女騎士、一人で料理を作る
2章、まったり投稿していきます。
寝室から出てリビングに入ると、併設された台所には金色の髪をした女性がエプロンを着けて立っていた。
彼女はセラム。異世界からやってきた女騎士だ。
俺の家の田んぼで倒れたいたので拾うことになった。
身寄りのない彼女に、俺は農業を手伝ってもらう条件として住み込みで雇い入れることにして、こうして同じ屋根の下で共に生活をしている。
急遽同居生活を始めた俺たちを訝まれないように、セラムは俺の嫁ということになっているが、それは対外的なものでまったくそのような関係ではない。
あくまで同じ家に住む雇用主と従業員。それが俺とセラムの関係だ。
昨晩はセラムが思いつめた結果、肉体関係を迫り、危うくその関係が崩れ去るところだったが、翌朝にはこうして早起きして朝食の用意をしようとしている。
なんだ。意外と昨晩のことは気にしていないみたいだな。
昨日の今日だったのでどのように声をかければいいか考えたりしたが、この様子なら問題なさそうだな。
「おはよう、セラム」
「おっ、おっ、おっふ、おはよう! ジン殿!」
違った。問題ありありだった。
俺の顔を見るなり頬や耳を真っ赤に染めて、かみかみで挨拶をするセラム。
明らかに挙動不審で昨晩の出来事を引きずっていることは一目瞭然だった。
「おいおい、昨日寝室に戻る時は落ち着いていただろ?」
どうして翌朝になって態度がおかしくなっているんだ。
「違う! 逆に時間が経ったからだ! 改めて思い返すと、自分の行動がとても恥ずかしく思ってしまって……くっ! うああああ!」
女性であるセラムの方から下着姿で迫ったわけだからな。
冷静に出来事を振り返ると、恥ずかしくて死にたくなるのも仕方がないか。
彼女は処女でまともな恋愛経験もないみたいだし、人一倍ダメージが大きいのも仕方がないだろう。
「恥ずかしく思う気持ちはわからなくもないが、できるだけ早めに割り切ってくれ」
「すまない。仕事が始まるまでには気持ちの整理をつける」
昨日のことを気にし過ぎるのは実に不毛だ。
なかったことにはできないし、してはいけないがサラッと流していつも通りの日常に戻るのが互いのためだ。
ふうと深呼吸をして料理を再開するセラム。
「というか、セラムが朝食を作ってるのか」
共同生活を送って一か月が経過したが、セラムが一人で食事を用意するというのは初めてだ。
早くいつもに戻ってリズムを整えたいところであるが、既に俺にとって非日常的な光景だった。
「うむ。コンロや電子レンジ、冷蔵庫などの使い方も把握もできたし、一人で作ってみたいと思ったのだ。ダメだっただろうか?」
「いや、ダメじゃない。正直、助かる」
別に朝食を作る暇がないほどに忙しいとか、余裕がないわけではないが、俺だって多少は寝坊する時やぐっすりと眠りたい時もある。
そんなときに料理の作れる人が代わりに作ってくれるというのは有難いことだ。
「それは良かった」
素直に気持ちを伝えると、セラムはホッとしたように微笑んだ。
ただ気になるのはセラムが無理をしていないかだ。
昨晩の出来事から、セラムは俺の衣食住を支えてもらうことに強い恩を感じている。
彼女のこの行動も強い責任感からの行動なのではないか?
「ジン殿の料理を手伝う内に私も一人で作れるようになりたいと思った。これは私の素直な気持ちだ。だから、気にしないでくれ」
辛気臭い顔をしてしまったからかセラムがきっぱりと告げる。
「そうか」
彼女の晴れやかな表情を見る限り、役に立とうとか、恩を返そうだとかいった義務感のようなものはないように感じた。
やりたいからやっている。ならば問題はない。
「そういうわけで、朝食の支度は私に任せて、ジン殿はくつろいでいてくれ」
「わかった。そうさせてもらおう」
セラムは強引に俺の背中を押すてリビングに座らせると、パタパタと台所に戻った。
経緯はさておき、こうして若い女性が自分の家の台所に立っていると新妻感があると思うだろう? しかし、うちのセラムにそんな要素はない。
なぜならば、彼女の腰には剣があるからだ。玩具や模造刀なんかではなく本物。
厳めしい剣が新妻感を見事に破壊しているな。
ぼんやりと台所を眺めていると、セラムが卵を手にしていた。
慎重にボウルの角を使って割ろうとしている。
「わっ! 卵が砕けた!」
いや、ボウルの角を使っているのに砕けたはおかしいだろう。どれだけ力が有り余っているのやら。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ! 大丈夫だから私に任せてくれ!」
どうやら俺の手は借りずに一人で作りたいらしい。
そんなセラムの気持ちを尊重し、俺は途中まで上げていた腰を下ろすことにした。
セラムの姿を見ていると、なんだかハラハラとする。
視界に入れると手伝いたくなってしまうので、俺は台所から意識を逸らすために今朝の朝刊へと読むことにした。
「……えっと、この右側にあるのが砂糖だったな」
「右が塩な」
口は出さないようにしようと思ったが、聞き捨てならないほどに不穏な言葉が聞こえたのでつい反応してしまう。
「う、うむ! わかっていたぞ? わかっていてふざけたのだ。わはは!」
非常に心配だ。ちゃんとした料理が出てくるといいのだが……。
●
「ジン殿、朝食の準備が整った」
リビングで小一時間ほど待機すると、セラムが食事を持ってやってきた。
彼女の顔を見てみると、これから処刑される囚人のような面持ちだった。
食卓にご飯、味噌汁、漬物、玉子焼き、鮭が並んだ。
メニューだけを聞くと健康そうな和食であるが、玉子焼きは醤油を入れすぎたのか茶色くなっており形もかなり歪。メインである鮭は黒焦げになっており、匂いがなかったら何の魚かわからないほどだった。
「……すまない。もう少し上手くできると思ったのだ。申し訳ないが、玉子焼きと鮭は無しでお茶漬けにでも――」
「別に食べられないわけじゃないし下げる必要はない。時間も押していることだ。さっさと食べるぞ」
「う、うむ」
おかずを下げようとするセラムを止め、さっさと手を合わせると箸を手に取った。
形が歪な玉子焼きを箸で切り分ける。
少し火が通りすぎているみたいだが、焦げている様子はない。
ちらりとセラムの様子を見ると、ご飯を口にしながらこちらを窺っている様子だった。
俺の反応が気になってしょうがないのだろう。
ガン見されると食べにくくて仕方がないのだが、我慢して口に運ぶ。
うん、やや表面は硬くなっておりやや醤油の味が強いが、美味しくないわけじゃない。
ちょっと味が強めなのはご飯と一緒に食べることで中和される。
予想通り、ご飯と一緒に食べると強めの醤油の味と程よくマッチしていた。
玉子焼きとご飯を食べると、次に味噌汁を手に取る。
具材は豆腐、わかめ、ネギ、油揚げといったシンプルなもの。
いつも俺が朝食に出している味噌汁と一緒だ。
すすってみると、こちらは玉子焼きとは違って味が安定していた。
ややカットされた具材の形が歪ということを除けば、俺がいつも作っている味噌汁の味とそれほど違いはないだろう。
箸休めにカブの漬物を食べて、黒焦げになってしまった鮭に挑む。
箸で焦げを落とすと、中にはちょっと赤身が強くなっている鮭が露出していた。
火が通りすぎて身が硬くなっており、味が濃いように感じられるが、こちらもご飯と一緒に食べてしまえばちょうどいいくらいだった。
そうやって食べていると、すっかりと皿の上から料理は消えていた。
「ごちそうさま」
「……その、味はどうだっただろうか?」
セラムは俺よりも先に食べ終わっていたらしく、手を合わせるなり尋ねてきた。
「失敗しているところはあるが食べられないことはない」
「お世辞でも美味しかったと言わない辺りがジン殿らしいな」
正直な感想を告げると、セラムが乾いた笑みを漏らした。
美味しくないものを美味しいとは言わない主義なだけだ。
「ただ、味噌汁は美味しかったな。具材の形が歪だっただけで、味自体は俺の作るものと変わらないと思った」
「本当か!?」
「玉子焼きはぐちゃぐちゃだったが、味付けは俺の好みに合わせてくれたものなんだろう?」
「う、うむ。ジン殿は出汁や醤油を効かせたものが好きかと思って……」
いつも手伝っているだけあって、俺がどういう味が好みなのか理解していたようだ。
味噌汁の味もしかり、セラムの作ってくれた料理を食べていてしっかりとそれは感じた。
「……まあ、なんだ。技術が付いてこなかっただけで、そういった気遣いは伝わっていたから嬉しかったぞ」
そもそも誰かに料理を作ってもらうなんと事が久しぶりだったので、それだけで俺としては嬉しい気持ちでいっぱいだ。
なんて褒めると、セラムは満面の笑みを浮かべた。
「自分の作った料理を褒めてもらえるというのは嬉しいものだな」
「そうかもな」
こういう自分の気持ちを真っすぐに伝えられるのが、セラムのすごいところだな。
俺はそういう風に素直な気持ちを伝えるのは苦手なので、羨ましく感じることもある。
「ジン殿、また一人で料理を作ってもいいだろうか?」
「無理のない範囲で頼む」
「ありがとう。次はもっと美味しいものを出せるように努力する!」
真面目な彼女が料理に打ち込めば、上達するのは遠い未来ではないと思った。




