金魚すくい
「ところで、花火はいつ始まるのだ?」
「十九時開始だから、あと一時間だな」
それまでは気になった屋台を見て回ればいい。
「ジン殿、あそこの生簀に真っ赤な魚が泳いでいるが、あれは食べられるのか?」
セラムが指さしたのは金魚だった。
生簀という言葉が聞こえたのか屋台のおじさんが複雑そうな顔をしている。
「いや、あれは金魚すくいといって観賞用の魚を捕まえる遊びだ。ちなみに食べられない」
「……まるで貴族のような遊びだな」
昔は狩りさえ貴族の道楽の一つであった。
食べもせずに飼育するためだけに魚を捕まえる行為は、セラムからすれば随分と道楽的に見えるのかもしれない。
「あれはあれで意外と面白いいけどな。気に入らないなら違う屋台にーー」
「気に入らないとは言っていない。ジン殿、やってみよう」
歩き出そうとしたらセラムが袖を掴んで引き留めてきた。
別に敬遠してるわけではなかったようだ。
セラムを連れて屋台の前まで移動すると、店主にお金を払って金魚をすくうためのポイと茶碗を二人分貰った。
「で、どうやって捕まえればいいのだ?」
「この薄い紙が貼られたポイってやつで金魚をすくうんだ」
なんて説明をすると、セラムが何故か鼻で笑った。
「……ジン殿、さすがにそんな冗談には私は騙されんぞ? こんな薄い紙では水に浸した瞬間に紙は破れてしまうではないか。本当はこの茶碗を使ってすくうのだろう?」
「いや、別に俺は冗談なんて言ってないんだが……」
「え? 嘘だ! 網ならともかくこんな薄い紙で魚をすくうのは不可能だ!」
冗談ではないことを告げるが、セラムは頑なに信じてくれない。
「今から手本を見せてやるから見てろ」
こうなったら言葉で言うより、実際に見せてみる方が話は早い。
浴衣の袖をまくると、水槽に泳いでいる金魚を観察。
水面近くでボーッとしている個体を見つけると、ポイをゆっくりと入れていく。
そして、壁とポイで挟んで一匹の金魚をすくいあげた。
「なっ! こんな薄っぺらい紙で魚をすくっただと!?」
「こんなところだな。別に嘘なんかついてないだろう」
まじまじと俺のポイと茶碗に入った金魚を見つめるセラム。
ポイと金魚をすくえたのがまだ信じられないらしい。
「お兄さん、上手いねえ。昔はかなりやってた口でしょ?」
店主のおじさんが話しかけてくる。
「田舎だと大した娯楽もないですからね」
「違いないや」
子供の頃は海斗たちと一緒に金魚すくいに励んだものだ。
無駄にすくうのが上手いのはそんな青春時代の名残だろう。
数年ほどやっていなかったが意外と衰えないものだ。
「次はセラムもやってみろ」
「う、うむ」
促してやると、セラムがおずおずとポイを水面にくぐらせる。
ポイの上に金魚が三匹ほど通ると、セラムは勢いよくポイを持ち上げた、
「せい! あっ! 穴が空いてしまった!?」
当然、そんなに力任せに振りぬけばポイは破れるに決まっている。
だが、そんなことよりも俺は突っ込みたいことがあった。
「……おい」
「なんだ、ジン殿? わっ! ビショビショではないか!? どうしたのだ?」
「どうしたじゃねえよ。お前が勢いよく振るから飛んできたんだよ」
「そ、それはすまなかった!」
俺が説明すると、ようやく気付いたのかセラムが申し訳なさそうに謝る。
まったく、傍でいたのが俺だけでよかった。知らない子供が濡れでもしたら大変いたたまれないことになっていただろう。
ハンカチで濡れた部分を拭う。なんかちょっと金魚臭い。
「そこまで破けたらもう使えないな。もう一回挑戦するなら百円だ」
「店主、ポイを頼む」
「あいよ」
セラムが百円玉を差し出すと、店主は威勢のいい声を上げてポイを手渡した。
「どうすればジン殿のようにすくうことができるのだ?」
今のままでは百円が無駄に消えていくことを悟ったのだろう。セラムがアドバイスを求めてきた。
「まずは水圧がかからないように斜めにポイを入れる」
「遠慮なく濡らしてもいいのか?」
「ポイは意外と水に強いから濡らした方がいい。濡れた部分と濡れてない部分を作ってしまうと、むしろ破れやすくなるんだ」
俺がそう説明すると、セラムも真似をするようにポイを斜めに入れた。
「水面近くにいるすくいやすそうな金魚に狙いをつけると、壁とポイで挟めるように誘導してゆっくりとすくう」
「おおっ! 金魚がポイの上に乗ってーーああっ! 破けた!」
ポイの上に金魚が乗ったがビチビチと暴れて、ポイを破いてしまったようだ。
ポチャンッと水槽に金魚が落ち、群れに紛れて消えてしまう。
「惜しいな。金魚は尾びれの力が強いから、尾びれだけ枠の外に出してやると今みたいに破られることはないぞ」
「理屈はわかるが、それを実行するのは中々に難しいぞ」
「まあ、今の感じで何回かやればすくえるはずだ」
「そうだな。ジン殿のお陰で手応えは掴んだ。次こそはすくってみせる」
そう意気込んで百円玉とポイを交換するセラム。
「ぬあああああああっ! どうしてすくえないのだ!」
だが、前向きな予想とは裏腹にセラムの金魚すくいは完全に沼っていた。
またしてもセラムのポイが破けてしまう。
「なんでなんだろうな」
俺も傍で見ているが、そう悪いすくい方をしているとは思えない。
これはすくえたと思ったものでも、飛び跳ねてポイの外に逃げたり、滑って落ちてしまったりと不運としか言えないものが多いのだ。
「もう一度やるか?」
「……いや、さすがにこれ以上の散財はマズいのでやめておく」
金魚すくいだけで九百円も飛んでいるからな。祭りには他の屋台もあるし、金魚すくいだけで千円も溶かすのは勿体ないだろう。
セラムは名残惜しそうにしながら破れたポイと茶碗を返却した。
「姉ちゃん、一匹あげようか?」
「ありがとう、店主。だが、情けは無用だ」
「そうかい。来年もやってきてくれるのを待ってるよ」
「ああ、次こそは必ず金魚を捕まえてみせる」
今日のところは諦めたようだが、金魚の獲得を諦めたわけではないようだ。
「兄さんは、金魚どうする?」
「あー、飼うわけじゃないんでリリースでお願いします」
「ええっ!? ジン殿、せっかく捕まえたのに持ち帰らないのか!?」
俺が放流を宣言すると、セラムが詰め寄ってくる。
「そもそも水槽を持ってないからな。無理に持ち帰っても弱らせてしまうだけだ」
「そ、そうか……」
「次の祭りではセラムが捕まえてくれるんだろ? その時にちゃんと水槽を用意して飼えばいいじゃないか」
「そうだな! 来年の夏祭りが楽しみだ!」
しょんぼりとしていたセラムだが、来年の展望を語ると途端の元気になった。
驚いたり、落ち込んだり、喜んだりとセラムは感情が豊かだな。
だからこそ、一緒にいるとここまで楽しいんだろう。
金魚すくいを後にすると、近くの射的屋でめぐるたちが遊んでいた。
必死に銃を構えて景品を狙っている。
そんな三人の後ろで見守って入り海斗に声をかけた。
「よっ、子供たちの相手を任せてすまんな」
セラムに付きっ切りで金魚すくいを教えている間、海斗はずっと三人の面倒を見ていてくれた。そのことに感謝だ。
「好きでやってることだしこっちは気にしなくていいぜ。それにせっかくの祭りなんだ、夫婦の時間ってやつも大事だろ?」
「気遣ってくれるのは嬉しいが、変な気の遣い方はするなよ?」
「へいへい」
セラムが嫁というのは建前で、本当のところはなんでもないのだ。
急に変な気を遣って二人きりとかされたら困るからな。
皆で回ってワイワイしているくらいの距離がちょうどいい。
「メグル殿、これは何をやってるのだ?」
「射的だよ! ここの引き金を引くと、コルクが飛んでいくんだ!」
「……並んでいる景品を落とせば貰える」
「ほう、面白そうだ。私もやってみよう」
なんて話し合っていると射的が気になったんか、セラムがチャレンジし始めた。
セラムの世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。銃なんて近代的な戦道具はなかったと思うが、女騎士と銃の相性はどんなものなのだろう。なんだか気になる。
ポンッとコルクが勢いよく射出される音が響き渡る。
コルクは真っすぐに飛んだが景品に当たることはなく、後ろにあるカーテンを叩いただけだった。
「なるほど。理解した」
めぐるに教えてもらいながら次のコルクをセットするセラム。
しかし、二発目、三発目も外れてしまった。
どうやら異世界の女騎士は銃の扱いが苦手なようだ。はっきり言ってセンスが感じられない。
「あはは、残念ですね」
「セラムさん、こういうのは苦手っぽい?」
「……金魚も一匹もすくえてなかった」
ことり、めぐる、アリスの率直なコメントにセラムが狼狽える。
「うっ! 店主、このような変な飛び道具ではなく、弓を貸してくれ!」
「いや、そんな物騒な道具あるわけないし、あっても貸せないよ」
「それならナイフでもいい! いや、石でも十分だ! それなら当てることができる!」
「こらこら、射的屋のお兄さんを困らせるな」
セラムが店主に詰め寄り始めたので、監督者として肩を掴んで下がらせることにした。




