水着
更衣室で着替えを済ませた俺は、プールの入り口で待機していた。
既に着替え終わってから七分ほど待っているが、セラムと夏帆はまだやってこない。
男は私服を脱いで水着を履くだけだが、女性は髪をくくったり、化粧をしたりと入念な準備が必要だ。男性と比べると、時間がかかってしまうのは仕方がないだろう。
「お待たせー!」
ボーッとプールを眺めていると、程なくして夏帆がやってきた。
夏帆の水着は露出度の高い赤と白の三角ビキニだ。
健康的な肌が惜しげもなく晒されている。
女子大生という若々しさと、可愛らしい雰囲気のある夏帆だからこそ似合う水着だといえた。
「どう? あたしの水着?」
身体にしなを作って言葉を投げかける。
色気を出すには少し身体にメリハリが足りないと思ってしまうのは、抜群のプロポーションを誇るセラムを見慣れてしまったからなのだろうな。
「似合ってるんじゃないか」
「うわー、ありきたりな言葉」
「幼馴染の妹に歯の浮いた台詞なんて言ってもしょうがないだろう」
「確かに。急に賢治さんから誉め言葉が出てきたらビックリするかも」
幼い頃から知っているだけに女性らしく成長していることに驚きはしたが、それだけだ。
だって海斗の妹だしな。
「ところで、セラムは?」
「あれ? 一緒に出てくるはずだったのに……あっ、いたいた!」
夏帆が後ろに振り返ると、更衣室の入り口からこちらを窺っているセラムがいた。
夏帆がパタパタと駆け寄り、セラムの手を取って連れてこようとする。
しかし、セラムは更衣室で踏ん張り抵抗を見せる。
「や、やっぱり、恥ずかしい!」
どうやら土壇場になって恥ずかしさが再燃したのだろう。
「大丈夫だって! ほら、仁さんだって水着だし、周りの人も同じような水着を着てるでしょ? 水着は恥ずかしいものじゃないって」
何言かの会話を交わしながらこちらを指さすと、セラムは観念したように出てきた。
髪は動きやすいようにポニーテールにされていた。
纏っている水着は夏帆と同じく一般的な三角ビキニ。淡い青色が金糸のような髪と白い肌にとても映えていた。
いつもはラフな私服やジャージ姿でいることが多い故に、改めて水着姿を目にすると衝撃を受けるな。
「……ジン殿、変じゃないだろうか?」
もじもじと居心地が悪そうにしながらも不安そうな瞳を向けてくる。
「ああ、似合ってると思うぞ」
「そ、そうか……」
もうちょっと気の利いた台詞を言ってやりたかったが、いざ水着姿となったセラムを前にすると思い浮かんだ言葉が飛んでしまった。
結果としてなんとも当たり障りのない言葉になってしまう。
「かけられた言葉は、あたしと変わらないのに差がわかりやすいね」
「うるさい」
セラムの水着姿に見惚れてしまったことを夏帆にからかわれる。
自分でも自覚しているだけにまともな反論はできなかった。
「それにしても、本当に大勢の人が平然と水着を纏っているのだな」
気恥ずかしさを誤魔化すようにセラムが周囲を見渡しながら言う。
「だから言ったじゃん。ここじゃ皆が普通に水着を着るって」
「う、うむ。そのようだな」
異世界人のセラムでも、こうやってプールで遊んでいる人々を見れば、ここではこれが普通だというのがわかったようだ。
まだ圧倒されているのが正しくて、完全に慣れたわけではないが、恥ずかしくて一歩も動けないなんて状態にはなっていないようで良かった。
「さて、シャワーを浴びて合流しよっか!」
先に必要な荷物だけを敷地内に入れると、俺たちはシャワーのところへ移動。
すると、セラムが小声で尋ねてくる。
「ジン殿、これから水の中に入るのにシャワーを浴びる意味があるのか?」
「人間、何もしていなくて汚れが付着するものだからな。プールに入る前に、そういった汚れを落としておくんだ。あとは冷たい水に身体を慣れさせるためだ」
「なるほど。清潔に楽しめるように考えられているのだな」
納得したようにセラムが頷いたところで、頭上からシャワーが降り注いだ。
「「冷たっ!」」
予期せぬ冷水のシャワーに俺とセラムの口から同様の言葉が漏れる。
事前に冷たい水がくるとわかっていれば耐えられるのだが、不意に浴びせられるとどうしても驚いてしまう。
シャワーが止まり、濡れた前髪をかきあげて視線を横にやると、一人安全地帯で笑いこけている夏
帆がいた。
どうやら勝手にシャワーボタンを押したようだ。
「……セラム、夏帆を捕まえとけ」
「わかった」
頷くと、セラムは笑いこけていた夏帆を後ろから羽交い絞めにしてシャワー場に移動させる。
夏帆を拘束しているためにボタンを押せば、セラムも巻き添えになってしまうが彼女からはやってくれとばかりのアイコンタクトが飛んできた。
「えっ!? あっ、ちょっと!?」
彼女の覚悟を受け取った俺は、シャワーボタンを押してやる。
「きゃー! 冷たい! 冷たい! 冷たいってば!」
降り注ぐシャワーに悲鳴を上げる夏帆。
冷水から逃れようとするが、セラムがガッチリと拘束しているために逃げることはできない。
「あははは! 冷たい! だが、気持ちいいな!」
巻き添えになっているセラムだが、冷水に慣れてきたのか実に気持ち良さそうに笑っていた。
もう少し夏帆に復讐をしたいところだが、シャワー場で遊んでいると他の人に迷惑になるのですぐに切り上げることにした。
「はー、いきなりびしょびしょだよ」
「これから水の中に入るんだ。別にいいだろ」
「そうだけど、皆と合流するまでは、もうちょっと綺麗でいたかったの」
「む? シャワーは身体の汚れを落として、綺麗にするためのものなのだろ? シャワーを浴びたカホ殿は綺麗なはずだ」
さっきの説明を聞いたからかセラムが反応するが、夏帆の言わんとすることの意味は理解できていないようだ。
「そういう意味じゃない!」
「?」
まあ、戦場で長い間生きてきたセラムに、そういった心の機微を理解するのは難しいだろうな。
「とりあえず、海斗たちと合流するか」
「とはいっても、どこにいるのだろう?」
キョロキョロと周囲を見渡してみる。施設内の端には休憩できるように屋根のスペースがあり、多くの人たちはそこでシートを広げたり、イスを設置したりとして寛いでいる。
海斗たちを探そうと視線を巡らせてみるが見つからない。
「おにぃに電話してみる」
「必要ない。多分こっちだ」
スマホを取り出そうとする夏帆を静止させて、俺はズンズンと奥へ歩いていく。
セラムと夏帆は不思議そうにしながらも付いてきてくれた。
入り口付近にある屋根スペースは無視して、奥のウォータースライダー側の屋根スペースにやってくると海斗たちがいた。
「やっぱり、ここか」
「さすがはジン、言わなくてもわかったか」
声をかけると海斗がニヤリと笑う。
昔、遊びにきた時もこの辺りを陣地していたからな。ここにいると思っていた。
「……お前、それ水着なのか?」
海斗の履いている水着は黒のサーフズボンに燃えるような真っ赤な炎が渦巻いた派手なもの。
「あん? プールなんだから当たり前だろ?」
どうやら一応は水着らしい。
上半身が裸であることを除けば、いつもの私服とそれほど変わらないな。
「皆、待たせたな」
「うおおおお!」
遅れてやってきたセラムの声に反応し、海斗が興奮の声を上げた。
振り返っためぐる、ことり、アリスもセラムの水着を見るなり驚いた声を漏らす。
「セラムさん、スタイルめっちゃいい!」
「水着、よく似合ってます!」
「……綺麗」
「あ、ありがとう」
めぐるたちに口々に褒められて、どこか照れくさそうにするセラム。
「想像していた以上にすごいな」
海斗がセラムの水着姿をまじまじと見つめながら言う。
抜群のスタイルを誇るセラムなら、視線を引き寄せてしまうのは仕方がないことだろう。男なら尚更のことだ。
とはいえ、海斗が遠慮のない視線をセラムに向けることに、俺は形容しがたいモヤモヤ感を抱いてしまう。
自分の胸の奥にある妙な気持ちを理解できないでいると、鼻の下を伸ばしていた海斗のお尻に夏帆が蹴りを入れた。
「おにい、セクハラ! 視線がキモい!」
「どわっ! キモいってなんだよ!」
「キモいはキモいの! 自覚しろ!」
男性が思っている以上に、女性は視線に敏感だ。
海斗の視線を夏帆が良くないものと断定したのだろう。
お尻を蹴られている海斗を見ると、少しだけ気持ちがすっきりとした。
「ねえねえ、ジン! あたしたちの水着はどう?」
ちょんちょんと腕を突かれて振り返ると、めぐるとアリスが視界に入る。
めぐるはショートパンツビキニで活発な彼女の雰囲気にとても合っている。
アリスは完全に学校指定のスクール水着。
通常なら幼さしか感じないところだが、アリスの銀色の髪と儚い美しさと相まって妙な魅力を出していた。
とはいえ、まだまだ子供だ。身体に凹凸なんてほとんどないし、色気なんてものは皆無だ。
「フッ」
「……ジンが鼻で笑った。ひどい」
「うーわ! レディへの対応がなってない!」
「なにがレディだ」
レディを語るのであれば、心身ともにもっと成長することだな。
「なら、最終兵器! ことりんはどうだ!」
「えええっ!? 私!?」
ムキになっためぐるが傍観していたことりの後ろに回って、ぐいっとこちらに突き出してくる。
「なに言ってんだ。所詮は中学生だろ」
めぐると大した違い無いと思っていたが、俺の予想はすぐに裏切られる。
水着のタイプとしてはフリル付きに真っ白なビキニ。
控え目な印象のことりにマッチした大人しい水着ではあるが、その印象とは正反対に豊かな胸元が激しく主張していた。
発育が良いのはわかっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
「あ、あの……」
突き出されたことりが恥ずかしそうに身をよじる。
いかん。女性の身体をまじまじと見つめるなどあってはいけないことだ。
「十年早い」
「なんかあたしたちの時と反応が違う!」
「一緒だっつーの」
できるだけ平静を装ったつもりだが、めぐるには一瞬の動揺がお見通しらしい。
変なところで鋭い。
ぎゃーぎゃーと言いながら纏わりついてくるめぐるを無視して、俺はシートの上に荷物を下ろした。
「おい、夏帆。中学生に発育負けてるぞ」
「うっさい! 死ね!」
傍では海斗が遠慮のない言葉をかけて、またもや夏帆にお尻を蹴られていた。




