サーフヒルレストラン
「そろそろ休憩にするか」
「む? もう休憩か?」
スライダーの楽しさにすっかりとはまったセラムが、少し物足りなさそうな顔をする。
「水に入ったりしてると意外と体力を消耗するもんだ」
「そうね。お腹も空いてきたし」
「ならば、ここらで一休みするか!」
夏帆の言葉に自らの空腹感を自覚したのだろう。セラムもすんなりと頷いた。
単純だな。
めぐる、ことり、アリス、海斗も異論はなく、俺たちはスライダーを切り上げて昼食を摂ることに。
拠点としている屋根スペースに戻ってくると、各々がタオルで身体に付着した水っけを拭う。濡れたままだと体温が下がってしまうからな。
「昼飯はどうする?」
俺とセラムは今朝誘われたので、当然ながら弁当などといったものは用意していない。
「レストランで食おうぜ」
「賛成!」
海斗の言葉にめぐるが財布を取り出しながら返事する。
どうやら昼食は施設内にあるレストランで食べることで決まっていたようだ。
ことりとアリスも自らの財布を取り出している。
俺とセラムもそれに異論はない。全員で施設内にあるレストランに移動することに。
程なく歩くと、施設内にあるサーフヒルレストランにたどり着いた。
屋内レストランだけでなく、外にはパラソル席がいくつも並んでいる。
昼食を食べるには少し早い時間だが、施設内には多くの人が座っていた。
「思ったよりも人が多いな」
「パラソル席なら割と空いてるし、あそこでいいんじゃない?」
「そうだな」
屋内席は埋まっているが、パラソル席ならば空いている。
完全に日差しを防げないだろうが、混雑していないパラソル席の方が快適そうだ。
ちょうど四人掛けの席が二つ並んでいるので固まって座ることもできるしな。
そんなわけで俺たちは空いているパラソル席を陣取ることにした。
俺、セラム、夏帆が同じテーブルに着席し、もう片方のテーブルにめぐる、ことり、アリス、海斗が座った。
「ここではどのように注文すればいい?」
「フードコートと同じだよ」
以前、ショッピングモールのフードコートで食べたからか、夏帆の言葉をすんなりと理解できたようだ。
「では、買いに行こうではないか!」
「俺は荷物番するから先に行ってきていいぞ」
小さな荷物などは持ってきているが、それだけを置いて席を離れるのは少し怖いからな。
「む、見張りなら得意だ。荷物番は私に任せて、ジン殿が先に――」
「わかった。じゃあ、お言葉に甘えて先に買ってくるね!」
ここはレストランだ。盗賊や魔物が出てくるわけでもないのにガチものの女騎士を配備する必要はない。
セラムの腕を引っ張っていく夏帆の後ろ姿を俺は見送る。
隣では海斗、めぐる、アリスが財布を握って席を立つ。
どうやらあっちのテーブルの荷物番はことりがするようだ。
「ジン、荷物番頼むな!」
「ああ」
わざわざ俺に声をかけた意味は、見張り番をしていることりを見ていてくれということだろう。
海斗が残る方が万全だが、めぐるとアリスを二人でうろつかせるのも怖いしな。
俺が残っているのなら比較的落ち着いた性格のことりを残すことに不安もないだろう。
海斗たちがいなくなると、テーブルには俺とことりだけが残された。
思えば、ことりとこんな風に二人っきりになるのは初めてかもしれない。
見た目は完全に女子高生だが、実際には女子中学生だ。
今時の若い女の子となにを話せばいいのかサッパリわからない。
ことりと視線が合う。
向こうも俺を相手に何を話せばいいかわからないといった様子だ。
「……え、えっと、暑いですね」
会話をしなきゃという気持ちは理解できるが、もうちょっとマシな話題はなかったのか。
そうだな、なんてでも答えたら話題は即終了だ。
中学生なりに気遣ってコミュニケーションを繰り出してきたのだ。居たたまれない空気にはしたくない。
「そうだな。こんな暑い日はさっぱりとしたものが食べたくなる」
「わかります! 冷やし中華とか海鮮丼とか美味しそうですよね。ジンさんは何を食べます?」
「あそこの看板に載っているおろし肉ぶっかけうどんが美味しそうだ」
「本当ですね! 私もそれにしようかな」
天気の話に限ったことではなく、相手の問いかけに対して、自分の情報を混ぜると会話は発展しやすくなるものだ。
食の好みというわかりやすい話題に派生したことで、俺とことりのコミュニケーションはなんとか成功したといえるだろう。
「ただいまー」
「待たせたな、ジン殿」
そんな風にお店の料理について話し合っていると、夏帆とセラムがトレーを手にして戻ってきた。
「シーフードカレーか」
「プールにくると無性に食べたくなるんだよね」
「それはわかる」
別にプールでのカレーはめちゃくちゃ美味しいわけではないが、それでも無性に食べたくなる。
プールで遊んで汗をかいていたり、外で食べるからの補正があるのかもしれないな。
「お前はいつも通りだな」
「なにがだ?」
「なんでもない」
セラムの持ってきた料理はラーメンとチャーハンのセット。
ドリンクのメロンソーダに加え、フランクフルトやたこ焼きまで付いている。
セラムがよく食べるのは知っていることだ。今日は水の中で運動していることもあって、いつも以上にお腹が空いているのだろう。
「じゃあ、俺も自分の飯を買ってくる」
「そうか!」
先に食べていていい旨を伝えるセとラムは嬉しそうにラーメンに手をつけた。
ちなみに夏帆は既にシーフードカレーを頬張っており、にっこりと笑って手を振った。
「私も行きます」
お隣さんも海斗たちが戻ってきたようで財布を手にしたことりが寄ってきた。
「で、結局何を食べるんだ?」
「悩みましたが、冷やし中華にすることにしました!」
「そうか。じゃあ、あっちだな。迷子になるなよ」
「なりませんよー」
別の料理を頼むことりと別れると、俺はうどん屋に向かう。
列にはそれなりの人が並んでいるが、うどん屋だけあって進むのは早い。
列はスムーズに進んでいき、おろし肉ぶっかけうどんの大盛りを速やかに受け取ることができた。
冷水機から水を汲むと、ちらりとことりの方を確認。
どうやらあちらも無事に注文ができたようで、今は料理が出来上がるのを待っている状態だ。
あれなら一人でも大丈夫だなと思ったところで、ことりに見知らぬ若い男が近づいた。
市内のプールなので友人と遭遇する可能性も考えられたが、相手は明らかに高校生、大学生といった雰囲気。
それになにより声をかけられたことりが困っているように見える。
もしかして、ナンパだろうか?
解放的な夏の空気に当てられて、そういった行動をする者も少なくない。
不安を抱いた俺はとりあえずことりの所に向かうことにした。
声をかけてみて知り合いなら、すぐに引き返せばいい。
「ことり、なにしてるんだ?」
「ジンさん!」
声をかけると、ことりは嬉しそうにやってきて俺の腕に抱き着いてきた。
離れようにもうどんを載せたトレーを持っているために動くことができない。
「なんだ彼氏か」
「違う。引率者だ。というか、中学生ナンパすんなよ」
「中学生!? いや、それは嘘でしょ」
「……中学生です」
「えっ! てっきり高校生か大学生かと」
まじまじとことりを見つめる男性。
男性のあからさまな視線にことりが身を隠すように俺の後ろに隠れた。
同じ男として気持ちはわからないでもないが、年頃の女の子が向けられるにはきつい視線だな。
「そういうわけで他を当たってくれ」
「お、おお」
ことりが中学生という事実が衝撃だったのだろう。男性は動揺しながらも素直に去っていってくれた。
「大丈夫か?」
「すみません。こういうの初めてだったので……」
「ああいう奴らは押しが強いからな」
まあ、中学生でナンパ慣れしているというのもあまりないだろうな。
「もし、また声をかけられるようならハッキリ拒否してやれ。それか俺か海斗にでも声をかけろ」
「はい! ありがとうございます、ジンさん!」
ことりが礼を告げると、ちょうど冷やし中華ができたようだ。
彼女が冷やし中華のトレーを受け取ると、一緒に陣取っていた席に戻る。
「なにやら見知らぬ男性に声をかけられていたようだが?」
席に座ると、セラムがラーメンをすすりながら尋ねてきた。
結構な距離があったが、どうやら見えていたらしい。
「え? そうなの?」
逆に夏帆はまったく気付いていなかったようだ。
「ちょっとことりがナンパされてな」
言うべきか迷ったが、ことりを守るためにも俺は二人にこっそりと共有することにした。
「なるほど。それでジン殿が追い払っていたわけだな」
「そういうわけだ。またちょっかいをかけてくる奴等がいるかもしれないし、気にかけてやってくれ」
「わかった」
「コトリ殿に変な虫が寄り付かないように私たちが目を光らせよう」
成人組が守ってくれるのであれば心強い。
ホッとした俺はおろしぶっかけ肉うどんを食べた。




