稲刈り
『田んぼで拾った女騎士』のコミック5巻は発売されております。
よろしくお願いします。
「よし、稲刈りをやるか」
もろもろの準備が整い、朝露が乾いているだろう時刻になったので俺はガレージからコンバインを発進させた。
エンジンが稼働し、走行キャタピラーが回転してゆっくり前に進んでいく。
「おお! これがコンバインとやらか! まるで攻城兵器のような迫力だ……ッ!」
ガレージの外で待機していたセラムがおはぎを抱きながらこちらを見上げてくる。
稲刈りにおはぎも連れてくるつもりか。
まあ、また自由にさせてコンバインにでも近づかれるのは怖いのでセラムが抱えていた方がこちらも安心できるか。
稲刈りのほとんどは俺がコンバインを使って作業するので多少面倒を見るくらいは問題ないだろう。
「田んぼに向かうぞ」
俺はコンバインのまま田んぼまで移動し、セラムがおはぎを抱えて小走りで移動する。
「軽トラックに比べると、コンバインとやらは動きが遅いのだな?」
「コンバインは収穫機械だから当然だ」
セラムが前を走り、コンバインに乗った俺がそれを追いかけるといったシュールな状況。
走るために作られた機械と、収穫するために作られた機械の速度を比べてはいけない。
セラムの小走りが一般的な人よりも速いのもあるが、コンバインの最高速度は時速七程度。
人間が走った方が遥かに早いのである。
そうやって進んでいくお、五分もしないうちに俺たちは田んぼに着いた。
「まずはコンバインが入りやすいように入口や周囲の稲を刈る。手伝ってくれるか」
「任せてくれ!」
まずはコンバインが入るための入口のスペースを確保だ。
「おはぎはそこで大人しくしているのだぞ?」
「にゃー」
セラムがそっと下ろすと、おはぎは畦道に寝転んで毛づくろいをし始めた。
まあ、大人しくしているのであればいいだろう。
「手作業での稲の刈り方だが、まずは左手で稲束を掴む。その下に鎌を当てると、引き回すようにして稲を刈る」
ザクッとした小気味の良い音がして、あっさりと稲を刈り取ることができる。
「おお!」
「この時に重要なのが稲束を掴む時は必ず親指を上にすることだ」
「鎌で親指を切ってしまわないようにするためだな?」
「そうだ」
刃物の扱いに慣れているだけあって、そういった危険性に対する認識は強いな。
「他に注意することはあるだろうか?」
「同じように鎌で足を切ってしまわないように気を付けるようにな。できるだけ身体の中心にくるようにやれば安全だ」
「わかった。では、やってみよう」
注意事項を伝えると、セラムが左手で稲束を掴み、右手に持った鎌で稲を刈り取る。
「おお! これは中々に爽快だな!」
セラムが鎌と稲を手にして興奮したような声を上げる。
ザックザックと鎌で稲を刈るのは楽しいので気持ちはよくわかる。
「その調子でコンバインが入れそうなくらいを刈り取ってくれ」
「わかった!」
俺とセラムは手作業で入口部分の稲を刈っていく。
入口部分だけでなく、田んぼの四辺に生えてしまったはみ出した稲も一緒に。
慎重に真っ直ぐに田植えをしたつもりでも微妙に逸れてしまったり、外側に生えてしまったりとイレギュラーは発生する。
そういった際に生えたものも勿論コンバインで刈り取することはできるが、中には手作業で処理した方が早い場合もあるからな。
「もう十分だぞ」
「む? そうか」
数分も経過すると、入口やはみ出した稲を刈り終えた。
本当はこんなに刈らなくても十分あのだが、セラムがあまりにも楽しそうに刈り取るのでついつい多めにやらせてしまった。
刈り取った稲はひとまとめにして邪魔にならないように入口の脇に置いておく。
俺はコンバインの運転席に乗り込む。
運転席はコックピットと呼ぶに相応しく、多くの計器類やスイッチ、レバーなどに囲まれている。
まさに男心をくすぐる景観だと言えるだろう。
コンバインの運転席に乗り込むと、不思議と熱い使命のようなものが燃え上がってきそうだ。
右手のジョイスティックでステアリング操作と前に装着されている刈り取り機の高さを調整。
前進後進は左にある大きなレバーで行う。前に倒せば前進し、手前に引けば後進する。
運転中は主にこちらの二つに手を沿える感じだ。
レバーを前に倒して前進し、田んぼの中へと入る。
今年は雨が長期間降らなかったこともあり、収穫の前兆がわかりやすかったために早めに田んぼの水を抜くことができた。
そのお陰で程よく地面が乾燥しているのでクローラーも非常に動かしやすい。
「……よし、やるぞ」
稲刈りは一番外側から反時計周りで行う。
運転席が右側にあるので、こうすることで常に稲のラインの端を見て、ステアリングを微調整しながら走ることができる。
刈り始めのアライメントが中々難しく、微調整を繰り返す。
茂さんのような上級者であれば、一回目であっさりと入ってしまうのだが、コンバインレベル初級者である俺にはまだまだ難しい。
大事な稲を踏み潰してしまわないように慎重に進める。
コンバインとは、刈取機と脱穀機を組み合わせた収穫機械だ。
仕組みはコンバインの先端にあるデバイダで刈る稲を確保し、引き起こし爪が上方向に回転することで稲を引き起こす。
引き起こされた稲は、田面から五センチほどの上の位置の刈り刃によって刈られる。
刈り取った稲は搬送部にあるチェーンや掻き取りベルトを通り、茎や籾殻を取り除く脱穀部へと送られる。
脱穀部にはこぎ歯がたくさんついている胴があり、こぎ胴が回転することでこぎ歯が奥から手前に移動しながら側面で稲穂から籾をこそぎ落とす。これが脱穀。
脱穀されたこく粒は、下にある受け取り網を通り選別部に落下。
選別部では風選、揺動という二つの方法で籾から稲の葉やワラくずなどを選別。
ワラくずなどを取り除いたもみは、穀粒処理部に送られ保管され、グレタンク、あるいは籾袋で蓄えられるというわけだ。
「おお! すごいぞ! 稲たちが一網打尽だッ!」
コンバインによる収穫を見て、セラムがおはぎを抱えながら驚いていた。
これまで農業をやってきたが、ここまで大がかりな機械を使っての作業はなかったからな。
手作業による刈り取りとは比べるまでもない速度だ。
次々と稲が刈り取られると同時に脱穀されていくのは爽快である。
しかし、調子に乗ってはいけない。
外周は草が多かったり、稲が密集しているのでコンバインへの負荷がかかりやすい。
適切な速度で丁寧に刈り取るのが重要だ。無理をすると壊れる。
コンバインとは見た目の割にそこまで頑丈ではないし、転倒などのリスクも非常に高いのだ。
これ一台で百万円以上のお金がかかっていると思うと、粗雑に扱えるわけもなかった。
そうやって何往復かしていると、アラームが鳴り響き刈り取りユニットが自動停止する。
「どうかしたのか?」
「籾袋がいっぱいになった!」
背面を確認すると、設置していた二つの籾袋がパンパンに膨れ上がっていた。
運転席から降りると、俺は籾袋の蓋を閉じる。
「セラム、この籾袋を端まで運んでくれるか?」
「任せてくれ!」
「結構、重いぞ?」
「この程度であれば問題ない!」
二つ合わせる計六十キロにもなるのだが、魔力とやらで身体能力を強化できるセラムにとっては大した重さではないらしい。おはぎを左手で抱えながら、右手だけで軽々と掴み上げていた。
「……さすがだな」
籾袋式のコンバインはこれがかなりの重労働になるのだが、セラムのお陰でまったく苦労することはない。とても助かるな。
新しい籾袋を設置すると、俺は再び運転席に乗り込んで稲刈りを再開させるのだった。




