土づくり
朝食の片づけを終えると、俺たちは仕事の準備を整えて外に出た。
ギラギラと太陽が差し込み、眩しさのあまり目を細めてしまう。
「まだ暑いな」
現在は八月の下旬。朝早いこともあって殺人的とまでは言わないが、まだまだ厳しい夏の暑さが残っていると言えた。
「ちょっと待て」
気温を肌で感じている内に、長靴を履いたセラムが先に行こうとしたので引き留める。
「ん? どうしたのだジン殿?」
「ほら、これを被っておけ」
麦わら帽子を被せてやると、セラムはツバに触れて嬉しそうな顔になる。
「麦わら帽子か! 貰ってもいいのか?」
「ああ。これは仕事をする上で必要な道具だからな」
前回は水分補給を怠ったのが熱中症になった大きな原因だが、対策ができていなかったのも間接的な原因といえるからな。
「おお! 帽子のお陰で涼しいぞ! ジン殿も今日は帽子を被っているのだな」
「誰かさんが倒れたことを教訓としてな」
「そ、その話はあまり蒸し返さないでくれ。恥ずかしい」
などと言うと、セラムが恥ずかしそうに言った。
どうやら彼女にとって熱中症で倒れたことは大層恥ずかしいことのようだ。
まあ、本人も反省しているようだし、あまり苛め過ぎないようにしよう。
「ジン殿! 私の知らないものあるぞ! 布のかけられたこれはなんだ?」
畑に到着すると、セラムが驚きの声を上げた。
「ああ、それはニンジン畑だ。土を乾燥させないように布をかけているんだ」
「なるほど。しかし、このような畑をいつの間に作ったのだ?」
「お前が足を痛めている時だな」
夏祭りの帰り道、下駄の鼻緒が切れてセラムが足をくじく事件があった。
セラムに仕事を休ませていた間に、俺はせっせとニンジン畑を作っていたのである。
「ズルい! どうして私が休んでいる間にそんなに面白そうな作業をやってしまうのだ!?」
経緯を伝えると、何故かセラムが抗議してきたので俺は驚いた。
「なんだ? そんなにやりたかったのか?」
「私はジン殿が育てたものを収穫したり、軽く手伝ったりしているだけで、一から作物を育てた経験がない。だから、一から作物を作れる時は関わってみたいのだ」
セラムがやってきたのは八月の上旬。
ちょうど夏の作物を一斉に収穫する繁忙期であって、一から作物を育てるようなことはなかった。
農業初心者の彼女が、一から育てる過程を経験したいと思うのも無理はないか。
「そうだったのか。なら、問題ないな。今日の作業は、ニンジンと同じで冬に収穫する作物の準備だ。ほぼ一からの作業といっていい」
「おお! 何を育てるのだ?」
「秋ジャガイモだ」
秋ジャガイモは春ジャガイモに比べて収穫量はやや少ないものの、でんぷん価が高くなり、ホクホク感が増すのが特徴だ。気温の低い時期に貯蔵するので、三か月ほど貯蔵してもほとんど芽が伸びずに長期間にわたって料理として使えるのも大きな魅力だ。
春ジャガイモと同様に植え付けから三か月ほどで収穫できる。
「ジャガイモか! こっちの世界のジャガイモは大好きだ!」
「その言い方からすると、元の世界のジャガイモはあんまり好きじゃないのか?」
「うーむ、私のいた場所でのジャガイモは救荒作物のイメージが強くてな。よく街でも出回っていたが、痩せた土地で育てられた故にあまり甘みもなかったのだ」
身近に戦争があったり、人を襲う魔物が跋扈していたり、こちらの世界に比べると何かと物騒で過酷な世界だ。
戦いに身を投じていたセラムは、そういうジャガイモをたくさん食べざるを得なかったのだろうな。
「そうか。まあ、今回育てるジャガイモの品種はアイユタカだ」
アイユタカは収穫量が多く、見た目が美しい芋だ。
収穫する際に、極端に小さかったり、変な形をしたものがほとんどない。とにかく安定した大きさと美しさを生み出してくれる。食感は滑らかで、煮えやすく味は染みやすいのが特徴で美味しい。
「ジャガイモといえばメークインや男爵が有名だが、生憎と休眠期間の影響で秋植えには不向きだからな」
「男爵!? ジャガイモなのに爵位を賜っているのか!?」
なんて呟くと、セラムが大仰に驚いた。
「いや、他の野菜と一緒でただの品種名だ。特別な地位は賜っていない」
「そ、そうか」
丁寧に説明してやると、セラムは誤解だと気付いたのか納得したように頷いた。
相変わらず変なところに反応する女騎士だ。
「ジン殿! ジャガイモを育てるのであれば、早速種を植えようではないか!」
「そうしたいところだが、それじゃ作物は十分に育たない。今日は植え付けをするための前段階として土づくりをする」
秋ジャガイモを植えるのは八月末から九月の中頃だ。
今日の作業は九月に植え付けをできるようにするための前作業となる。
「土づくりとは具体的に何をすればいい?」
「まずは鍬で土を耕してくれ」
「わかった!」
鍬を手渡して耕す場所を指示すると、セラムはそこに移動。
そして、鍬を大きく振りかぶると勢いよく振り下ろした。
ズンッと地響きを立てて土が舞い上がった。
「バカ! 力を込めすぎだ! 畑を破壊する気か!」
「すまない。長物を持ったせいで気合いが入ってしまった」
気合いが入っただけで、ここまで力が出るものなのか。
セラムなら熊が現れても鍬だけで退治できそうだな。
「力いっぱい振り下ろすんじゃなくて、肩ぐらいまで上げて重さを利用するように刃先を入れるんだ。鍬が入ったら土を削る感覚で立ったまま後退して手前に引いていくこれが負担の少ない基本動作」
「なるほど」
隣で手本を見せるように鍬を振るうと、セラムは俺の真似をするように鍬を振るう。
今度はしっかりと加減できているようで土が舞い上がることはない。
「こんな感じか?」
「ああ、いい感じだ」
「確かにこれは楽だな!」
ザックザックと土を耕していくセラム。
さすがは運動神経がいいだけあって、すぐに習得することができたようだ。
「深さは四十センチくらいで頼む」
「意外と深くまで耕すのだな」
「ジャガイモは土の奥深くに根を張る作物だからな。それくらい耕してやった方がいい」
しっかりとした土づくりが、良質なジャガイモになるかどうかを左右する。
簡単そうな土づくりといえど、侮ることなかれだ。
基本動作をマスターしたセラムの耕し速度は早い。
体力がある上に力もあるので、ザックザックと耕していく。
そんな姿を横目に確認し、俺も負けじと耕すスピードをアップする。
そうやって二人で土を耕していくと、あっという間に土を耕すことができた。
「こんなものだな」
「さすがはジン殿、耕すのが早いな!」
「鍬を持って一日目のやつには負けん」
俺にはセラムほどの体力や力もないが、長年畑を耕してきた経験がある。
熟練した鍬捌きで何とかセラムの速度を上回ることができたが、多分次耕す頃には余裕で負けるだろうな。それくらいセラムの耕す速度は恐ろしいものだった。
にしても、想像以上に早く耕せたな。
一人でやった時よりも何倍も早い。
単純に労力が二倍になっていることもあるが、会話しながらも競り合う相手がいたというのが大きいだろう。
一人だとつい作業的になってちんたらやりがちだからな。こうやって誰かと土を耕すのも悪くない。
「次はどうするのだ?」
「土を良くするための肥料を混ぜる」
土を耕し終わると、俺は倉庫から肥料を持ってくる。
「もみ殻、米ぬか、腐葉土、この三種類を混ぜる」
「腐葉土であれば農民が混ぜているのを見たことがある」
こちらと比べて文明が遅れている異世界であるが、あちらの農業でも肥料を使うという概念はしっかりとあったようだ。
たとえ、世界が違えども思考するところは同じなんだと思うと面白い。
「混ぜる分の肥料を入れるからバケツを抑えておいてくれ」
「わかった」
もみ殻、米ぬか、腐葉土の入った袋を開けると、バケツが満杯になるくらいまで入れていく。これくらいが俺たちの耕した縦十メートル、幅五十センチに必要な量だ。
「これを満遍なく撒いてくれ」
「わかった!」
手本を見せるようにバケツからサラサラッともみ殻を撒いて移動すると、セラムはしっかりと頷いた。
バケツを手にすると隣の畝に移動し、歩きながらバケツを揺する。
「サラサラーッと――わっ!」
奇声が聞こえて思わず振り返ると、セラムがもみ殻を一か所に盛大にぶち撒けていた。
「なにやってんだ」
「……そーっと撒くはずが一気に出てしまった」
どうして鍬の振り方はあんなに早くマスターするのに、こんなところでドンくさいのだ。不思議でならない。
セラムはしょんぼりとしながらもみ殻をバケツに回収すると、残りを万遍なく撒いた。
もみ殻を撒き終わると、次は米ぬかだ。
こちらもバケツ一杯分入れて、同じように撒いていく。
また、もみ殻の時と同じようにぶちまけたりしないだろうか?
「……そんな視線を向けないでくれ。かえって緊張して手が震えそうだ」
凝視していると、そう言われたので気にしないように自分の作業に没頭。
米ぬかを撒き終わると、同じように腐葉土を撒いた。
「ジン殿、ちゃんと撒くことができたぞ!」
「それが普通だ」
セラムが肥料をぶちまけたのは最初だけで、米ぬかや腐葉土ではぶちまけることはなかった。
誇らしげな顔をしているところ悪いが、それが普通だ。
「最後に肥料と土を混ぜるように鍬で耕してくれ」
「わかった」
肥料をまき終わったら、それらがしっかりと混ざるように土を耕す。
「よし、こんなもんだろ」
「これで土づくりは完成か?」
「まだ完成じゃない。少し期間を空けて何度か耕して畝を作ってやれば完成だ。とはいえ、今日できるジャガイモの作業はこれで終わりだ」
「そうか。次の植え付けが楽しみだな」
「ああ」
一から育てた作物の成長を見守る。それも農家の面白さの一つだからな。
セラムにも早く経験してもらいたいものだ。
「さあ、肥料を片付けるぞ」
「任せてくれ。私が倉庫まで運ぼう」
「おい、待て! そんな風に担ぐと――」
忠告するが遅く、セラムは口の閉じていない袋を担ぎ上げて盛大に肥料をぶちまけた。




