長ナスの収穫
セラムを従業員として家に住まわせることにした俺は、早速仕事にとりかかることにした。のだが、畑仕事を手伝うはずのセラムは、何故か帯剣をしていた。
赤いジャージに帯剣している姿は明らかに奇怪だ。
「どうしたジン殿?」
「なんで剣を持ってきてるんだ?」
「これがないとどうも落ち着かなくてな……ダメだっただろうか?」
愛おしそうに剣の柄を撫でながら言うセラム。
ダメだと言えば置いてきてくれそうではあるが、そう言ったら悲しそうな顔をする気がする。
異世界にすぐに戻ることはできないと区切りをつけたようだが、やはり寂しく思う気持ちがあるのだろう。
「まあ、仕事の邪魔にならないならいいだろ」
「助かる!」
「ちなみに日本では銃刀法違反といって、業務その他正当な理由を除いて刃渡り六センチを超える刃物を携帯するのは禁止だからな」
「えっ!? それでは魔物に襲われた時危ないのではないか!?」
「だから、この世界に魔物はいないから」
「あっ、そうだったな」
反射的にそのような質問が出る辺り、セラムはまだこの世界に慣れていないようだ。
「ちなみに刃渡り六センチというのは、どれくらいの長さなのだ?」
セラムの世界とは長さの単位が違うのだろう。
「このくらいだな」
「それでは包丁も持つのもダメではないか!」
「いや、包丁は家で料理をするための必需品だから持っていても問題ない。ただ理由なく持ち歩くのがダメなんだ」
説明するとセラムが理解したような理解していないような顔をした。
ルールとしてはわかるけど、それでいいのかと思っていそうだ。
「この世界はとにかく平和なんだ。だからそういった武器を持っていると、よからぬことを考えているんじゃないかと疑いをかけられる」
「では、迷惑をかけないために持たない方がいいのでは……?」
などと殊勝なことを言っているが、セラムの顔は酷く悲しそうだ。
「まあ、本物の剣なんて誰も持っていないから、持っていても怒られることはないから大丈夫だろ」
「そ、そうか!」
などと言うと、セラムが嬉しそうな顔をする。
やっぱり日常的に剣は持っていたいらしい。
明らかに日本人ではないとわかる容姿をしているセラムが、帯剣していようとも誰も本物だとは思わないだろう。
日本文化にハマった外国人が、侍や騎士なんかに憧れて玩具を持っているくらいにしか思わないに違いない。
そこまでの理由を教えると、むくれるだろうから言わないけどな。
「ただ絶対に剣は抜くなよ? 抜いたらさすがに一般人でも偽物じゃないと気付くだろうし」
俺も軽く触らせてもらったが、本物の剣は素人からしてもヤバいと思えるような重圧がある。迂闊なところで抜いてしまえば、銃刀法違反待ったなしだろう。
「わかっている。私も騎士だ。無暗に剣を抜くような真似はしない」
「とか言って、俺と出会った時に剣を抜きかけたよな?」
「あれはジン殿が悪いのだ! あんな風に私を愚弄するから!」
出会った時のことを思い出してバツが悪い顔をする女騎士。あの沸点の低さで剣を抜かれると非常に困る。
今後もセラムの動向には注視しなければいけないだろう。
「剣についてはこの辺にしておいて仕事だ。今日はナスを収穫する」
「ナスというと昨日の昼食で出てきたやつだな!」
本日の業務内容を伝えると、早速とナスのある場所に移動する。
「ジン殿、この透明な家はなんなのだ?」
「ビニールハウスだ。この中でナスを育てている」
「なんのために?」
「こうやってビニールで外界と遮断することで、外部からの環境の影響を抑えることができるんだ。他にも気温、地温の制御もしやすいといった利点もあって、育成環境の調節がしやすいから育てやすくなる」
「ほ、ほう。ジン殿の言っていることは半分くらいしか理解できなかったが、こちらの世界の農業は随分と進んでいるのだな」
聞くところによるセラムのいたところは、中世ヨーロッパのような文明レベルに加え、魔法などが発達している世界だ。機械を利用して育てる農業を不思議に思うのも当然か。
ビニールハウスの説明もほどほどに俺たちはハウスの中に入っていく。
「おお! ここにあるのは全部ナスなのか!?」
ハウス内に広がっているナスを見て、セラムが驚きの声を上げる。
俺からすれば見慣れた光景だが、農業にあまり関わったことのない人からすれば、これだけの数が並んでいれば圧巻だろう。
「ああ、全部ナスだ。ちなみに品種は長ナスといって、普通のナスに比べて十センチほど長い。大きいのになると三十センチから四十センチになるものもある。果肉が柔らかく、焼き物や煮物なんかが特に美味いぞ」
「…………」
などと説明をすると、セラムがまじまじとこちらを見ていることに気付いた。
「どうした?」
「いや、ジン殿は野菜のことになると、饒舌になって普段よりも活き活きとしていると思ってな」
「……そうか?」
自分ではそんな自覚はなかったのだ、そう言われているということはそうなのだろう。
仕事先以外でこうやって農業のことを話すのは初めてだったし、そういった会話に飢えていたのかもしれない。
「普段からそれくらい柔らかな顔をしている方がいいと思う」
それは普段の俺が仏頂面だということだろうか。
まあ、愛想がある方ではないと自覚はしているので何も言えないところだ。
「とりあえず、ナスをハサミで収穫して、コンテナに入れてってくれ」
ハウスの端に置いてあったカートとコンテナを押して戻る。
「おお、押しただけで前に進む! これは便利だな!」
カートが物珍しいのか押したり引いたりしてはしゃぐセラム。こうして見ていると大きな子供ができたようだ。
「ところで、ナスを収穫する目安はどのくらいだろうか?」
「このハサミと同じ長さくらいのものを獲ってくれ。獲る時はわき芽の根元から切ってくれて構わない」
お手本を見せるようにハサミと同じくらいの大きさのナスを手に取り、わき芽の根元を切る。それから不必要なわき芽からナスを切り離してコンテナに入れた。
「そんな根元から切ってもいいのか?」
「果実だけを収穫すると、そこからまたわき芽が伸びて、あっという間に生い茂るんだ。だから、遠慮なく切っても大丈夫だ」
切っていかないと延々とわき芽が増えて、ジャングルのようになってしまうからな。
後は茂り過ぎた葉を落として、成長を促進する意味もある。
「わかった。ならばやってみよう」
セラムはハサミを手にすると、真剣な顔つきで傍にある大きなナスとハサミの大きさを照らし合わせる。
そこまで慎重にやらんでも……。
基準に満ちているものだとわかると、セラムはこくりと頷いて果実と繋がっているわき芽の根元をパチンと切断した。
その瞬間、俺はわざと悲壮な顔をして声を上げた。
「ああっ!?」
「な、なんだ! これは収穫してはダメなものだったか!? す、すまない! こういったことをするのは初めてで――」
「いや、別に問題ないし合ってるぞ」
暴露した瞬間、セラムの表情が剣呑なものとなる。
「……ジン殿?」
「すまん。妙に緊張してるようだから茶化しただけだ。ハサミの大きさっていうのもあくまで基準で、そこまで厳密に測らなくていいからな?」
緊張をほぐすためのものだと説明すると、ひとまずセラムは納得したようで剣呑な気配を引っ込めた。
なまじ顔の造形が整っている故に、睨みつけられた時の迫力がすごいな。
セラムは気を取り直したように次のナスを見つけ、先ほどよりも迷いのない手つきでわき芽から切り落とした。
「これで問題ないか?」
「ああ、その調子でドンドンとやっていってくれ」
そう答えると、セラムは安心したような顔になって次のナスにハサミを伸ばしていく。
三つ目、四つ目、五つ目と順調にセラムが収穫していくのを見守り、問題ないことがわかると、俺は違う畝に移動して収穫をすることにした。
カートを押しながら収穫基準に満ちているナスを見つけ、わき芽の根元を切る。
無駄なわき芽を切り落とすと、長ナスだけをコンテナに入れる。
そういった作業をしながら次の、その次の収穫基準に達しているナスを見つけ、次々と収穫をしていく。それと同時に剪定して無駄な葉を落とすことも忘れない。
「は、早い!」
カートを押して次々と収穫していく俺が見えたのだろう。
セラムがこちらを見て驚いている。
「こっちは何年もやってるからな」
「ぐぬぬぬ、いずれはジン殿と同じくらいの収穫スピードになってみせる」
鼻で笑ってやるとセラムは悔しそうにしながらも収穫作業に勤しんだ。
ああ見えて負けず嫌いのようだ。
とはいえ、農業一日目のセラムに負けるわけにはいかない。
農業経験者であり雇い主として、新入りに格を見せつける必要があるだろう。
俺はいつもよりも気合いを入れて、収穫作業に勤しんだ。