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セラム、教育レベルの高さに慄く

書籍1巻から2巻。コミック1巻から3巻発売中です。


「うがああああああ、夏休みの宿題が終わんないー!」


「多すぎますよね、宿題……」


 リビングでめぐるの悲鳴が上がり、隣に座っていることりが泣き言を漏らす。


「ジン、手伝ってー!」


「誰が手伝うか。というか、何で俺の家に集まって宿題やるんだよ」


「だって、家にいたら親とか兄弟とかうるさいし」


 そもそもの突っ込みをすると、めぐるが開き直って言う。


 確かこいつの家は三人兄弟だったな。皆、学生で家にいるとなると集中できないのもわかる。でも、だからといって俺の家に来るか? 


「ことりは一人っ子だろう? 家でも集中できるんじゃないのか?」


 めぐるはともかく、ことりに兄弟はいないはずだ。自分の家の方が集中できるだろうに。


「あの、えっと、そうなんですけど、家にいると集中できなくて……」


「わかるー。自分の家ってゲームとか漫画とか色々誘惑があるよねー」


「そうなんです! でも、ジンさんの家は何もないので誘惑されることなく集中できるといいますか」


 そこはかとなく俺の家がバカにされている。


 めぐるもそうだが、ことりも一言多いよな。


 めぐると違って、本人に一切の悪気がないのが質の悪いところだ。


 わざわざ目くじらを立てるのも大人げないので怒ったりはせずにスルーしておこう。


 それよりも気になるのは二人の宿題の量だ。


「もう八月も終わりだってのに随分と残ってるな」


 テーブルにはいくつもの科目のワークが積まれており、プリント用紙がまっさらな状態で束になっている。その量は膨大で八月の下旬にあっていい量ではない。


「さては天体観測の時から一切手をつけてなかったな?」


 なんて言うと、二人はサッと視線を反らした。


 二人からダメっぷりは聞いていたが、本当にその通りになるとは。


 天体観測の時には宿題を終わらせていたアリスを見習ってほしい。


「というか、アリスはどうした?」


「アリスちんは熱海に家族旅行!」


「いいですよね。旅行だなんて羨ましいです」


 最年少のアリスは宿題がないお陰か夏休みを満喫しているようだ。実に結構なことだ。


「それにしても、幼い頃からこれだけ多くの宿題を課せられるとは、メグル殿とコトリ殿の通う学校は厳しいのだな」


 テーブルの上に並んでいる宿題を見つめながらセラムが呟く。


「一か月以上も休みがあるってことを考えると妥当だろ」


「こちらでは普通なのか? 私の住んでいた地域ではこんなに宿題が出ることはなかった」


「いいなぁ。あたしもセラムさんの通っていた学校に行きたい」


「転校させてください」


「さ、さすがにそれは難しいな」


 めぐるとことりから羨むような視線を向けられ、セラムが苦笑する。


 残念ながらセラムの通っていた学校、あるいは学舎はこちらの世界には存在しない。


 残念ながら紹介するのは不可能だ。


 仮に転校できたとしても、セラムの通っていた学校には剣術や魔法学などもあるとのことなので決して楽ではないだろうな。


「んー、ここわかんないなー」


「どこがわからないのだ? 私でよければ力になるぞ」


「ここの数式なんだけど」


 得意げな顔で言いだしたセラムだが、めぐるの差し出してきた数学ワークを見てピシリと固まった。


 ……あれはまったくわからない奴だな。


「なるほど。ジン殿はわかるか?」


 どう対応するのか見守っていると、セラムが急にこちらに振ってきた。


 俺にやらせることでこの場を逃れるつもりらしい。


 別に応じる必要はないが、セラムがあまりにも必死な顔をしているので仕方なく応じることに。


 数学のワークに書かれている問題は一次関数の交点を出せという問題だった。


 中学二年生の数学なんて懐かし過ぎる。


 長らく数学の問題なんてやっていなかったもので問題文の解き方を思い出すのに少しだけ時間がかかったが所詮は中学の数学なので簡単だ。


「二つの点が通るってことは?」


「……通るってことは?」


 現役で習っているんなら、このヒントでわかれよ。


「二個の点がわかっている時に使える式があるだろ?」


「あっ! 連立方程式!」


 もう少しヒントをやると、めぐるは無事に正解への道筋を見つけたようだ。


 カリカリと鉛筆を動かして式を作っていく。


「できた! サンキュー、ジン!」


 念のために回答を確認してみると、めぐるの書いた式は合っていた。


「あの、ジンさん……」


「そっちは何がわからないんだ?」


 めぐるの相手が終わると、ことりがおずおずと声をかけてくる。


「古典です」


「具体的にはどこがわからない?」


「語訳がぜんぜんできなくて」


「ちょっと借りるぞ」


「あ、はい」


 めぐると違って、わからない部分が大きいのでワークを見せてもらう。


 ことりの過去の回答集を見ると、どうして語訳ができないのかすぐにわかった。


「……そもそもの基本的な知識と重要用語を覚えきれていないな」


「はう! なんだか難しい言葉遣いが多いせいかよく覚えられなくて……」


「そういう時は、まず現代語訳を先に見てしまえ」


「え? それでいいんですか?」


「物語の内容が理解できないと、余計に言っていることがわからないだろ? 全体の内容がわかったら、ひとつひとつの意味を確かめていけばいい」


「わ、わかりました。まずは内容を理解して、少しずつやっていきます!」


 これが正しい教え方とは思わないが、苦手意識を持たないように少しずつ理解を深めていけばいいと思う。何事も基礎がしっかりとしていないと進んだ時に困るからな。


 アドバイスをすると、ことりは答案ページに書かれている現代語訳を先に読み込み始めた。


 中学生に勉強を教えるなんて初めてだ。


 いつもと違う脳みそを使ったせいか妙に疲れたな。


 喉が渇いたので麦茶を取りに台所へ移動すると、セラムが寄ってきて小声で言う。


「ジン殿」


「なんだ?」


「もしかして、あの二人は天才なのではないか?」


 真剣な顔をしているのでどうしたのかと思ったら、また意味のわからないことを言いだした。


「んなわけあるか。その辺にいるガキ……」


「「中学生!」」


「……ただの中学生だ」


 つまずいている問題から見るに、世間一般的な中学生の中でも下の方だろうな。


 二人とも勉強が苦手だと公言もしていたし。


「だが、私は二人が解いている問題文の意味すら理解できなかった! 私は王都でも有名な騎士学校を卒業しているのに!」


 わなわなと身体を震わせながら訴えかけてくるセラム。


 騎士学校を卒業していただけあって、年下の二人が解いている問題を理解できなかったのが信じられなかったらしい。


「騎士学校とやらの数学では何を学んでいたんだ?」


「掛け算や、割り算だ! これでも計算には自信があったのだが……」


「それならアリスと同年代の子供でも余裕できるぞ」


「なっ! そうなのか!?」


 こっちでは小学生で習う分野だと告げると、セラムがショックを受けた顔になる。


 どうやらセラムの世界での勉強水準は、こちらの世界に比べてかなり低いようだ。


「こっちでは義務教育といって、すべての子供に教育を受けさせることのできる制度があるからな。セラムの世界と勉強水準に差が出るのも仕方がないだろ」


「すべての子供に!? 学費などはどうするのだ?」


「国が負担する」


「そ、そのような制度があるとは……」


「逆にそっちではどうなんだ?」


「教育を受けられるのは貴族や商人をはじめとする一部の裕福な者だけだ。私は父上が貯めてくれた貯金を崩すことで何とか学費を工面できた」


 セラムから教育事情を聞いてみると、どうやら学校に通えるのは一部の者だけのようだ。


 平民などは学校に通うことなどほぼ不可能で、文字を読んだり、書いたりすることのできる者はかなり少ないようだ。


 そういった事情を聞くと、いかに俺たちの住んでいる国が恵まれているのか再認識させられるな。昔はそんなことにも気づかずに不満タラタラで学校に通っていたが。


「私はジン殿に拾われ、農業に携わることができて良かったと思う」


 ホッとしたようにセラム呟く。


 数学については小学生並だからな。色々な障害を乗り越えて、仮に働くことができても経済社会で通用しないのは間違いない。


「言っておくが農業がまったく頭を使わないってわけじゃないからな? 科学に基づいた栽培をするし、事業主としての経理作業だってある」


「わ、わかっている! 私だって今の状態でいるつもりはない! きちんと勉強して、ジン殿の助けとなるように努力するつもりだ!」


 忠告すると、セラムはやや動揺しながらも前向きな態度を示した。


 別にセラムにそういった面での活躍は期待していなかったが、ある程度の基礎学力がないと違和感を抱かれるのも確かか。


 この世界の常識を身に着けさせる意味でも、セラムにもこちらの世界の勉強を教えた方がいいのかもしれないな。


 麦茶で喉を潤しながらそんなことを俺は思った。




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