おはぎ
朝、家を出た俺は自らの所有する田んぼの様子を見に行く。
なぜ、田んぼの様子を見に行くかというと、そろそろ収穫時期が近いからだ。
先週確認した時はまだ枝こうが黄色く染まっていなかったが、今週は染まっていてもおかしくはない。
家から五分ほどの距離にある田んぼへやってくると、俺の視界には黄色い稲が広がっていた。
近くに生えている稲を確認すると、しっかりとお米が実っており籾となっていた。
軸の先端から三分の一の部分がしっかりと黄色く染まっている。
病害などで枯れている様子もない。
今年はかなり暑かったこともあり、積算温度もばっちりだ。
一株の穂の数もばっちりだ。
「収穫時期だな」
いい刈り取り時期だ。これを逃す手はない。
家に戻った俺はリビングで出発準備をしていたセラムに告げる。
「今日は稲刈りをする」
「稲刈りというのは米の収穫か!?」
ぱっと知識が出てきたのは、図書館で借りた田んぼについての本のお陰だろう。
わざわざ図書館にまで出向いて借りた甲斐があったというものだ。
「そうだ。前々から様子を伺っていたが今週が刈り時だ。とはいっても、ほとんど俺が機械でやるからセラムの出番はあまりないと思うが……」
稲刈りの主流は今やコンバインだ。
昔のような手作業なら是非ともセラムの手を借りたいところであるが、今や機械での刈り取りが主流なのでコンバインが複数台ない限りは一人で十分だ。
「それでも手伝える部分は手伝いたい! お米がどのように収穫されるかこの目で見たいのだ!」
「わかった。なら、少し手伝いながら見学しててくれ」
「うむ! では、これから田んぼに向かおうではないか!」
「待て待て!」
「む? 田んぼに行かないのか?」
「朝露が残っていると稲が重くなって刈りづらい。刈り取りをするとしたら朝露の乾く十一時頃がいい」
「……そんなこと本に書いてあっただろうか?」
セラムが借りたばかりの本を引っ張り出してページを確認し、首を傾げる。
「初級向けの本だからそこまでの知識は書いてないだろうな」
その本に載っているのは稲作についての大まかな流れだ。
全体を把握することに対して非常に有効ではあるが、そういった細かい知識までは入っていない。
「確かに記載されていないようだ」
「まあ、細かいところは実際に体験していきながら覚えていけばいい」
「わかった」
「稲刈りをするまではキュウリの収穫を頼む」
「ジン殿は?」
「俺は稲刈りのための前準備をする」
「わかった。では、稲刈りをする時に声をかけてくれ」
今日のスケジュールを決めると、セラムはキュウリ畑へと歩いていった。
トマト、キュウリ、ナスなどであれば、安定してセラム一人でも作業を任せられるようになってきたな。
最近は細かい親ヅル、子ヅル、孫ヅルの管理といった軽い手入れなどもやるようになったほどだ。
まあ、たまに間違っていたりするが二か月前に比べると大分安心して作業を任せられるようになったものだな。
「さて、俺は俺のやるべきことをやるか」
セラムを見送ると、俺は家の裏側にあるガレージへと移動。
そこには赤と白のボディ色をした二条刈りのコンバインが鎮座していた。
国内シェア第一位、世界第三位を誇る日本を代表するメーカーであるコボタ製品である。
ボタン一つで刈り取り操作が可能で、突っ込みを防いで綺麗に刈り取ってくれる。
デザイン面だけじゃなく機能面でも素晴らしい性能を誇る農耕機械である。
コンバインの出番は主に収穫時期のみとはいえ、日々のメンテナンスは欠かせない。
前回使ってから一年が経過し、久しぶりに使ってみたら故障していたなんてことになったら目も当てられない。
稲刈りはタイミングがすべての一発勝負。
適日を逃したら稲の品質は下がってしまう。
コンバインの故障は生活の破綻へと繋がるので絶対に故障させられないのだ。
先週にも一応動作の確認はしておいたが、今日使うのであれば軽く動かしておいた方がいいだろう。念には念だ。
「刈取部」「輸送部」「脱穀部」「殻粒処理部」「排わら処理部」などの機関をそれぞれ点検。
「エンジンオイル、エアクリーナー、ラジエーターも問題はないな……」
「にゃー」
「にゃー?」
各部位を目視で点検していると、そんな声が響いた。
慌てて燃料タンクの下を覗き込んでみると、黒猫が呑気に丸まっていた。
ガレージにはコンバインの他に芝刈り機、計量器、除雪機、除草散布機と数々の農耕機械があって危険だ。
俺は驚かさないようにゆっくりと手を伸ばすと、黒猫は抵抗することなく俺の腕の中に収まっ
た。
「あぶねえ。黒いから影と同化してまったくわからなかったぞ……」
もし、気付かずに動作確認をしていたらと思うとゾッとする。
一週間前に確認をしたからといってチェックを怠らなくてよかった。
「というか、お前どこかで見たことがあるな?」
「にゃー?」
具体的には一か月前にことりが案内してくれた猫のたまり場でいた気がする。
あれからセラムは頻繁に猫に会いに行っていたはず。
まさか、あいつ俺に内緒でガレージに匿っていたりしないだろうな?
気になった俺は作業を中断して、セラムのいるキュウリ畑に向かう。
「セラム、ちょっといいか?」
「む? どうかした――おおおお! おはぎではないか!?」
「おはぎ?」
「この黒猫のことだ! 丸くなった姿がおはぎみたいであろう?」
「確かにそうだな」
うちではセラムにおはぎなんて食べさせていないが、茂さんや実里さんの家でお茶した時に食べさせてもらったのだろうな。
「ところで、どうしてジン殿がおはぎを!?」
「いや、それを聞きにやってきたんだが……」
俺はコンバインの下にはおはぎが入り込んでいたことをセラムに伝える。
「おはぎがうちのガレージに!?」
「……その様子だとセラムが連れ込んだわけじゃないんだな?」
「私は連れ込んでなどいないぞ!? まあ、何度か考えたことはあったが……」
……実際にしてはいないが考えはしてたんだな。要注意だ。
俺が思っていた以上にセラムは猫に対する思い入れが強いらしい。
「ここ数日、いつものたまり場にいないので心配していたのだが、まさかうちのガレージにいたとは! おはぎが無事でよかった」
「にゃー」
セラムが抱き締めると、おはぎは呑気な声を上げた。
冷静に考えれば、セラムはそういった隠し事ができないタイプだ。
いくら猫が大好きだとはいえ、俺に内緒でガレージで飼うなんてことはそもそもするわけもないか。
「……なぁ、ジン殿」
「ダメだ」
「まだ何も言っていないぞ!?」
「言われなくてもわかるわ。おはぎを飼いたいとか言うんだろ。理由は前に言った通りで却下だ」
「そんなご無体な!」
涙目になっているセラムにおはぎを預け、俺はコンバインの点検へと戻るのであった。
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
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自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。




