鮎のルアー釣り
「おっと、川に向かうのであればこちらが近道だ」
野道を歩いていたセラムがスッと横道へと進路を変えた。
「そうか」
まったく知らない道だが、俺よりも山を練り歩いていることはわかるので疑うこともなくついていく。
「なんかセラムちゃん、めっちゃ詳しくね?」
逆に事情を知らない海斗は、俺よりも我が物顔で山を歩くセラムに戸惑っている模様だ。
「思いっきり身体を動かしたい時は、山に入って運動してるからな」
「山ごもりってすげえな」
俺の返答にやや驚き気味の海斗だったが、プールで圧倒的な格闘術を味わっているだけにどこか納得した風であった。
そんな感じで談笑しながらセラムに付いていくこと十五分。
俺たちは目的地である中流域の川にたどり着いた。
開かれた平地には綺麗な水が流れており、砂利や大きな石が転がっている。
「久しぶりにここの川にきたが水が綺麗だな」
やってくるのは十数年ぶりだが、水の透明度は以前と変わらない綺麗なままだ。
「シーズン終わりだが、ちゃんと魚はいるみてえだ」
海斗の向ける視線の先には魚の影らしきものが見えている。
「ここでは何が釣れるんだ?」
「主に鮎だな。少し移動すれば、イワナとかオイカワっていう魚も釣れる」
「ほう、ところで鮎とやらは美味いのか?」
この世界独自の川魚の名前を羅列したところでしょうがない。セラムにとって重要なのはそれが美味しく食べられるかどうかだ。
「めちゃくちゃ美味い」
塩焼きはもちろん、鮎飯、オイル煮、かば焼き、フリットと様々な楽しみ方があり、どれも絶品だ。
「おお! それは是非とも捕まえて食べてみたいものだ!」
あまり釣果を気にするタイプではないが、釣りにきたからには魚を釣りたいと思うのが心情。大量にとまではいかなくとも、二人で一匹ずつ味わうくらいは釣ってみたいものだ。
鮎の様子が確認できたところで俺と海斗は釣り竿の準備をする。
「わっ!」
「どうした?」
「そ、そんなに長くなるのか?」
何に驚いているのかと思ったら、伸ばした時の釣り竿の長さに驚いたようだ。
「ああ、普段は収納されているからな」
「……まるで長槍のようだ」
しげしげと釣り竿を眺めながら呟くセラム。
そこで武器に例える辺りがセラムらしいな。
「なあ、ジン」
「なんだ?」
「今日は友釣りじゃなくてルアーで釣ってみようぜ」
「は? ルアーで鮎を釣るのか?」
仕掛けを用意しようとしたところでの海斗からの提案に俺は驚いた。
「なにをそんなに驚いているのだ?」
「鮎を釣る時の定番は友釣りって釣り方をするんだ」
「友釣りとは?」
「鮎の縄張り意識を利用し、オトリの鮎を泳がせて、追い払おうと体当たりする鮎を掛けバリで釣るやり方だ」
「ほう、鮎とやらの習性を利用した釣り方か」
「ああ、通常は生きた鮎を使ってやるんだが、今回は生きた鮎ではなく、鮎に見せかけた疑似餌でやるっぽい」
「ははは、友釣りは昔っからやってるし、今日は初心者のセラムちゃんもいるからちょうどいいだろ?」
確かに素人がいきなり友釣りをするのはハードルが高い。
勘のいいセラムならこなしてしまいそうだが、初心者にもとっつきやすい方がいいか。
「いいだろう。いつもと違う釣り方をするのも悪くない」
「いいのか? ジン殿の好きな釣りなのに私に合わせてもらって」
セラムが複雑そうな顔でこちらを見上げる。
セラムとしては俺の好きな釣りなのに、自分を優先してもらうことで本末転倒なのではないかと心配しているのだろう。
「俺もやったことのない釣り方に興味を惹かれただけだから気にするな」
「そうか」
きっぱりと告げると、セラムは安心したような顔になった。
「竿は短い方がいいか?」
ルアーを使うのであれば、長い竿よりも操作しやすい短い竿の方がいい。
「九ftくらいの長さがいいな。持ってないなら貸すぜ?」
「大丈夫だ。一応、持ってきてる。だが、ルアーはないぞ」
友釣り用の仕掛けは用意しているが、ルアー釣りのための道具は用意していない。
「そっちは問題ねえ。ジンたちとやろうと思ってルアーを多めに買ったからよ」
海斗がケースの中から鮎を模したルアーを取り出す。
「うわっ! これは本当に偽物なのか? まるで本物の魚のようだぞ?」
「そうじゃなかったら疑似餌の意味がないからな」
鮎のルアーの精巧さにセラムは驚いているようだ。
海斗にルアーを触らせてもらって偽物かどうか確かめさせてもらっている。
「針は?」
「友釣り用の三枚針でいいぜ。金具に針のついた糸を引っかけるだけで十分だ」
なるほど。それなら自分も持っているので気楽だ。
俺は海斗に説明された通りに釣り竿に糸を通し、ルアーに針を通す。
セラムの分も同じように通してやれば準備は万端だ。
「釣り方は?」
「基本的には友釣りと同じだ。鮎のいそうなポイントにキャストして、ゆっくりドリフトさせたり、止めて細かくシェイクして誘うように川底をトレースするようにリトリーブすりゃいい」
「なるほど。それならできそうだ」
「????」
「大丈夫だ。後で説明してやる」
海斗のカタカナ言葉に追いつけなかったセラムには、実際にやらせてみることで理解してもらおう。こいつは口で言うよりもやらせる方が覚えが早いからな。
釣り方を理解したところで俺とセラムは少し離れたところに移動する。
「カイト殿の説明がほとんど理解できなかったのだが、どうやって釣ればいい?」
「鮎のいるところやいそうなところに投げ込めばいい」
「いそうなところとは?」
「鮎は苔を食べる。薄っすらと苔に覆われていて石の傍にいがちだな。ほら、実際にここからでも見えるだろ?」
ここの川はそこまで水深が深くなく、透き通っているので俺たちの目でも実際に鮎の群れを確認することができた。
「あの辺りがあの鮎の縄張りってことだな。そういった石のところに上流から下流に向けて、ルアーを泳がせるんだ」
実際に仕掛けを投げ込んでみる。
鮎のいそうな黒光りする石と石の間の付近を這わせる。
竿を操作して、横移動させたりと誘うような動きをしながら徐々に手前側へと引っ張っていく。
「大まかな操作はこんな感じだと思う。合ってるよな、海斗?」
「ああ! 合ってるはずだ!」
海斗の返答になんとも不安な気分になったが、海斗もルアーで釣るのは初めてのようだし仕方がない。
面白くなければ友釣りに切り替えればいいし、釣れなかったらそれはそれで受け入れればいい。
「わかった! やってみると言いたいところだが、この竿はどうやって扱えばいい?」
「そういえば、肝心の釣り竿の使い方を教えていなかったな」
俺は現在の釣り竿の使い方を懇切丁寧にセラムに教えてやる。
理解してくれるか心配だったが、元の世界で釣り自体はやったことがあるようで何とか理解してくれた。
「こちらの世界の釣り竿は本当に便利だな。これがあれば何匹でも魚を釣り上げることができそうだ」
釣り竿の性能に感激しながらセラムは仕掛けを放り込んだ。
竿に慣れていないためにやや動作は硬いが、釣り経験はあるので数回やれば難なくこなせるようになるだろう。
後は鮎がいそうなところをひたすらに探って、かかるのを待つだけだ。
セラムからあまり離れすぎない範囲で、俺は鮎のいそうなポイントを探る。
「おっ、大きな鮎がいるな」
水面を見つめていると、大きな鮎を草の生えている際で見つけた。
観察していると岸際をずっと回遊しているようなので、あそこが縄張りなのだろう。
今いる岸から投げ込むには遠いので、そのまま川の中にザブザブと足を踏み入れる。
ウェーダーを着て、長靴を履いているんだ。利点をしっかりと生かしていく。
「ちょっとお邪魔させてもらおうか」
文字通り、縄張り荒らしをするために俺はルアーのついた仕掛けを岸際に投げた。
水の流れを利用すればルアーが勝手に揺れるのだが、それだけでは単調なのでゆっくりとドリフトさせたりシェイクさせてみる。
目視している鮎はまだ侵入者に気付いていないのか、スーッと泳ぎ去ってしまう。
とはいえ、ここはあいつの縄張りだ。
今は気付いていなくても戻ってきた時に気付くだろう。
自分から追いかけるようなことはせず、その時に誘ってやればいい。
竿を動かしながらのんびりと待つ。
海斗もセラムも鮎を釣ることに集中しており、特に会話をしていない。
穏やかな水の音が耳朶をくすぐり、清涼感を与えてくれる。
山から吹き込む風が肌を撫でるように過ぎていく。
屋根もなく日差しに晒されているはずなのに不思議と涼しく感じた。
自然に囲まれた場所でポツンッと突っ立っているだけで心が落ち着く。
少し前にジャンボプールに行ったが、俺にはこっちの方が性に合っている気がするな。
なんてボーッとしていると不意に竿が大きく揺れた。
「おおっ?」
竿がピクンピクンと跳ね、持ち手に電気が走ったかのような衝撃が走った。
「ジン殿きたのか!?」
「ああ、きたみたいだ!」
すぐに合わせると針から鮎が外れてしまうことがある。
かかった鮎の動きを見ながら冷静にリールを巻いていく。
慎重にやり取りしながら引き寄せ、腰に掛けているタモで鮎をすくい上げた。
「鮎、ゲットだ!」
「第一号はジン殿に取られてしまったようだ。おめでとう」
「ありがとな」
微笑みながらも少し悔しそうにするセラム。
やはり一番に釣り上げるのが一番気持ちいいからな。
鮎の大きさはおおよそ二十センチ。まあまあの大きさだと言えるだろう。
鮎から針を外していると海斗がこちらに寄ってくる。
「本当にルアーで鮎が釣れるんだな」
「……おい」
ルアー釣りを提案しておきながら、お前がそれを言うのか。
「はは、俺だって初めてやる釣りだったから半信半疑だったんだよ。でも、実際にジンが釣れたってことは、ルアーでもしっかりと釣れるってことだな。安心したぜ」
俺からのジトッとした視線を海斗は笑って受け流した。
まあ、俺も実際に釣れるかは半信半疑だったしな。海斗を責めることはできない。
折り畳み式バケツに釣り上げた鮎を入れると、俺は次のポイントを探って仕掛けを投げた。




