プール上がりのジュース
「そろそろ帰るか」
泳ぎ終わって休憩スペースで寛いでいた俺はシートから立ち上がって告げた。
「あんまり遅くなると道が混むしな。早めに撤収すっか」
続いて海斗が荷物を担ぎながら言う。
時刻は十六時。
プールの閉園までまだまだ時間はあるが、夜になると国道なんかが混んでしまって帰るのに時間がかかってしまう。
余韻のいい休日として一日を締めるためにも、渋滞に巻き込まれないように切り上げるのが賢い選択だろう。
「今日は存分にプールで遊ぶことができた上に、泳げるようにもなったので満足だ!」
「うん、大満足!」
水中での運動は全身の筋肉を使うためにかなりエネルギーを消費する。
体力のあるセラムとめぐるも満足できるほどに疲労があるようだ。
「アリスちゃん、帰りますよ」
「……うん」
逆にこの中で一番体力の少ないアリスは、電池切れ寸前だ。
ことりに手を繋いでもらい、声をかけてもらうことで何とか動けているといった様子。
泳げるようになったことで興奮し、はしゃいでいたようだが、ついに身体が追い付かなくなってしまったようだ。
渋滞だけでなく、アリスのためにもここらで撤収するのがいい。
そんなわけで意見が一致すると、俺たちは荷物を纏めて引き上げることにした。
シートを畳んで、カバンなどの荷物を持つと、プールを横切って移動。
シャワーを浴びて身体の汚れを落とし、目までしっかりと洗うと、それぞれの性別の更衣室へ入っていく。
船をこいでいるアリスが少し心配だが、俺たち男性陣が世話を焼くことはできない。
セラムや夏帆たちを信じて任せよう。
ロッカーのカギを開けると、水着を脱いでバスタオルで水気を拭う。
「あー、プールから上がると一気に疲れるよな」
「懐かしい気怠さだ」
海斗の言葉に同意するように頷く。
プールから出て着替えると、身体のだるさを一気に自覚してしまう。
身体が火照っているように熱く、どこか重い。
水泳の授業や、昔遊んだ時もこんな感じだったっけな。懐かしい疲労感と言えた。
それからは特に会話もすることもなく、黙々と私服へと着替える。
備え付けのドライヤーで髪を乾かすと、更衣室の外に出た。
途中で水着売り場に寄って、レンタルした水着やゴーグルを返却した。
午前中は日差しも厳しいものだったが、日が傾いてきたお陰で若干ではあるがマシになっていた。
女性陣はまだ着替え終わっていないようなので、俺は自動販売機に移動してジュースでも買うことにする。
自販機は紙コップ式のジュースだった。
ボタンを落とすと、紙コップが落ちてきて、そこにたくさんの氷とジュースが注がれるタイプ。氷が多いので嫌だという人もいるが、俺はこのタイプの自販機ジュースが大好きだった。ガリガリと氷を砕きながら飲む冷たいジュースが夏にはとてもいい。
「俺、コーラ」
千円札を突っ込んだ瞬間、海斗が後ろからぬっと現れてねだってくる。
「……しょうがないな」
普段なら突っぱねるところだが、海斗には車を運転して連れてきてもらっているからな。
ガソリン代とは別に、ジュースの一杯くらい奢ってやるべきだろう。
「やりぃ! じゃあ、Lサイズな!」
「あっ、容赦ねえな!」
紙コップの大きさによって値段が違うのだが、海斗は容赦なく大きいサイズのボタンを押した。さらに氷割り増しボタンまで押すカスタイズぶり。
大きな紙コップが落ちてくると、次に氷が落ちてきて、最後にコーラが注がれた。
規定量まで注がれると、海斗は扉を開けて自販機の中にある紙コップを掴んだ。
大量の氷をかみ砕きながら喉を鳴らす。
「ぷはぁ! うめえ!」
海斗の口の中からガリガリと氷を砕く音が聞こえてくる。
氷を食べているのか、コーラを飲んでいるのかわからなくなるような感じがするが、これがこの自販機で買うジュースの醍醐味だ。
とはいえ、俺は海斗のように氷を大量に入れはしないけどな。
海斗がごくごくと喉を鳴らすのを横目に俺はカルピスソーダのLサイズを買う。
同じように紙コップが落ちてきて氷とジュースが注がれると、紙コップを掴んで一気にあおる。
口の中でカルピスと炭酸が弾けた。カルピス単体ではやや甘ったるさを強く感じるが、氷のお陰で甘さが程よくなっていた。
ガリゴリと氷をかみ砕きながら飲むと、実に飲み応えがある。突き抜ける炭酸の泡が清涼感を与えてくれる。
プール上がりで火照った身体は冷たい飲み物に飢えていたらしく、俺たちの喉をスルスルと通り抜けていった。
あっという間に飲み終わり、空になった紙コップをゴミ箱に捨てる。
ダラダラと飲んでいると、セラムや子供たちがやってきて羨ましがるからな。
海斗と共に喉を潤してホッと一息ついていると、ちょうど着替え終わった女性陣が戻ってきた。
女性たちと合流すると、俺たちはゲートをくぐって施設の外へ。
そのまま駐車場に向かおうとしたところで、セラムだけが足を止めてゲートを眺めていた。
「どうした?」
「外に出ると、少しだけ寂しく感じてしまってな」
水に浸かって泳いだり、遊んだりする文化のない異世界からやってきたセラムが、プールを楽しめるかは心配だったが、名残惜しいと感じるほど楽しんでもらえて良かった。
俺も久しぶりにやってきたが楽しかったな。
傍にプールがあったとはいえ、今までの俺は誰かと行く気になんてなれなかった。
昔のようにこうやって遊ぶことができたのは縁を繋いでくれたセラムのお陰だ。
「今年は今日が最後かもしれないが、来年はもっとたくさんプールで遊べるだろう」
「そうだな! また来年、皆と一緒に行こう!」
なんて告げてやると、セラムは嬉しそうに笑って歩き出した。
「暑!」
「サウナよりヤバいよ!」
駐車場に停めてある車に乗り込むと、とんでもない熱気で満たされていた。
助手席と後部座席に乗り込もうとした俺とめぐるは即座に退避。
「こりゃ、換気しないとダメだな」
扉や窓を開けて熱気を外に追い出して、クーラーをガンガンにかけてしばらくすると、ようやく涼しくなったので改めて車内に乗り込んだ。
「海斗、疲れてないか?」
「問題ねえよ。帰りもイケるぜ」
疲労が溜まっているようであれば運転を代わろうと思ったが、必要ないらしい。
それぞれがシートベルトを装着したところで車が発進する。
広い駐車場を抜けると、なだらかな坂道を下っていく。
「んん? なんだか妙に静かだな?」
駐車場を出て少しまでは賑やかな声が響いていたが、途端に声が聞こえなくなって静かになった。
「後ろの奴らは全員眠っちまったからな」
海斗に言われて振り返ってみると、セラム、ことり、アリス、めぐる、夏帆が眠っていた。
全員とも健やかな寝顔だな。
「寝るの早すぎだろ」
まだ出発してから五分と経過していない。
「それだけプールを満喫したってことだろ」
運転しながら海斗が控えめな声で笑った。
車内では俺たちの呼吸音、エンジンの音、クーラーの排気音が静かに響いていた。




