女騎士とポテ丸つくり
「ジン殿!」
ジャガイモの植え付けをした後、草むしりをしているとセラムがうきうきとした顔でやってくる。
腕時計を確認してみると、時刻は休憩時間である十五時を指していた。
周囲に時計はないし、腕時計を持っていない癖によく正確な時間がわかるものだ。
セラムの食に対する執念に少し呆れてしまう。
「休憩の時間だな」
休憩の時間になったので俺たちは午後の作業を切り上げて家に戻ることにした。
「ポテ丸くんを作るぞ!」
「先にシャワーを浴びないのか?」
「今は時間が惜しい!」
いつもは真っ先にシャワーを浴びるセラムだが、今はそれよりもポテトチップスを作りたくて仕方がないようだ。
正直、俺は先に浴びてしまいたいのだが、セラムがあまりにもわくわくとしているのでタイミングを見計らってにしよう。
「まずはジャガイモを洗うぞ」
「うむ!」
野菜室からジャガイモを取り出し、セラムと一緒に台所で土を落とす。
ザラザラとした土の感触が無くなり、ツルツルとしたものになっていくのが気持ちいい。
「洗い終わったら皮を剥くぞ」
「ピーラーを使ってもよいか?」
「いいぞ」
シャッシャッとセラムはリズム良くジャガイモの皮を剥いていく。
「随分と手際がよくなってきたな」
「毎日、ジン殿の料理をお手伝いしているのでな!」
なんて褒めると、セラムは自慢げに胸を張る。
最初の頃はピーラーを動かす手つきですらヒヤヒヤしたものだが、今はこれくらいの簡単な作業であれば安心して見ていられる。彼女も成長したものだ。
「あ、ジャガイモの芽は取っておいてくれよ」
「芽? これも取らないとダメなのか?」
前に調理させた時は芽取りの作業を俺がやっていたから知らなかったか。
「ジャガイモの芽にはメラニンという毒素が含まれているからな。小さなものでも取り除いておかなくちゃいけないんだ」
「もし、芽を取り除かずに食べたらどうなるのだ?」
「嘔吐、胸やけ、熱、下痢、腹痛などが出て、重い場合は呼吸困難に陥るだろうな」
「そ、そんなことに!?」
「とはいっても、きちんと取り除けば大丈夫だし、大量に摂取しなければ問題はない、このジャガイモも大きな芽が出ているわけでもないしな」
「そ、そうか」
「というわけで、芽取りを頼む」
「ジャガイモの芽はピーラーでは……」
「取れないな」
取れたてとしてもかなり身が減ってしまうし、時間もかかってしまうだろう。
「包丁の根元でくり抜くんだ」
手本を見せてから渡すと、セラムは緊張した面持ちになる。
「さっきの余裕に満ち溢れた表情はどこにいった?」
怖気づいていたセラムであるがゆっくりと包丁の根元をジャガイモに突き刺すと、綺麗に芽だけを取り除くことに成功した。
「ジン殿! できたぞ!」
「やるじゃないか」
「ポテ丸くんのためであれば、これくらいなんということではない!」
どんだけポテ丸くんが好きなんだ。
まだまだ包丁さばきは危なっかしいが、少しずつ扱いに慣れてくれればいい。
ジャガイモの下処理が終わると、ボウルに水を入れてスライサーを用意。
「次はジャガイモを薄くスライスだ」
スライサーの刃にジャガイモを押し当てると、身が薄くスライスされて水の張ったボウルへと落ちていく。
「おお! ジャガイモがあっという間に薄くなっていく!」
「薄くスライスするための道具だからな。やってみるか?」
「やる!」
セラムは腕まくりをすると、ジャガイモをスライサーの刃に押し当ててスライドさせる。
シャッシャッとジャガイモがスライスされていく。
「すごい! ポテ丸くんがどんどんとできていく!」
まだジャガイモを薄くスライスしただけなのだが、セラムにとってはそれだけで感動に値するもののようだ。
セラムの身体能力もあってかすごい速さでスライスされていき、あっという間に三個分のジャガイモがスライスされた。
「次はどうすればいい?」
「アク抜きのために十分ほど水に晒しておく」
「……つまり?」
「今のうちにシャワーを浴びる」
他に料理を作るわけでもない以上、ジャガイモを水に晒している時間に作業はなにもない。だったら、それ以外のやるべきことを済ますべきだ。
「では、ジン殿が先に入ってくれ」
「いいのか?」
「私はジャガイモがポテ丸くんになる様子を目にしておきたい」
別に水に浸っているだけで特筆する部分はないのだが、セラムは調理の工程を目に焼き付けておきたいようだ。
「それじゃ、先に入らせてもらうぞ。水が濁ってきたら水を入れ替えておいてくれ」
「わかった」
簡単な作業を指示すると、俺は悠々と着替えを手にして浴場へ。
身体の汗と汚れをお湯と石鹸で洗い流し、髪を乾かして着替えてリビングに戻る。
時計を見ると、俺が台所を離れて七分ほど経過していた。
「セラムはシャワーを浴びないのか?」
「だが、あと数分で次の作業に移るのであろう?」
「まあ、そうだな」
「ポテ丸くんの調理法を習得するために一つの工程も見逃したくはない」
「……そうか」
やたらと真剣だと思ったらそんなことを考えていたのか。
三分ほど経過すると、ジャガイモを水から上げてキッチンペーパーの上に並べていく。
そんな作業をしているとセラムの距離がなぜか遠い気がする。
俺が一歩近寄ると、なぜかセラムも一歩後退した。
「……もしかして、俺臭いか?」
シャワーを浴びたはずなのだが。
「いや、そうではない!」
確かめるように自身の匂いを嗅いでいると、セラムが慌てて否定した。
「じゃあ、なんで避けてるんだ?」
「いや、その、まだシャワーを浴びていないから……私の方が匂うと思うって……」
どうやら俺がシャワーを浴びたせいで、セラムが今更ながらに自身の体臭が気になるようになってしまったらしい。
恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしている。
「この後はバットに移して表面を乾燥させるだけだ。十分でシャワーを浴びてこい」
「わ、わかった!」
さすがにそんな状態では調理法を学ぶも何もないだろう。
セラムは台所を飛び出すと、すぐに自分の部屋から着替えを引っ張り出して浴場へと駆け込んだ。
セラムがシャワーを浴びている間に、俺は使用した台所を片付けておき、次の作業に移るための準備を進める。
「ジン殿、上がったぞ!」
「この短い時間でよく髪を乾かせたな?」
セラムの身体からは湯気が上がっており、湯上りのため頬の血色がよくなっている。
だけど、彼女の金色の髪はほとんど湿っていなかった。
髪の毛はかなり長い。髪を乾かすだけで五分以上はかかってしまうと思うのだが。
「少し魔法を使った」
「便利だな」
どうやらドライヤーと併用して、風魔法を使うことで乾かす時間を大幅に短縮したようだ。
俺は髪の毛が短いのでそこまで苦労したことはないが、他の女性が聞いたらかなり羨ましがりそうだ。
「よし、乾燥が終わったから揚げていくぞ」
セラムが身を清めている間に油の用意はできていた。
「うっ! 揚げ物なのか!?」
「そうだ」
フライパンにある油を見て、セラムが表情をゆがめる。
元の世界での戦の影響か、セラムは高熱の油が苦手だ。
「怖いならやめておくか?」
「いや、ポテ丸くんのためだ。頑張る」
前回のかき揚げのように大量の油を使っているわけじゃないから、そこまでの危険はないだろう。
セラムがスライスしたジャガイモを手でつまむと、ゆっくりとフライパンの中へ投入する。
サーッと細かい泡を噴き出しながら油の上に浮かぶジャガイモ。
「怖くないだろ?」
「そうだな! これなら大丈夫そうだ!」
かき揚げほどの難しさも油が跳ねる心配がないと理解したのか、セラムが次々とジャガイモを投入していく。
そんな中、俺はコンロのつまみを調整して火を弱めていた。
高温や中温で揚げ過ぎると、ジャガイモに完全に火が通るよりも前に水分が抜けてしまうからな。低温でじっくりと揚げる方がいい。
「ジャガイモ同士がくっつかないようにしてやってくれ。それとたまにひっくり返すんだ」
「わ、わかった」
指示をすると、セラムが拙いながらも菜箸を操って油に浮かんでいるジャガイモを引き離したり、裏返したりする。
「お、おお! すごいぞ、ジン殿! ジャガイモがポテ丸くんになってきた!」
そうやって揚げること五分ほど。
フライパンの中にあるジャガイモはすっかりと狐色に染まっていた。
ジャガイモの周囲に小さな泡はほとんどない。すっかりと揚がった証拠だ。
「もう揚げていいぞ」
「ああ!」
キッチンペーパーを敷いたバットの中に乗せて油を落とす。
スライスされたジャガイモはすっかりと火が通り、パリッとしたポテトチップスになっていた。
「最後はビニール袋にポテチと塩を入れて、味が馴染むように軽く振る」
「振る!」
ポテチが砕けないように軽く振り、皿の上に盛り付けた。
「これでポテトチップスの完成だ」
「ジン殿! 早く食べよう!」
セラムに急かされながらリビングのテーブルに移動し、座布団に腰掛けた。
まだほのかに熱がこもっているポテチを一枚つまむと、俺とセラムは口へと運んだ。
パリッと小気味のよい音がそれぞれの口から同時に響く。
「パリパリだ!」
「これはいけるな!」
ジャガイモの風味が鼻孔を突き抜け、噛み締めると甘みが次々と染み出してくるようだった。馴染ませた塩との相性も抜群だ。程よい塩気が心地いい。
食べ終わるとすぐに手が伸びてしまい、気が付けば二枚、三枚と続けて口へと運んでしまう。
「どうだ? 家で作ったジャガイモは?」
「ジャガイモの甘みを感じることができて美味しい!」
「おお! じゃあ、ポテ丸くんは卒業だな!」
「いや、ジン殿。それとこれとは話が別だ」
「なんだって?」
「家で作るポテトチップスも美味しいが、カイト殿の駄菓子屋やスーパーで買うポテ丸くんもまた美味しいのだ。今回家で作ったポテトチップスは確かにジャガイモの風味と甘みが素晴らしいが、ポテ
丸くんも負けていないのだ。あの複雑な塩のフレーバーはカルベーのたゆまぬ研究と努力によってできた結晶だ。そんな素晴らしいフレーバーがありながら敢えて控えめにしてジャガイモの風味を引き
立たせる謙虚さ! そう! ポテ丸くんを作っている者たちは素材の美味しさを追求することに拘っているんだ!」
「……いや、どんだけポテ丸くんのことを調べてるんだよ」
こっちの世界の常識やジャガイモについての知識が薄いのに、どうしてそんな駄菓子の知識を無駄に蓄えているのか。
多分、カイトから豆知識を聞いたり、駄菓子のパッケージを熱心に読み込んだのだろうな。
「つまり、私が何を言いたいかというと、ポテ丸くんにはポテ丸くんの良さがあり、手作りのポテトチップスにはそれぞれの良さがある。どちらかを選ぶことはできないのだ」
「つまり、どっちも食いてえってことか」
「そういうことになる」
家でポテトチップスが作ってやれば、セラムの浪費が減るかと思ったのだがそうではないようだ。
「うむ! 美味しい! これからは家でもポテ丸くんを作るぞ!」
まったく思惑通りにいかなかったことにガックリとする中、セラムはポテトチップスを美味しそうに齧り宣言するのであった。