女騎士とおにぎり定食
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「綺麗さっぱりと無くなったなぁ」
コンバインを稼働させること数時間。
俺の田んぼに生い茂っていた稲はすべて刈り取ることができた。
「ふう……なんとか無事に収穫できた」
俺は思わず安堵の息を吐く。
なにせ一年に一回だけしかない収穫だからな。
コンバインを使った回数も少ないので未だに収穫では神経を使う。
緊張感から解放されたお陰か今は身体がとても軽い。
「昔は稲刈りのすべてを手作業でやっていたのだな」
「ああ、本当に昔の人はすごいよな」
うちのような小さな田んぼでもコンバインの収穫には数時間はかかる。これをすべて手作業でやると考えると、途方もない時間が必要になるだろう。
コンバインを開発してくれた人には感謝だ。
家に戻って軽トラックを持ってくると、収穫した籾袋をセラムと共に乗せる。
これまた重労働ではあるが、力持ちであるセラムのお陰で楽に乗り越えることができた。
「あとは軽トラとコンバインを家に戻すだけだな」
セラムに車の免許があれば、どちらかを運転してもらえるのだが生憎と彼女は異世界の女騎士。免許証など持っていないので俺が往復して自宅へと格納するしかない。
「ジン殿! コンバインとやらは私でも運転できたり――」
「残念ながらこれも免許が必要だ」
「そ、そうか……」
きっぱりと告げると、セラムが残念そうに肩を落とした。
「まあ、気にするな。俺が往復して運べばいいだけだ」
田んぼから家までの距離は車で五分とかからない距離だ。
かなりの重量を誇る籾袋を運んでもらったのだ。この程度のことはセラムの働きに比べれば、遥かに軽作業だと言えるだろう。
「そうだ! 軽トラックかコンバインのどちらかを私が押して運ぶというのはどうだろう?」
「はぁ?」
「それなりに重量があるようだが、魔力で身体強化をすればいけると思う」
「却下だ」
「これもダメなのか!?」
「一般人には車を押して運ぶなんてできないからな。そんなことをすれば、妙な噂が立つ」
「そ、そうか。名案だと思ったのだがなぁ」
なんて言ったが、本当にセラムが車を押して運べるのか気になるな。
セラムのことだから本当に押して運べそうなのが怖いところだ。
軽トラックでセラムと共に帰宅し、俺だけが田んぼに向かう。
コンバインに乗って帰宅すると、ガレージへと格納。
家に戻ると新しい作業着に着替え、靴を履き替える。
「ジン殿、休憩しないのか?」
「収穫した籾はすぐに乾燥させないといけないんだ。そんなわけでちょっくらカントリーエレベーターに行ってくる」
水田から収穫した稲をお米として流通させるには、乾燥させて籾殻を落とす必要がある。
籾殻を落とすのは美味しく食べるためなのだが、水分量が多いままだと長期保存ができなくなり、変質しやすくなるのだ。
そのため長期保存に適した水分量にまで乾燥させる必要がある。
収穫したお米の調整、保管などをしてくれる施設をカントリーエレベーターというのだが……。
「か、かんとりーえれべーたー?」
膨大な情報量が入ったことにより、セラムの頭はパンクしてしまっているようだ。
「すまん。あまり時間がない。悪いがセラムは留守番しといてくれ」
「わ、わかった!」
稲は速やかに乾燥させないと品質が劣化してしまう。
施設までそれなりに距離があるし、夕方という時間帯もあって道が混雑する可能性もある。
悪いがセラムにゆっくりと説明をしている時間もないし、一緒に同行させて面倒を見る余裕はなかった。
俺はすぐに玄関を出ると、籾袋が積載された軽トラックに乗り込む。
「ジン殿!」
すると、セラムがおはぎを抱えながら運転席の方に近づいてきた。
「なんだ? 悪いが連れていけないぞ?」
「そうではない。その、夕飯は私が作ってもいいだろうか?」
「あ、ああ。火の扱いには気をつけろよ」
「心得た!」
許可を出すと、セラムは嬉しそうに笑って玄関に戻っていった。
まあ、ほとんど毎日一緒に料理をしているし、何度か一人で料理を作るようなこともあった。彼女一人で料理を作ることくらい何も問題はない。
だけど、ちょっとだけ不安だ。
「……早めに作業を終わらせて帰らないとな」
俺はシートベルトをかけると、速やかに軽トラックを発進させるのであった。
●
「ジン殿、お帰りなのだ!」
「にゃーん!」
カントリーエレベーターから帰還すると、セラムとおはぎが俺を出迎えた。
「よかった。ちゃんと家があった」
「ジン殿、それはどういう意味だ?」
「いや、セラムがコンロの扱いをしくじって家が全焼していないか心配になってだな」
「二か月もの修練を積んだのだ。さすがにそこまでのへまはしないぞ!?」
なんて正直な心境を吐露すると、セラムが心外とばかりに唇を尖らせていた。
セラムも二か月もの間、俺と一緒に料理をしていたんだ。さすがにそこまでのことはないか。
「先にシャワーを浴びてもいいか?」
セラムの作った夕食がどんなものか気になるが、午前中からずっと外に出ていたので先に汗を流したかった。
「ああ。その間に私は準備しておこう」
セラムが台所に引っ込む、俺は着替えとタオルを手にして浴場へ。
ちらっと食卓を見てみたが、食器類しか並んでいなかったな。
セラムが一人で作った料理とはなんだろう?
汗を洗い流してさっぱりとした姿でリビングに入ると、台所からは味噌汁のいい香りがしていた。
「ジン殿、先に座っていてくれ」
「お、おう」
セラムに促されて、俺は座布団に腰掛けた。
テレビを見ながらボーッとしていると、セラムがお盆に乗せて料理を持ってきた。
「おー、おにぎり定食か!」
「うむ! 今日は稲刈りをしたから美味しいお米が食べたいと思ってな!」
お皿にはおにぎりが三つほど並んでおり、小皿には焼いたししゃも、ウインナー、玉子焼き、漬物がある。さらには味噌汁、トマトとキュウリのサラダもあり、立派なおにぎり定食だと言えるだろう。
仕事から帰ってきたら食事ができているというのがとても新鮮だな。
「にしても、おにぎりの作り方をよく知っていたな?」
セラムの作ってくれたおにぎりを見れば、ただ闇雲に握ったのではないことは明らかだ。
綺麗な形をしており、海苔で丁寧に巻かれている。
普段一緒に料理をしてセラムの不器用さを知っている俺からすれば、誰かの指導があったことを感じざるを得ない。
「以前、ミノリ殿の家で一緒に作ったことがあってだな。その時に覚えたのだ」
「なるほど」
「だから、それなりに上手くはできているはずだ!」
実里さんが指導してくれたのなら味の方も問題はないだろう。
「じゃあ、いただきます」
俺はおにぎりを掴んだ。デカいな。
お皿に乗っている時は気付かなかったが手で掴んでみるとかなり大きい。
おにぎりの大きさにビビりつつも、俺は口へ運んだ。
パリッと海苔が弾け、温かなお米が口の中に入ってくる。
大きさの割にセラムの握ったお米は柔らかく、舌の上でほろりとほどけた。
「ど、どうだ?」
「美味いな」
「そうか! それはよかった! ミノリ殿によると、おにぎりは握るのではなく包むのが大事だそうでな。その感覚を掴むのに苦労した」
セラムのことだからガチガチに力を込めて作ったんじゃないかと心配していたが、実里さんの指導もあってかとてもふわふわだった。
炊き立てのお米の甘みと微かな塩味がじんわりと広がる。
今日は朝からずっと外に出っぱなしでたくさん汗をかいたので、こういった塩分がとても嬉しい。身体に染み渡るようだ。
俺が食べているのを見て、セラムも自身のおにぎりを食べ始める。
「うむ! ちゃんとできているな!」
その出来栄えにセラムも満足しているようだ。
そっちは俺以上におにぎりがでかいな。
ということは、一応は俺のことを気遣ってこの大きさにしてくれたらしい。
小皿にあるししゃも、ウインナーを摘みながら塩おにぎりを食べる。
非常にシンプルだがおにぎりとの相性は抜群だ。
時折、味噌汁をすすり、またおにぎりを食べる。
これらを無限にループするのが堪らないな。
一つ目を食べ終わって、二つ目のおにぎりを食べる。
「おっ、梅だ」
「二個目、三個目には具材を入れているぞ」
おかずがたくさんあるので全部塩おにぎりだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
梅干しの強い塩っけと酸味が広がり、俺の口が自然とお米をかき込む。
キューッとする酸味が甘みのあるお米に包まれるのが心地良い。
あっという間に二個目の梅おにぎりを平らげると、俺は最後のおにぎりに手をつける。
具材はなんだろうと楽しみにしながら食べていると、中心部から妙にフルーティーな味わいが広がった。
「……なんだこれ?」
「大福のように果物を入れても合うのではないかと思ってイチゴを入れてみたのだ!」
「イチゴ!?」
まさか、おにぎりにイチゴを入れるような奴がいるとは思いもしなかった。
大福とおにぎりを一緒に考えるとは。
さすがは異世界の女騎士。俺たちの常識を軽々と超えていく。
「セラム、これの味見はしたのか?」
「してない。だからこれから食べるのが楽しみだ」
セラムが自身のイチゴおにぎりを食べる。
にこにことしていたセラムだったが、おにぎりを食べ進めるにつれて微妙な顔になっていく。
「……ジン殿、これは合わないな」
「だろうな」
おにぎりとイチゴの相性が良ければ、世の中はもっとイチゴおにぎりで溢れているはずだ。
「まあ、おにぎりの具材に可能性に見出すのは誰もが通る道だ」
身近にある食材を具材にして試してみたい時期は誰にだってある。
「私はおにぎりに合う様々な具材の可能性を探ってみたい。マシュマロやチョコレート、ポテチなどを入れても面白そうだ」
「……頼むからもうちょっと普通の具材で試行錯誤してくれ」




