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長ナスとツナのトマトペンネ


「ふう、今日はこんなものでいいだろう」


「わかった」


 収穫作業を終えると、俺たちの前にはコンテナにぎっしりと入った長ナスが。


「これだけたくさんのナスが並んでいる姿は壮観だな」


「ああ、我ながらいい艶のナスを育てたもんだ」


 収穫作業は数が多いと面倒だが、これだけたくさんのナスが並んでいると気持ちのいいものだ。


 それにしてもやっぱり人手がいると作業速度が段違いだな。


 セラムは農業初心者であるが、異世界で騎士とやっていただけあって体力もあるし精神力もある。


 長時間の作業でも一切の泣き言を言わずに、こちらの想像以上の働きをしてくれた。


 常識のない異世界人を雇い、住まわせることに躊躇がないわけではなかったが、この働きぶりだけでも価値があったといえるだろう。


「このナスはこれからどうするのだ?」


「ナスの選別や調整作業だな。それが終わったら袋詰めをして直売所に持っていく。後は配送業者が市場に持っていって、地元のスーパーに並ぶ感じだな」


「な、なるほど?」


 などと出荷の段取りを説明してみせたが、まだこの世界についてよくわかっていないセラムからすればイメージしづらいだろうな。


「まだ作業は残っているが先に昼飯だ」


「そうか!」


 お腹が空いていたのだろう。作業を中断して昼食であることを告げると、セラムは嬉しそうな顔になった。


 ひとまず収穫したナスは鮮度保持袋に包んで置いておく。


 その際に、形の悪いものや微妙に傷んでいるものを昼食用に拝借した。


 そういったものは売り物にならないからな。とはいえ、食べられないわけではないので自分で消費する分には全く問題ない。


 家に帰るなり、セラムがワクワクした様子で聞いてくる。


「昼食は何にするのだ?」


「せっかく収穫したんだ。長ナスを使った料理にしようと思う」


「おお、それは楽しみだ!」


 とはいえ、揚げナスの煮浸しは昨日食べたところだ。同じものを作ってもつまらない。


 何を作るとしよう? 


 冷蔵庫を確認し、残っている食材を確認。それほど潤沢に食材があるわけではないな。


 ついでに戸棚を確認すると、パスタとツナの缶詰が目に入った。


「よし、昼飯は長ナスとツナのトマトペンネだな」


 ありきたりだが残り物の食材を使って、なおかつ簡単に作れるレシピだ。


 これでいこう。


「なにか手伝えることはあるか?」


 食材を取り出していると、セラムがソワソワした様子で尋ねてくる。


「昨日からずっと言っているな」


「自分だけジッと待つというのが性に合わないんだ。なにか手伝わせてくれ」


「だったら、長ナスのヘタを取ったら、皮を四か所ほどピーラーで剥いてくれ」


「む? ぴーらー?」


 ピーラーを手渡すと、セラムは怪訝な顔になる。


 どうやらセラムの世界にはない道具らしい。


「こんな風に刃を当てて下に引くと、皮が剥けるんだ」


「おお! これは便利だな!」


 お手本を見せてあげると原理がわかったらしく、セラムもすぐに一人で皮を剥けるようになった。


 その間に俺は缶詰からツナを取り出し、コンロの上にフライパンを準備しておく。


「……昨日も思ったが、ジン殿は男なのに料理が上手なのだな」


「そりゃ、一人暮らしが長いからな。セラムの世界では、男は料理をしないのか?」


「勿論できる者もいるが、大抵は女性に任せていた。料理人以外で男が厨房に立つのは女々しいというような風潮があったな」


 昭和初期のような考え方だな。


 今じゃそんな言葉を口にすれば、叩かれることは間違いないだろう。


「ジン殿、皮を剥いたナスはどうすれば?」


「ああ、そっちは大きめの斜め切りで頼む」


「斜め切り?」


 うん? これも異世界ではない切り方なのか? 


 いや、名称が違うだけにきっとあるに違いない。特に難しい切り方でもないし。


「斜め切りっていうのは、こうやって食材を斜めに切っていくことだ」


「おお、そういう切り方か……」


 実際に包丁を使ってスライスすると、セラムは納得したように頷いた。


 そして、俺が包丁を渡すと、セラムはギュッと握り締めた。


「ちょっと待て」


「む? なんだ?」


「なんだその包丁の握り方は? そんな持ち方じゃ危なっかしくてしょうがないぞ」


「むむ。すまない。どうやって持つのが正しいのだ?」


 セラムの疑問を聞いて、俺はとある可能性を見落としていたことに気付く。


「……お前、もしかして料理したことないのか?」


「恥ずかしながら騎士の家系故に、幼い頃から剣や乗馬といって稽古ばかりでな。そういった経験は一切ない」


「……そういうことは早く言え」


 道理で台所での挙動や包丁の持ち方がおかしいはずだ。


「すまない。経験がないと言うと、台所から追い出されると思って……一度、料理というものをやってみたかったのだ」


 叱られた子供のような顔をするセラム。


「客人ならそうするところだが、しばらくはここで住むんだ。少しくらい料理もできないと困る。なんでも教えてやるから、わからないことやできないことはきちんと言え」


「ありがとう、ジン殿! 今度からそうする!」


 そう言うと、セラムはにっこりと笑った。


 とりあえず、セラムに包丁の持ち方、食材の切り方などを教えてやる。


 すると、正しいフォームでゆっくりと斜め切りを始めた。


 左手の手つきがちょっとばかり危なっかしい。今度、セラミック包丁を買ってやった方がいいかもしれない。


 長ナスの斜め切りが終わると、フライパンにオリーブオイルを入れる。


 そこにセラムが斜め切りした長ナスとツナを入れた。


 ちょっと形が歪だ。斜め切りだからそこまで気にならないし別にいいか。


「そっちの鍋に水を入れてくれるか?」


「あ、ああ。確かこのレバーを上げれば、水が出るのだな」


 水道も知らないセラムであったが、何度か俺が使っているのを見てどのようにすれば水が出るかはわかるようだ。


 おそるおそるレバーを上げて、ちょうどいいところでレバーを下ろした。


「できたぞ!」


「よくやった」


 それだけでドヤ顔をされるのは遺憾だが、初めて触ったものを無事に使いこなせたので褒めておく。犬を飼ったような気分だ。


「次はコンロの火を点けてくれ」


 水の入った鍋をコンロに置いたところで続けて役割を振ってみる。


 水道と同じでこういうのは使っていけば、すぐに慣れるだろう。


「……えっと、火の出る道具だな。確かここにあるつまみを右に回す……でよかったか?」


「そうだ」


 頷くと、セラムがつまみを右に回した。


 すると、ボッと音を立てて火が点ついた。


「ついたぞ!」


「よくやった。つまみの上にあるレバーを右に動かしてくれ」


「おお! 火が強くなった!」


「そこを弄れば火加減が調節できるから覚えておいてくれ」


「たったこれだけの動作で水を出したり、火を出したりできるとは……ジン殿の世界の道具は本当に便利だな」


 まじまじと火を見つめながら感心するセラム。


 何をするにしろ水道とコンロさえ使えるようになれば、家で一人にしておいても困らないだろう。食材さえ用意しておけば、勝手に何かを焼いて料理を作るなり、カップ麺を食べることもできる。


 そんな風に水道やコンロの使い方を教えていると、ナスとツナに焼き目がついてきたのでトマトソースを加えて炒める。


「ああ、もういい香りだ」


 隣で調理を見ているセラムが、表情を弛緩させながら呟く。


 朝から収穫という重労働をし、お腹を空かせている身としてはトマトソースとツナの香りは暴力的に思えた。


 さらにドライハーブとバジルを加えて弱火でソースを煮込む。


 煮込み作業をしている間に沸騰したお湯にペンネとサラダ脂を加えて茹でる。


 ペンネが茹で上がったら煮込み終わったソースにペンネを投入。


 塩を少し加えて味を調えながら味見。


 問題ないことを確認し、ペンネを平皿にこんもりと盛り付ける。


「よし、長ナスとツナのトマトペンネの完成だ」


「おお!」


 盛り付けた皿をセラムがテーブルに運んでくれる。


 冷やした麦茶をグラスに注ぐと、俺たちはいそいそと座布団の上に座った。


「「いただきます」」


 手を合わせると、セラムと俺はすぐにフォークに手を伸ばして口に運んだ。


「美味い! 長ナスがとてもジューシーだ!」


「だろう?」


 口の中に広がるトマトの酸味と旨み。


 なにより大き目にカットされた長ナスがとてもジューシーだ。


 肉が入っていないのに、まるで大きな肉を食べているかのような満足感がある。


 ツナの微かな海鮮の旨みと脂身がトマトソースにしっかりと溶け込んでおり、ペンネにしっかり絡みついている。


 ドライハーブとバジルの独特な風味が旨みと脂身を最後に拭い去り、スッキリとした後味を演出している。


 ……美味い。


 こうやって新鮮な食材をすぐに味わうことができるのは農家の特権ともいえるだろう。


「ジン殿の長ナスは本当に美味しいな!」


 ペンネを口にしながらセラムが言った。


 その弾けんばかりの笑顔からして本心で思っているのは明らかだった。


「それで金を稼いでいるからな。そうじゃなきゃ意味がない」


 誰にでも作れるようなものでは意味がない。お金を出して買う美味しさがあるから価値があるのだ。農業とはそういうものだ。


 だが、そう言われて一農家として嬉しい気持ちは確かにあった。


 市場やスーパーに自分の野菜が並んでいても、直接感想が届くことはないからな。


 目の前で食べてもらって美味しいと言ってもらえることは幸せなのだろう。


「ごちそうさまでした」


 などと感慨深く思っていると、セラムの皿はすっかりと空になっていた。


「食い終わるの早いな!」


「ジン殿の料理は美味しいからな!」


 それなりに量があったはずだがぺろりと平らげている。


 どうやらうちの女騎士は健啖家でもあるようだ。







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『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

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