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天体観測


「おーっす! 迎えにきたぜ!」


 十八時半を過ぎたころ。海斗が車に乗って、うちの家の前にまで迎えにきてくれた。


 ご両親の許可を貰えて集合していた子供たちが、後部座席へと乗り込んでいく。


「すまんな。急に頼んで」


「気にすんな。大人になっても天体観測するってのもいいじゃねえか」


 突然呼び出して準備させたにもかかわらず、海斗はまるで気にした様子はなかった。


 むしろ、自分も楽しむ気が満々の様子。こいつの周りに人が集まるのも納得というものだ。


 海斗の優しさに感謝しながら俺は助手席に乗り込んだ。


「よし、それじゃあ出発するぞ!」


「カイト殿、よろしく頼む!」


「よろしくお願いします!」


 全員が乗り込むと、海斗の車が発進した。


 窓の外は徐々に薄闇に包まれていた。


 真夏でもこれぐらいの時間ならば、涼しくてクーラーも不要だな。窓から吹き込んでくる風が気持ちいい。


「どこでやるんだ?」


「昔、俺たちも使った山でいいだろ? あそこの高台なら見晴らしもいいしな」


「そうだな」


 俺たちも昔使った場所に定めると、真っすぐにそちらへと車を走らせる。


 そうやって二十分ほど経過すると、山の麓にやってきた。


 駐車場で車を停めると、そこから階段を登っていく。


 駐車場には僅かに街灯がついているが、階段には街灯など設置されていない。


 青々茂った木々が生えていることもあって階段はとても暗い。


 そのために俺は用意していた懐中電灯をセラムに渡す。


「ほい、セラム。懐中電灯な」


「これは?」


「スイッチを押すと光が出るんだ」


 使い方を説明すると、セラムがヘッドを覗き込みながらスイッチを押した。


「うわあああああ! 目、目がああああっ!」


「バカ。ライトを自分に向けるやつがいるか」


 あまりにも間抜けな状態に呆れるしかなかった。


「うう、ジン殿……視界がちかちかとする」


「直に収まる。足元は俺が照らしてやるからお前はゆっくり進め」


 よろよろと前を歩くセラムの背中を押してやりながら階段へと進んでいく。


「お前たちも懐中電灯を使えよ」


「はーい」


 声をかけると、子供たちは持ってきた懐中電灯で足元を照らし出す。


 懐中電灯を使うのが面白いのか、足元で光が乱舞する。


 が、急に光の乱舞がなくなり、めぐるたちがクスクスと笑い始めた。


 訝しんで振り返ると、めぐるたちが俺のお尻に光を照射しているのがわかった。


「この野郎」


「お化けだ! 照らせ照らせ!」


「わっ、バカ! 揃って光を顔に向けるな!」


 デコピンの一つでも食らわせてやろうと思ったが、めぐる、ことり、アリスはそろって俺の顔に光を向けてくれた。


 一つでも眩しいというのに、三つも光が収束していれば目を開けることもままならない。


 ……こいつら無駄な連携力の高さを見せてきやがる。


 俺は泣く泣くデコピンを断念して、めぐるたちにお尻を照らされ続けながら進んだ。


 階段が終わり、開けた場所に出てくる。


 この辺りに視界を遮る大きな木々は生えておらず、柔らかな草が生えているのみ。


 奥には高台があり、一休みできるようなテーブルや長椅子なんかが設置されていた。


「まだ少し明るいですが、もう星が見えますね!」


 ことりが空を見上げながら言う。


 まだ太陽が完全に沈み切っていないが、薄暗くなっている空では星が見えていた。


「暗くなったらもっと見えるはずだ。それまでは少し待機だな」


 時刻は十九時を過ぎた頃。もう少しすれば、辺りが真っ暗になるだろう。


 事前にスマホで天気も調べてある。待っていれば、くっきりと星が見えるはずだ。


「暗くなるまで何する?」


「……かくれんぼでもする?」


「じゃーん、こんな時のためにお菓子を持ってきてやったぜ!」


 めぐるやアリスが不穏なことを言い始めたタイミングで、海斗がテーブルの上にお菓子を広げた。


「おおー! さっすが海斗!」


「いいんですか!?」


「ああ、好きなものを選んで買ってくれ」


「なんだよ! 結局、金取るのかよ!」


「ハハハハハ! 冗談だ。今日は好きなの食べていいぞ!


 冗談だとわかると、子供たちは目を輝かせてお菓子を手に取る。


 そこには当たり前のようにセラムも混ざって、我先にと好みのお菓子を選んでいた。


 やっぱり、こいつは食い意地が張っていると思う。


 にしても、こんな時のためにお菓子まで用意しているとは、子供心を掴むのが上手いな。


「そろそろ暗くなってきたぞ」


 そんな風にお菓子を食べて時間を潰していると、あっという間に日が暮れて空が闇色に包まれた。


 お菓子を食べていた子供たちとセラムは一斉に空を見上げる。


「わー! すごいです! お家の傍よりもたくさん見えます!」


「……綺麗」


「ここだと光が一切ないからな」


 光源があると空が明るくなってしまい、その分星を視認するのが難しくなる。


 しかし、この辺りのような一切の光源がない場所では、夜空に浮かぶ星々が肉眼でもくっきりと見えていた。


 やっぱり、都会の空と田舎の空では一目瞭然だ。都会で働いていた時は、こんなに綺麗な夜空は見たことがなかったからな。


「見てるだけじゃなく、ちゃんと宿題もやれよ?」


「そうですね。星座を探さないと! えーっと、あそこにあるのが乙女座かな」


「どれがどれだかわかんないんだけど……」


 ボーッと見惚れているので声をかけると、ことり、めぐる、アリスが天体地図を広げて星座を確認し出した。


 星座に関してはすっかり知識が抜けてしまっているので、俺が力になれることは何もない。


 授業で習っている子供たちの方がよっぽどわかっているだろうな。


「よっし、組み立て完了だ!」


 振り返ると、傍では海斗が望遠鏡を設置していた。


 鏡筒式の大きな望遠鏡だ。


「にしても、こんなものよく持ってるな」


「親父の趣味の一つでな」


 ちょっとした望遠鏡ならともかく、海斗の持ってきたものは明らかにガチだとわかるくらいに立派な造りをしている。多分、これ一つで数十万くらいはするだろうな。


 豪胆な海斗の親父さんらしい買い物だ。


「これを使えば、もっと星が綺麗に見えるのか?」


「そうだぜ。今、ちょうど月に焦点を合わせてからくっきりと見えるぜ」


「おお、見せてくれ!」


 海斗が調節した望遠鏡のファインダーをセラムがおずおずと覗き込んだ。


「す、すごい! 月の表面がくっきりと見えている!」


 ファインダーを覗き込みながら歓声を上げるセラム。


「ジン殿も覗いてみるといい!」


 すっかりと興奮したセラムに手招きをされて、交代して望遠鏡のファインダーを覗き込む。


 すると、視界が月で覆われた。


 こうして望遠鏡で見てみると白一色なのではなく、灰色だったり明暗があるのがわかる。なんとも神秘的な光景だな。


 映像や写真で月の拡大写真を見たことがあるが、こうして実際に望遠鏡で覗いて見てみると受ける印象はかなり異なるな。


「綺麗だな」


「だな! いつも目にする月とやらが、ここまで綺麗とは思わなかった!」


 交代してまた月を覗き、興奮したような声を上げる。


「セラムの世界にもこういう月や星はあったのか?」


「月と似たようなものが見えていたぞ。ただ複数ある上に赤やピンクをしていて、名称もよくわからなかったが」


「それは……随分と色彩が豊かなんだな」


 赤やピンク色をした月というものが想像できない。夜になったらどんな景色になるのやら。


 セラムの話を聞くと、改めて彼女の住んでいた世界はファンタジックなのだと思う。


 でも、星が見えるということは、セラムの世界も銀河の果てにはあるのかもしれないな。


 もし、そうだとしても今の人類の宇宙工学では発見することができていないので、帰るのは難しいかもしれないが。


「こっちの世界の夜空も綺麗だな」


 夜空を見上げながらセラムがポツリと呟く。


 その横顔には哀愁のようなものが漂っていた。


 この夜空を通して、故郷に思いを馳せているのだろう。


 やはり、元の世界に帰りたいのだろうか? 


 セラムがいなくなることを考えると、不意に寂しいと思う自分がいることに気づいた。


 そのことに自分自身が驚く。


 面倒な人間関係を煩わしく思い、好んで一人で過ごしていたのにな。


 どうやら思っている以上に、セラムの存在は俺の生活に溶け込んでいたようだ。


 いなくなることを考えると、寂しいと思うくらいに。


 成り行きで同居しているとは、セラムとはただの従業員と雇い主の関係だ。それ以上でも以下でもない。


 俺は妙にざわつく心に蓋をし、余計なことを考えないように夜空を眺め続けた。






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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

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