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ちょっとした心境の変化


「俺たちは午後から仕事だ。お前たちはそろそろ帰れ」


 休憩時間が終わりを告げたので俺はめぐるとことりに向かって言い放った。


「えー、ここで勉強を続けちゃダメ? 今、いい感じに進んでるんだけどー」


「大人しく勉強していますのでお願いします!」


「いや、そうはいってもなぁ」


 子供たちから目を離して、外で仕事をするなんてやりづらくてしょうがない。


「まあまあ、ジン殿。メグル殿もコトリ殿も真面目に勉学に取り組んでいることだしいいではないか」


 まあ、夜中に留守番をさせるわけでもないし、中学生がただ家で勝手に勉強をしているだけだ。そこまで気にする必要もないか。


「……わかった。残ってやる以上はちゃんと進めろよ?」


「「はーい!」」


 めぐるとことりの返事を耳にすると、俺とセラムはいつも通りに畑に出ることにした。


「夕方もキュウリの収穫だ」


「うむ、わかった!」


 夏場のキュウリは成長が早く朝から夕方にかけて数センチほど成長する。


 この時期は朝と夕方に分けて収穫しなければいけない。


 春どりであれば既に収穫時期は終わっているのだが、今年は少しだけ植え始めるのが遅かったので今月までは収穫できる見込みだ。


 キュウリ畑に入ると、俺とセラムはカートにコンテナを乗せて手分けして収穫作業に入る。


 葉っぱや蔓をかき分けて、規定サイズに育っているキュウリを収穫する。


 サイズが満たされていないものは収穫をせずにもう一日ほど様子見をする。


「こいつは微妙だな」


 中には夕方の段階で規定サイズ一歩手前といった困ったサイズのキュウリも出てくる。


 この場合、朝まで放置すれば規定のサイズを上回ってしまうので非常に判断に困る。


 こういった場合は早めに取ってしまって不揃い品として出すことや、無人販売所で売り出してしまうことが多い。俺とセラムで消費することもあるのだが、さすがに連日になると飽きてくるしな。


「……あいつらのお土産にするか」


 ちょうど家にはめぐるとことりがいることだ。二人に持ち帰らせ、それぞれの家庭で消費してもらおう。少し前にはスイカを貰ったことだしお礼にもなる。


「メグル殿とコトリ殿に渡すのか?」


「遊びに連れ出すだけじゃないってところもご両親に見せておかないとな」


 思い返せば、海斗と一緒に山に連れていったり、プールに連れていったりと遊びに連れ出してばかりだった。


「ふふふ、そうか」


 たまには農家らしい姿を見せたいとの意図を説明すると、セラムが微笑ましそうな顔をした。


「なんだよ、その顔は?」


「いや、前に比べてジン殿も子供たちのことを気にかけるようになったと思ってだな」


 今までの俺だったら絶対に家に上げていないし、関わったとしてもこんな風にあいつらのことを考えるなんてことはなかった。


 セラムを通じて一緒に会話をしたり、遊んだりすることで俺も親近感を抱くようになってしまったのだろう。


 そして、そんな今の自分を俺はそこまで悪くないと思っている。


「そりゃ保護者の人からお預かりしているわけだからな。多少は気にかけてやらないといけないだろ」


 だがそんなことを真面目に言うのも恥ずかしいので、ついぶっきら棒にそんな台詞を吐いてしまう。


 それをセラムがわかった風に頷いているのがちょっと悔しいが、ここで反論したところでどうしようもない。


「ゆっくり手を止めている時間はないぞ。収穫するのはキュウリだけじゃなく、トマトもあるんだからな」


「ああ」


 俺にできる抵抗は、こんな風に作業の再開を促すだけであった。


「よし、コンテナをトラックに積み込むぞ」


「うむ!」


 キュウリとトマトの収穫を終えた俺とセラムは、コンテナを軽トラックの荷台へと運び込む。


 俺の持つことのできるコンテナは二つが限界だが、異世界の女騎士であるセラムは六つ以上を軽々と運ぶことができる。


 男としての尊厳が粉微塵にされる光景であるが、何度も一緒に積み込み作業をしていると慣れたものだ。


 セラムに身体能力で張り合っても勝てないのはこの二か月で痛感しているからな。


 常人の三倍ほどの馬力を誇るセラムのお陰でコンテナがあっという間に積み上がる。


 乾燥しないように毛布をかけ、その上にさらにブルーシートをかけてやり、コンテナをベルトでしっかりと固定すると積み込み作業は完了だ。


 さて、そろそろあいつらを帰らせるか。


 どうせ今頃リビングで寝転がったり、呑気にお喋りをしているんじゃないだろうか。


 仕事がひと段落した俺はこっそりと庭に向かってみる。


 窓からリビングを覗いてみると、意外にもめぐるとことりはちゃんと宿題をやっていた。


 休憩前まで真っ白だったプリントはこなされている。


 めぐるは黙々と数学のワークを進めており、ことりは古文と現代語訳を必死に読み比べているようだった。


「……かなり集中している様子だな」


「うお! いつの間に後ろにきてたんだ」


「一応は斥候としての訓練も受けていたからな。気配を悟られないように近づくのは得意だ」


 田舎の農家には非常に役立つことのない技能だ。相変わらず無駄にスペックが高い。


「二人を帰らせてしまうのか?」


「……せっかく集中してるんだ。もうちょっとやらせてやろう」


 さぼっているんだったら追い出すつもりだったが、静かに真面目にやっているのであれば文句はない。


 俺が踵を返すと、セラムがくすりと笑いながら後ろを付いてくる。


 俺たちは軽トラックに乗り込むと、直売所へとキュウリとトマトを納品しにいくのだった。




 ●




 直売所での納品を終えて家に戻ってくると、リビングではめぐるが仰向けで眠っており、ことりがテーブルに突っ伏すように眠っていた。


「ふふふ、可愛らしい寝顔ではないか」


「まったく、自分の家のように豪快に寝やがって」


 ことりは問題ないが、めぐるの寝相が最悪だった。


 豪快にシャツを捲り上げている上に口元から涎が垂れている。


 自分のベッドでもないのによくもここまでリラックスして寝られるものだ。


 セラムが二人にタオルケットをかけてあげているのを横目に俺はテーブルに広がっている宿題に進捗具合を確認してみる。


 俺たちが納品に向かってから一時間ほどは進めたが、その辺りから集中が切れて眠気に襲われてしまったというところだろう。


 あの後すぐにさぼったわけではないようだ。


「にしても、こいつらよく眠るな」


 他人がすぐ傍をうろついているというのにまったく起きる気配がない。


「子供は眠るのも仕事の内というものだ。そっとしておこうではないか」


 まあ、適当に時間が経てば勝手に目が覚めて家に帰るだろう。


 そう思って俺はめぐるとことりを放置してのんびりと家事をすることにする。


 こういうちょっと時間にやっておかないと家の中のことがおざなりになってしまうからな。


 畑の手入れは頻繁に行えるのに家の手入れは怠りがちになってしまうのは農家あるあるだと思う。


 流し台の掃除をしてると、セラムがめぐるたちの広げている教科書を眺めているのが見えた。


 この世界の教材が非常に珍しいようで熱心に眺めている。


「本に興味があるのか?」


「え? いや、そんなことはないぞ」


 思わず尋ねると、セラムが慌てて教科書を閉じた。


「いや、そんなに熱心に眺めていて興味がないってことはねえだろ」


「うっ、実は興味がとてもある」


「元から本が好きなのか?」


「いや、興味があったが触れられる機会が少なかったというか……」


「セラムの家にあんまり本はなかったのか?」


「私のいた世界で本はとても高価なものでな。うちのような貧乏騎士家では、とても買うことはできなかったのだ」


 どうやらセラムのいた世界では印刷技術があまり発展していなかったらしく、書物の類は魔法使いが記した魔導書や、手書きによる書物が主流だったらしい。


 そんなアナログ使用で生産される数も限定的だと、本はとても稀少で高価なものになってしまうだろう。


「騎士学校とやらにもなかったのか?」


「騎士の学校故に蔵書量もあまり無くてな。全員で手分けして物語を書き写し、回し読みなんてことをしていたものだ」


 セラムによると戦術書や剣術の指南書なんかが充実していて教養を磨くようなものや物語形式の書物は非常に少なかったらしい。


 まあ、騎士を志す者たちが通う学校だ。本のジャンルがそちらに偏ってしまうのも無理もないだろう。


「それに私はこちらの世界のことを何も知らない。本を読めば、もっと色々なことが知れてジン殿の力になれるのではないかと思ってな」


 ただ本を読みたいだけでなく、セラムなりに自分の力になれることを考えていたようだ。


「明日、図書館にでも向かうか?」


「としょかん……というと?」


「誰でも本を無料で借りることのできる公共施設だ」


 まあ、セラムの場合は戸籍がないのでカードを作ることはできないが、代わりに俺が借りれば問題ないだろう。


「そのようか場所が!? ぜひ行ってみたい!」


「わかった。なら明日の朝の納品の後に寄ってみるか」


「ありがとう、ジン殿。とても楽しみだ」


 図書館に行くことを約束すると、セラムは子供のように目を輝かせるのだった。





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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

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