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女騎士とはじめる同居生活


「おはよう、ジン殿」


 翌朝。朝食の準備をしていると、セラムが起きてきた。


「……ああ、おはようセラム」


 家で誰かに挨拶の言葉を投げかけられることに慣れていなかった俺は、数秒ほど遅れながらも挨拶を返した。


「水とても助かった」


「ああ、そこのテーブルに置いておいてくれ」


 セラムが昨日使ったグラスと水差しをテーブルに置くと台所にやってきた。


「何か手伝えることはないか?」


 別にないと答えようとしたが、ジーッと待っているのは彼女の気性に合わないのだろう。


「じゃあ、そこの料理をテーブルに持っていってくれるか?」


「わかった!」


 仕事を振ってやるとセラムは顔を綻ばせ、ご飯、焼き鮭、漬物、海苔、サラダの皿をテーブルに持っていってくれる。


 その間に俺は沸騰させないように煮込んだ味噌汁の最終確認。


「うん、こんなもんだろ」


 薄めが好きな人からすれば少し濃いかもしれないが、夏場はよく汗をかくために塩っけが強い方がいい。


 昨日、セラムも飲んだ時も悪くない感触だったし、これでいいだろう。


 コンロの火を止めると、二つの茶碗に味噌汁を盛り付けて運ぶ。


 座布団の上には既にセラムが座っており、ソワソワとした様子で待っていた。


「それじゃあ、食べるか」


「うむ!」


「「いただきます」」


 昨日知ったばかりの、この世界の食前の祈りだがセラムは率先して行っていた。


 意外と気に入ったのかもしれない。


 朝食の献立は、ご飯、味噌汁、鮭、漬物、海苔、サラダといったシンプルなもの。


 セラムが異世界人であり、ご飯に馴染みがないならば洋食をすることも考えたが、普段和食派の俺の家にはパンがなかった。


 そんなわけで昨日に引き続いての和食である。


「このサラダ、とても瑞々しくて甘いな」


「畑で収穫した売り物にできないものの寄せ集めだけどな」


「昨日も思ったがこのように瑞々しく甘い野菜は初めて食べた。ジン殿は素晴らしいものを育てているのだな」


 パクリと小さなトマトを口に含み、顔を綻ばせるセラム。


 セラムがいた世界の野菜がどんなものかは知らないが、言葉を聞く限りではそれよりも美味しいらしい。


 そんなことを言われたのは初めてだが、まあ悪い気はしないものだ。


 にしても、昨夜は寝室で泣いていたのに、翌朝になるとケロッとしているな。


 一晩経ったことで落ち着いたのか、元々ポジティブな性格なのか。正直、判断はつかないが無理をしていることもなさそうだ。


「むっ! なんという濃厚な脂身! これほどまでに臭みのない魚は初めてだ! これは何という魚なのだ?」


「それは鮭だ。食べたことがないのか?」


「うむ、このような魚は食べたことがない」


 異世界でも同じ食材はあるようだが、鮭のように全くあちらには存在しないものもあるようだ。


「逆にセラムのいたところでは、どんな魚を食べていたんだ?」


「私のいたところではアドンコという魚がよく食べられていてな。よく流通していて安いのだが泥臭くてあまり美味しくはないのだ」


 試しに少し踏み込んだ会話をしてみると、セラムは特に気にした様子もなく答えてくれた。


 異世界と言われると荒唐無稽な話だが、こうして会話をしてみると面白いものだ。


「むむ、綺麗に食べるのが難しいな」


 険しい顔をしながらセラムがフォークを手に鮭と格闘していた。


「さすがにフォークで食べるのは難しいか。貸してくれ」


 セラムから焼き鮭の皿を受け取り、新しい箸を使って食べやすいようにほぐしてやる。


 彼女のことを考えて、もう少し食べやすいおかずにするべきだったか……。


「これならフォークでも食べられるだろ」


「ありがとう。昨日も思っていたが、二本の棒をよくそこまで器用に操って食べられるものだな」


 まじまじと俺の手元を見つめながら呟くセラム。


 今では当たり前のように使っているが、冷静に考えるとそうだよな。


 カチカチと箸を動かしていると、セラムがジーッと凝視しているのに気付いた。


「……試しに箸も使ってみるか?」


「やってみる!」


 鮭をほぐした新しい箸を手渡すと、セラムが俺の指を観察して持ち方を真似た。


 それから箸で鮭を掴む。


 しかし、握り方はすぐに崩れてしまい上手く持ち上げることはできず、ポトリと皿に落ちた。上手く掴めずにガーンッとした顔になるセラム。


「これはかなり難しいな」


「まあ、こういうのは慣れだからな。何度も使っていけばできるようになる」


「…………何度も使っていけばか……」


 途端に消沈した表情を見せるセラム。


 食事をしていた最中は明るかった彼女だが、未来を想起させる俺の言葉のせいで気が重くなってしまったようだ。


「これからどうするんだ?」


「わからない。どうすれば元の世界に戻れるのか、そもそも元の世界に戻ることが可能なのかもわからないのだから」


 それもそうだ。


 ツイーゲとかいう異世界の森にいたと思いきや、こちらの世界の田んぼで倒れていたのだから。


「倒れていた田んぼに元に戻るための手がかりとかは?」


「既に確認したが、魔力の残滓も魔法陣も何も見つからなかった」


 どうやら既に確認済だったらしい。


 唯一の手掛かりともいえる場所が、それなら尚更どうしたらいいのかも不明だ。


「とはいえ、これ以上ジン殿に迷惑をかけるわけにはいかない。朝食を食べたら家を出ていく」


「出ていくって、それからどうするんだ?」


「なんとか一人で生きるための道を探す。なに、私には武の心得がある。魔物退治でも受ければ、何とか金を稼ぐことくらいはできるだろう」


 腕に自信があるのだろう。セラムは自信たっぷりの様子で答えた。


「言っておくがこの世界には魔物なんていないぞ?」


「ま、魔物がいない!? そ、そそ、そんなバカな!?」


「ここだけじゃなく世界中を探してもそうだからな? 日本はトップレベルに治安のいい国だ。人同士の争いもまったくないから、傭兵のような真似もできんぞ」


「では、私はどうやって生きていけばいいのだ!?」


「だから、それを聞いてんだよ」


 唯一の稼ぎ所がないと知って本気で焦っているセラム。


 さっきまでのキリッとした姿はセラムだったが、今の情けない姿はせらむだな。


「そ、それでも何とかして稼ぐ! 力仕事には自信があるからな!」


 なんとか落ち着きを取り戻したセラムが、拳を握りながら言う。


 確かにあれだけ速く走れるのであれば、そういった力仕事が向いているのかもしれない。


 だが、この世界について何もわかっていない異世界人が、無事にそういった職につけるかは疑問だ。


 戸籍もないし、そもそも住所不定だ。保証人だって誰もいない。


 まともな会社で働くことは不可能だろう。唯一そういったところを突破できるとすれば、アングラな世界だ。こんな美人で若い子が街に出たところで食い物にされるだけだろう。


「ごちそうさま。ジン殿、世話になったな」


 などとグルグルと考えていると、いつの間に朝食を食べ終わったのかセラムが立ち上がった。


 そのまま食器を流しに持っていくと、そのまま玄関に移動すると甲冑を装備していく。


「待て」


「どうしたのだ?」


「……うちの農作業を手伝ってくれるなら、三食付きの家賃無しでここに住んでもいいぞ?」


「いいのか!?」


 おずおずと言うと、セラムはこちらに急接近してきた。


 嬉しさのあまり興奮しているのはわかるが、顔が近い。


「あ、ああ。その代わりあまり給金は出せないぞ? うちはようやく収入が安定してきたところなんだ。大金を稼いでいるわけじゃないから、あんまりお金は払ってやれない」


「泊まれる場所と食事さえあれば、私はそれでいい! だが、ジン殿は本当にそれでいいのか?」


 こちらを見上げながら不安そうに尋ねてくるセラム。


 見ての通り、戸籍すら持っていない異世界人だ。こっちの世界の常識もまるでなく、雇うにしろ苦労することは目に見えているだろう。


 しかし、セラムは決して悪い奴ではない。人付き合いをあまりしなくなった俺でもそれくらいのことはわかる。


 煩わしい人間関係を構築するのは嫌だ。


 そういうのが嫌になって脱サラして、故郷で農業をやることにした。


 ここでセラムを雇い、一緒に住むということは、強固な人間関係を構築することになる。


 それに対して面倒だと思う気持ちはあるが、困っている人を見捨てるという後味の悪さよりは遥かにマシだ。


「ちょうど人手が欲しいと思っていたからな。それに部屋も余っているから、別に困るようなことはない」


 知らない奴を雇い入れるよりも、力仕事の得意そうな面識ある女騎士を雇う方が精神的にもいい。それに懐も痛まないしな。


「ジン殿、感謝する! では、改めてこれからもよろしく頼むぞ!」


 そんな打算あっての提案であるが、セラムにとっても嬉しい申し出だったようだ。


 セラムが手を伸ばしてくると、こちらも手を出して握り込む。


「今日からビシバシと使ってやるからな」


「望むところだ!」


 こうして、俺と異世界の女騎士セラムとの同居生活が始まるのだった。






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