ジャガイモの準備
「ジン殿、玄関に置いてあるこの白い箱はなんだ?」
朝の仕事を終えて家事していると、セラムからそんな疑問の声が飛んできた。
家事を中断して玄関に向かうと、靴箱の上には白い発泡スチロールがあり、そこにはぎっしりと土が詰まっていた。
当然、意味もなく近所の土を収集して家に置いているわけではない。
「ああ、それはジャガイモの芽出しをしてるんだ」
「芽出し?」
「土の中にジャガイモを埋めて発芽させているんだ。で、植え付けになった時に発芽させたジャガイモを土に植えるって寸法だ」
そのために八月の内に買っておき、こうやって準備を進めているわけだ。
「普通に種を撒くのではダメなのか?」
「ダメってわけじゃないが、それじゃやってられないからな」
「やってられないとは?」
セラムが興味を示すので、俺は細かく説明してあげる。
ジャガイモは品種によって花がつきやすい品種、つきにくい品種があり、さらに実がついて熟しやすいものとそうでない品種がある。
この時点で栽培に必要とする種子の入手が難しくことがわかる。
その先に進むと、無事に採取した種子を撒いていくことになる。
ジャガイモの種子の発芽率はそこまで高いために、まったく発芽せずに終わることもある。
その中でも生き残ったものは地下に実をつけるのだが、最初にできるジャガイモはとても小さくて食べられたものではない。
そのためこの小さなジャガイモを次のタネイモとして使って、食用に値するサイズになるまで何度も育てることになる。当然二回目で急に大きくなるわけでなく、何度も回数を重ねる必要があるわけで、結果として数年という時間がかかるのだ。
ジャガイモを作る度にそんなことをしているほど農家は暇じゃない。
栽培期間を短縮するために、既に食用として完成品に至っている実をタネイモとして使用するのだ。
そうすることで、すぐに食べられる大きさのジャガイモを収穫することができる。
「なるほど。私たちが栽培期間を短縮できる背景には先人たちの苦労があってなのだな。ありがたい」
「そういうことだな」
「で、このタネイモはいつ植えるのだ?」
「二週間後くらいだな」
「二週間か……待ち遠しいものだ。何か私に手伝えることはないか?」
「そろそろ堆肥と元肥を入れて、耕そうと思っていたところだ。それを手伝ってくれるか?」
「任せてくれ」
そんなわけで俺とセラムは家の裏にある倉庫に移動。
倉庫から堆肥、元肥な肥料をセラムに渡す。
「前みたいに溢すなよ?」
「わかっている」
前回の土づくりでセラムは肥料をすべてぶちまけるという事件があった。
あの時の回収作業は、大変だったの一言に尽きる。
炎天下の中、溢した肥料をすくい上げるようなことはしたくないな。
セラムも思いは同じなのか肥料を運ぶ手つきは以前よりも慎重になっていた。
セラムが肥料を運び込む中、俺は鍬や測りなどの小道具を持っていく。
ジャガイモ畑にやってくると、畝立てを予定している場所の中央部分に十五センチほどの溝を掘る。
畝ごとの目安使用量を測ると、その溝に堆肥、元肥を散布していく。
「よし、あとは前と同じように鍬で耕すだけだ」
「うむ!」
セラムは鍬を手にすると、ザックザックと土を耕し始めた。
前回振り方をしっかり教えてあげたからか、無暗に振り下ろすことはしない。
肩ぐらいまで上げると重さを利用するようにコンパクトに下ろし、刃先を土に入れている。
ちゃんと振り方は覚えているようだな。それにしても二回目にしては慣れている感じがする。
セラムの運動神経が並外れたものではないことは承知の上だが、それにしたって鍬の扱いが上手すぎる。
まるで、俺以外の熟練の者に教えてもらったような。
「なにか間違っているだろうか?」
まじまじと見つめていると、セラムが不安そうな眼差しを向けてくる。
「いや、その逆だ。二回目にしては鍬の扱いが上手すぎる」
「そ、そうか!」
抱いた疑問を素直に伝えると、セラムは嬉しそうに表情を崩した。
気付いてもらえたのが嬉しくて堪らないといったところか。
「さては茂さんと実里さんに教えてもらったな」
「バレてしまったか」
当てるとセラムが照れくさそうに鼻の上を指で擦った。
セラムは努力家だからな。
関谷夫妻の家に遊びに行って、教えを乞うだろうと何となく思っていた。
「それ以外にも山で鍬の素振りでもしていたんじゃないか?」
「そんなことまでわかるのか!?」
「いや、さすがにそれは冗談のつもりだったんだが、そこまでしていたのか……」
「うむ。私には圧倒的に経験が足りないからな」
まさか剣を振り回すついでに鍬まで振っていたとは想定外だ。
生真面目を通り越して、バカっぽいと感じてしまったが、努力をしているのは確かだ。
笑うのは失礼だろう。源にこうして上手くなっているわけだし。
うちの女騎士は真面目で努力家だ。
●
「よし、これで問題ないだろう」
「二週間後の植え付けが楽しみだ!」
前回よりも手慣れたセラムのお陰で耕す作業は早く終わった。
溝の半分ほどに土を被せると、作業は終了だ。
後片付けを終わらせると、俺は転がり込むように家に戻った。
「暑い!」
作業はじめは暑さがマシだったものの、あっという間に日が昇って暑くなってきた。
玄関にあるデジタル時計を確認すると、既に気温は三十度と表記されていた。
「九月なのにこの暑さか……」
短時間の作業にもかかわらず、大量に汗をかくわけだ。
午前中でこの温度であれば、午後にはもっと暑くなるだろう。とても九月の温度とは思えない。
最近は五月や六月の段階で三十度を越える日も多くなってきた。
一体、俺たちの国はどこまで暑くなっていくのやら。
いつまでも暑い玄関でグダグダする必要はない。ササッと靴を脱いでリビングに上がろうとしたところで、セラムが後ろを向いた。
「ジン殿、客人だ」
ポツリと呟いた瞬間、扉が勢いよく開かれる。
「おーい! ジンいるな?」
「やっほー! セラムさん!」
「おお、カイト殿! それにカホ殿!」
「二人だけじゃなく、あたしたちもいるよー!」
「こんにちは、セラムさん、ジンさん」
「……久しぶり」
夏帆だけでなく、めぐる、ことり、アリスといった近所のガキ共までが勢ぞろい。
気温が一気に上がったような気がして、眩暈を覚える。
「人の家に上がり込む時はインターホンを鳴らせ。それかせめてノックでもしろ」
「すみません! 今から鳴らしに行きます!」
注意を真に受けたことりが頭を下げて、インターホンを鳴らしに行く。
やがて、リビングの方で無意味にインターホンが鳴った。
一回目を無視すると、二回目もピンポーンと鳴る。
イラっとしながらリビングに戻って、インターホンに応答する。
「お前は人を煽ってるのか?」
「ええ!? 私、ジンさんを煽るなんてそんなつもりは……」
直球に尋ねてみると、ことりは心外そうな顔で驚いていた。
どうやら天然での犯行らしい。悪意を持ってやられるよりも何倍も質が悪い気がする。
そうだったな。この子はこういう不器用な子だったよな。
「いいから玄関に戻ってこい」
「は、はい」
通話を切って玄関に戻ると、ほぼ同時にことりも戻ってきた。
「はははは! ことりちゃんやるな!」
「ナイス煽り!」
「……度胸がある」
「ええ!? だから、私煽ってませんってばっ!!」
海斗、めぐる、アリスに言わる中、ことりは必死になって否定していた。
やっぱり、俺以外でもそう思うよな。




