ニンジンの間引き
『異世界ゆるりキャンプ』の書籍2巻が本日発売です。
よろしくお願いします。
「今日はジャガイモの植え付けをする」
ジャンボプールで遊んだ数日後。自宅の傍にある畑で俺はセラムに告げた。
畝立てについては他の作物の収穫をしながら隙間時間を縫って行っていたために完成しており、タネイモと土、共に準備は万端だ。
「おお、ようやくだな! なにをすればいい?」
「まずは畝の中央に深さ十五センチ程度の溝を掘ってくれ」
言いながら俺は鍬の刃を畝の中央に当てると、そのまま引っ張るようにして削った。
一回では深さを作ることができないので、何度か往復しながら削ってやり、十五センチの溝を作った。
「わかった!」
俺が手本を見せると、隣の畝でセラムも真似をして鍬で溝を作ってくれる。
「溝ができたら植え付けだ。このタネイモを植えていく」
「すっかりと芽が出ているな」
タネイモを作っていた時はジャガイモのまんまだったが、日にちが経っている今ではすっかり緑色の芽が出ている。
「本当にこれを植えていいんだな?」
「ああ」
春に植える際は丸のままではなく半分くらいに切り分けて植えるのだが、秋ジャガイモに関しては季節柄まだ気温が暑く、切ってから植えると傷んでしまって栽培が難しくなってしまう。そのため秋
のタネイモは丸のまま植えて育てるのだ。
「植える時は芽が多い面を上にしてくれ。間隔は足一歩分くらいで頼む」
「わかった」
農家や地方によっては芽の多い面を横や下にするところもあるが、うちでは失敗が少ない上向きでの植え付けで進めることにした。
溝に左足を入れると、つま先部分にタネイモを落とす。
設置したタネイモを越えて踏み出した右足を入れると、そのつま先に次のタネイモを置く。
そんな感じでドンドンと進みながらタネイモを植えていく。
俺のそんな姿を真似して、セラムも足を踏み出してタネイモを植える。
「おわっとと!」
ふと視線を横に向けると、溝に足を踏み出して中腰になったセラムがバランスを崩しそうになっていた。
「せ、セーフだ」
俺の視線に気づいたセラムが、汗を拭いながら言う。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
この女騎士、剣術やら武術やら水泳やらをこなしたりと運動神経がいいはずなのに、なぜ農作業では鈍くさいのが不思議でならない。
「にしても、ジャガイモを育てるのに、そのままジャガイモを植えるというのは不思議だな」
確かにセラムの言う通りだ。種植えや苗植えをすることはあれど、そのまま収穫される実を使う作物は少ないに違いない。
黙々とタネイモを置いていくと、畝のすべてに設置することができた。
「あとは置いたタネイモの上に土を被せればいい」
俺はタネイモを植えた溝の横に足を置くと、そのまますり足で歩いて進む。
すると、勝手に土が程よく落ち、いい感じに土が乗ってくれるのだ。
「わっ!」
土を被せながら進んでいると、不意にセラムが驚きの声を漏らした。
今のシーンに何か驚くべき部分があっただろうか。
「……なんで驚く?」
「いや、そのなんというか畝の上に足を置いてもいいのか?」
「どうしてそう思った?」
「だって畝は作物にとってのベッドなのだろう? 綺麗に整えた分、足を乗せるのはなんか申し訳なく感じてしまって……」
セラムの言葉を聞いて、俺は笑ってしまった。
「なぜ笑う!?」
「いや、すまん。セラムの言葉が面白くてな」
「教えてくれたのはジン殿ではないか……」
不満そうに頬を膨らませるセラム。
確かに作物にとって畝はベッドだと教えたが、そんなに真面目に捉えてくれていたとは思わなかった。
「畝を大切にする気持ちは結構だが、そこまで気にする必要はない。また後で形を整えるしな」
「そ、そうか」
そう説明すると、セラムはおそるおそるながら畝の上に足を乗せて、土を被せながら進んだ。彼女の中で畝には不可侵の想いがあるのか、若干動きが硬かったが、いずれは慣れるだろう。
「被せる土の量もおおよそ決まっているのか?」
「大体、三センチから五センチくらい被せれば十分だ」
粘土質の土はけの悪い土なら、もう少し薄めに土を被せるのだが、うちの畑はそんな土質をしているわけじゃないからな。平均的な土の量でいい。
土が被さりタネイモが見えなくなると、トンボを使って横から土を被せて畝を整える。
「これで植え付けは完了だ」
「おお! 収穫はいつ頃になるのだ?」
「順調に育てば二か月ちょっとだ」
「となると、収穫は十一月の中頃か……楽しみだな!」
セラムがジャガイモを植え付けた畝の傍にしゃがみ込む。
その横顔はとても期待に満ちている。
初めて一から育てた作物を収穫できるのを今か今かと望んでいるようだ。
その期待を裏切らないために、このジャガイモはしっかりと育て上げたいと思った。
●
ジャガイモの植え付けを速やかに終えた俺たちは、夏に植え付けをしたニンジン畑へと移動した。
前回は土や種子を乾燥させないように布を被せていたが、無事に発芽してくれたので取り払われている。
「すっかりと芽が出て成長しているな!」
「ああ、ここまできたら収穫は約束されたようなものだ」
「ニンジンを発芽させるのは、そんなに難しいのか?」
「ああ、難しい。他の野菜に比べると吸水力が低い上に乾燥に弱いんだ。発芽するまでは小まめに水をやってあげないといけないし、除草もしないといけないからな」
他にも小さな種が雨で流されないように注意しないといけないし、覆土の厚さもしっかりと見極めないといけない。
「あっちの畝は葉が生い茂っているが、こっちの畝は芽が小さいのがわかるか?」
「ああ、比べれば随分とこちらのものは小さい」
「こっちの畝は発芽が上手くいかなくて後から種を植え直したんだ」
すべてが綺麗に発芽してくれればいいのだが、ちょっとした覆土の調整ミスや、雨で種が流されてしまったことで発芽してくれないことも現にあるのだ。
「最初が一番手がかかるのだな」
「そこさえ乗り越えたら、ちょっとした管理だけですくすくと育ってくれるんだけどな」
「では、私たちがこれからやるのは、ちょっとした管理というわけだな?」
何種類かの作物を育ててきただけあって、セラムもこれから行う作業が何となくわかっているようだ。理解が早いのはとても助かる。
「ああ、ニンジンを大きく育てるために株を間引くんだ」
「間引く? この小さな株を抜いてしまうのか!?」
間引くと言った瞬間、何故かセラムがショックを受けたような顔になる。
「そうだが、何を驚いてる?」
「だって、こんな小さな株を抜いてしまうなど可哀想ではないか!」
「……お前、いつも摘芽とか摘果してる癖になに言ってるんだ」
「いや、それはサイズというか、可愛さが違うわけであって……」
俺の指示に従って鼻歌を歌いながら摘芽とかしてる癖に、芽の間引きには罪悪感を抱くとかワケがわからない。相変わらず不思議な感性を持っている女騎士だ。
「とにかく、ニンジンを育てるために間引くのは必須だ」
芽が伸びて本葉が三枚になるくらいの大きさになると、株と株の幅が狭くなってしまう。
株間がぎゅうぎゅうになってしまうと根が大きくなれず、栄養の奪い合いになってしまう。それに風通しも悪くなってしまい、病害や虫害の被害にも遭いやすい。
きちんとニンジンを育てる上で絶対に避けられない道だ。
「うう、可哀想だが仕方がない」
他の作物でも間引きや摘芽などの重要性は教えているために、セラムも泣く泣くではあるが理解し、納得してくれたようだ。
「一回目は五センチくらいの間を空けるようにして間引いてくれ」
畝の傍で屈むと、太い株を見極めて、隣に並んでいる細い株を手で抜く。
その隣にも細い株が乱立しているので、まとめて一気に抜いた。
そうやって太い株の周りに生えている細い株を抜き取っていくと、太い株と太い株の幅に五センチくらいの隙間ができた。
「こんな感じだ」
「わかった」
見本を見せると、セラムはこくりと頷いて隣の畝で間引きを始めた。
「すまない。これも美味しいニンジンを育てるためなのだ。許してくれ。お前たちのことはしっかりと土に埋めて供養してやるからな」
セラムがしょんぼりとしながらニンジンの株を抜いていく。
「……間引くって言っても捨てるわけじゃないからな? ニンジンの葉もちゃんと食べられるんだ」
「本当か!?」
「本当だ」
「良かったなお前たち! ただ間引かれるのではなく、きちんと美味しい食材として活用されるそうだぞ!」
食べられると聞いた瞬間、しょんぼりとしていたセラムが途端に元気になった。
さっきまで可哀想だと抜かしていた癖に、すさまじい手の平返しだ。
小さなものへの同情心よりも、食欲が勝ったようだ。
ご機嫌そうにセラムが株を抜いていく中、俺も無心で株を間引いていく。
そうやって黙々と間引き作業をやっていると、ニンジンの株と株の間に五センチほどの隙間ができてくれた。
「ジン殿、間引き終わったぞ!」
間引き作業が終わると、ニンジン畑は実にスッキリとした姿になっていた。
無駄な株や成育の悪い株は取り除かれ、整然とした姿で並んでいる。
綺麗に並んでいる株を見ると、気持ちがいいな。
「じゃあ、次は両側から根っこに向けて土を寄せてやってくれ」
雨が降ったり、水やりを続けていると株元の周辺の土が流れてしまう。
苗の倒れを防ぐためにも、露出した根を傷めないためにも土を寄せて守ってあげるのが重要だ。
残した太い株元に両側から土を軽く寄せる。
「軽くでいいのだな?」
「ああ、軽くでいい。くれぐれも次の葉っぱが伸びようとしている成長点には土を被せないでくれ。成長が阻害されてしまうからな」
「わかった。注意する」
そうやって丁寧に土寄せをしてあげると、それぞれの畝に追肥をしてやる。
最後にジョウロで水をかけてあげれば、今日のニンジン畑のお世話は完了だ。




