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キュウリと冷やし中華


 自転車で外出した翌日。


 俺たちは早朝から畑に出て、キュウリ畑にやってきていた。


 理由は近所の直売所から出してほしいという依頼があったからだ。


 時刻は朝の五時。夏野菜は鮮度を維持するために朝採りが基本なので、収穫時間は早いものになる。


「今日はキュウリを収穫するぞ」


「わかった!」


 キュウリの収穫は初めてではない。


 長ナスやトマトと同じで、八月から収穫を続けている夏野菜だ。


 既に何度も収穫を経験しているので、セラムも戸惑う様子はない。


 手袋をつけると、速やかにハサミやコンテナなどの収穫に必要な道具を用意してくれる。


 こうやって彼女の機敏な動きを見ると、成長したものだとしみじみと思う。


 一か月前は一から十まで指示してやらないと動けなかったからな。こうやって指示をするまでもなく動いてくれる従業員がいるのは助かるものだ。


「うわっ、少し見ない間に随分と成長しているな!」


 キュウリ畑に入るなり、セラムが驚きの声を上げた。


 キュウリは成長が早い。


 本体の成長もそうだが、親ヅルの葉っぱや、子ヅル、孫ヅルといった蔓たちの成長も早く、二、三日目を離してしまうとあっという間に生い茂る。


 この間作業したのが一昨日で、一日しか空けていないのだが、キュウリ畑の成長は予想以上だ。


「収穫期のものはドンドン収穫していくぞ」


「うむ、任せてくれ!」


 葉っぱや蔓の管理と並行し、俺たちはキュウリを収穫していくことにする。


 キュウリの収穫サイズは、一般的なものだと長さ十八センチから二十センチくらいが目安だ。太さは親指第一関節くらいあればいい。


 ミニサイズであれば長さは十センチくらい。


 加賀太キュウリなどの特別な品種は二十センチから二十五センチが目安だが、うちはそういった特別な品種のものではないので二十センチもあれば十分だ。


 棘が刺さらないように手袋を装着すると、ハサミを使ってツルと実を繋いでいる部分を切って収穫。


 手で取れないこともないが、ツルは意外と丈夫で素手で採るのは難しく、無理にやろうとするとツルを傷つけてしまいがちだ。だから面倒くさがらずにハサミで採るのが一番いい。


 収穫したキュウリをコンテナに入れると、また次のキュウリを収穫。


 見逃しがないようにしっかりと葉をめくりながら適期のものを探しては、収穫を繰り返す。


「ジン殿、これも採ってしまうか?」


 セラムがこちらを向きながら生っているキュウリを見せてくる。


 サイズはおよそ十五センチくらいだろうか。適性サイズよりは小さい。


「いや、様子を見て夕方に採ることにしよう」


「わかった」


 日を跨いでしまえば確実に規定サイズを越えるだろうが、夕方くらいであればちょうどいいサイズに成長するはずだ。たまにこういった予想を上回る勢いで成長するお化けキュウリもいるがその時はその時と素直に諦めるしかない。


 キュウリを収穫していると、たまに出てくるのが曲がったキュウリだ。


 これらは水分不足と日照不足が原因だ。


 対策としては日当たりのいい場所に移動させ、水分を与えることであるが、すべてのキュウリにそれをしてあげることはできない。


 葉っぱやツルの都合でどうしても日陰になってしまう場合もあるし、移動させても風なんかで元の位置に戻ったり、予期せぬ葉っぱの成長で覆いかぶさってしまう場合もある。


 こまめに管理しているつもりだが、すべてを管理することは難しいものだ。


 まあ、他の野菜だってすべてが完璧に育ってくれるわけではないので、割り切るしかないだろう。


 ちなみに曲がったキュウリは売り物にならないわけではない。


 スーパーなどの規定が定められているお店では売ることはできないが、直売所などで販売することも可能だ。真っすぐなキュウリに比べると、少し値段は落ちてしまうが、それでも売り物になってくれる分、作った身としては嬉しいものだな。


 真っすぐなキュウリと、曲がったキュウリで選別しながら収穫をしているとセラムが叫んだ。


「ジン殿! お化けキュウリだ!」


「マジか!」


 慌てて寄ってみると、セラムの視線の先には見事な大きさになってしまったキュウリが発見された。


 長さは三十センチを越えており、太さは通常サイズの二倍以上。


「ここの奥にある葉っぱの裏に隠れていたぞ!」


 肥大化したキュウリを掴んで言うセラム。


「なんでそんなにも嬉しそうなんだ」


「こんなにも立派な長さと太さなのだぞ? 嬉しくないのか?」


 さてはこいつは肥大化したキュウリの具体的なデメリットを知らないな。


「嬉しいわけあるか。こんなに大きくなると売り物にならない上に、株に負担がかかって花がつきづらくなるんだ」


「つまり?」


「曲がったようなキュウリばかりできたり、収穫できる数が減ったりする。そうなると売り上げ減だ」


「ダメではないか!」


「だから、大きくなったキュウリは嬉しくないんだよ」


 家庭菜園で育てるキュウリでは風物詩というか、お約束のようなお化けキュウリだが、商売にしている農家からすれば、まるで嬉しくない光景だった。


 これ以上栄養を吸い上げさせないために肥大化したキュウリをセラムに収穫させる。


「大きくなったキュウリは食べられないのか?」


 大きくなってしまうと皮が硬くなったり、内部に大きな種ができたりと食べづらくなってしまうが、決して食べられないわけでもない。


「今回は直売所からの依頼だ。そういった変わり種もアリだろう」


「そうか!」


 規定を定められているスーパーなどはアウトだが、今回は直売所での販売だ。


 多少の奇形であっても問題はない。


 そうやって肥大化したものを見つけつつも、俺たちはキュウリを収穫していく。


 途中からは収穫作業はセラムに任せ、俺はより収穫を促すための管理をする。


 キュウリは放っておいてもある程度は勝手に育つが、放置しておくとツルと葉が混み合ってしまう。


 風通し、日当たりの悪いジャングル状態でまともに実をつけるわけがなく、品質の悪いキュウリが生産されてしまうわけだ。


 そうならないようにしっかりと管理する必要があるわけだ。


 親ヅルを切ってしまって、下にある子ヅルや孫ヅルの方に栄養が回るようにしてやる。


 こうすることで効率良く、長い間実を収穫することができるのだ。


 他にも黄色くなってしまった古い葉や、混み合って重なり合ってしまった葉を落としてしまう。


 しかし、摘心作業はキュウリの株に負担をかける作業だ。混み合っているからといって、やたらと落とすのは推奨しない。


 一日に行うのは二本から三本くらいが望ましい。


 それ以上ある場合はきちんと覚えておいて、翌日や翌々日に分けて行うのがいいだろう。


 小一時間が経過すると、コンテナに十分な量のキュウリが収穫された。


「次は袋詰めだな!」


 既に何度かやっている作業なので、セラムがコンテナを作業場に運んでくれた。


 包装材を用意すると、そこにキュウリを詰めていく。


 三本ほど詰めると、バッグシーラーで袋を留める。


 そして、うちの農園を表すシールを張り付けると包装は完了だ。


 後はそれをひたすらに繰り返していくだけだ。


 横で作業をしているセラムも素早くキュウリを袋詰めしていく。


 ちなみに真っすぐで綺麗なキュウリはA品扱いとなり、曲がっているものや太さが異なっているものはB品として値段は少し低めだ。


 この辺りの値段は俺の裁量によって決めることができる。


 直売所であれば農協のようなルールはなく、規定サイズなども緩いものなのだが、こうした方がお客への受けがいいのでやっている。


 個人でやっていくからこそこういった臨機応変な工夫は必要だ。


「袋詰めにも慣れてきたものだな」


「ふふん、伊達にジン殿を手伝っているわけではないからな」


「この様子で収穫の方も早くなってくれるといいんだが」


「……そちらについては努力中だ」


 得意げにしていたセラムだったが、フイッと視線を逸らした。


 袋詰めこそ早いセラムだが、収穫速度はまだまだと言えるだろう。


 実を見つける速度や収穫期のものを見極める判断速度が課題と言える。


 まあ、これは知識と経験が物を言うので、従事一か月のセラムが遅いのは仕方のないことだ。


 そうやって黙々と作業を進めていると、コンテナ内にあるキュウリはすべて袋詰めされた。


 数は全部で五十袋程度。それなりの数が収穫できたものだ。


 軽トラの荷台の上にコンテナを積み込む。


 保温シートを被せて、最後にロープで固定すると準備完了だ。


「じゃあ、納品しにいくか」


「うむ!」


 軽トラックに乗り込むと、直売所へと走らせた。




 ●




 直売所から家に戻ってくると、時刻は八時前になっていた。


 早朝から収穫をし、納品まですると清々しい気持ちになれるものだ。


 リビングに入ってクーラーを稼働させると、涼しい風が流れてくる。


「ジン殿、私はお腹が空いた」


 心地良い涼しさに息を吐いていると、セラムが胃袋を鳴らしながら言ってきた。


 今日は早朝から起きて作業をしていたために朝食はまだだった。


 時刻もそこまで襲いわけではないし、朝食を作って食べても問題ないだろう。


「そうだな。なにか適当に作るか」


「キュウリを使った料理がいい!」


 冷蔵庫を開けると、セラムがそんな要望を出してきた。


 敢えて要望を出してきたところからすると、生のキュウリを齧るとかではダメなのだろう。


 冷蔵庫内を見渡すと、数日前に買い込んでいた冷やし中華の麺が見えた。


 千切りにして麺の上に盛り付けるだけでも、キュウリを使った料理と言えるだろう。


「よし、昼食は冷やし中華だ」


「冷やし中華とはどんな料理だ?」


「素麺の亜種みたいなもんだ。今日みたいな暑い日には最適だぞ」


「ほほう」


「そういうわけで、冷やし中華に使うためのキュウリを二本取ってきてくれ」


「わかった!」


 指示すると、セラムはすぐに外にあるキュウリを採りにいった。


 その間に俺は鍋にたっぷりの水を張って、お湯の用意をする。


 もう片方のコンロには油をひいたフライパンを乗せて、溶き玉子を投入。


 万遍なく玉子を広げて弱火でサッと火を通すと、ヘラを使ってフライパンから引き剝がす。


 まな板に玉子を乗せると、手でくるくると巻いていってロール上になる。


 後はロールになったものを包丁で細く切ると、冷やし中華や散らし寿司なんかでよく見る錦糸玉子の完成だ。


「キュウリを持ってきたぞ!」


 錦糸玉子が出来上がると同時にセラムが戻ってくる。


「なら、キュウリを洗って千切りにしてくれ」


「うむ」


 シンクで素早くキュウリを洗うと、セラムが包丁を手にする。


 キュウリを斜め切りにして重ねると、端からゆっくりと千切りにしていく。


 キュウリのサイズに大分バラつきがあるようだが、それで味に大きな変化があるわけでもないのでうるさくは言わないでおこう。


 自分の指を切りかねない初期の頃に比べれば、かなり上達しているからな。


 セラムがキュウリを切っている横目に、俺は同じようにハムも千切りにする。


「できた!」


「これで具材は完成だ」


 ちょうどそのころにお湯が沸騰したので、冷やし中華の麺を投入して。


 数分ほど湯がくと、ザルに上げて水で浸す。


 それだけじゃなく、氷も入れてやってしっかりと冷やしてやる。


 麺をしっかりと締めてやると、美味しさも増すからな。


 水気をしっかりと取ると、平皿に麺を盛り付ける。


「後は具材をお好みで盛り付けて、最後に付属のタレをかければ完成だ」


 本日のメインはキュウリなのでどっさりとキュウリを盛り付けてやる。


 たまにはそんな冷やし中華もいいだろう。


 生憎と紅ショウガがないために、今回はキムチで代用だ。


 こちらも赤い上に、しっかりと辛みがあるために具材のお供として悪くないだろう。


「おお! 彩りが綺麗だな!」


 セラムも真似をして自身の皿に具材を盛りつけると、俺たちの朝食は出来上がった。


 早速と皿を手にして、リビングにあるテーブルに持っていく。


 料理のお供に冷えた麦茶を用意し、座布団の上に腰を下ろすとどちらともなく両手を合わせた。


「「いただきます」」


 互いに空腹なために余計な会話は挟まない。


 素早く箸を手にして、具材と一緒に冷やし中華をすする。


 冷やされた麺がとても気持ちよく、ツルツルと喉の奥へ消えていく。


 さっぱりとした酸味の利いたタレがしっかりと麺や具材に絡んでいる。


「美味い! 素麺とはまた違った味わいだ!」


「そうだな。この季節になると無性に食べたくなる」


「確かに! 暑い夏でもこれなら食欲も進むな!」


 冷やし中華を気に入ったのだろう、セラムがドンドンと食べ進める。


 千切りにされたキュウリが、シャキシャキとして音を奏でる。


 皮はパリッとしており、とても瑞々しい。


「キュウリも美味いな! タレとピッタリだ!」


 スーパーで売られているものもいいが、やっぱり獲れ立ては格別。


 この味は実際に育てている者しか味わえない特権だな。


 キュウリ単品では徐々に飽きてくるが、他の具材と一緒に食べると、これまた美味しい。


 食べ進めるごとに徐々にキムチの旨みがタレに染み込んでくる。


 紅ショウガの代用であったが、ピリリッと引き締まる味変も悪くない。


 そうやって味わっていると、冷やし中華はあっという間になくなってしまった。


「ふう、美味しかった」


「それは良かった」


 セラムのお腹も満たされたようで実に満足げだ。


 今年は色々とあって食べるのが遅くなったが、しっかりと夏の風物詩を味わうことができて良かった。





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