おはぎのいる朝
田んぼで拾った女騎士のコミック6巻が発売中です! よろしくお願いします。
「ジン殿! 朝ごはんができたぞ!」
「ああ、わかった」
リビングでパソコンと向き合って調べものをしていると、台所にいるセラムからそんな声がかけられた。
調べものを切り上げると食卓の上にはセラムの作ってくれた朝食が並んでいた。
お皿の上にはおにぎりが並んでおり、味噌汁、お漬物、出汁巻玉子などが用意されている。
相変わらず、おにぎりのサイズがデカいな。
この間、おにぎりの作り方を教えてからセラムはすっかりと作るのにハマったようだ。
「おにぎりに趣向を凝らすようになったな」
右から梅、鮭、塩こんぶ、ふりかけとただ握って具材を入れるだけではなくなっている。
「口当たりや形も良くなってきたという自負がある」
「それじゃあ、食べさせてもらおう」
早速、おにぎりを手にして頬張る。
「確かに前よりも米が柔らかくなっているな」
前はやや力が入り過ぎている側面はあったが、今回はその緊張がしっかりと抜けていた。
「しかし、どうもミノリ殿のように上手くいかない」
「そりゃ、年期が違うからな」
実里さんとセラムでは料理に費やしてきた時間が違うし、単純におにぎりを作ってきた数も違うだろう。
「……ジン殿、女性に対してその言い方はどうかと思うぞ?」
「じゃあ、経験か?」
「うむ。それがいい」
女性というのは細かいところを気にするものだ。
おにぎりを頬張りつつ、味噌汁を飲み、出汁巻玉子を突く。
お味噌汁の味はまだ安定せず、出汁巻玉子も層が不格好になっているが初期の頃よりも大分良くなってはいるな。
最初は一人でロクに料理を作ることもできなかったのにセラムも成長してきたものだ。
感心しつつ、最後のおにぎりを頬張ると口の中に奇妙な味が広がった。
「……おにぎりが甘い?」
「チョコレートおにぎりだ! そちらはどうだろう?」
「……却下だ」
おにぎりの中にチョコレートを入れるなんて意味がわからん。
やたらと甘ったるいおにぎりを完食し、台所でお皿を洗っているとリビングの端で丸まっていた黒猫がやってきた。
「にゃーん」
「おー! おはぎ、起きたのか!」
先日、うちのトラクターの下に入り込んでいた黒猫は妙に俺たちに懐き、セラムの強い要望によってうちで飼うことになった。
名前はおはぎという。
足にじゃれついてくるおはぎを見て、セラムが表情を緩ませて頭や背中を撫でる。
実に幸せそうだな。念願の猫を家で飼うことができて、とにかく嬉しいらしい。
「にゃーん!」
セラムが撫でている間もおはぎは何かを訴えるように鳴き続ける。
ここまで連呼されれば、構ってほしいわけではないことくらいセラムにもわかったのだろう。
「……もしや、おはぎはお腹が空いているのか?」
「だろうな」
「猫のご飯といえば魚! 焼き鮭はどうであろう?」
おにぎりの具材に使った焼き鮭の余りにセラムが目をつけた。
「俺たちが食べる鮭には塩分が多くて、おはぎの負担になる。確か冷蔵庫にサーモンの刺身があったはずだ。そっちを食べさせてやれ」
「……わ、わかった」
指示をすると、セラムが冷蔵庫からサーモンの刺身が入ったパックを取り出す。
セラムがパックから開封している間もおはぎは興味津々だ。
俺たちが何かしらの食べ物を準備しているのがわかっているのだろう。
尻尾をピーンと立てながら俺たちの足元を右往左往していた。
「このくらいでいいだろうか?」
「もう少し小さく切ってやれ」
「わかった」
人間の口の大きさと猫の口の大きさは違うからな。
俺たちにはちょうどいいと感じるくらいでは猫には多すぎる。
セラムに薄く切り分けてもらうと、俺は新品のお皿を用意して盛り付けた。
「おはぎ! ご飯だぞー!」
お皿を持って食卓へと移動すると、おはぎもとことこと歩いて付いてくる。
こぼしても問題ないように新聞紙を敷き、その上にお皿を置いてやる。
おはぎはくんくんとサーモンの香りを嗅ぐと、ゆっくりと刺し身を口に含んだ。
小さな口を必死に動かして、味わうようにして咀嚼。
ピンク色の舌で口回りを拭うと、次の刺身を口に含んだ。
「無事に食べられるようだな」
きちんとご飯が食べられるようで安心した。
安堵の息を吐いていると、セラムがまじまじとこちらを見つめてくる。
「なんだ?」
「ジン殿は猫を飼っていた経験があるのか?」
「いや、ないぞ」
「しかし、妙におはぎのご飯を選ぶのが適格ではなかったか?」
ああ、さっきの焼き鮭を却下したことか。
「わからないから朝から調べていたんだ」
なにせ猫を飼い始めるなんて思ってもいなかったからな。
猫が食べるためのご飯なんてうちには全くない。
家にある食材の中でおはぎが何を食べられるかを調べまくっていただけだ。
「いんたーねっととやらは便利だな」
「お前も使いこなせるようになれ」
「……私にあれを使いこなすのは難しい」
セラムはインターネットを使った調べものが非常に苦手である。
というより、そもそもキーボードやフリック能力を使って文字を打ち込むのが苦手と言うべきか。近所にいる老人たちよりも機械音痴なのである。
機械文明に触れてこなかったとはいえ、インターネットが使えると自分でわからないことを調べられるので覚えるように勧めてはいるのだが進捗は芳しくはないようだ。
「今の俺たちはおはぎを飼うために必要な物がまったく足りていない。というわけで、今日はそれを買いに行く」
「……お仕事はいいのか?」
「収穫が残っているが、しょうがない。今のこいつにはトイレすらないんだ」
「今のおはぎにはトイレすらないのか!?」
トイレの場所すらないことが衝撃だったのか、セラムが驚いた声を上げる。
俺はセラムにも見せやすいようにパソコンのページを操作する。
そこには猫を飼い始めるにあたって必要な最低限のものが表示されていた。
「猫用トイレ、猫用ベッド、キャットフード、猫用食器、爪とぎ、キャリーバッグ、首輪と迷子札?」
「とりあえず、必要最低限は必要なのはこの七つだな」
「うむ! 急いでおはぎのために買い揃えるべきだ!」
「とはいえ、飼ったばかりのおはぎを留守番させるのは不安だな」
おはぎは子猫というわけではないが、まだうちに住み着いて半日だ。
しっかりとした環境が整っていれば、ある程度の留守番できるようだが、現状では環境が整っているとは言えない。
「ということは、私はお留守番か!?」
「その線が濃厚だな」
「「ごめんくださーい!」」
聞き覚えのある声に振り向くと、中庭にある縁側に大勢の人がいた。
「おお、カホ殿、メグル殿、コトリ殿、アリス殿! 一体、どうしたのだ?」
「セラムちゃんが猫を飼い始めたって聞いて見にきたの」
稲刈りの作業中にセラムはずっとおはぎを抱えていたし、雑談で話している時があったからな。それが経由して彼女たちに伝わったのだろう。
「おお、是非とも見てくれ!」
「ええ、お邪魔するわね」
セラムが快く迎え入れると、なぜか夏帆たちはゾロゾロと縁側から入ってくる。
「玄関から入ってこいよ」
「細かいことはいいじゃないの」
何度も言っていることだが俺の聞き入れてはもらえないようだ。




