チャンバラ
「待たせてしまってすまない。迷惑をかけたお詫びとして好きなドリンクを買ってくれ」
「わーい!」
猫の溜まり場で一時間以上滞在していたので、俺たちの喉はカラカラだった。
子供たちが嬉しそうな声を上げて、ボタンを押していく。
ガランゴロンッと自販機の中でペットボトルが転がる。
「ジン殿も買ってくれ」
「それじゃあ、遠慮なく」
迷惑をかけた謝罪の気持ちなのだろう。セラムの気持ちを汲み取った俺は、遠慮なくスポーツドリンクを買わせてもらうことにした。
冷えたドリンクを手に取ると、最後にセラムもボタンを押して麦茶を買った。
民家の日陰に入ると、一足先に買っためぐる、アリス、ことりが蓋を開けて喉を鳴らしていた。
「ぷはあー! 美味めえ!」
「冷たくて気持ちいいですね」
「……美味しい」
俺もペットボトルを傾けて、スポーツドリンクを飲んだ。
しっかりと冷えたドリンクが喉の奥へスッと通っていく。
火照った身体にじんわりと染み渡り、汗で失われた成分が補給されていくようだ。
「お金があれば、気楽に外で飲料が買えるのは便利だな。私のいた世界では、外で水を手に入れるのもひと苦労だった」
異世界での行軍がよほど大変だったのだろうな。
小さな声ではあるが、セラムが色々な感情のこもった声音で呟いていた。
俺たちは自販機があるから夏でも気楽に外を出かけられるが、なかったら入念に飲み物を準備しないといけないので大変だろうな。普段意識しないが、その気になればいつでも飲み物が手に入る環境というのは心強いものだ。
「さて、次はメグル殿のおすすめの場所に連れていってくれるか?」
「まっかせて!」
しばらく日陰で休憩していると、めぐるのおすすめ場所に移動することになった。
北に向かって歩くこと十五分ほど。すっかりと田畑や民家の姿がなくなった森の中。
生い茂る木々の間を潜り抜けて進んでいくと、小さな木造建築が見えた。
「じゃーん! あたしたちの秘密基地!」
「秘密基地というと、敵に悟られないように作った軍事基地のことか!?」
「言い方は大袈裟だけど、そんなところ! ここは悪い大人から身を隠すために作られた子供たちのたまり場なのだ!」
めぐるの説明を聞いて、セラムがホッとしたような顔を見せた。
多分、物騒な敵対勢力がいるのではないかと考えたのだろうな。
生憎とここは世界でも屈指の平和な国である。魔物や武装勢力といった物騒な勢力は欠片もなかった。
めぐるが鍵を取り出すと、秘密基地の扉を開けて中に入る。
俺たちも続いて入ると、木造建築ならではの木の優しい香りと、少しの埃っぽい香りがした。久しぶりの香りだ。
室内には中古らしく大型ソファーやテーブル、椅子なんかが並べられている。
こじんまりとした家屋であるが、中に入ると意外と広く、俺とセラム、めぐる、ことり、アリスが入っても十分に動き回れるスペースがあった。
「にしても、やっぱり秘密基地だったか」
めぐるたちの口ぶりからして、何となくここを紹介するんじゃないだろうかと思っていた。
「ジンさんも、昔はここで遊んでいたのですか?」
「ああ、俺たちが過ごしていた頃は、もっと小さくてボロい廃屋だったけどな」
誰も使われなくなった家を俺よりも年上の子供が勝手に改造して、使い始めたのがきっかけだった気がする。
荒れ果てたあばら家を片付けて、掃除して、拾った木材で屋根をつけてみたり、過ごしやすいように家具を持ち込んでみたり。そうやって脈々と受け継がれているのが、この秘密基地だ。
「へー、ここってそんなに昔からあるんだ!」
「……知らなかった」
「そう考えると、今の秘密基地ってかなり綺麗ですよね。先輩たちの努力の積み重ねでしょうか」
「秘密基地というのは素晴らしいな」
そんな過去の話をすると、めぐる、アリス、ことり、セラムが感心した反応を見せた。
実際は地域の大人たちが、定期的に危険がないかチェックしていたりする。
子供たちが長い間利用していないタイミングや世代交代の時にこっそりと改修しているのだ。
さすがに子供たちが廃屋で遊ぶというのは危ないからな。
俺たちの世代は改修もそこまで大袈裟じゃなかったが、今はかなり手が込んでいるようだ。
よほどの心配性か、建築を趣味にしている凝り性な大人がいるのだろうな。
とはいえ、そのようなロマンのないことは話すべきではないだろう。
さすがに俺たちが運び込んだ家具の類はなくなっているな。
無理もない。あの時でさえボロボロだったんだ。二十年が経過した今も残っているはずもないか。
時間の変化を感じつつも、少しだけ寂しく思う自分もいた。
「メグル殿、この棒はなんだ?」
室内を観察していると、セラムが無造作に転がっている棒を手に取った。
「ああ、それはあたしが森で見つけたいい感じの棒!」
少女ながら発想が完全に男子小学生だな。
俺も昔は同じようなことをやっていたな。
「いい形と長さだな。これはいい木の棒だ」
ちょうどいい形と長さをしている木の棒に男はワクワクして拾ってしまいがちだ。
「さすがジンわかってる! チャンバラとかしやすいんだよ!」
「ちゃんばらというのは……?」
「剣で斬り合う遊びだよ。互いに木の棒を持って、えいえいって!」
「ほう、木の棒で斬り合う遊びと……」
めぐるの説明を聞いて、セラムが笑みを浮かべた。
あっ、こいつ。絶対、やってみたいとか思ってるだろうな。
「メグル殿、私もチャンバラとやらをやってみたい!」
「いいよー! じゃあ、皆でチャンバラしよっか!」
セラムの要望にめぐるは少し驚いたが、遊びに付き合ってくれるのが嬉しいのかにっこりと笑って言った。
そんなわけでチャンバラをすることになった俺たちは、秘密基地を出ていい感じの棒を拾うことにする。
「ねえねえ、セラムさん。腰につけてる模造刀を使ってよ」
何を言っているんだ。セラムの腰についているのは模造刀なんかじゃなくて本物の剣なんだぞ?
などと心の中で突っ込むが、セラムの腰に佩いているものが本物の剣なんて俺以外知らないので仕方がないか。
「生憎とこれは気楽に抜いてもいい代物ではないのだ」
なにせ本物だからな。使ったら木の棒だけじゃなく、めぐるも斬られるわ。
「……武士の矜持?」
「なんかカッコいいですね!」
「これは刀ではなく剣だ。騎士の矜持と呼んでくれ」
「おおー! 騎士の矜持!」
よくわからないがセラムの言い回しは子供たちの琴線に触れたようだ。余計な追及はせずに喜んでいる。
異世界人であるセラムをかくまうことは何とでもなるが、銃刀法違反だけはどうしようもない。上手く誤魔化すことができて俺は心底ホッとした。
「セラムさん、いい感じの棒は拾えた?」
「うむ、問題ないぞ」
セラムが手にしている木の棒は、腰に佩いている剣と同じくらいの長さのものだった。
さすがに太さに関してはどうしようもないだろう。
セラムが木の棒を中段で構える。
曲りなりに剣を握ったからか、セラムの柔らかな眼差しが消え、凛としたものになった。
木の棒を構えているだけなのに異様なオーラが出ている。
それをめぐるも感じ取ったのか、どうするべきか逡巡しているようだ。
「どうした? こないのか?」
「てええええい!」
セラムが挑発の声を上げると、めぐるは一直線に走って棒を振るった。
子供ながら思い切りのいい薙ぎ払い。
セラムは手に持った棒を傾けると、正確に腹で受け止めた。
「もっと遠慮なく打ち込んでもいいぞ?」
「とりゃー!」
セラムが不適な笑みを浮かべると、めぐるは遠慮なく棒を振るった。
しかし、どの一撃もセラムの身体に触れることはない。
避けにくい突きであろうと自在に木の棒を操作して阻んでいた。
セラムは実戦を経験している女騎士だ。めぐるがいくら遠慮なく打ち込んだところで、力量の差は大人と赤子のようなもの。めぐるがセラムに叶うはずがない。
「す、すごいですね、セラムさん。めぐるちゃんがあんなに本気で打ち込んでるのにまるで当たっていません」
「……セラム、すごい」
これには観戦していることりやアリスもキラキラとした眼差しを送っている。
いくら大人でもあんな風に棒を打ち込まれれば、怖いもんだし、当てられるもんだがセラムはそんな心配をまるで感じさせないな。
「わはははは! なんだこれ! 本気でやってるのに全然当たらないや! ことりんとアリスも手伝ってよ!」
「ええ? 私たちも加わっていいんですか?」
「問題ない! 三人ともかかってくるといい!」
セラムが鷹揚に頷くと、ことりとアリスも木の棒を持って向かっていった。
さすがにめぐるのように思いっきりが良いわけでも運動能力が高いわけでもないが、単純に三人から攻撃を加えられるのはかなりプレッシャーははずだ。
常人なら到底捌けるものではない。
しかし、セラムは三人を相手どっても、まるで危なげない様子だった。
子供たちが三方向から棒を振るうも、ステップで回避し、身体を器用に逸らす。
そして、必要な攻撃だけ棒で受けて、攻撃をいなしていた。
三人から向けられる木の棒を、たった一本の棒と身体でいなし、弾く姿はまるで魔法のようだった。
三人ともどうしてそうなるのかまるでわからない。だけど、敵わない強敵を相手に一丸となって戦うのがとても楽しそうだった。
しばらくすると、めぐるたちの体力が尽きてしまったのか地面に座り込んでしまった。
「はあ、はあ……セラムさん。チャンバラめっちゃつええ!」
「三人でかかったのに掠りもしませんでしたね」
「……セラムの棒、見えなかった」
ぜえぜえと息を荒げながら肩を上下させているが、その表情はとても満足そうだった。
思いっきり遊んでもらえて楽しかったのだろう。
「さて、次はジン殿だな」
なんて微笑ましく思っていると、木の棒を肩に担ぎながらセラムが言った。
「……俺もやるのか?」
「もちろんだ」
いや、ガチものの騎士を相手にチャンバラなんて勝てる未来が見えないんだが。
「ジンいけー!」
「私たちの仇を取ってください!」
「……ファイト」
たじろぐ俺の後ろでは座り込んだめぐる、ことり、アリスが声援を送ってくる。
ここは男として俺も行くしかないか。
決心がついた俺は木の棒を握りしめて、セラムへと一直線に向かった。
「うおおおおおおおっ!」
結果は言うまでもなく一方的なもので、俺の振るった棒は掠りもしなかった。




