花火
そんな風に屋台で遊んでを繰り返していると、花火の打ち上がる時間となった。
境内の見晴らしのいい高地に移動すると、今か今かと打ちあがる花火を待つ。
雑然と移動していた祭り客はほとんどが足を止めて空を見上げていた。
「そろそろだな」
腕時計を確認すると、長針がちょうど十二にたどり着いた。
河川敷の方からぴゅーっと一筋の光が昇る。
次の瞬間、光は炸裂し夜空に大輪の花を咲かせた。
「「おおー!」」
あちこちにいる見物客やめぐるたちが感嘆の声を上げるが、セラムの声はひと際大きかった。
無理もない。セラムは花火を見るのはこれが初めてなのだから。
花火の炸裂は一発で止まらず、二発、三発、四発と続けて打ち上げられて夜空を彩っていく。火薬の炸裂する音がズシリズシリと腹の底に響くようだ。
ここ数年は偶然近くを通りかかった時に、打ち上る音を微かに聞いただけだった。
それがこんな風に海斗や近所の子供たち、セラムと一緒になって見に来ることになるとは思わなかったな。
「すごい! すごいぞ! ジン殿! 炎が大きな花の形になったり、扇状に広がったりしている! それに炎の色も多彩で綺麗だ! 一体どうやって色を変えているのだ?」
打ち上る花火を見ながらセラムが聞いてくる。
鮮やかな色彩の乱舞を前に興奮しているせいか、バシバシと肩を叩いてきてかなり痛い。
「言われてみれば、どうして炎が青だったり、緑だったりするのでしょう?」
「なんでだろ?」
セラムの言葉を聞いて、気になったのかことりやめぐるも首を傾げている。
「金属の熱反応を利用しているんだ。鉄を高い温度で加熱すると赤い色になるように」
ナトリウムであれば黄色、カリウムであれば紫といった風に。
「あー! そういえば、そんなことを理科の実験で習ったような気がします!」
「え? そんなのやったっけ?」
「……炎色反応」
ことりとめぐるが言葉を探す中、ぼそりと呟いたのは最年少のアリスだった。
「アリス、正解だ。というか、ことりとめぐるは中学生だろ。小学生に負けるな」
「いや、あたしはそういうのは領分じゃないというか」
「どこの役人だよ」
「喉の部分までは来ていたんですよ!? ちょっと思い出せなかっただけで……」
「それは身についてない証拠だな」
「あう!」
きっぱりと告げると、ことりはショックを受けたような呻き声を上げた。
「まあ、そんな金属の反応を利用し、混ぜ合わせることで多彩な色を出してるわけだ」
「なるほど! そのようにして炎の色を自在に操っているのか! 魔法では到底できないことだ!」
「その代わり、こっちじゃ炎で龍を象ることなんてできないけどな」
現代技術ではセラムの言っていたような炎で生き物を作って動かすなんて不可能だ。
セラムの世界の催し、俺たちの世界の花火、どちらが優れているとかはなく、どちらにも長所があるに違いない。
「そうだな。機会があれば、ジン殿を王都に案内し、見せてやりたいところだ」
花火を見上げながらセラムが何気なく呟いた。
それはセラムが異世界に帰ることができたらの話で……。
あれからセラムは空いている時間を見つけては、帰る手段を探しているようだが芳しくない。まったくといいほどに手がかりはない。
今の状況からすると、そんな将来は夢でしかないわけで。
もうすぐ、セラムがこっちの世界にやってきて一か月になる。
家族も友人もいない、異世界に放り込まれた彼女は、一体どのように考えているのだろう。
今の暮らしを悪くないと思ってくれているのか。
それともずっと帰りたいと心から願っているのか。
花火を見上げるセラムの横顔を見てみるが、表情からその気持ちを読み取れることもなく。
俺は考えを振り払うように夜空に浮かび上がる花火を眺め続けた。
●
花火が終わると、見物客がぞろぞろと解散していく。
解散した見物客の行動は大体二パターンだ。
再び屋台に繰り出すか、満足して家に帰るか。
花火が始まるまでに十分に屋台を満喫した俺たちが選択するのは後者だ。
「さて、花火も終わったことだし、そろそろ帰るかー!」
「そうだな」
時刻は二十時を過ぎている。境内から最寄り駅までは見物客で溢れている。
スムーズに帰れる保障はない。電車で四十分、駅から歩いて十五分くらいかかることを想定すれば、そろそろ引き上げるのがいいだろう。
屋台で大いにはしゃいだめぐる、ことり、アリスもさすがに疲れたのか、天体観測の時のように不満を漏らすことはなかった。
境内や河川敷にある屋台には目もくれず、人の流れに乗っかるように最寄り駅へと歩いていく。最寄り駅は夕方やってきた時よりも人で溢れている。祭り客が一斉に帰路についているので当然だ。
一本目はあまりに人が多いので見送ることになり、二本目の電車で乗ることができた。
とはいえ、まだ人が多いことに変わりはない。ここに来てローカル列車の車両の少なさが仇となっている。
「お、おおおおお!?」
電車に乗り慣れている海斗やめぐるたちは平気だが、初めての満員電車にセラムは翻弄されていた。人の流れに押されて、俺たちとは反対方向に流れつつある。
「こっちだ、セラム」
放置しておくとはぐれてしまいそうだったので、強引に手を握って近くの扉際に立たせた。
「た、助かった、ジン殿。次から次へと人が押し寄せてきて驚いた」
「人の多い都会じゃこれの比じゃないぞ」
「これよりも人が多いのか? 都会の電車とは恐ろしいのだな」
これ以上の混雑があると聞いて、セラムは身体を震わせていた。
人混みに流されていきそうになったのが、ちょっとしたトラウマになったらしい。
「ジン、そっちは大丈夫かー?」
「問題ない」
海斗たちとは少し距離が空いてしまったが、あっちはあっちで安全圏に入り込むことができているようだ。
海斗たちの周りにはめぐる、ことり、アリスが一塊になっているのが見えている。
そのことに安心していると、次々と人が入ってくる。
強引に人が入ってくることによって俺のスペースが狭まってしまう。
セラムの前は少しだけ空いているが、あまり近づく形になるとセラムが不快になるので踏ん張ることにする。
「……ジン殿、もう少しこちらに寄ってもらって大丈夫だ」
「そ、そうか。助かる」
しかし、セラムは嫌がることなく、俺の手を引っ張って空いているスペースに入れてくれた。
変な体勢で踏ん張る必要がなくなって楽になるが、セラムと密着することになった。
肌触りのいい着物の上からハッキリと感じられるセラムの体温。
目の前にいるセラムから規則正しい吐息が聞こえる。
俺と同じシャンプーを使っているはずだが、妙に柔らかくて甘い香りがした。
体勢は楽になったが、これはこれで辛いものがあるな。
「「…………」」
互いに迂闊に動くこともできず、しばらく同じ体勢で揺られ続けた。
熱気とは違った、妙な熱さが身体の芯にあるようだった。
やがて、駅が停車すると人が降りていき、混雑が緩やかなものになった。
スペースが広くなったお陰で俺とセラムは身体を離すことができ、ようやく一息つくことができた。
海斗やめぐるたちとも合流することができ、座席に座れるようになる。
「ふー、ようやく人が減ったか」
「久しぶりに人混みに揉まれると結構くるなあ」
「ああ、闇の社会人時代を思い出したぞ」
俺と海斗は座席に腰を下ろし、背もたれに深く背中を預ける。
俺たちの住んでいるところは田舎も田舎だ。
駅を過ぎるごとにドンドンと人は減っていき、車内には俺たちだけとなっていた。
こうなれば快適だ。
あれだけ騒がしくしていためぐる、ことり、アリスはとても静かだ。
訝しんで視線を送ると、三人並んで目をつむっていた。
どうやらはしゃぎ疲れてしまったらしい。最寄り駅に着くまで、まだ少し時間があるのでゆっくりさせてやるのがいいだろう。
騒がしい子供たちが眠っていることや、疲れがにじんでいることもあってか車内はかなり静かだ。
ガタンゴトンと電車が揺られる音だけが響いている。
先ほどまで喧騒の中にいただけに余計に静かに感じた。
セラムは子供たちが体勢を崩さないか気遣いながら、外に視線をやって景色を眺めていた。
釣られて俺も外に視線をやると、真っ暗な闇の中ぽつりぽつりと街灯や民家の灯りが見えていた。
夜の電車は少しもの悲しい雰囲気があるが、悪くない眺めだった。




