夏祭り
海斗の駄菓子屋から歩いて十五分ほどのところに、ポツリと佇む小さな駅があった。
都会では駅周辺は様々な店が集まる繁栄地であるが、田舎となるとそんなことはまるでない。裏には山があり、周囲には畑が広がっているだけだった。見事に何もない。
駅舎は木造で随分と昔からあるものだ。
もちろん、こんな田舎に駅員なんて人がいるはずもなく無人駅だ。
夏祭りが行われている町の最寄り駅までの切符を人数分買っておく。
「ジン殿、電車というのは時折走っているのを見かける、黄色と赤色の大きな箱のことだな?」
だだっ広いホームに入ると、セラムが小声で尋ねてきた。
「それで合ってる。今日はそれに乗って移動するんだ」
「おお! やはりそうか! 遠目に見て、一度乗ってみたいと思っていたんだ! 楽しみだ!」
電車に乗るのが初めてなセラムは、とても楽しみなようで線路を眺めては今か今かと待っていた。
待つこと十五分。電車がやってきた。
このような駅では三十分以上待つことはざらになるのだが、タイミングが良かったようだ。
二両編成の電車がホームに停まる。
このようなローカル線では一両、あるいは二両が当然なので驚くことではない。
開いた扉に乗り込むと、空き放題な座席に腰を下ろした。
セラムは俺の隣に腰を下ろすと、キョロキョロと座席を確認し出す。
「どうした?」
「シートベルトはないのか?」
いきなり落ち着きがなかったのでどうしたのかと思いきや、シートベルトを探していたようだ。
「電車にはないから大丈夫だ」
「そうなのか」
納得したように頷いたが、どことなくソワソワとしている。
車に一番慣れているのでシートベルトを付けないと落ち着かないのかもな。
程なくして扉が閉まると、電車が発進する。
ゆっくりと景色が流れていき、やがて速度が上がって流れる速度が速くなった。
「ジン殿、すごいぞ! 周りの景色がよく見える!」
海斗やめぐるたちに悟られないように小声を出しているが、しっかりとセラムははしゃいでた。
座席に膝をつけて窓の外を覗き込んだりしないものかとヒヤヒヤしたが、それをしない程度に理性はちゃんと残っているようだ。
「じっくりと景色を堪能できるのが電車の強みだな」
そして、何より運転する必要がないので楽でいい。
セラムと一緒に無心で景色を眺め、時折話しかけてくる海斗やめぐるたちと雑談を交わすこと四十分。
夏祭りが行われる神社の最寄り駅へとたどり着いた。
「おお! 祭りだけあって賑わっているのだな!」
駅から出るなりセラムが驚きの声を上げた。
ここまで来ると、夏祭りを目当てに集まってきた人が多い。
私服もいるが、俺たちのように浴衣を着て歩いている人の割合も多かった。
時刻は十六時三十分。夏祭りは既に始まっている。
神社の方から途切れ途切れではあるが、陽気な祭囃子が聞こえていた。
「もう祭り始まってる! セラムさん、急いで屋台に向かお!」
「うむ! 焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、フランクフルト、綿あめ、りんご飴、カステラを食さねば!」
めぐるたちに急かされ、セラムが早足で移動を開始する。
一体、どれだけ食べるつもりなんだ。
自転車のお金を返済し終わっていないし、お金が枯渇しないか心配だ。
さっさと進んでいくセラムたちを見失わないように、俺と海斗も早足で追いかける。
境内に入ると、人口密度はより上がっていた。
立ち並ぶ屋台と祭り客の熱気のせいか、夕方にもかかわらず日中のような暑さだった。
焼きそばやたこ焼きの濃厚なソースの匂いや、カステラの独特な甘い香りが漂ってきた。
雑多な食べ物が入り混じった匂いを嗅ぐと、祭りにやってきたんだなという気持ちになるな。
「俺も何か買ってくるわ」
「わかった」
海斗が一人で屋台に並んでしまったので、俺はセラムや子供のお守りをするために同じ屋台に並んだ。
最初に買ったのは屋台定番の焼きそばだ。
買い終わると、空いている段差に腰掛けて熱々のものを食べる。
「この焼きそばというのは美味しいな! これは家でも簡単に作れるものか?」
「ああ、作れるぞ。今度、スーパーで買って食べてみるか」
「うむ、是非そうしよう」
セラムは焼きそばが大層気に入ったようだ。
箸を器用に使って、すごい勢いで食べている。
美味しそうに食べているセラムやめぐるたちの様子を確認して、俺も焼きそばをすする。
濃厚なソースが麺や野菜とよく絡み合っている。普通の味だが何故か美味い。
「屋台で食べる焼きそばって、なんか家のものより美味しいよねー」
「わかります! 普段食べてるものでも外で食べると美味しいですよね!」
特に特別な調理や味付けがされているわけではない。
しかし、ことりたちの言う通り、祭り会場で食べると普段食べるものよりも格別に美味しく感じられる。不思議だな。
「次はたこ焼きを食べよう!」
「うむ!」
焼きそばを食べ終わると、子供たちとセラムは屋台に並び始めた。
さすがにソースものの次に、またソースものを食べる気分ではなかったので隣にあるフランクフルトの屋台に並ぶことにした。
すると、ピッタリとアリスが付いてくる。
「うん? アリスはあっちに行かないのか?」
「……ジン一人じゃ可哀想だから一緒に並ぶ」
「そうか。アリスは優しいな」
幼いながらの優しさが心温まる。
ボーッとしているように見えるが、色々と周りを見ているようだ。
程なくして列が進むと、人数分のフランクフルトを買った。
フランクフルトを買って戻ると、焼きそばを買い終わったセラム、めぐる、ことりだけでなく海斗も座っていた。
「随分と買ったな」
長椅子の上にはイカ焼き、焼き鳥、フライドポテトといったたくさんの食べ物が広がっている。どうやら海斗がまとめて買ってきてくれたらしい。
「年に一度の祭りだしな! こういう時くらいは贅沢しねえと! それに余っても家族への土産にできるしな!」
確かに海斗の言う通りだ。
こういう年に一度の行事だからこそ、参加したからには楽しまないと勿体ない。
俺も食べたいものはドンドン買うか。
俺はフランクフルトを食べながら次に食べたいものを考えるのであった。
●
「ふー、お腹いっぱいだー」
「……帯が少し苦しい」
「さすがにこれ以上は食べられませんね」
屋台で買ってきた料理をあらかた食べ終わると、めぐるたちが満足げな声を上げながらお腹を撫でた。
「うむ、屋台料理は大体食べ終わったので満足だ」
めぐるたちはお腹が満杯といった様子だが、セラムはまだ余裕そうだな。
アリスやことりと違って帯が苦しくなっている様子もない。一体、あの細い身体のどこに消えていくのか本当に不思議だ。
「腹も膨れたし、次は屋台でも回るか」
「そうだな」
「「賛成」」
海斗の言葉に全員が頷き、俺たちは空き皿なんかを片付けて歩き出すことにした。
既に太陽は落ち、屋台の電球や連なる提灯が辺りを照らしている。
「なあ、ジン殿。花火とやらはどのようなものなのだ?」
「火薬や金属の粉末を混ぜて包んだ玉を夜空に打ち上げて、破裂時の火花の色や形状なんかを楽しむものだな」
「なるほど。私の世界でも火魔法を打ち上げて、鑑賞を楽しむ行事があった。それと似たような感じだな」
「具体的にはどんな風に打ち上げていたんだ?」
「王国魔法軍を総動員して火球を連続で打ち上げて爆発させたり、火柱を上げたりするのだ。特に見応えがあるのは大規模魔法を使用して炎で象った龍を動かすやつだな。まるで本物の龍のように身体を動かすのだ」
こちらの世界の花火とはかなり違うが、魔法使いを総動員して火魔法を打ち上げるのもかなり見応えがありそうだな。
というか、サラッと龍を見たことがあると言っているのがすごいな。




