女騎士とスイカ
「セラムさーん! ジンー!」
昼食を食べてリビングで休憩をしていると、中庭の方からそんな声が響いてきた。
ふと視線をやると、めぐる、ことり、アリスの三人が立っていた。
なにが楽しいのかわからないがへらへらと笑っている。
俺は中庭側の窓に近づくと、スッとカーテンを閉めてやった。
「なにをするのだ、ジン殿!? メグル殿たちが訪ねてきてくれたのだぞ!?」
「だからだよ。せっかくの休憩時間くらいゆっくり休みたいんだ」
ソファーに腰かけてゴロゴロし、セラムがおろおろしていると、リビングにあるインターホンが派手に音を鳴らした。
無視を決め込むもインターホンは何でも連打されて、リビングに音が響き渡る。
何度も繰り返されるインターホンの音にさすがに耐えかねて外に出る。
「うるせえ!」
「ジンがあたしたちを無視するからじゃん!」
「……そうだ、そうだ」
「こっちは朝から働いて疲れてるんだ! こっちの身にもなれ!」
今日は大量の作物を収穫し、出荷をした。
夕方からも作業はあるので、めぐるたちに構って消耗する無駄な体力はない。
そう伝えてやると、主にめぐるとアリスからブーイングの声が上がった。
このまま炎天下の中で騒いでも余計に疲れるだけだ。
俺は仕方なくめぐるたちを家に入れてやった。
「ったく、毎日のように遊びにきやがって。こっちは夏休みじゃないんだぞ?」
「まあまあ、今日は貢ぎ物があるから許してよ」
「貢ぎ物?」
「ことり!」
「はい、こちらです!」
めぐるの声に反応して後ろにいたことりが前に出る。
両手に抱えられているのはネットに包まれた大きなスイカだ。
ことりがスイカをテーブルに置く。
「不思議な模様をしているな? 丸いきゅうりか?」
「セラムさん、食べたことないの? これはスイカだよ」
「スイカ?」
「果物だよ。皮の中に赤くて甘い果肉があるんだ」
「ほー」
おそるおそるといった様子でスイカに手を伸ばすセラム。
スイカに興味津々のようだ。
「お前らがこんなものを持ってくるなんてどういう風の吹き回しだ?」
今まで何度も家にやってくることはあったが、こんな風に手土産を持ってくることなど一度もなかった。実に怪しい。
説明を求めるように視線を向けると、ことりが口を開いた。
「えっと、お母さんが日頃お世話になっているジンさんにお礼に渡すようにって」
確かにここのところは一緒に天体観測したり、夏祭りにいったり、プールに行ったりとめぐるたちと遊んだりすることが多かった。
面倒をみてもらっているということで、三人の親御さんからの感謝の気持ちらしい。
「俺よりかは海斗に渡した方がいいんじゃないか?」
確かにうちの家によく遊びにきたり、面倒をみてやったりしているが、俺よりも海斗の方がずっと甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「海斗さんにもお渡ししました」
「……すごく喜んでた」
あいつは子供からの贈り物に弱いからな。
たとえ、親の思惑があろうともスイカを貰って嬉しそうにする姿が容易に想像できる。
「そうか。まあ、そういうことなら遠慮なく貰っておこう。にしても、この時期にスイカとは珍しいな」
スイカが主にこちらに出回るのは六月後半から七月だ。既に八月の半ばを迎えていることから、一般的なスイカではない気がする。
「あっ、なんかハウス栽培の特別な品種らしいです」
「マジか!」
慌ててスイカを確認してみると、皮の表面には有名な農園を示すシールが張られていた。
しかし、品種がわからない。
スマホで調べてみると、最近品種改良に成功した糖度が高く、シャリシャリとした歯ごたえの良さ
が特徴的らしい。
「普通に美味しそうだな。冷やしてくれているみたいだし、早速食べるとするか」
「うむ! どんな味か楽しみだ!」
「ちょっと待った! スイカを食べるなら、セラムさんに伝統のあれを体験してもらわないと!」
スイカの調理にかかろうとするとめぐるが面倒なことを言いだした。
「む? スイカを食べるのに何か作法があるのか?」
「もちろん! 日本の夏にスイカを食べるならスイカ割りをやらないと!」
「スイカ割りとは一体?」
「えっと、挑戦者となる人は目隠しをした状態で周囲の声を頼りに棒でスイカの皮を割るんです」
「おお、是非とも体験したい!」
獲物でスイカを割るというフレーズに惹かれたのか、セラムが嬉しそうに言う。
「ちょうどセラムさんの腰に模造刀あるし、それ使う?」
「いや、これは模造刀などではなく剣で――」
「そうだった。セラムさんは騎士だもんね。剣は騎士の誇りだし、安易に抜くわけにはいかないって設定だよね」
「あの、設定などではないのだが……」
めぐるがセラムのことを微笑ましい目で見ている。
セラムのことを完全に騎士に憧れている外国人として認定しているのだろう。
セラムとしては非常に不本意そうであるが、本物などとバレてしまえば立派な銃刀法違反になるので涙を呑んで受け入れてもらう他にない。
「じゃあ、普通に木刀でやろう。兄ちゃんが修学旅行で買ったやつ持ってきたから」
気が付けば、めぐるの手元には木刀が握られていた。
こういうしょうもないことに関しては準備がいいものだ。
「セラムさん、目隠しをしますね」
中庭に移動すると、ことりがセラムへと寄っていきタオルで目元を隠す。
「任せてくれ。たとえ、目隠しをされたとしてもスイカを割るくらいは朝飯前だ」
「じゃあ、始める前にセラムさんの身体を回すね!」
「回す? 回すとは一体――わっ!?」
目隠しが終わると、めぐる、アリス、ことりがセラムに触れて身体を回転させる。
「三人とも!? わわわっ、目が回るのだが!?」
「さすがにそのままでやったら簡単だからね」
「身体を回転させ、平衡感覚を狂わせることで難易度を上げるんです」
「そのようなルールが!?」
驚愕していたセラムが回転から解放されたのは一分半ほど後だった。
「セラムさん、はじめていいよー!」
「わっ、わわわ、身体がっ!」
めぐるが開始の声を告げるが、セラムは三半規管が狂っているのか転びそうになっていた。
超人的な身体能力をしているセラムでも、三半規管の狂いには抗えないらしい。
「方向がわからない! スイカはどこだ!?」
セラムが木刀を杖代わりにしながらフラフラと歩き出す。
「セラムさん、スイカは今向いている位置から右斜め前ですよ」
「ことりは嘘を言っている。スイカはセラムの真後ろにあるぞ」
「真後ろじゃなくて、左斜めじゃない?」
「……違う。前」
「全員言ってることがバラバラではないか!?」
俺たちが口々に言うと、セラムが木刀を振り上げて怒りを露わにする。
せらむ、ご乱心だな。
「あはは、これもスイカ割りの醍醐味だからね」
「全員嘘をついてることはないから安心しろ」
さすがに全員が嘘をついていたら遊びとして成立しなくなるので、俺だけは真実を告げている。後はセラムが誰の指示に信じて行動するかだ。
「むむむ、そこか!」
狼狽するセラムをニヤニヤと眺めていると、セラムが急にこちらへ踏み込んで木刀を振り下ろしてきた。
ハラリと俺の前髪が地面に落ちる。
咄嗟に一歩後ろに下がっていなかったら俺の頭が綺麗に割れていたことだろう。
「微かな手応え……スイカはそこだな!」
顔を真っ青にしていると、セラムが木刀を上段で構え直してにじり寄ってくる。
「バカバカ! スイカじゃなくて俺だ! お前は俺を殺す気か!?」
「この気配はスイカではなくジン殿であったか? すまない!」
悲鳴のような声で訴えると、セラムは過ちだと気付いたのかにじり寄るのをやめた。
わざとやっているんじゃないよな?
ちなみにめぐる、ことり、アリスはさっきの光景を見て、危機感が働いたのは縁側の方に避難している。立ち回りの上手い奴らめ。
傍にいると頭を割られかねないので俺も安全圏に避難することにした。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




