うならしょうがないな」
「……おはぎのためにお留守番しておく」
「あたしも夕方から用事があるし、二人とここにいるわ」
めぐるとアリスだけでなく、夏帆も夕方くらいまでなら家にいてくれるようだ。
「んじゃ、買い物に行くか」
「うむ!」
「はい!」
そんなわけで、おはぎを三人に託し、俺はセラムとことりと出かけることにした。
●
海斗の家に寄って車を借り、走らせること一時間弱。
俺たちはショッピングモールへたどり着いた。
「おー! ここにやってくるのも随分久しぶりだ!」
「私もです!」
「コトリ殿もそうなのか?」
「お母さんに連れていってもらえないと中々行けないので……」
セラムだけでなく、ことりもショッピングモールは久しぶりのようだ。
まあ、車を運転できないと気軽にやってこられるような距離じゃないからな。
やたらと広い駐車場を歩いていき、正面入口からモール内へと入っていく。
「……今日は人が多いのだな」
「休日だからな」
前回、セラムを連れていった時は平日だったために空いていたが、今日は休日のために学生や家族連れの客が多く賑わっていた。
「ペット用品店はどこにあるんだ?」
「一階の奥ですよ」
ことりに案内してもらいモール内を進んでいくと、突き当りのところに『ワンにゃんラブ』と書かれたペットショップがあった。
「うわぁー! ジン殿! 犬や猫がいっぱいいるぞ!」
ここでは子犬や子猫たちをペット迎えられるようになっているらしくケージの中には様々な動物がいた。
可愛らしい動物を前にセラムがガラスに張り付く。
同じように小さな子供もガラスに張り付いているために身体の大きなセラムが同じようにしていると猶更目立つ。
「その他にもハムスター、フェレット、ミーアキャットなんかもいますよ!」
「うわわわわ! なんだこの可愛らしい生き物たちは……ッ!」
ことりが調子に乗って、他の動物も紹介するものだからセラムは余計に目を輝かせて動かなくなってしまう。
……やっぱり、こいつは留守番をさせておくべきだっただろうか。
「ペット用品はこっちだから離れるぞ」
「う、うむ」
などと返事するがセラムの身体は一向に離れてくれない。
華奢な身体をしているのに一体どこにこんな力があるのか。
「ど、どうしましょう? セラムさん動かなくなっちゃいました」
住宅街で初めて猫を見た時と同じ現象だ。
何かに夢中になった時のセラムのエネルギーはすごいが、こういう時は本当に裏目に出てしまうものだ。
時間に余裕のある時なら構わないが、めぐるたちにおはぎを任せているし、午後には仕事だってある。
できれば、昼過ぎには帰りたいのでペットショップに何時間も滞在している時間はない。
「安心しろ。俺に考えがある」
ことりにそう告げると、俺はセラムに近づいて声をかける。
「セラムはそこでペットを見ていていいぞ。おはぎに必要なものは俺とことりだけで買っておくから」
「む! それはダメだ! 私もおはぎのために選んであげたいぞ!」
ことりと一緒に離れながら言うと、セラムはすぐに顔をこちらに向けてやってくる。
未知の可愛い生き物に惹かれる気持ちはあるが、おはぎを思う気持ちの方が強いらしい。安心した。
「さすがはジンさん、セラムさんを手玉に取るのが上手ですね」
「……言いたいことはわかるが、もうちょっと言い方は考えてくれ」
「あれ? 変でした?」
それじゃ俺がセラムを上手く利用しているように聞こえてしまう。
まあ、彼女はまだ中学生なので微妙に言い方が変になってしまうのも仕方がないか。
「まずはおはぎちゃんのトイレですかね!」
「猫用のトイレってどういったところに置くんだ?」
「一般的にはリビングや私たちと同じトイレの部屋や洗面場などですかね。ジンさんのおうちの広さですと、リビングに設置してあげるのがいいと思います」
「そうだな。うちのトイレはそこまでスペースに余裕があるわけじゃないしな」
決して狭いわけではないが猫用トイレを置けるほどの余裕はない。
人の目が届きやすく排泄のチェックもできるため適正な環境の維持しやすく、敢えてリビングに置く家庭も多いようだ。
「うーん、どれがいいんだ?」
猫のトイレといっても形は様々だ。
猫砂だけの入ったノーマルトイレや、ドームタイプの覆われたもの、バケツのような形状をした上から入るタイプと様々だ。
「やはり、トイレは広い方がいいのではないか?」
セラムが指さしたのはやたらと大きな灰色のものだった。
リビングが広いとはいえ、さすがにこの大きさのものを置くのは勇気がいるぞ。
「メガコンフィですね。フードがついているので砂の飛び散りも防止できていいのですが、おはぎちゃんにはちょっと大きすぎるかもしれません」
どうやら猫にとっては広ければ広いほどいいといったものでもないようだ。
「ことりはどれがいいと思う?」
「そうですね。リビングに置くことを考えますと、おはぎちゃんが安心してできるようにドームタイプのものがいいと思います」
ことりが示したのは先ほど俺が二番目に見ていたタイプのトイレだ。
確かにこのタイプなら囲いがあるので、おはぎが目の前でトイレをしてもそこまで気にならないな。
メガコンフィとやらは一万円ぐらいしていたが、こっちは二千円から五千円と値段も控えめで助かる。
「セラムはどれがいいと思う?」
「このブラウンのやつはどうだ? 丸っこくて可愛らしいぞ!」
「ふむ、これならリビングに置いても違和感はないな」
「システムトイレなのでおしっこは下に落ちてトレーに吸収されます。おはぎちゃんだけなら一週間くらいは交換する必要がないですよ」
「決まりだ。これにしよう」
消臭性能が高いだけでなく、お手入れも簡単とくれば迷う必要はない。
セラムが選び、ことりがオススメしてくれたこの猫用トイレを買うことにする。
「次は猫用ベッドか? これはどんなものがいいんだ?」
「丸くて体にフィットする柔らかい素材のものがオススメです」
「おはぎはよく丸くなって眠っているからな。まん丸とした体にフィットするものが良さそうだ」
おはぎと名付けられるくらいに黒くてまん丸な猫だ。あの状態になってリラックスできるベッドが相応しいだろう。
「あとは通年で使えるものか、洗濯機で丸洗いができるかだな」
「……ジン殿が選ぶ基準はロマンがないぞ」
「何事も手入れをしやすいのが一番だ」
手入れをしにくいものを選ぶと後でこちらが苦労する。畑の作物と同じだ。
「丸洗いできるものですと、こちらの三種類でしょうか?」
「このベッドはどうだ?」
セラムが手にしたのは丸っこい灰色のクッションベッドだ。
触ってみると手触りがとてもいい。
「ソファータイプのものにしないか? なんとなく囲いがないと不安だ」
おはぎにとっては無用な心配かもしれないが、毎回クッションの上に寝転がる度にハラハラとするのはゴメンだった。
「確かに丸っこいおはぎは転げ落ちてしまいそうだな。そちらの大きなソファータイプのものにしよう」
セラムも気持ちは同じだったようでベッドはソファータイプのものに決定した。




