ジャガイモの植え付け
お待たせしました。久しぶりの更新です。
「昼はジャガイモを植えるぞ」
「……ジャガイモ?」
外に出て、昼の作業内容を伝えると、セラムがきょとんとした顔を浮かべた。
「二週間前に植え付けの準備をしただろうが。まさか、忘れたのか?」
前に一緒に準備した時は二週間後が待ち遠しいなどとコメントしていた癖に忘れてしまったのだろうか。
「あっ」
「……おい」
ここ最近は農家としての自覚が芽生え、感心することが多かったのだがそうでもないらしい。
ジットリとした視線を向けると、セラムがわたわたとしながら言う。
「決して忘れていたわけではないぞ? ここ最近は色々とあったから少し思い出すのに時間がかかっただけだ!」
セラムの言う通り、ここ最近はプールにニンジンの間引きに、釣りなどと濃密なイベントが多かった。
俺ですらそう思うのに、なにもかもが初めてなことばかりなセラムにとってはそれ以上だろう。二週間ほど前の仕事が少し抜けてしまうのも無理もないか。
「まあ、そんなわけで今日はジャガイモの植え付けだ」
「うむ! 確か種を植えるのではなく、芽出しとやらをしたジャガイモを植えるのだったな?」
「ああ、たっぷりと太陽の光を浴びさせて芽出しをさせたからな」
籠の中には天日干しにした種芋が入っていた。
二週間ほど日光に当てて、緑、赤、紫色の硬い芽が出ていれば、種芋として活用できる。
芽出しは絶対に行う必要はないが、ちゃんとさせた方が発芽のタイミングも揃ってくれるので管理もしやすく、その後の生育もいいからな。できるのであれば、やるべきだ。
「春に植える場合は種芋を半分に切ってから植えるんだが、今回は秋ジャガだからそのまま植えることにする」
「む? 半分に切ると何かいいことがあるのか?」
農業に関して素人に毛が生えた程度のセラムであるが、毎回鋭い疑問を飛ばしてくる。
「単純に種芋の数が倍になるから苗の数も増えるんだ」
「ほう! それはいいことではないか! どうしてやらないのだ?」
「半分に切ると断面から病気が入ることもあるし、特に今の時期はまだ暑さも残っているから腐敗しやすいからだ」
「なるほど。その季節に合わせて安全に育てることが大事なのだな。理解した!」
セラムの疑問に答えたところで俺たちはジャガイモ畑に移動。
畑には前回作った畝が綺麗に並んでいた。
「じゃあ、種芋を植えるための溝を作るぞ」
三角形の鉄板がついた棒――三角ホーと呼ばれる農具を引っ張り、畝の真ん中に溝を作っていく。
「こうか?」
「そんな感じだ。大体八センチくらいの深さにしたいから二、三回往復してくれ」
「わかった」
俺とセラムは三角ホーを引っ張りながら何度か往復し、畝の真ん中に八センチほどの溝を作った。
「溝ができたら植え付けだ。三十センチ間隔くらいで溝の中に種芋を置いていってくれ」
「……三十センチ」
俺がせっせと種芋を置いていく中、セラムが呆然と立ち尽くす。
「別にそこまで厳格じゃなくていいぞ?」
「私にはジン殿のような経験が備わっていないので自信がない」
いつもはそこまで慎重じゃないんだけどな。今回は少し値が大きいので驚いているのかもしれない。
「ならこれを使っていいぞ」
ポケットから取り出したメジャーを渡すと、セラムが小首を傾げる。
「このカタツムリみたいなやつはなんだ?」
表現が独特だな。
「メジャーだ。ちょびっと出ている金属テープを引っ張れば、この世界の長さの値が具体的に出てくる」
「おお! なるほど、この世界ではこれが長さの指標になっているのか!」
「ちなみにテープを勢いよく離すと――」
俺が忠告の言葉を述べている途中、金族テープがシュルルルッと勢いよく戻る音が響いた。
「いたっ!?」
どうやら遅かったようだ。
「安物だから勢いよく戻すと、テープがしなって指を叩かれる」
「うう、もう少し早く教えてほしかった……」
少し涙目になりながら指をさするセラム。
メジャーあるあるだな。
気を取り直してセラムがメジャーでしっかりと間隔を計る。
三十センチほどまでの距離を伸ばし、正確な長さを確認すると種芋を一個置いていく。
一個を置くと、またメジャーで三十センチを計って二個目を置いた。
そうやって何度かメジャーで計ると正確な長さの感覚がわかったらしく、セラムはメジャーを使用しなくても間隔で植えられるようになったようだ。
セラムの植え付けのスピードが上がっていく。
そんな姿を確認しながら俺も次々と種芋を植えていく。
三列ほど植え終えて次の列に移動していると、セラムが畝とは違う方向を向いてごそごそとし始めた。
気になって寄ってみると、セラムが自身に腰に引っ提げている剣をメジャーで計っていた。
「なにやってんだ?」
「こ、これは自分の剣の長さが少し気になってだな」
お前は初めて物差しを貰った小学生か。
「……九十センチちょうどだな。それを横に置いておけば、ちょうどいい長さの指標になりそうだ」
「騎士の剣はメジャーではないぞ!?」
などと言うと、セラムが物差しには使わせないとばかりに剣を胸に抱いた。
そんな冗談を言いながら作業を進めていくと、俺たちはすべての畝に種芋を置き終えた。
「次は土を被せればいいのか?」
「その前に少しだけ肥料を撒いてくれ」
覆土をする前に化成肥料の袋を開けて、ひとつまみ程度を種芋と種芋の間に撒いてあげる。
肥料を撒いたらすぐに軽く土をかけてやる。
種芋に肥料が直接触れてしまうと、土の中で焼けて傷んだりするからだ。
「あとは土を被せてやるだけだ」
トンボを少し斜めに向けて引っ張るだけで外側にある土が真ん中に落ちていく。
種芋の上に五センチ程度の土があれば、問題ない。
少し覆土が甘いところは適宜トンボを使って、外側から土を寄せてやればいい。
「これでジャガイモの植え付け作業は終了だ」
「芽が出るのはどれくらいになる?」
「一週間くらいだろうな。そこか芽かき、土寄せ、追肥なんかを二回ほどして十二月の上旬か中旬くらいに収穫ってところだな」
「ということは、ジャガイモを収穫できるのは冬か……」
セラムを田んぼで拾ったのが七月頃なので、あれから二か月が経過していた。
だけど、まだ二か月なのか。
そう思うということは、それだけ今の生活が俺にとって濃密なのだろうな。
冬まで季節がこちらの世界に居るという保障はないが、できれば一緒に作った作物くらいは収穫したいものだと思う。
「……ジン殿」
「なんだ?」
「ジャガイモが食べたい」
少し感傷的なことを思っていると、セラムが唐突に呟いた。
俺と違って、セラムは目の前のことを全力で考えていたようだ。
「植え付けしてすぐにか? こういうのは収穫してから食べるのが良いんじゃないか?」
「私としてもそれが一番だと思う。だけど、十二月までジャガイモを待つなんてできない!」
「俺としてはジャガイモの植え付けをした後に、ジャガイモを食べるのは気が進まないなぁ」
これからゆっくりと育てていこうといった後に、その完成品をすぐに食べるだなんて情緒がない。普通に生活して十二月までジャガイモを食べない生活なんて難しいことはわかっているが、ちょっと
間を置きたいのが本音だ。
「うっ、確かにそれもそうか。我ながら風情がなかった。すまない。今日のところはポテ丸くんを食べて気分を紛らわすことにする」
などと農業男子的な意見を述べると、セラムがしょぼんと肩を落としてしまった。
「ポテチチップスか……それならアリかもな」
「アリというのは?」
「普通にジャガイモを食うのはアレだが、ジャガイモを加工して作ったポテトチップスならそこまで俺も気にならないかなーって」
ジャガイモをそのまま調理して食べる料理と違い、ポテトチップスなら俺の中でもおやつという感覚だ。別物へと加工しているので、そこまでジャガイモを食べている気分にならない。
つまり、俺の面倒くさい拘りを宥めつつ、セラムの要望を叶えてあげられる妥協案だ。
それに家で美味しいポテトチップスが作れると、セラムの駄菓子の消費が抑えられるかもしれない。
そんな思惑を乗せながら提案すると、セラムが目を大きく見開いてこちらに寄ってきて肩を強く掴んできた。
「ジン殿!」
「な、なんだ!?」
「家でポテ丸くんが作れるのか!?」
家でポテトチップスを作ることに不満なのかと思ったら逆だった。
「あ、ああ。まったく同じ味とはいえないが、作れることには作れるぞ」
「作ってみたい!」
「わ、わかったから手を離してくれ。ちょっと痛い」
「すまない、ジン殿! 家でポテ丸くんが作れると聞いて、つい興奮してしまった」
セラムがぱっと手を離すと、俺の両肩からミシミシという音はしなくなった。
万力のような力だった。なんて言えば、殺されそうなのでやめておこう。
「あと一時間したら休憩だ。その時に作るか」
「うむ! 休憩まで全力で頑張るぞ!」