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ぬかるみにハマったコンバイン

マガポケにて「田んぼで拾った女騎士」連載中です!


「おお、雨だ」


 稲刈りを終えた数日後。


 空にはどんよりとした雲が広がり、シンシンと雨が降っていた。


 スマホで天気予報を確認してみると、今日から数日ほどが雨になっている。


 この季節になると梅雨前線や台風の影響で急激に雨が増えるのだ。


「早めに稲刈りをしておいてよかった」


 俺があのタイミングで稲刈りを決めることができたのは、週末になると少し天気の雲行きが怪しくなるという情報もあったからだ。


「雨だと収穫はできないのか?」


「稲が雨で濡れた状態だと乾燥に時間がかかって品質が落ちるからな。それにコンバインを動かそうにも地面のぬかるみにハマってしまったり、転倒したりといったリスクもある。


 仮に上手く動かせたとしても雨で穂が濡れていると脱穀が上手くできなかったり、詰まったりして故障する可能性も高い。まあ、雨天時の収穫はできなくはないが、すべてにおいて作業効率が悪いから誰もしない」


「しかし、収穫する絶好のタイミングが雨続きの場合はどうするんだ?」


「その時は天気の様子を見ながら収穫期を前倒しにして刈り取ってしまうか、品質の低下を覚悟して雨の後に収穫をするかだな。あるいは今日のような小雨に思い切って刈り取ってしまうかだな」


「そうなのか」


「天気についてはどうしようもない」


 俺たち農家は自然を受け入れ、上手く付き合っていくしかない。


「こちらの世界には天候を操作できるような便利な道具はないのか?」


「さすがにないな」


 人工的に雨を降らせ、雲を消し去ったりといった科学技術などは進んでいるようではあるが、セラムが思い浮かべるような天候操作できるレベルではないと思う。


 仮に実用化しても一農家が自由に使えるかどうかも怪しいものだ。


「逆にセラムの世界ではそういう魔法や道具があるのか?」


「王級魔法使いを総動員し、長時間による儀式魔法を行えばできるらしい。あとは古代遺跡から産出された天候操作の魔道具を使えば、意のままに操れるのだそうだ」


「ま、まじかよ……」


 セラムの世界は文明レベルが遅れているイメージだが、魔法文明に関しては凄まじいの一言に尽きるな。


「にゃーん」


 異世界の魔法技術の凄まじさに言葉を失っていると、俺の足元でおはぎが鳴き声を上げてすり寄ってきた。


「……ところで、こいつをいつまでうちに置いておくつもりだ?」


 昨日、ガレージで発見してからシレッと家に居続けている。


「ええ! 飼うのを許してくれたのではないのか!?」


「許してねえよ! 昨日は忙しくてそれどころじゃなかっただけだ!」


 一刻も早く稲を乾燥させる必要があったし、稲刈りによる疲労でおはぎに関する問題にとりかかる余裕がなかったので見逃していただけだ。


「どうしてもダメか? おはぎもこの家を気に入っていると言っているぞ?」


「猫は喋らねえよ」


 鳴くことはあっても、そんな明確に言葉を喋るわけがない。


「こんなに可愛いのに?」


「にゃー」


「うっ……」


 おはぎが高い声を上げて、愛くるしい瞳でこちらを見上げてくる。


 別に俺だって猫が嫌いだってわけじゃない。むしろ、動物は大好きな方だ。


 セラムに抱えられているおはぎの姿を見て、可愛くないなどと思うわけがない。


「仁君とセラムちゃんはいるかい?」


 猫を飼うことに葛藤していると、不意に玄関がガラリと開いて茂さんの声が響いた。


「とりあえず、おはぎの件については後でな」


「ああ」


 おはぎの件を保留にすると、俺とセラムは玄関へと向かう。


 玄関にはレインコートを羽織った茂さんがいた。


「シゲル殿! びしょ濡れではないか! 今タオルを持ってくる!」


「いや、これはレインコートだからこういうものだよ。どうせこれからまた外に出るからね。それよりも話をいいかい?」


「どうぞ」


 リビングに引っ込もうとするセラムを止めて、俺は茂さんの話を聞くことにする。


「実は飯島さんとこのコンバインがぬかるみにハマってしまったんだ」


「む? イイジマ殿は雨にもかかわらず収穫をしたのか?」


「これから雨続きになって稲の品質が低下する前に収穫をすることを飯島さんは選んだんだろう」


 飯島さんはここのところで稲の様子と天気を見ながらずっと悩んでいる様子だったからな。


 ギリギリまで落水をせず、収穫期へと近づけ、雨の勢いが弱い今日のうちに品質の低下を覚悟しながら刈り取りすることに決めたのだろう。


 雨の中で稲刈りを行うことはリスクの高い行いであるが、俺たちは飯島さんを責めることはできない。


 一年に一度きりしかない収穫。


 絶好のタイミングを逃せば、買い取りすらしてもらえず大赤字になることだってある。


 そうなってしまえば、一年間かけてきた労力や資金はすべて台無しだ。


 俺や茂さんだって同じような状況になったら飯島さんと同じ判断をしていたかもしれないのだから。


「トラクターなんかで引っ張ろうにも飯島さんとこの畑は道幅が狭いし、二次被害にもなりかねないから人力で引き上げようと思う。そんなわけで二人にも手を貸してほしいんだ」


 茂さんの言葉を聞いた俺とセラムは顔を見合わせると頷く。


「わかりました。すぐに準備をします」


「ありがとう。助かるよ」


 私服だった俺とセラムはすぐに私室へと戻って、汚れていい作業着へと着替える。


 リビングで合流をすると、俺はセラムにレインコートを渡した。


「セラム、これを羽織れ」


「これは? シゲル殿が羽織っていたレインコートとやらか?」


「ああ、雨天時に服の上に羽織る雨具だ」


「なるほど! 傘と違って両手が塞がることなく外で作業ができるわけだな?」


「そういうわけだ」


 説明をするとセラムが素早くレインコートを羽織った。


「おはぎは家で大人しくしているんだぞ?」


「にゃーん」


 足元に纏わりついてくるおはぎをセラムが座布団の上に乗せた。


 座布団の柔らかなクッション性を気に入ったのか、おはぎは「わかった」とばかりに返事をすると目をつむり始めた。


 外は雨なのでおはぎもさらさら外に出るつもりはないようだ。


「準備できました!」


「それじゃあ、行こうか」


 俺とセラムは茂さんと合流をすると、そのまま外に出て飯島さんの田んぼへと向かった。




 ●




 家から十分ほど歩くと、俺たちは飯島さんの田んぼに着いた。


 その頃には雨足がより強くなっており、レインコートを叩く音が強くなっていた。


 田んぼにやってくると、ぬかるみにハマって動けなくなった一台のコンバインと七名ほどの農家がいた。


「おーい、若者を連れてきたぞー」


「おお、仁にセラムちゃんじゃねえか!」


「若者が二人も加われば、引っ張り上げられるかもしれねえな!」


 人数が揃うのを待っていたのか、俺たちを見た農家のおじさんたちが期待の声を上げた。


「すまねえな、二人とも。俺がはやっちまったばかりに……」


 コンバインの傍に近寄っていくと、飯島さんが申し訳なさそうに言う。


「いえ、俺も飯島さんと同じ状況であれば、同じ決断をしていたと思います。誰も責めることはできませんよ」


「それに困った時はお互い様だ!」


「ありがとう、二人とも」


 俺とセラムが気にしていないことを告げると、飯島さんが少しだけ救われたような顔になった。


「よし、早速引っ張るとしようか」


「うむ!」


「おいおい、セラムちゃんまで作業に加わるのか? こういうのは男の仕事だ。女は危ねえから離れとけ」


 茂さんの音頭でコンバインに近寄ると、合田さんが待ったをかける。


「これでも腕っぷしに自信がある! 私も作業に加わらせてくれゴウダ殿!」


「いや、力があるっていっても女の中でだろ?」


 そんな合田さんの台詞にセラムがむっとする。


 俺や茂さんはセラムの力持ち具合を把握しているが、他の農家はそうはいかない。


 一般的にこういった力仕事を任されるのは力の強い男性だ。


 むしろ、女性にコンバインを引っ張れと言う方が鬼畜だと思う。


 しかし、セラムはそこらにいる普通の女性とは違う。


 異世界からやってきた女騎士。日ごろから軍事的訓練を受けており、身体能力が並外れて高い。実戦も経験しており、魔力といった摩訶不思議な力を操って身体能力をさらに引き上げることも可能だ。恐らく、この場にいる誰よりも力があるだろう。


 だけど、そんな事実を知っているのは俺一人だし、そんな詳細を話すわけにもいかなかった。


「合田さん、セラムも入れてください」


「はあ? お前、旦那の癖に何言ってやがんだ?」


「セラムは俺よりも力持ちです。安全に引き上げるのでしたら彼女の力が必要です」


「僕もセラムちゃんが力持ちなことは知ってるよ。収穫作業でコンテナ六つを軽々と持ち上げていたし、竹を何本も担いでいたところを見たから」


 俺と茂さんの言葉を聞いて、合田さんをはじめとする他の農家が驚きの声を上げた。


 コンテナ六つとなると、作物にもよるが約六十キロだ。


 皆が農家だからこそ、それを持ち上げる困難さをわかっている。


「本当なんですか? 茂さん?」


「うん、本当だよ」


「んだよ、こんなに可愛い見た目をしてそんなに力持ちだったのかよ! だったらセラムちゃんも手伝ってくれ!」


「う、うむ!」


 俺と茂さんの言葉を信じてくれたのか、合田さんがにかっとした笑みを浮かべながら迎え入れた。


 合田さんは男勝りな性格をしているところもあり、セラムのことを知らなかったのであんな言い方になってしまっていたが悪い人ではない。


「ありがとう。ジン殿」


「事実を言ったまでだ。頼りにしてるぞ?」


 この中で一番力持ちなのはセラムだからな。


 この少人数で安全に引き上げられるかは彼女にかかっている。


「ああ! 任せてくれ!」


「だけど、やり過ぎるなよ? それとなく力を強める感じで頼む」


「加減するのは気が引けるが善処しよう」


 セラムが気合いを入れすぎると、たった一人でコンバインを引き上げてしまいそうだ。


 難しい注文をしているのはわかるが、なんかいい感じに全員で引き上げたように見せてほしい。


「よし、引っ張るよ」


「「おお!」」


 コンバインの下には既に毛布を噛ませてある。こうやって布や板などを置くことで摩擦を発生させることができ、スタックしたタイヤを動かしやすくできるのだ。


 引っ張るためのロープも括り付けられているので準備は万端。


 ぬかるんだ田んぼに足を踏み入れると、俺たちはロープを手にする。


「行くぞ! せーの!」


 合田さんの力強い声を合図に全員が一斉にロープを引っ張った。


 コンバインが少しだけ持ち上がるが、ぬかるんだ地面に纏わりつかれて大きく動くことはない。


「くそ、ちゃんと動いてはいるんだけどなぁ」


 この三条刈りコンバインの重量は八百キロ以上。


 引っ張る人数は俺とセラムを合わせて九人。


 茂さんや合田さんといった年配よりの男性もいるが、全員がバリバリ農家をやっているのでそこらの男性よりも力はある。


 しかし、ぬかるんだ地面という足場の悪さや、雨でロープを握る手が滑りやすいこともあってか全員が万全の力を発揮できているわけでもなかった。


 コンバインは未だにぬかるみから脱出できていない。


「まだクローラーが回らねえ!」


 コンバインの運転席に乗り込んでいる飯島さんが声を上げた。


 俺たち全員の力で普通に持ち上げたかったが、そうはいかないようだ。


「セラム、いけそうか?」


「……魔力を使ってもいいのであれば」


 小声で尋ねると、セラムはそう言った。


 魔力とやらを使い、身体能力を強化すれば引っ張り上げることは可能らしい。


「やってみてくれ」


「いいのか?」


「普通の人には魔力とやらはわからないんだろう? だったら問題ない」


「わかった。任せてくれ」


 頼むと、セラムは力強く頷いてくれた。


「どうする? 先にもうちょっと地面を退けるか?」


「もう少し人数を集めた方がいいんじゃねえか?」


「ロープの引き方のコツを掴んだのでもう一度お願いしてもいいですか?」


「本当か? なら次は頼むぞ?」


「若者がそう言ってんだ。もうちょっと頑張ってみるか」


 もう一度挑戦することを提案すると、合田さんをはじめとする他の人たちが笑いながら位置に着く。


 ロープを握りながらセラムを注視すると、彼女の身体を包み込むような淡い光が見えた気がした。


「それじゃあ、行くぞ! せーの!」


 合田さんの声を合図に全力で引っ張り上げる。


 身体強化をしたセラムのお陰がコンバインが動いた。


「おお! 動いた! その調子で頼む!」


 飯島さんがエンジンを唸らせ、引っ張る力の勢いに乗せる形でクローラーを回した。


 ぬかるみにハマってビクともしていなかったクローラーがしっかりと動き出すと、俺たちはロープから手を離してコンバインから離れる。


「わっ!」


 その際にセラムがぬかるみに足をとられて転倒しそうになったので受け止めてやる。


「大丈夫か?」


「あ、ありがとう、ジン殿」


 ぬかるみはコンバインだけでなく、人間の足だってハマる。


 油断すると転倒したり、足を痛めることもあるので注意が必要だ。


 セラムをぬかるみから脱出させると、俺たちは素早くコンバインの邪魔にならない位置に移動。


 飯島さんの運転するコンバインは無事にぬかるみから脱出し、畦道へと上がることができていた。


「皆のお陰で無事に動いた! ありがとう!」


 飯島さんの声に呼応して、合田さんたちが野太い喜びの声を上げた。


「やるじゃねえか、セラムちゃん!」


「力には自信があるからな!」


 合田さんが素直に褒め、セラムがまんざらでもなさそうに胸を張る。


 魔力による身体強化を使ってコンバインを引き上げたが、前情報もあってか周囲にそれほど違和感は抱かれなかったようだ。


 こうやって周りの人たちに囲まれているセラムを見ると、随分とこの世界に馴染んだものだと思う。


 俺が知らない農家の人とも交流を交わしているし、俺が思っている以上に彼女はここで上手く生活しているようだ。


「こんなにも腕っぷしがある嫁がいたら、旦那は頭が上がらねえんじゃねえか?」


「喧嘩したら十中八九俺が負けますね」


 シンプルに事実を告げると、合田さんをはじめとする農家の人たちが陽気に笑った。


 そんな光景をセラムが複雑そうな表情で見ている。


 女騎士としては弱いと言われたくないが、嫁としての気持ちでは旦那よりも腕っぷしがあるという評価が微妙なのだろう。


 そんなセラムの葛藤がわかるようで俺も思わず笑ってしまう。


 にしても、あまり茂さん以外の農家とはかかわりがほとんど無かったが、こんなにも気持ちのいい人たちだったんだな。


 これからはもうちょっと勇気を出して、他の農家とも交流をしていこうと思った。



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