かき氷
「……今日は一段と暑いな」
朝の仕事を終えて昼食の素麺を食べ終える。
正午を過ぎると真夏の気温は最高潮へと到達し、風通しのいい我が家でさえも暑さに辟易する思いだ。止むことのない蝉の鳴き声が津波のように押し寄せてくる。
「ジン殿、さすがに扇風機だけでは心許ないぞ」
扇風機の真正面に陣取り、風を浴びているセラムが力ない声を上げた。
セラムの額にはじんわりと汗が浮かんでおり、金髪が頬に張り付いていた。
縁側に陣取ってみるも、今日はまったくの無風だった。それなのにジリジリと肌を焼きつけるような日光だけは差し込んでくるのだから堪ったものではない。
これだけ暑いと扇風機一台で乗り切るには辛いものがある。
セラムが何を求めているか俺にもわかる。ただし、それには大きな問題があるのだ。
「クーラーをつけたいところだが、あの冷気を満喫した後に外に出られるか?」
「……それは難しいかもしれない」
クーラーをつければ暑さは解決だ。
しかし、俺たちにはこの後も仕事を控えており、外で作業をしなければいけない。
ここで快適な冷気を味わってしまうと、間違いなく外に出る気力が奪われる。
「では、このまま蒸し風呂のような状態が続くのか?」
「さすがにそれは辛い。だから、クーラーをつける以外で涼をとることにしよう」
「どうやって?」
セラムが振り返る中、俺は台所の戸棚を開けた。
食器やら保存食が並んだ奥には、清涼感のある青いパッケージをした箱があった。
奥から青い箱を取り出してテーブルの上に置くと、中から道具を取り出す。
「ジン殿、これは……?」
「かき氷を作る道具だ」
そう、昔ながらのかき氷機だ。ハンドルを回して、氷を砕く手動型である。
前に使ったのは随分と昔だが、特に壊れている様子や汚れもないようだ。
「かき氷?」
「氷を砕いてシロップをかけて食べるお菓子のことだ。夏の風物詩の一つで食べると涼しくなる。セラムの世界ではそういう食べ物はなかったか?」
「ないな。冬に水面が凍ったのは見たことがあるが、それを砕いて食べようなどとは考えたことがなかった。そもそも氷というのは貴重品だからな」
セラムの口ぶりからして、異世界では氷というものが身近ではないようだ。
寒冷地方や熟達した魔法使いのみが生み出すことのできる物体らしく、早々出回るようなものでもなかったようだ。
興味深そうにかき氷機を眺めるセラム。
俺は冷凍室から氷を取り出すと、かき氷機の製氷皿にガラガラと入れた。
後はそれを元の場所に戻し、ガラス皿を下にセットする。
「よし、セラム。ハンドルを回してくれ」
「私か?」
場所を交代すると、セラムが上部のハンドルを握って回す。
すると、製氷皿に入れた氷が削られ、ガラス皿に細かな氷が積もっていく。
「おお! 氷が細かく砕けているな!」
「その調子でドンドンと砕いていってくれ」
「うむ!」
皿がこんもりと積みあがったところで、もう一つの皿と入れ替える。
意外と面倒な作業であるが、初めてかき氷を操作するセラムは楽しくて仕方がないようだ。
一層ハンドルの回転力を上げてくれ、次々と氷が降り注ぐ。
「もう十分だ」
声をかけて止めると、セラムはハンドルを回す手を止めた。
「あとは好きなシロップを適当にかけたら完成だ」
かき氷を見て感心しているセラムの傍にシロップを二つ。
残念ながら家にあるのはイチゴとメロンのみだ。
俺がイチゴをかけると、セラムはメロンを手に取って氷にかけた。
かき氷の入った皿とスプーンを手にして、風通しのいい縁側に俺とセラムは腰掛ける。
「「いただきます」」
手を合わせると、セラムがスプーンでおそるおそるといった様子ですくった。
それからじっくりと砕けた氷を眺める。
「どうしたんだ?」
「いや、砕けた氷とはこんなにも綺麗なのかと思ってな」
「あんまボーッとしてると、せっかくの氷が溶けるぞ?」
「そ、そうだったな」
名残惜しそうにしていたセラムだが、溶けてしまうと食べられないことは容易に想像ができたらしい。スプーンをそのまま口に運んだ。
「ッ! 冷たくて美味しいな!」
「だろう?」
一口食べたセラムは、そのまま二口、三口と続けて匙を動かす。
あっ、止めようとした時には遅かった。
「~~っ!? ジ、ジン殿! 突然、頭痛が!」
案の定、セラムはかき氷の洗礼を受けて顔を大いにしかめていた。
「あー、一気に氷を食べるとなっちまうんだ」
「私はもう死ぬのか?」
「大袈裟な。ジーッとしていれば収まる」
「……本当だ」
大人しく待機していると、痛みは引いていったらしい。
セラムの顔から険しさがなくなる。
「また勢いよく掻き込んだらなるからな?」
「わ、わかっている! 私はそこまで食い意地は張ってないぞ!」
どうだかな? 実里さんたちに会う度に何かしら貰っているし、海斗の駄菓子でもよくお菓子を買っているという報告を受けている。しかし、そんな指摘をすれば、不機嫌になうとわかるので黙っておくことにした。
ツンとしたセラムをしり目の俺も匙を動かす。
シャリシャリとした食感が気持ちいい。口の中で氷が溶け、シロップと混ざり合う。
ジットリとした暑さに包まれていただけに、体内に取り込まれる冷気が心地よかった。
かき氷を堪能していると、不意にチリリーンと涼やかな音が鳴った。
風鈴だ。
「ようやく風が吹いてきたみたいだな」
「ああ、肌を撫でる風が気持ちいい」
先ほどまでうんともすんとも言わなかった風だが、ようやく吹いてくれるようになったみたいだ。
風が家の暑苦しい空気を吹き飛ばし、肌を柔らかく撫でてくれる。
外から涼しげな風が、体内ではかき氷が涼を与えてくれる。
いつの間にか肌に浮かんでいた汗はスーッと消えていた。
昼下がりに縁側でゆったりとかき氷を食べて涼むというのは、実に夏らしくていいじゃないか。
「あー! ジンとセラムさんがかき氷食べてるー!」
なんて昼のひと時を楽しんでいると、敷地の外でキキーッとブレーキを踏みながら指さしてくるめぐる、ことり、アリスがいた。
せっかくの平和なひと時が台無しだ。
「あたしたちもかき氷食べたい!」
「えっと、ご迷惑でなければいただけると嬉しいです」
「……作って」
めぐる、ことり、アリスが自転車を押して庭に入ってくる。
めぐるとアリスはともかく、控え目なことりまでそう言ってくるということは相当暑さで参っているのだろう。これだけ暑いと子供でも厳しいようだ。
「わかったわかった。用意してやるから、お前たちはゆっくり待っとけ」
「ジン殿、私がやろうか?」
セラムが立ち上がろうとするが、俺はそれを静止させる。
「いや、大丈夫だ。セラムは子供たちの相手をしてくれ」
セラムにやってもらった方が早いだろうが、テンションの高いめぐるたちの相手をするよりはこっちの方が楽だと感じだ。
冷凍庫にある氷を引っ張り出して製氷皿に入れる。
ガラス皿をセットすると、ハンドルを回してガリガリと氷を砕いていった。
やがて三人前が出来上がると、縁側に座って談笑している子供たちのところに持っていった。
「ほれ」
「わーい、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
手渡すと口々に礼を言って、近くにあるシロップをかけ出した。
「おい、めぐる! シロップかけすぎだろ!?」
「これくらいかけないと美味しくないって! けちけちしない!」
ドバドバとシロップをかけながら呑気に笑うめぐる。
シロップって意外と高いんだからな……。
年下のことりとアリスの方が礼節を弁えているというのは、どういうことなのか。
などと思いながら縁側に腰かけようとすると、セラムが中庭にある自転車を熱心に眺めていた。
ハンドルを触ったり、座席を撫でてみたり、車輪を回してみたりしている。
興味を持っているのは明白だろう。
「自転車が気になるのか?」
「ああ。たまに地域の方が乗っているのを見かけたが、メグル殿やアリス殿のような子供でも乗ることができるのだな」
「これは別に車のように免許が必要なわけじゃないからな。練習すれば、誰だって乗れるようになるぞ」
「本当か!?」
特別な資格や技術がなくても乗れることを伝えると、セラムがわかりやすいほどに強い反応を示した。
「自転車が欲しいのか?」
「ま、まあ、これがあればジン殿の手を煩わせなくても、ある程度の距離までは移動できると思ってな……」
やや視線をそらしながら建前を述べるセラムだが、自分で運転して移動できる足が欲しいのは明らかだった。
「なら、明日は自転車を買いに行くか」
「いいのか!?」
セラムは運動神経が抜群に良い上に、ここ最近はこの世界にも慣れてきた。
まだ不安な部分はあるが、この辺りであれば一人で問題なく出歩くことができる。
何をするにも俺が付いていかなければいけないというのは、彼女も困るだろうし、活動範囲が徒歩圏内というのもストレスだろう。
車やバイクは免許という大きな壁があるので不可能だが、自転車くらいなら買ってもいい。
「いいぞ」
「感謝する、ジン殿!」
こくりと頷くと、セラムはひまわりのような笑みを浮かべた。
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