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セラムが俺の嫁?


「ジン殿、少し散歩に行ってくる」


「一人でか?」


「うむ、この辺りの地形には疎いからな。少しでも早く把握しておきたいのだ」


 セラムが一人で歩くことに不安がないでもないが、ここは東京のような大都会と違って田舎だ。一人で出歩いて迷子になることもないだろう。


「仕事までには戻ってこいよ」


「わかった! では、行ってくる!」


 許可を出すと、セラムは剣を腰に佩いて出ていった。


 散歩でも帯剣するのか……。


 異世界の騎士であるセラムは朝がとても早い。


 それは朝が早いと言われる、農家の俺と同じかそれよりも早くに起きるのだからどれくらい早起きかわかるだろう。まあ、その分夜寝るのも子供並に早いのだが。


 ゆっくりと食べていた俺は一人で朝食を食べる。


 食べ終わったら食器を洗って、今朝の朝刊を読んで、テレビをつけて天気予報を確認する。


 そうやって仕事が始まるまでの時間をダラダラと過ごしていると、やがて仕事時間になった。


 しかし、散歩に出かけたセラムが戻ってくることはない。


「……あいつどこまで散歩に行ってるんだ?」


 仕事には戻ってこいと言ったはずなんだがな……。


 この世界の時計や時間についてセラムには教えてある。時計こそ持たせていないが、おおまかな時間の経過はわかると豪語していたのだが。


 もしかして、道に迷っているんじゃないだろうか?


「仕方ない。ちょっと探すか」


 心配になった俺は家を出ることにした。


「ジンちゃん!」


 裏手にある軽トラに乗ろうとすると声をかけられた。


 振り返ると家の敷地の前に、穏やかな顔をしたお婆さんが立っていた。


「実里さん、おはようございます」


「おはよう、ジンちゃん」


 このお婆さんは関谷実里さん。うちのお隣に住む農家だ。


 隣とはいってもここは田舎なので、歩いて百メートルくらい先になるのだが。


 ちなみに名前で呼ばないと怒られる。


「俺もいい歳なんで、ジンちゃんって呼ぶのはやめませんか?」


「いくら歳をとってもジンちゃんはジンちゃんさ」


「そうですか」


 にっこりと人のいい笑みを浮かべながら言う実里さん。


 実里さんは、赤ん坊の頃から俺のことを知っているので改めるつもりはないみたいだ。


 呼び方を矯正させることはまだまだ難しそうだ。


「それより何のご用で?」


「ジンちゃんの嫁のセラムちゃん。うちでちょっとお手伝いをしてもらっているから、それを伝えにきたのさ」


「ああ、実里さんのところで手伝いを……道理で帰ってこないはずだ――って、嫁?」


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


 真顔になって問い詰めると、実里さんはニヤリと笑う。


「ジンちゃんも隅に置けないねぇ。いつの間にあんな綺麗な嫁さんを貰ったんだい?」


「いや、セラムは俺の嫁じゃないですよ」


 セラムはうちで住み込みで働いている従業員だ。決して俺の嫁なんかじゃない。


「誤魔化さなくてもいいんだよ。セラムちゃんもそうだって言ってたんだし」


「ええ?」


 実里さんが邪推しているのかと思いきや、どうやらセラムがそのように言い張っているらしい。


 一体、どういう経緯でそのようなことになっているのか。わけがわからない。


「ちょっと様子を見に行ってもいいですか?」


「ああ、いいよ」


 状況を確かめるべく俺は実里さんの家に付いていくことにした。


 百メートルほど道を歩いてたどり着いたのは、うちよりも大きく古めかしい家だ。


 その屋根の上には、ゴムハンマーを手にして瓦を叩いているセラムがいた。


「おーい」


「ああっ、ジン殿。すまない。ミノリ殿の家の屋根を修理している」


「本当はジンちゃんに頼もうと思っていたんだけどね。セラムちゃんが手伝ってくれるって言うから任せてみたのさ」


 なるほど。散歩に出たセラムが手伝うことになった経緯はわかった。


 騎士をやるほどに正義心が高いセラムだ、困っている老人を放っておけなかったのだろうな。


 確かに老夫婦である関谷夫妻には辛い作業だ。


 関谷夫婦の家の屋根は、土に瓦を乗せたタイプで釘を使っていない古い瓦屋根だ。


 だから時間が経つと瓦がずれ落ちたりすることがある。


「というか、瓦屋根の修理なんてよくできるな?」


 コンコンとゴムハンマーを用いて瓦をずらしていくセラムの姿は中々に様になっている。


 セラムのいた世界に、日本家屋と同じ瓦屋根があるように思えないのだが。


「シゲル殿が教えてくれたからな!」


「いやー、こんなに若くて綺麗な人なのに手際がいいもんだから驚いたよ」


 屋根の下では実里さんの旦那である茂さんがご機嫌そうに笑う。


「工兵としての訓練も受けていたからな。こういった作業は得意なんだ」


 胸を張りながらどこか得意げに語るセラム。


 実戦を経験している女騎士はこういった土木仕事も得意のようだ。


 無駄にスペックが高い。


「「工兵?」」


「いや、なんでもない」


 揃って首を傾げる実里さんと茂さんを見て、慌てて作業に戻るセラム。


 セラムが異世界人だと知っているのは俺だけなのでピンとくるはずもない。


 俺は立てかけてある梯子を上ると、セラムの傍に近づく。


「おい、セラム。実里さんから聞いたんだが、お前が俺の嫁だということになってるのはどういうことだ?」


 率直に尋ねた瞬間、セラムが強く瓦を叩いた。


 動揺したせいか力加減がとんでもないことになっており、一気に瓦がずれた気がする。


 大丈夫かこれ?


「そ、そそ、それについては、成り行きというかなんというか……」


「一体どういう成り行きで嫁認定されるんだよ」


「ジン殿との関係を説明する時に困ってしまってな。ミノリ殿に嫁かと聞かれ、つい頷いてしまったのだ」


「いや、説明に困ったとしても嫁はないだろ」


「じゃあ、どう答えれば良かったのだ!? ミノリ殿とシゲル殿は幼い頃からジン殿のことを知っているのだろう? 下手な嘘はつけぬではないか!」


「うぐっ、そう言われればそうだが……」


 異世界からやってきた騎士で、行く当てもないので住み込みで俺のところで働いています。なんて言えるわけもないし、言ったとしても信じてもらえないだろうな。


 俺の過去や交友関係も知らない状態で迂闊な言い訳をすることもできない。


 実里さんの問いかけに頷いてしまうのも無理もないか。


「今さら従業員と言ったところで信じてもらえないだろうな」


 下からこちらを見上げてニヤニヤしてる関谷夫妻の様子を見れば、面白がっていることは明らかだ。


 家族関係は完全に把握されているし、遠縁の親戚だと言い張ることもできない。


「……ジン殿は私が嫁と思われるのがそんなにもイヤなのか?」


「いや、イヤとかそういう問題じゃなくてなぁ。大体、セラムの方こそいいのか? 周囲から俺の嫁だと思われるんだぞ?」


「私が異世界人だということは周知させない方がいいのは何となくわかる。しかし、それを隠した状態でジン殿の家に住んでいる上手い言い訳が私には思いつかない」


「まあ、それもそうだな」


「私がジン殿の嫁として周知されることで、ジン殿に迷惑をかけず受け入れられるのであれば問題ないと思っている」


 確かにそう言われると、悪くない案のようにも思える。


 田舎というのは良くも悪くも外からの流入者に敏感だ。


 下手な言い訳をして怪しい外国人だと思われるよりも、わかりやすく俺の嫁と言って飛び込んで貰った方が住民にとっても受け入れやすいだろう。


「そうか」


 どうやらセラムも考え無しで言い張ったわけではないようだ。


 大きな懸念点はセラムが俺の嫁扱いされて嫌がらないかどうかだが、そこに関しては問題ないらしい。


「ただし、ジン殿の嫁というのは建前だ! そ、そそそ、そういった肉体関係は一切無しだからな!」


「当たり前だ! 誰が手を出すか!」


「うむ、それならいい。ジン殿の理性と良心を信用することにする」


 セラムが嫁だというのは、あくまでここに溶け込むための建前だ。


 それを逆手に取って関係を迫るなんて言語道断だ。男としてやるべきことではない。


 そんな俺の心中を理解してか、セラムはそれ以上言うことなく再び手を動かし始めた。




 ●




「よし、こんなもんだな」


 瓦がずり落ちないように漆喰で固定をすると、瓦の応急処置は終了だ。


「シゲル殿、終わったぞ!」


「おお、ありがとう! とても助かったよ!」


「とはいっても、これは応急処置ですからね? いい加減専門の業者に頼んで修理してもらった方がいいですよ」


「うん、考えておくよ」


 などと言ってみるが、茂さんはにこやかに笑いながら適当な返事をする。


 多分、次も俺たちに頼めばいいとか考えているな。


 毎年こうやって言っているが専門の業者を呼んだことは一度もないからな。


「二人とも冷たい緑茶とお菓子を用意したよ」


 修理作業を終えて用具を片付けていると、実里さんがお盆を持って縁側にやってきた。


 二人なりのお礼の気持ちなのだろう。ちょうど喉も乾いていたし、素直にいただくことにする。


 しっかりと手を洗うと、セラムと一緒に縁側に腰かけた。


「これは何という食べ物なのだ?」


「これは羊羹。小豆をすり潰して、砂糖や寒天を加えて蒸して固めたものさ」


「なるほど」


 茂さんの説明を聞いて、セラムが感心したように頷く。


 多分、小豆自体を知らないのでよくわかってないだろうな。


「では、いただきます」


「はい、どうぞ」


 匙を使って羊羹を小さく切り分けると、口へと運ぶ。


 重厚な小豆の甘みが一気に押し寄せた。


「これ美味しいですね!」


「結構いいやつだからね」


 驚きを露わにすると、実里さんが笑いながら言う。


 道理で美味しいはずだ。


 羊羹というともっとゼリーみたいに柔らかくて、薄味だと思っていたが想像以上に重厚な味だった。


 柔らかいのも悪くはないが、俺はこれくらいどっしりとしていた方が好みだな。


 一口食べて、冷たい緑茶を飲むと甘さが緩和されていく。


 一仕事して汗を流した身体に、羊羹の甘さと緑茶の冷たさが染みるようだった。


 そうやって羊羹を食べていると、セラムが静かなことに気付いた。


 気になって視線をやってみると、セラムは表情をだらしなくさせていた。


「ジン殿……」


「なんだ?」


「この羊羹というのはとても美味しいなぁ」


「そ、そうか」


「私のいたところの菓子というのは、砂糖をふんだんに使ったものばかりで一口食べれば十分というものばかりであった。だが、この絶妙な甘味と風味を醸し出している羊羹はいくらでも食べられる」


 羊羹というより、こっちの世界の甘味を気に入ったという感じだな。


 そういえば、こっちでも昔のお菓子は砂糖を固めたようなものだったっけ。


 一口食べれば、もういらないと思うようなお菓子しか食べたことがなければ、こっちのお菓子が極上のように思えるだろうな。


「あらあら、そんなに美味しそうに食べてもらえると出したこっちも嬉しいね! 良かったらもう一個食べるかい?」


「いいのか、ミノリ殿!?」


「水まんじゅうもあるけど食べるかい?」


「どんなものかわからないがいただきたい!」


 実里さんと茂さんは次々と和菓子を持ってくる。


 セラムの純粋な反応が面白いので餌付けしている感じだな。


「それにしても、ジンちゃんも良いお嫁さんを貰ったねぇ」


「本当だ。今時の若い者とは思えないくらいに素直でいい子じゃないか」


 実里さんと茂さんの言葉に俺は思わず緑茶を噴き出しそうになった。


 一緒に住んでいる理由付けとはいえ、嫁を貰ったと言われるとビックリしてしまう。


 とはいえ、セラムがここに馴染むためにこれからはそういう振る舞いをしないといけないのだろ

う。


「ええ、まあ。俺には勿体ないくらいにいい嫁ですね」


 なんて言うと、羊羹を口にしていたセラムが顔を真っ赤にする。


 おい、理由付けとして一番自然だと言っていたのはお前なのに恥ずかしがるな。


「こんな可愛い子、どこで見つけたんだい?」


「私たちに話してみなよ」


 そんな素直なセラムの反応を見て、茂さんと実里さんが聞いてくる。


 表情を見ると面白がっていることは明らかだ。


 セラムを嫁にすれば、異世界人であることを隠しながらでもここに馴染める良い案だ。


 しかし、こういう風に周囲からかわれ続けることを考えると、もっといい案があったのではないかと後悔の気持ちを抱かざるを得なかった。






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