プールの招待券
「それで揃いも揃って一体何の用だ?」
玄関に賑やかな会話が繰り広げられる中、俺は本題ともいえる問いを投げる。
めぐるたちだけならいつものように遊びにきたのだとわかるが、海斗と夏帆も一緒なので何か特別な用があるのだろう。何やら大がかりな荷物まで持っているわけだし。
尋ねると、夏帆が前に出てきてポケットからチケットを取り出す。
「じゃーん! プールの招待券!」
「そんなものどこで手に入れたんだ?」
「昨日、商店街の福引きを回したら当たったんだ」
そういえば、商店街で買い物をした時に見かけたな。
俺とセラムは見事に外れを引いてポケットティッシュだったが、海斗と夏帆は見事に賞を当てたようだ。というか、まだ残っていたんだな。
「そもそも今は九月だろう? プールなんてやってるのか?」
「最近は八月を越しても暑いからね。ほとんどのプールは九月の末までやってるよ」
九月になっても平気で三十度を越える日が続いているのだ。九月になっても客足が衰えることはないだろうな。
「それで俺たちを誘いにきたってわけだな?」
「そういうこと!」
「ジン殿、プールとはなんだ?」
ずっと傍で聞いていたセラムが、ちょんちょんと袖を引いて尋ねてくる。
改めてプールとはなんだと言われると、ちょっと説明が難しいな。
「簡単に言うと水遊びだな。コンクリートのような長方形の中に水を溜めて、そこで自由に泳いだり、浮かんだりして遊ぶんだ」
「泳ぐ!? それは危険ではないか? 衣服は水を吸うとかなり重くなり、泳ぐのはかなり難しい」
「あはは、プールじゃ服は着ないよ。水着だから重くなることはないって」
「水着とは?」
「こういうやつ」
「なっ! ほとんど下着と変わらないではないか! こんなものを公衆の面前で着るというのか!?」
めぐるがバッグから取り出した水着を見るなり、セラムがギョッとした顔になる。
どうやらセラムのいた世界では、俺たちのように水着を纏って、泳ぐなどの文化はなかったようだ。
そう考えると、このような布面積の薄いものを纏って過ごすことおはしたないと思うのも無理はない。
「えっ? 別にこれが普通じゃん?」
「肌を見せることに恥ずかしさがないとは言いませんが、皆さん着ているので」
「な、なんということだ……」
自分より年下にもかかわらず、平然としているめぐる、ことりたちを見てショックを受けているセラム。
「冷静に考えると、下着は見られると恥ずかしいのに、水着を見られることに対して恥ずかしく思わない女の意識は謎だな」
「確かにな」
呟いた海斗の言葉に俺は同意するように頷く。
下着も水着も隠す場所は同じだし、布面積もほとんど変わらない。それなのにどうして女性は水着を見られることは平気なのだろう。不思議でならない。
なんて男二人で首を傾げていると、夏帆が呆れたようなため息を吐く。
「そりゃ、着る目的が違うからに決まってるじゃん。水着は泳ぐために着るわけだけど、下着は見せるために着ているわけじゃないし?」
「なるほど。水着は見せるもの、下着は隠すもの。そういった意識の差か……」
「深いな」
水着は見られることを前提でデザインされているが、下着は身体の保護やサポートのために設計されたものが多い。
夏帆の言う意識の差というものが少しだけ理解できたような気がする。
「なんか深く考えたら恥ずかしくなって気がしたからこれ以上の追及は無しで」
言葉にすると恥ずかしくなったのだろう。夏帆が顔を赤くしながら言葉を打ち切った。
「まあ、そういうわけで水着は皆が着るものだから、それほど恥ずかしく思わなくていいぞ」
「……ということは、ジン殿もメグル殿と同じ水着を着るのか?」
「着ねえよ! 男には男専用の水着があるんだよ!」
セラムに突っ込むと、傍で聞いていた海斗たちが爆笑した。
大方、俺が女性用水着を纏う光景でも想像しているのだろう。実に不愉快だ。
「で、どうする? 水着が嫌なら無理に行く必要はない」
バカ笑いしている奴等は放置し、セラムに尋ねる。
わざわざ不快な思いをしてまで遊びに付き合う必要はない。
自分がやりたいと思ったことをやればいい。大事なのはセラムの気持ちだ。
「……行ってみたい気持ちはある。だが……」
「だが?」
「私は泳げないんだ。泳げない者がプールとやらに行っても楽しめるだろうか?」
空気を読めず、大袈裟に声を上げようとしためぐるの口を強引に手で塞いだ。
正直に言うと、俺も意外に思った。
並外れた身体能力と運動神経を持つセラムであれば、当然のように泳げると思っていたからだ。
異世界では水に浸かって遊ぶような文化はないみたいだし、海に面した場所でもない限り泳ぐことなど早々ないのだろう。
「別に泳げなくても問題ないだろ」
「もし、怖いなら浮き輪に乗ってればいいし、水深の浅い場所だってあるぜ」
プールで泳ぐだけがすべてじゃない。
泳げない人が楽しむためのアトラクションだってあるからな。
「……私も泳げないけど、皆と楽しく遊べてる」
「そ、そうか! なら、私もプールとやらに行ってみたいぞ!」
同じく泳げないアリスの言葉で不安が解消されたのか、セラムが目を輝かせながら言う。
「ジンはどうすんだ?」
「セラムが行くなら俺も付いていく」
「それじゃあ、決まりね!」
「今からプールに行くぞ!」
「「おおー!」」
海斗の音頭に乗っかって、めぐる、ことり、アリスが勇ましく声を上げる。
「というか、今からかよ!?」
「うん、チケットの有効期限がもう近いし」
夏帆が見せてきたチケットを見ると、期限は今週の土日までだった。
それもあって福引きの人たちは慌てて捌いたのかもしれない。
「土日じゃダメなのか?」
「夏休み最後の土日は混むよー?」
嫌そうに目を細めながら言う夏帆。
現役で夏休みを楽しんでいる学生の言葉は重みが違う。
混雑したプールなんて絶対に嫌だ。
「……そうはいっても、水着がないんだが」
「大丈夫。プールで水着のレンタルできるから」
「そんなサービスも始めたのか」
行き先であるプール場には子供の頃に行ったことがあるが、昔はそんなサービスなんてなかった。時代が変わって色々なサービスをするようになったんだな。
「というかわけで、ジンさんとセラムさんも準備して? 私たちはもうバッチリだからさ!」
というわけで、急いで準備を整えた俺とセラムは、大場家の車に乗り込んでプールに向かうことになった。
●
俺の家から車を走らせること一時間弱。
俺たちは郊外の町にあるプール場にやってきた。
車から降りると、真夏の日差しが俺たちを照り付ける。
冷房の効いていた車内との温度さがきつい。
「おお! ここがジャンボプールか!」
施設の入り口までやってくるとセラムが声を上げた。
敷地はとても広く、入り口に立っていても施設内の楽しげな声が響いてくる。
ここのプールは郊外の町にあるプールにしてはかなり大きめの場所で、ジャンボプールと呼ばれている。
屋内プールこそないものの、広い屋外プールに巨大なウォータースライダー、水上アスレチックなどと多くの施設があり、大人から子供まで楽しめるので人気のプールだ。
この辺りに住んでいる住民であれば、一度は行ったことのあるプール施設だと言えるだろう。
「懐かしいな」
「ジンとここに来たのっていつぶりだっけ?」
見上げながら思わず呟くと、海斗が尋ねてくる。
「中学生の頃以来だな」
「十年以上前じゃねえか。だとしたら中の変わりように驚くぜ」
「だろうな」
懐かしの場所であろうが、十年も経てば色々と変わっているだろう。
きっと昔にはなかった色々な施設が増えているんだろうな。
騒がしい場所はそこまで得意じゃないが、昔との変化を確かめるのは楽しそうだ。
「どうやって入ればいいのだ?」
「通常ならあそこの券売機で入場チケットを買うんだけど、私たちには招待チケットがあるから、これを入場ゲートにかざすだけで入れるわ」
「なるほど!」
夏帆から配られた招待チケットを受け取ると、入場ゲートにバーコードをかざし、すんなりと入ることができた。
「ジンさんとセラムさんは、水着のレンタルがあるからこっち!」
声をかけてきた夏帆の方を見ると、屋内にちょっとした水着売り場があった。
どうやらそこで水着を買ったり、レンタルできたりするらしい。
「先に着替えて場所取ってるぜ」
「ああ」
海斗、めぐる、ことり、アリスは既に水着を用意しているので、先に更衣室へ移動した。
「さて、俺たちもさっさと水着を選ぶか」
「う、うむ」
少し緊張をにじませながらセラムが頷いた。
とはいっても、性別によって水着は分かれているために一緒に選ぶようなことはない。
セラムのことは夏帆に任せて、俺は男性用のスペースに移動。
男の水着なんて、どれも同じだ。
ブーメランパンツのような極度に布面積の少ないものでなければ、見た目はどれでもいい。
新しいデザインのものはレンタルが高いので、旧式の中から比較的無難な黒のサーフパンツを選んだ。
店員にレンタルすることを告げると、料金を払った。
一方でセラムと夏帆の方は、まだ終わっていないようだ。
陳列されている水着を手に取っては戻してを繰り返している。
ここで待っているべきか、夏帆に任せて俺も海斗たちに合流するべきか。
少し考えていると、夏帆と目が合って手招きされてしまった。
プール施設とはいえ、女性用の水着売り場に入りたくないのだが、呼ばれてしまっては仕方がない。
「なんだ?」
「セラムさんの水着、どっちが似合うと思う?」
おずおずと近寄ると、夏帆が二つの水着を掲げた。
ひとつは爽やかな青、もう一つは落ち着いた緑色の水着だ。
「別にどっちでもいい」
「どっちでもいいって酷くない? セラムさんは仁さんのお嫁さんなのに」
ぐっ、そういえば、そういう設定だった。
セラムが俺の嫁だという前提があれば、確かに今の台詞は冷たいと捉えられたかもしれない。
「言い方が悪かった。セラムならどっちでも似合うと思ったんだ」
こっぱずかしい台詞だとはわかっているが、夏帆からの疑いを避けるためには仕方がない。
「そ、そうか」
そんならしくない俺の言葉だが、セラムは顔を赤く染めており、妙に口元を緩めていた。
普段、俺が言わないように台詞を耳にしたので、笑いをこらえているのかもしれないな。
プールにやってきて早々に黒歴史ができたような気分だ。
「ふーん、そういう意味なら許せなくもないか。で、仁さんはどっちの水着がいいと思う?」
ぐいぐいと水着をこちらに突き出しながら夏帆が尋ねてくる。
「どっちがいいと言われてもなぁ」
「なんか反応が悪いね。もしかして、仁さんの好みじゃない? もう少し大人っぽい黒がいいとか?」
「ぶっ!」
新しく掲げた真っ黒な水着を見て、俺の脳裏にあの夜の出来事がフラッシュバックした。
「あっ! なんか仁さんの反応がいい! セラムさん、水着は黒にしよう!」
「い、いや、黒はやめておこう! 水着初心者の私にはレベルが高いと思う! 私はさっきの青いやつでいい!」
黒を勧める夏帆だったが、セラムは慌てて首を横に振って、青い水着をつかみ取った。
どうやらセラムもあの夜のことを思い出したらしい。
顔だけじゃなく耳まで真っ赤になっていた。
「そう? セラムさんがそういうなら青い水着にしておこうか」
セラムがプール初心者だというのが効いたのだろう。
セラムの挙動不審ぶりを羞恥心からくるものだと夏帆は思い込んだらしい。
妙な詮索をされずに済んで良かった。
「じゃあ、更衣室に向かおっか」
レンタルの支払いが済むと、俺たちはそれぞれの更衣室へ移動した。




