騎士以外の道
ボーッと景色を見ながら揺られ続けると、俺たちは最寄り駅に到着した。
「メグル殿、コトリ殿、アリス殿、駅に着いたぞ」
「はい」
「んん? んー……」
セラムが声をかけると、ことりとめぐるは眠気眼をこすりながら立ち上がった。
しかし、アリスだけが起きない。支えとなっていたことりが立ち上がると、こてりと座席に寝転がってしまった。
「アリスちゃーん? 駅につきましたよ?」
ことりがアリスの身体を揺らして声をかけるが、起きる様子はない。
「あー、こりゃすっかり熟睡してるな。しょうがねえ」
海斗は苦笑しながらアリスを背負ってホームへと降りた。
切符を回収箱に入れて駅を出る。わずかな街灯が灯っているだけで周囲は真っ暗だ。
海斗は手がふさがっているので俺とことりが懐中電灯で道を照らしながら歩いていく。
「ジンとセラムさんはここで大丈夫だぜ。子供たちは俺が車で送っていくからよ」
程なく進むと海斗がそう言った。
子供たちを先に送る方が優先だし、この辺りなら送ってもらうよりも普通に歩いて帰った方が早い。
「わかった。なら後は任せる」
「今日は世話になったな。皆、気を付けて帰るのだぞ」
海斗の厚意に甘えることにして、俺とセラムはそのまま二人で帰ることにした。
その前に振り返って声をかける。
「……海斗」
「なんだ?」
「祭り、誘ってくれてありがとな」
海斗に誘われなければ夏祭りには行かなかったかもしれない。
久しぶりに皆で行く夏祭りは楽しかった。だから、きっかけを作ってくれた海斗には素直に感謝している。
「ジンが素直に礼を言うなんて気持ち悪いな」
「傷ついたから俺は帰る」
「ハハハ! じゃあな!」
祭りに誘ってくれた時の海斗の捨て台詞を真似て言うと、海斗が笑い声を上げて去っていった。
「さて、俺たちも帰るか」
「ああ――おわっ!?」
帰路に着こうと歩き出したところで、セラムが前のめりに転んだ。
「おいおい、なにしてるんだ」
「違うんだ! 下駄の紐が急に切れたのだ!」
「ああ、本当だな」
慣れない着物と下駄とはいえ、何もないところで転ぶなんてと若干呆れていたのだが、セラムの下駄を見てみると鼻緒が切れていた。
これは転ぶのも当然だ。しょうがない。
「立てるか?」
「すまない。痛ッ!?」
手を差し伸べてセラムを立たせようとするが、途中で顔をしかめてよろめいた。
慌てて身体を支えてあげる。
「もしかして、転んだ時に足を捻ったか?」
「……どうやらそのようだ」
突然、鼻緒が切れてしまったのだ。無理な体勢になって足を痛めてしまうのも無理はない。
「すまない。骨は折れていないはずだ。この程度の痛みであれば、我慢できる」
どうしたものかと考えていると、セラムはそう言って一人で立ち上がろうとする。
しかし、額には冷や汗が浮かんでおり、痛みをこらえているのは明白だった。
無理をしようとしているセラムの前に俺は屈んだ。
「ジン殿……?」
「ほら、背中に乗れ」
「いや、さすがにジン殿にそのような迷惑をかけるわけにはいかない」
「お前、今さらそんなことを言って遠慮するのか……? お菓子を買いたい、流し素麺がしたい、素振りがしたい、自転車が欲しい。既に色々と付き合わされているんだが?」
「うっ、それを言われると返す言葉もない」
こんな時だけ妙な気を回してくるセラムが理解できなかった。
「セラムの世界では負傷兵をそのまま歩かせるのか?」
「いや、仲間が必死に支えてやるものだ」
「それと一緒だ」
俺はセラムに比べると身体能力も低いし、頼りないかもしれない。だけど、怪我した女の子を無理させて歩かせるほど冷淡じゃないつもりだ。
「では、失礼する」
遠慮をやめたのか、セラムが俺の首に手を回して後ろから抱き着いてくる。
背負っていると下駄がプラプラと浮いてしまうので腰を上げると共に回収。
両腕を後ろにしっかり回すと、そのままセラムを持ち上げた。
セラムの吐息が首筋にかかってくすぐったい。甘い香りが俺の鼻孔をくすぐった。
背中の辺りに妙に柔らかい感触がしている気がするが、それについては気にしないようにする。
「足の方は痛くないか?」
「大丈夫だ」
振動を伝えないようにできるだけゆっくりと歩いているが問題ないようだ。
怪我人を快適に運ぶ技術なんて知らないので、ひとまずホッとした。
「俺は手がふさがってるからセラムが前を照らしてくれ」
「わかった」
セラムを背負いながら懐中電灯で前を照らすのは厳しいので、照明についてはセラムに任せる。
暗闇に包まれた夜の田舎道をそのまま歩いていく。
周囲では鈴虫の鳴く声が響いており、ウシガエルの鳴き声が聞こえていた。
「……ジン殿、重くないだろうか?」
道を歩いているとセラムがそんなことを尋ねてくる。
その瞬間、なぜか鈴虫やウシガエルたちの鳴き声がスッと消えた。
……おい、おかしいだろ。いつもはうるさく泣いている癖に、どうしてこんな時だけ泣き止んで静かになるんだ。
「ジン殿? どうして無言になるんだ?」
「おい、やめろ! 首を絞めるな!」
「ジン殿が私の問いを無視するからではないか!」
「どう答えるか迷ってたんだよ。こんなのどう答えても面倒くさいことになるじゃないか」
重くないといえば、本当に重くないのかなどと疑ってくるに違いない。そんなことはないよなどと慰めるのが面倒くさい。
逆に重いといえば、露骨に落ち込むことは確実だった。ショックを受けたセラムのケアを考えれば、これまた面倒くさい。
どう答えようとも俺には面倒くさい道しかないのだ。
「め、面倒くさい!? 乙女の繊細な心を面倒くさいと言ったな!?」
首に回されたセラムの腕が万力のように締まってきた。
正直、シャレにならない威力だ。
「普段サバサバしてる癖に都合のいい時だけ、乙女心とか引っ張り出してくるな! 女扱いされたいのか、そうでないのか良くわからん!」
そう本心を伝えると、万力のように締まってきたセラムの腕が緩んだ。
「私は騎士の家系に生まれ、生まれながらに騎士として育てられた。女である前に騎士。騎士は民たちを守るのが役目だ。こんな風に誰かに守ってもらったことなんてなかったし、女として扱ってもらったこともなかった。正直、自分でもどのように振舞えばいいのかわからないのだ」
セラムが騎士としての教育を受けて育っていたのは知っていた。
同時にその教育が徹底的で歪だったことにも。
セラムは異世界人であり、こちらの文化や知識に疎いのは当然だが、あまりに知識や経験が偏り過ぎていた。
若いながらも卓越した剣の技術を持っていることや、料理や掃除といった基本的な生活知識も乏しかった。それは幼い頃から人生を剣に捧げてきた弊害なのだろう。
「別にいいんじゃないかわからなくて?」
「ええ?」
「この世界にやってきてセラムは初めて騎士以外の道を歩んでいるんだ。いろいろと戸惑ったり、迷ったりするのでは当然だろう」
人生が急に百八十度変わったのだ。どんな風に生きていくのか迷うのも当然だ。
そんな状況の中で毅然として前に進めているだけでセラムは十分にすごいと思う。
俺が畑を取り上げられて、剣を持って異世界で暮らせなんて言われれば途方に暮れるしかないだろうからな。
「まあ、それも含めてゆっくりと探していけばいいんじゃないか?」
「……そうだな。ありがとう、ジン殿」
そう言うと、セラムは納得したような穏やかな声で言った。
「ところで実際の重さについてはどうなのだ?」
「割とおも――」
言葉を最後まで言い切る前に俺の首が締まった。




