スイカ斬り
書籍1巻発売中。マガポケにてコミカライズ連載中です。
「セラムさん、もう三歩ほど右にずれて、五歩ほど前です」
「ここか!」
セラムがことりの指示に従うが、木刀はスイカの少し右に反れてしまい空振りとなる。
「惜しい! もう少し左だ」
「もう少し左とはどのくらいだ?」
「……ジンの顔一個分」
セラムの質問にアリスが答える。
確かにそのくらいだしイメージはしやすいが、不吉なたとえはやめてほしい。
アリスの指示に従ってセラムがジリジリと足を左に移動させた。
「ここか!」
そして、大きく木刀を振りかぶると、見事に設置していたスイカに直撃した。
が、スイカの分厚い皮には傷一ついておらず、中にある赤い身が飛び散ることはなかった。
「あれ? 今の当たった?」
「威力が足りなかったんでしょうか? スイカが割れていませんね?」
「いいや、捉えたぞ! スイカはきちんと半分に斬れている!」
半分に斬れている?
セラムの言い回しに疑問を抱きながら触ってみると、スイカがパッカリと割れた。
「半分に斬れているな」
セラムが言う通り、スイカは綺麗に半分に割れていた。
皮に一切の凹みなどを与えず、まるで鋭い刃物で切断したかのように。
「ええ? なんで!? セラムさんが持ってるのただの木刀だよね!? 刃ついてないよ!? なんでそんな綺麗に斬れるの?」
「別に刃がなくても斬ることはできるぞ?」
めぐるのもっともな質問にセラムは当然といった風に答えた。
間違いなく、異世界で培った剣の技術だろうな。
その理屈は俺にもさっぱりだ。
「え、ええー?」
「剣や武術を極めれば、こんなこともできるんですね!」
「……セラム、すごい」
めぐるはやや戸惑っているようだが、ことりとアリスは楽観的なので違和感なく受け入れている。
一緒に遊んでいてセラムの身体能力の高さを知っているので、彼女ならこのぐらいもできるだろうという信頼があるのだろう。
まあ、いくら身体能力が高くても、木刀でスイカは斬れないと思うが……。
「スイカを割ったことだ。この目隠しを取ってもいいだろうか?」
「あ、はい。今、取りますね」
ことりが目隠しを取ると、ようやくセラムは視界を確保することができた。
「おお、スイカの中はこんなにも真っ赤なのだな! 艶があって美味しそうだ!」
「早速、食べるとするか」
「食べやすいように私が細かく斬ろうか?」
スイカを台所に持っていこうとすると、セラムが木刀を手にしながら言う。
ふんすと鼻息を漏らして得意げな顔をしている。
「普通に包丁で切るからいい」
「……そうか」
きっぱりと断ると、セラムは残念そうに肩を落とした。
木刀で切るなんて普通におかしいからな。
俺は普通に半分に割れたスイカを食べやすい大きさにカットすると、お皿へと盛り付けた。
さすがに全部は食べきれないので残りの半分はそのままラップをして冷蔵庫に入れる。
スイカを盛り付けたお皿を持ってリビングに移動する。
「じゃあ、あたしたちはこれで……」
これからスイカを食べることを察したのか、めぐるたちがいそいそと帰る支度をする。
両親が手土産に持たせたスイカなので自分たちが食べるべきではないと思ったのだろう。
しかし、視線はバッチリとスイカに向いており、とても名残惜しそうだ。
こんな状況で帰らせて、俺たちだけで食うなんて気まずすぎる。
「お前たちも食っていけ」
「ええ! いいの!?」
「別に食べたくなければいいが……」
「食べるに決まってるじゃん!」
「……食べたい!」
「ありがとうございます、ジンさん!」
めぐる、アリス、ことりが嬉しそうな顔をしてテーブルの周りへ腰を下ろし、スイカへと手を伸ばした。
「あっ、美味い! さすが母ちゃんが高いって言ってただけある!」
「甘くてシャキシャキとしていて本当に美味しいですね」
「……うまうま」
めぐる、ことり、アリスがスイカを食べて口々に感想を漏らす。
そんな微笑ましい光景を見ながら俺も一つ手に取って口へ運ぶ。
噛むとシャリシャリとした強い歯応えがし、口の中でスイカの強い甘みが広がる。
果肉のひとつひとつの粒がとてもしっかりとしており、とても瑞々しい。
噛む度にスイカのジューシーなエキスが漏れ出してきて、身体の内部から水分で潤っていくようだった。
「これは美味いな」
品種改良しているだけあって、既存のスイカよりも食感が良くて甘みも強い。
最近出回るようになったのであまり認知されていないようだが、いずれはもっと人気になるんじゃないかと思うようなクオリティだ。
「とても瑞々しくていい甘みだ! 何個でも食べられる!」
「セラムさん! 種と皮は食べなくていいんですよ?」
「そうなのか!? 食べてしまったぞ!?」
セラムの取り皿に視線をやると、種や皮は残っていなかった。
本当に全部食べてしまったようだ。
セラムがスイカを食べるのをはじめてというのを忘れていた。
「食べたからといって身体に害はないが種と皮は硬いし、そこまで美味しいものじゃないから残していいぞ」
「……承知した。種と皮は残そう」
食べ方を説明すると、セラムは赤い果肉だけをシャクシャクと食べ始めた。
ただ種を皿に吐き出すのは恥ずかしいのか、ティッシュにくるんでいた。上品だな。
そうやって五人でスイカを食べ進めると数は減っていき、あっという間に皿が空になった。
スイカをたくさん食べてお腹が膨れたのか、めぐるたちも満足げだった。
「お前たち、そろそろ家に帰れ」
「えー、もう少しゆっくりしてたーい」
「俺たちはこれから仕事なんだ」
残念ながらこれ以上の相手をすることはできない。
「それならしょうがないですね。めぐるちゃん、アリスちゃん、帰りましょうか」
「そうだね。スイカ食べて満足したし、今日のところは帰ろっかー」
「……帰る」
くつろいでいるところ申し訳ないが、めぐるたちは素直に玄関に向かった。
「ご両親にお礼を伝えておいてくれ!」
「わかったー! 今後ともあたしたちをよろしくね!」
「よろしくお願いします」
「……よろしく」
自分たちでそれを言うのか。
俺が顔をしかめると、めぐるたちは愉快そうに笑った。
明らかに俺が嫌がるとわかって言っているな。確信犯だ。
「ジン殿は普段子供たちに厳しいように見えるが、なんだかんだで面倒見が良くて優しいな」
「うるさい。さっさと仕事するぞ」
隣でクスクスと笑うセラムを置いて、俺は畑へ向かった。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。